遺言・相続専門の行政書士 久我です。

前回のブログでは、9割の日本人がなぜ遺言書を書かずに亡くなっているのかについて考えてみました。そして大抵の場合、遺言書はあった方がベターではありますが、なくても何とかなっている場合が多いと書きましたが、今回はその中でも遺言書を書くことがマストな場合について考えたいと思います。

 

遺言書を書くのがマストな人は以下のような方々です。

 

①遺産の大部分を不動産が占める

②介護をしてくれた人に財産を残したい

③連絡のとれない相続人がいる

④相続人に前妻との子どもがいる

⑤認知症の相続人がいる

 

1つずつ順に見ていきます。

 

①遺産の大部分を不動産が占める

例えば、父親名義の実家に長男家族と父親が同居していて(母親はすでに亡くなっている)、次男、三男はそれぞれの家庭を持って別のところに暮らしており、父親の遺産は実家(土地+建物=時価3000万円)と預貯金1500万円であり、遺言書を書かずに亡くなったとします。その実家は先祖代々引き継いできた土地に建っており、しかも長男家族はそこにずっと住み続けてきたので、長男は実家は当然自分が相続するものであり、次男と三男には預貯金1500万円を750万円ずつ相続してもらおう、

と考えていました。次男、三男としても長男家族が父親と同居して世話をしてくれていたのだから、これで良いと思っていました。

 

しかし次男と三男の嫁がこれに異議を唱えたのです。実家3000円+預貯金1500万円=4500万円のうち「法定相続分である1500万円は相続する権利がある、750万円の預貯金のみでは納得がいかない」と言い出したのです。

 

次男、三男ともに大学進学を控えた子どもがおり、学費やら何やらとにかく物入りなタイミングだったので嫁にこのように言われると、当然の権利として1500万円をもらおうと気持ちが変わりました。兄弟といえども今やそれぞれの養うべき家族がいるので、家族のためにもらえるものはもらっておこう、となるのも当然と言えば当然ですよね。

 

長男は次男、三男の主張に驚きました。幼い頃から何かと弟たちの面倒を見てきてたし、大人になってからも関係が良好だっただけになおさらです。遺産分割協議は平行線をたどり、ついに家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることになりました。

調停では、法定相続分で分ける方向で話が進みました。調停においても審判においても落しどころは法定相続分であり、そもそも法定相続分はもめた時の落としどころとして存在するのですから当然です。

 

次に課題となったのは、実家をどのように分けるのか、ということです。

預貯金1500万円は兄弟三人で500万円ずつ分けるとしても、時価3000万円の実家をどのように3等分すれば良いのでしょうか?

 

まず考えられるのは売却して3人平等に1000万円ずつで分けること(換価分割)ですが、その実家には長男家族が現に住んでおり、しかも先祖代々守ってきた土地なのですから長男は大反対しました。

 

次の案としては、実家を長男が相続する代わりに、時価3000万円のうち長男が次男と三男に1000万円ずつ支払う(代償分割)という方法です。ところが長男に2000万円もの現金がない場合はどうすればよいのでしょうか?

 

そしてもう一つの手段としは、実家を兄弟三人の共有にすることです(共有分割)。こうすれば長男は次男、三男に現金を支払う必要はありませんが、当座のお金が必要な次男・三男としては目的が達成できませんし、権利が複雑になり将来に禍根を残すのは目に見えています。

 

では結局どうすればよいのでしょうか?実現可能なところで妥協するのか?それとも調停よりさらに進んだ審判を申し立て、法定相続分で分けるという審判(強制力あり)を元に実家を競売にかけるなどの強制手段を行使して現金1500万円を確保するのか?

ここまで行ったら兄弟間の関係は完全に崩壊しますが、遺産争いは行きつくところまで行くとこうなるのです。

 

「実家は長男に相続させる。預貯金は次男と三男には1/2ずつ相続させる」という遺言書があればこのような争いは避けることができたのです。亡くなった父親としてもこんな争いは望んでいたはずもありません。天国で後悔しても後の祭りです。

 

②介護をしてくれた人に財産を残したい。

例えば、長男の嫁が夫の父(義父)を献身的に介護し続けたのちに、義父が亡くなったとします。この場合、嫁は相続人ではないので、義父の遺産を相続することはできません。これでは不公平だということで、令和30年の民法改正により特別寄与料という新しい制度ができ、令和元年7月より施行となりました。特別寄与料とは、被相続人(義理の親)に対し介護などの特別の寄与(貢献)をした相続人でない親族は、遺産を相続した親族に対し、その介護などにかかった対価を請求することができる、という制度です。

 

ちょっとややこしいですが、典型的なのが長男の配偶者(長男である夫は既に死亡)です。夫がなくなった後もその嫁が夫の親(義理の親)を介護するということはよくあることですが、嫁は相続人ではないのでその労力に相当する金銭を受け取ることはできませんでした。これでは不公平だ、ということで特別寄与料の制度が法定されたのです。

 

しかしこれでめでたしめでなし、となったかというと全然そんなことはありません。

特別寄与料というのは黙っていても勝手に受け取れるなどというものではなく、遺産を受け取った相続人(夫の兄弟等)に対し、嫁が自分で請求しなければならないという恐ろしくハードルの高い制度なのです。しかもこの請求は、亡くなってから6か月以内にしなければならないという期限付きなのです。

 

長男の嫁が、夫の親の介護に費やした労力を金銭に換算して夫の兄弟姉妹に請求するなど、心情的にできるものなのでしょうか?請求された側は「長男の嫁が夫の親を介護するのは当然。その労力に相当する金銭を請求してくるとはいったい何事か!非常識にもほどがある!」となるのではないでしょうか?請求する側もそのような反応が予想されるだけに、請求に二の足を踏むのではないでしょうか?

 

次に特別寄与料は一体いくらになるのか、という問題があります。当事者同士で自由に決めることができるという建前になってはいますが、兄弟姉妹からしてみれば相続した財産からの持ち出しとなるので「そもそもそんな金銭を嫁に支払う必要があるのか」と拒否される場合が大半だと思います。そしてその場合は嫁が家庭裁判所に訴えて決定してもらうことになりますが、その金額は介護日数×介護報酬相当額×裁量割合で計算され、1日あたり5000円~8000円程度になる場合が多いようです。1日5000円として1年365日介護したとすると1,825,000円が特別寄与料となります。これが安いか高いか?ということはさておき、嫁が自分で請求する必要があり、当事者同士で話がつかないと家庭裁判所に訴える必要がある、となるとこの制度を利用する人がこの日本に一体何人いるのでしょうか?

ご存じの方がいらっしゃれば投稿にて教えて頂ければ幸いです。

 

結局のところ、介護してくれる嫁に報いるには、遺言書にて一定の遺産を与えるよう生前に定めておくしかないのです。

 

 

今回のテーマの記述はまだまだ続きがありますが、長くなってしまったので一旦投稿します。

この長いブログを最後まで読んでくれる方と、特別寄与料を請求する人は果たしてどちらが多いのでしょうか?(笑)