熊本大学ボート部 -34ページ目

半年越しのはじめまして

はじめまして!


この度熊本大学体育会ボート部に入部しました

法学部法学科1年の

田村洸貴(漕手🚣‍♂️)です!


読みにくいかもしれませんが暖かい目で見てくだされば嬉しいです☺️

ブログは生まれて18年書いたことがないので…


はじめましてと言いながら入部してやがて半年以上経つことに驚きが隠せません笑


ブログの書く内容をずっと考えていたらいつの間にか11月になってしまいました。




、、、嘘です。




ただ自分が書き始めるのが遅くなっただけです。


書くのが遅くなってしまったことと今嘘をついてしまったことに関して深くお詫び申し上げます🙇‍♂️



前置きはこの辺で。

まずは簡単に自己紹介をさせていただきます!


熊本県立第一高等学校出身

1年漕手唯一の熊本出身です。


高校では硬式テニスをやっていました!


なぜボート部に入部したかというと、、

自分でも理由は分かりません笑


ただ、入部したことで楽しく、充実した大学生活を送れていることにボート部にはとても感謝しています!


まだ早起きには慣れませんが、。



さて、2022シーズンは戸田でオッ盾、全日新と2回もレースを経験し、大きな刺激を得ることができました!


2022シーズンも終わりこれから冬のオフシーズンに入っていきます。(さらに早起きが難しくなる気が、、)


そこで冬の期間は、夏の大会で感じた悔しさを来シーズンの大会で晴らすために技術はもちろん、エルゴやウエイトトレーニングで2000mに対応できる体力・筋力をしっかりつけることを目標に頑張りたいと思います!



では今回はここら辺で失礼します。最後まで読んでいただきありがとうございました!

これからも応援よろしくお願いします!!





人生初!?


はじめましてスター

まずは自己紹介します












熊本出身

教育学部1年

本多 伶奈(ほんだれいな)


マネージャーです看板持ち







「人生初」のブログなので

下手な文章構成で長ったるいものだとは思いますが、ぜひ読んでいってください笑ううさぎ




























大学生になって「教育学部」という自己紹介をした時に、よく聞かれるのが



「専攻はなんなの?」ですが、




《小学校》専攻です花









ついでのように理由もよく聞かれますが、


「本当は保育園の先生が良かったけど、

労働環境を考えた時に、、」


って感じです。




(( 現実的すぎ、?驚き
















私は三姉妹の長女で、1番下が小学校2年生なので面倒見には自信がありますニコニコ




小中はバスケ部でプレイヤー、

高校は硬式テニス部のマネージャーでした。



つまり、、、?



体を動かすのも

スポーツ観戦も


両方好きです飛び出すハート










この性格(?)と経験を活かして

熊大ボート部のマネージャーの仕事も頑張っていきます!!!


































ところで、、、



先日、10月の新人戦で

戸田漕艇場に行きました🚣‍♂️あせる

(インカレに続き、人生2回目の埼玉!)



インカレの時とは違い、

マネージャーは1年生だけで不安もありましたが、

無事に熊本へ生還できました合格




大会中は、

他大学さんの漕ぎを見れたり

綺麗な景色もたくさん見れたり

みんなでご飯を食べたりと、

素敵な思い出がいっぱい作れました!!




自転車( 喜沢 ⇄ 墨田区 ) !?









これからもボート部のみんなと

たくさん思い出を作っていきたいと思っています📷✨




























最後に、


これから冬シーズンですね雪雪の結晶






個人の目標は、、、







【 早起き 】


(( 物心ついた時からの一生の課題




です!








朝が苦手なので

「気合い」で起きれるように頑張ります凝視メラメラ

























最後まで読んで頂き、ありがとうございます!!


漕手に負けないように、マネージャーも日々成長していきますハイハイハッ




これからも熊本大学ボート部の応援を

よろしくお願いします!!!!


コーチからニートになる

おはようございます。こんにちは。2019年卒業生の中村有博(なかむらありひろ)です。

2020~2022シーズンまで熊本大学ボート部のコーチをしていました。

 

いまとなってはただのOB兼ニート(無職)であるが、コーチがブログを書くのは珍しいものかと自分でも思う。このご時世、飲み会もコーチ歴の半分くらいが練習自粛期間であったため、与える言葉が少なかった分、ここで長文を書くことをどうか許してほしい。

 

 

ざっとぼくの経歴について。2013年に熊本大学に入部し、飲み会の楽しさ勢いにボート部へ入部し、気が付いていたら大学院まで漕いでいて6年がたっていた。この6年間で、輝かしい結果は残していない。インカレは準決勝止まり、全日本は出場なし、国体も補欠・サポートでついていったが、役立たずで工具すら触らなかった。それでもボートは僕にとっては魅力的なスポーツだったから、社会人になっても体は動かし続けた。江津湖と斑蛇口湖には行き続け、そんな中でコーチをするお話をいただいた。2022年に仕事を辞め、都合上コーチもやめることになり、最後にこのブログを書いている。

