第158話 歌解説をめぐる情報倫理を考える7 | 言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

故郷・朧月夜・早春賦…名作唱歌をつくった最重要人物がついに証言
…もし吉丸一昌に会えたなら、こんな感じの会話かな、と考えてつづっていきます。
すべて事実に基づくフィクションです。
唱歌や童謡に関するWEBサイトにある俗説や間違いも正していきます。

崎山言世 …… 長野県立大町青雲高校出身。曽祖母が東京音楽学校出身。都内の大学に在学中。1998-。
吉丸一昌 …… 東京音楽学校教授。<早春賦>作詞。『尋常小学唱歌』編纂委員会歌詞主任。1873-1916。

言世「吉丸先生、Siegfried MarxさんがYouTubeに公開している動画をご覧になりますか? <故郷を離るる歌>のドイツ語版です」
一昌「おー、見せてくれ」
言世「3つの動画がありまして……、ドイツ語版と日本語版、そしてドイツ語版ドイツ語字幕付きです」
一昌「これか。"ついに登場"に"忘れ去られた原曲"か……思わせぶりだな」

言世「歌がヨハンナ・コイップ・コスバーンさん、アレンジとピアノ演奏がジークフリート・マルクスさん、写真が鞍津輪隆さん、映像編集がアストリッド・クリール・マルクスとなっています。ドイツ語版はヨハンナさんのフルート演奏がアレンジされています」
一昌「よし、聴かさせてくれ」
言世「……」
一昌「……」
一昌「んー………、いいねえ」
言世「いかがですか」
一昌「んー………、いいねえ、赤太郎がオルガンで演奏してくれたのを思い出すなあ」
言世「ホントですか」
一昌「すまん、推測だ。あの時代、ドイツの歌を自在に演奏できるのは島崎赤太郎ぐらいしかいないだろ。本場で学んで来たからな」
言世「それで、どうですか、原曲は? 『故郷を離るる歌』の曲をベースに、<Der letzte Abend>の歌詞を歌っています」
一昌「あのな、いいんだよ、これでもいいじゃないか」
言世「えっつ、どういう意味?」
一昌「たしかにドイツ語だが、100年経っても同じ曲だったとは思わない
言世「えっつ、だから、どういう意味なんですか?」
一昌「ヨハンナさんが歌ったドイツ語の<Der letzte Abend>は、あくまでも日本語の<故郷を離るる歌>で使われている旋律だ。それが原曲だとは思わない。旋律は、言語によって、時代によって、微妙に揺らいで変化していく。フォルクスリート=民謡とはそんなものだ」
言世「忘れられた原曲ではない、というんですね」
一昌「たぶん、ドイツのどこかを探せば100年前の曲により近いものが残ってるはずだ。でもなあ、現代のヨハンナさんがドイツ語で<故郷を離るる歌>を歌ったことはそれはそれで評価すべきことだろう。すばらしい取り組みだ、よくやってくれた」
言世「気になるコメントが、『二木紘三のうた物語』に残っています」

本来なら《Abschied von der Heimat》の方のビデオを作るべきだったかもしれませんが、上記記事の発見が遅くすでに《Der Letzten Abend》の録音がほとんど終わっていたという事情がありました。一方で我々の間でドイツ語版をなんとかドイツと日本で復活できないかという希望がありまり、そして復活させるなら原曲の方となりました。(鞍津輪氏コメント『二木紘三のうた物語』)

一昌「本来ならと分かっていて、時すでに遅し、ということで<Der letzte Abend>のドイツ語歌詞で歌ったというわけか」
言世「そりゃ、まずいでしょ。<故郷を離るる歌>の元歌が<Abschied von der Heimat>だと分かっていて、曲がたぶん似ているから、そうではない<Der letzte Abend>のほうで歌った、ということですよ」
一昌「混乱は避けられないだろうなあ」
言世「ドイツ語版はなんだか日本的な感じがする、そうなると、100年間も同じ曲でドイツでも歌い継がれている、という錯覚を起こさないか、私は心配です」
一昌「たしかにそうかもしれんが、そもそも歌に国境はない。いいんだよ、それでも。いい歌を歌い継ぐ、それが人間だ」
言世「先生、だんだんいい加減な発言になってませんか」
一昌「言世クン、人はなぜ歌うのか、知ってるか、説明できるか
言世「いえ、そんなこと考えたこともなかったです。教えてください」
一昌「いや、おれにも分からん」
言世「ずるいですよ、先生」
一昌「分からんが、一つだけ言えることはある。歌は人生に寄り添うものだ、ということだ」
言世「その話、以前にも聞きました
一昌「そうか、それじゃ繰り返さないが、ドイツの方々や鞍津輪クンらは<故郷を離るる歌>を通じて自らの人生を切り開いているんだ。そのまっとうな、まじめな取り組みを、アレが違うコレが違う、と些細なことにこだわって批判してどこか面白い。大切なのは前に進むことだ」
言世「先生、今回はいろんな勉強をさせてもらいました、わたしも今少し、情報倫理について考えてみたいと思います」
(このシリーズ終わり)