(順不同)
●第61話~第66話 後輩たちに告ぐ
東京藝術大学が2013年に開いた「高野辰之展」をめぐって、問題点をあぶりだす全6回シリーズです。言世は「音楽学校の流れをくむ本家本元の先生方でさえ俗説を支持するような企画展を開くことになってしまったのは気づかないからだ」と言い、問題の深刻さを指摘します。一昌は、言世に促されて、後輩の研究者たちに向かって「唱歌ふるさとの原点などたずねている場合ではない。そこは不毛である、そこは空虚である。それよりも自らの学びの場である音楽学校の、改革の原点をたずねよ!」と熱い言葉を発します。このあたりがヤマ場です。研究者倫理がキーワードになる一方、『東京芸術大学百年史』編纂の問題点にも触れます。いつも聞き役の言世が一昌をやりこめる『夢幻問答』一番の痛快シリーズです。
●第108話~第118話 幸田延の『滞欧日記』
全11回に及ぶ長編シリーズです。瀧井敬子氏が書かれた『滞欧日記』解説文を俎上にのせ、いわゆる1909年の幸田延解職事件の深層に迫ります。一昌は新聞雑誌記事に基づいて幸田延悲劇ヒロイン論と湯原元一悪者論を一刀両断に斬り捨てます。技術監と生徒監の解釈や、山田耕筰の文章の読み方など、極めて専門性が高い領域です。瀧井氏の解説を上回る一昌の資料読解力がいかんなく発揮されています。
●第119話~第126話 派閥争いはホントか
歴史学者である竹中亨氏が書かれた『明治のワーグナー・ブーム 近代日本の音楽移転』を取り上げたシリーズで、幸田延の『滞欧日記』からの続き物です。全7回。東京音楽学校の派閥問題に疑問を呈し、山田源一郎や小山作之助までさかのぼって、一昌が音楽学校の歴史を説きます。オルフォイス上演中止事件やハイドリヒ公開状事件という重要事件について、竹中氏の解釈に対して果敢な異議申し立てをするシリーズです。
●第127話~第130話 湯原元一とは何者か
近代日本音楽史でほとんど注目されてこなかった東京音楽学校校長で小学唱歌編纂委員長、湯原元一について詳述したシリーズです。吉丸一昌の語る内容が事実なのか夢幻なのか、ますます判別がつきにくくなるように思われるかもしれません。しかし湯原元一研究を土台にしている以上、すべてはフィクションでなく、音楽史の専門家でも示唆を受けられる内容になっています。渋々ながら一昌の機転によって、湯原元一という人物に初めて光が当てられた記念すべき文章です。
●第81話~第83話 第94話~第96話 第98話~第102話 ブログ界は曇り空
唱歌や童謡をめぐる誤まりがなぜここまで拡散したのか、これにどう対応すべきなのか、を問うシリーズです。21世紀に入りインターネットによって正しい情報と間違った情報が入り乱れるようになりました。特に、コメント欄をもつブログは、顔が見えない相手とのコミュニケーションツールになっていますが、問題点も少なくありません。本シリーズでは、言世の実体験をもとに、一昌がウィキペディアを批評するほか、影響力の強い2つの音楽史関係ブログを批判的に取り上げています。
●第15話 友だち・藤の花・霜
『尋常小学唱歌』のうち名作唱歌ではない歌に焦点をあてた一話です。一読をおすすめします。尋常小学唱歌120曲のうち、「心の歌」「ふるさとの歌」として注目を集めてきたのは20曲ほどにすぎません。それ以外の歌にこそ、尋常小学唱歌の本質が隠されているのではないかとこの問答がかわされました。3つの歌からは、編纂委員会作詞部会の狙いが透けてみえ、高尚で難解だという批判を招いた理由も分かってきます。