遺言・相続専門の行政書士 久我 敢です。
前回に引き続き、遺言書を書くべき場合について考えていきます。
このシリーズ最後に投稿になります。
⑤認知症の相続人がいる
65歳以上の5人に1人が認知症
厚生労働省の推計によれば、2025年には約700万人になるそうで、これは65歳以上の5人に1人もの人数になります。これほどの人数になれば、例えば認知症の妻をのこして亡くなる夫の数、つまり認知症の相続人がいる確率はかなり高い、ということが言えると思います。一口に認知症と言ってもその度合いは様々ですが、認知症の診断を受けている人は意思能力(自らがした行為の結果を判断することができる能力)が不十分であるとみなされ、遺産分割協議が成立しない場合が多いのです。しかし認知症の相続人がいても成年後見人をつければ有効な遺産分割協議を行うことができます。というより成年後見人をつけるしかない、と言った方が実情に合っているかもしれません。
何かと問題が多い成年後見制度
「成年後見人をつけるしかない」と言ったのは、この制度には問題が多いからです。成年後見制度は2000年4月に始まった比較的新しい制度です。認知症の他、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々の財産や生活を守るために、家庭裁判所が本人を援助する成年後見人等を選任するのです。(成年後見人がつけられた人を被成年後見人といいます。)成年後見人には家族が選任されることもありますが、弁護士や司法書士などの専門職が選任されることもあります。全ては家庭裁判所の判断によります。
財産管理と身上保護
成年後見人の仕事は、大きく分けて財産管理と身上(しんじょう)保護の二つです。財産管理は文字どおりその財産を管理することですが、預貯金などの財産の収入支出の管理等をしたり、高額なものを購入する契約を取り消したりすることにより財産を保護するのです。弁護士や司法書士などの専門職が成年後見人に選任された場合は、それまでは身近な家族が自由に行ってきた本人名義の預貯金の引き出しはできなくなります。例えば家族が認知症の親と一緒に旅行に行こうとしても、旅行代として親の預貯金を使うには成年後見人の許可が必要になります。成年後見人の仕事は財産を守ること、すなわちできるだけ財産を減らさないことなので旅行のために預貯金を使うことを許可しないこともありえます。家族が本人のためによかれと思ってそれまで普通に行ってきたことも、成年後見人がついたとたん、財産を守るという名目のためできなくなることもあるのです。
身上保護というのは、成年被後見人の暮らしの保護を目的とし、生活・医療・介護などの契約手続き等を代理して行うことです。例えば入院が必要になった時における手続きや医療に関する契約、ケアプランの作成や老人ホームなどの入居契約及びこれらの費用の支払いなどがあります。ただし、実際の介護や身の回りのお世話などは成年後見人の仕事ではありません。
成年後見人は、被成年後見人の生活を守るための制度ですので、財産管理・身上保護に関する職務を行うときは、被成年後見人の意思を尊重し、心身の状態・生活状況に配慮することが義務づけられていますし家庭裁判所のチェックも入ります。しかし成年後見人の職務は、成年後見人個人の価値観に基づく判断に委ねられており、弁護士や司法書士などの専門職後見人の価値観と家族の価値観とが異なり、家族が不満を募らせていく、ということも多く見られるのです。
さらに専門職後見人には被成年後見人の財産から報酬を払う必要があります。報酬額は財産額などを元に家庭裁判所が決定しますが、月あたり2万円~6万円程度になるので年額にすれば24万円から72万円にもなります。さらに成年後見人はいったん選任されると基本的に途中で辞めることはできません。つまりこの報酬は、財産管理と身上保護という大義名分のもと、被成年後見人が亡くなるまで払い続けなければならず、場合によっては計数百万円にもなることもあるのです。
成年後見人の選任が遺産分割協議を行うために必要だとしても、これには並々ならぬ決断と覚悟がいることがお分かりいただけたかと思います。日本に認知症の人数が2025年には700万人にもなるとも言われてるのに、2023年時点における成年後見制度の利用者数は約25万人にとどまっているのもうなづけますね。
遺言書が最大の防御策
有効な遺言書があれば、そもそも遺産分割協議は必要ないので、認知症の相続人がいてもスムーズな相続手続が可能ですし、成年後見人の選任も必要ありません。例えば妻が認知症である夫の場合、夫も高齢で遺言書を書くには負担が大きい場合もありますが、そんな時は子ども等他の相続人から、自筆の必要のない公正証書遺言の作成を促すことも必要だと思います。いずれにしても、認知症の相続人がいる場合は遺言書は必須です。