 

 

 

ぼくが関わったのは2シーズンと少し。始めたきっかけは、あまりにも学生の練習環境がただの野放し状態でひどかったからだ。OBよりもコーチという肩書で少しでも経験を与えられたらと思って始めた。

 

 

「教える」というのは難しい。向いている向いていないが含まれているかもしれないが、僕は後者側だったろう。「伝える」ための言葉のチョイス、技術について知識を持っているか、選手の現状把握、何が学生にとって最適解なのか。考えればたくさんある。経験を踏まえて話すことが多いので、学生時代で選手だったとき何も考えてなかったな、とも思い振り返るときもあった。

 

全員に一致することではないが、僕が学生のときにコーチにこうして欲しかったことを学生にするようにした。加えて、学生の提案、考えはよっぽど間違った道じゃない限り(ケガのリスク、人への悪影響など)、否定はしないようにした。まずはトライさせてみた。

一番に大事にしていたのは、「楽しむ」ことを学生にボート部を通してしてもらう。”楽(らく)”をするのではなく。いま、これからを楽しむためにどのような言葉を掛けたらベストか考えた。ボートは速く漕げた方が楽しい、単調になる日々にならないように刺激をいれる、そしてもっとボート(スポーツ)を続けたいと言ってもらえるようにする。大学を卒業してもボートを続けてくれるのは最大の喜びであって、別のスポーツを始めるのも喜びである。スポーツじゃなくても、社会人になって仕事以外にも熱中するものを見つけてほしい。仕事だけの人生はたいていは面白くない。

 

 

「教える」ことに正解はないのだろうけど、やはり後悔はする。もっと練習メニューを変えていればとか、この言葉がよかっただろうかとか。見えない力に押し負けたときもあった。2021年シーズンは出場を断念した際は、何か他に大会はないかと探したし、学生の力になれない無力さをあった。インカレに出場した2022年シーズンは、勝負できる位置まで持っていくことができず申し訳なかった。レース中盤~終盤に失速するのは、明らかに冬・春練習の漕ぎこみ不足が原因である。この期間が大学側からの練習自粛。これを補うような練習や技術を提供ぼくからできなかったのも明確でもある。

 

 

最終的には、2年ぶりにインカレ出場、4年ぶりにオッ盾を出場を実現させてコーチを終えた。学生の想いが支えになり出場が実現できた。これは2020,2021年シーズンも含めてである。コロナ禍という、大会が開催されるかも不透明な中、漕ぎ続け、準備し、見えないところで闘っていた学生がいることも忘れないでいてほしい。彼らが紡いでの2022年での出場が実現した。

 

 

これまでを振り返っても、教えたこと、2シーズンほど携わったことがカタチには何も残らないコーチだった。それでもこの先、日本の四季、季節のように「あ、季節が変わったな」とふと思い出してもらえるような存在でありたいと願い、このブログを書き残します。またどこかで会いましょう!

 

インカレ2022のあとがき

お疲れ様です

3年主将の八谷です



9/79/11にて戸田で行われていましたインカレ、オッ盾に出場してきました



まずは遠い中会場に足を運んでいただいたり、facebookでメッセージをいただいたりした龍水会の皆さん、そして愛知からUNIVASでレースを見てくれた両親、応援のほどありがとうございました



勝った姿を届けることが出来なくて悔しさと申し訳なさでいっぱいです



今シーズンは江津レガから始まり関西選手権、インカレ、オッ盾と全てで悔しいとしか言ってないような気がします、、








ペアでは7日のタイムトライアルで正直落ちたと思っていましたが、何とか首の皮一枚繋がり本戦へ出場出来ましたが結果は惨敗







羽とペアを構成してなかなか乗艇中に感じた傾きや漕ぎの感覚が上手くいかず、乗艇中や帰艇後のクルーミーティングでは話が煮詰まってしまい



あーー!もうよくわからーーーーん!!




と、度々なっていました





戸田中央総合病院さんのペアの動画を見たり、ネットに載ってる某rouingの文書などインプットは一丁前なのに、どうしても理想の漕ぎと実際の漕ぎが一致しなくどんどん頭でっかちになっていってました





そんな中コーチのありひろさんから技術のことはもちろんのこと、思い詰めてしまう自分たちに練習中の心の持ちようなど僕達の頭には無い別角度からのアドバイスを沢山いただき、初めは見るに堪えない漕ぎだったと思いますが、最後はギリ見ていられるぐらいの漕ぎになったと思います




本当にありがとうございました













オッ盾エイトはペアの練習を優先させてくれたため9人での乗艇練習は数える程しか出来なく、それなのにペアで結果を残せなくて申し訳ないです



戸田でエイトのレースに出れるのはそう経験できない貴重な経験をすることが出来ました



オッ盾が初レースだった1年生は今回のレースで「楽しかった」「悔しかった」など感じ方は人それぞれだと思うけど、その気持ちを忘れずにいて欲しいです













そんなこんなで呆気なく終わってしまい最終日は時間があったためほぼ全てのレースをコース横で見ていたのですが、なんでしょうねあの






熱気は






A決勝B決勝関わらず魂を燃やし、闘志むき出しで漕いでるあの様は







正直圧倒されました







そしてそれと同時に来年はこの舞台に立ってやると強く思いました











何はともあれ負けは負け、ボロ負けに変わりはないのでしっかり冬でパワーアップしたいと思います







最後にインカレ期間マネージャー含めサポートに回ってくれたみんな、最後まで不甲斐ない主将だったけど、みんなの力があったからこそ全クルーが最後まで漕ぎ切れたと思います。本当にありがとうございました






















なんか引退みたいになってるけど来年もゴリゴリ漕ぐし、"何事"も無ければ院進するのでこれからも頑張っていきます






パワー

インカレ後の心境

お久しぶりです、先日、4年振り3度目の朕を果たしました天本です。寒っ。




















今日も今日とて江津湖のレタスが怖い




















ということで、元々は心中を明かすつもりはなかったのですが、主将にインカレブログをやれと言われたので仕方なくインカレを振り返りながら今の心境を書いていこうと思います。今日は少し長いです。













3年生になってようやく出場できた初めてのインカレで、私はシングルスカル14位という結果でした。2年間、コロナの影響で大学から厳しい制限があったこと、部の存続が危ぶまれていたことを知っている本学OB,OGの皆さん、そして何よりそれを直接実感した現役部員の面々からすると、褒められたものだったかもしれません。実際ありがたいことに、たくさんのお褒めの言葉を頂きました。
しかしながら、そういったありがたい言葉も素直に喜べず、ただ愛想笑いをしてしまう自分がいました。高校時代の自分ならきっと水面を叩いて悔しがったことでしょう。今の私は昔に比べれば謙虚になった方で、あからさまに悔しがることはしないようになりましたが、心にあるものはずっと一緒で、変わってなかったんだなぁと実感させられました。
















インカレを振り返れば、個人的にとても喜ばしいこともありました。私の高校時代のライバルであり、共に県選抜付きクォで福井国体に出場し、バウペアを漕いだ仲間である先輩が、私が出場したのと同じシングルの種目で見事優勝を果たし、日大の全種目制覇を阻む活躍をしたことです。元同じクルーメンバーとして、とても誇らしいことでした。ここだけの話、応援は声出し禁止でしたが、決勝レースのときだけは思いっきり叫んでやりました。


「渡辺ラスト!!」


渡辺ラストといえば、ちょっと昔話にはなるんですけど、先輩の高3ラストのインターハイ、残り50mの辺りで沈していたのを思い出しました。
インターハイで沈したのち、インカレで優勝してしまう人なんて、後にも先にも先輩以外いないでしょうね😂

このことからも分かると思いますが、やはり先輩は高校時代から圧倒的に活躍していたわけではありませんでした。年下の私みたいなんとライバルになっちゃうくらいです。4年前、福井国体で岐阜の加茂高校にコンマ差で敗れ、賞状を取り逃がしたあの悔しい敗戦後、先輩が富山に行ってからどれほどの努力をしたことか、決勝レースでみせた成長ぶりにはっきり現れていました。
それはきっと、先輩に限った話ではありません。共に競い合った九州出身の選手のみんな、一緒に合宿して仲良くなった他校の選手、みんなそれぞれの大学で一回りも二まわりも成長し、輝かしい活躍をしていました。














場所は違えど同じ4年間、私は本当に何もしてきませんでした。コロナで練習が禁止されているからと言って腐って、逃げるように被害者面して、特に目指すところもなく、限られた中でもやれることすらやってきませんでした。その差が先輩との20秒はあると思われる大差、あるいは順位の差になっていることは、もはや自明であったわけです。そんな情けない自分に対する怒り、そういうのも含めて悔しさが倍増していたんだろうなとも今では思います。















と、めちゃめちゃ過去の自分のことを悔いていますけど、最近はあまり考えないようにしています。考えたところでタイムが伸びるわけでもないので。これから頑張れば良いんだよって楽観的に捉えることにしました。と言っても、恐らく想像を絶するキツさであろう、富山での練習を超えるつもりでやる他ないですが。
私がもし、どんな人がボート競技に向いていますかと聞かれたら、迷わず「継続してコツコツ頑張れる人」と答えます。エルゴだったり、筋トレだったり、コツコツやれる方が強くなるに決まってる。
でも僕はきっと違います。宿題を夏休み最後の日にまとめてやるようなタイプで、昔からコツコツ頑張るのがあまり得意ではありませんでした。しかし、ここまで来たらもはやコツコツやるしかないです。それも今まで以上の強度で。
やるしかないんですよ。


















ブログってすごいですね、普段の私なら絶対こんなことは言いません笑
仕方なく書いた割には書きすぎですね、長文失礼しました〜

それでは、明日からもがんばろーいんぐ🚣‍♂️