第108話 幸田延の『滞欧日記』1 | 言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

故郷・朧月夜・早春賦…名作唱歌をつくった最重要人物がついに証言
…もし吉丸一昌に会えたなら、こんな感じの会話かな、と考えてつづっていきます。
すべて事実に基づくフィクションです。
唱歌や童謡に関するWEBサイトにある俗説や間違いも正していきます。

崎山言世 …… 大町青雲高校3年生。文芸部所属。曽祖母が東京音楽学校出身。1998-
吉丸一昌 …… 東京音楽学校教授。<早春賦>作詞。『尋常小学唱歌』編纂委員会歌詞主任。1873-1916。

言世「吉丸先生、ちょっとお見せしたいものがあるんですが……」
一昌「なんだ」
言世「この本です」
一昌「幸田延の『滞欧日記』、か。こりゃまた立派な装丁だな。布張りで角丸の表紙に赤い文字か……幸田さんらしいというか……んー」
言世「2012年の出版です、読んでみたくないですか」
一昌「ばか言うな、私はそんな覗き趣味はない
言世「先生、勘違いしてませんか」
一昌「他人の日記を読むなど、もってのほかだ!」
言世「先生、その人の死後50年たつと、私的な日記であっても、それはもう立派な歴史資料になるんですよ」
一昌「あのなあ、キミこそ、歴史上の日記文学と勘違いしていないか。いくら露伴さんの妹だからといって、幸田延クンが物書きだったとは思わない。幸田延クンは演奏家だ、文学者ではない。単なる日記だろ、そんなもの読みたいとは思わん」

言世「いえ、そうじゃないんです」
一昌「……」
言世「吉丸先生は知っていらっしゃると思いますが、明治42年、湯原元一校長に音楽学校を追い出されて、傷心の幸田延さんがヨーロッパに渡ったときに書いた日記ですよ」
一昌「なにっ、湯原さんが追い出しただと。いい加減な出まかせを言うな。なぜ、湯原さんが幸田さんを追い出さねばならん。何度も引き留めたんだぞ
言世「そうなんですか? ほら、日記の前に、幸田延の『滞欧日記』を読むために、っていう解説文が書かれているんですよ。著者は、瀧井敬子さんです」
一昌「だれだ、瀧井クンというのは」
言世「私もよくは知らないんですが、音楽史の専門家のようですね。幸田延さんはもちろん、夏目漱石とか森鴎外とか幸田露伴とか島崎藤村とか、音楽と文学を視野に入れた研究で有名な研究者らしいです」

一昌「んー、わかった、言世クンの魂胆が。キミは、日記ではなくて、この解説文を読ませようとしているんだな」
言世「ふふふふ…、気づきましたか」
一昌「変な笑い方をするんじゃない、気味が悪いぞ」
言世「幸田延の『滞欧日記』を読むために、のなかには、吉丸先生が尊敬する湯原元一校長や、同僚の島崎赤太郎さんのことが出てくるんですよ。最近見つけて、これは吉丸先生に読んでもらわなくっちゃって、待ってたんですよ」
一昌「またキミの策略か、それで…」
言世「ほら、こんなふうに書いてありますよ」

 こうして明治四十一年度から始まった、幸田と島崎という二人の技術監を擁する体制は、翌年度の新学期に入っても変わらなかった。ところが、すでに四十一年度の後半から、湯原元一は幸田延を追い込むために、決定的な次の策を練っていた。(瀧井敬子・平高典子編著「幸田延の『滞欧日記』p28)

一昌「なにーぃ。いい加減な……その本、ちょっと見せなさい。あのなあ、瀧井クン、技術監というのは単なる事務職のようなもんだ、明治40年の文部省令を読んでないのか、大事なのは生徒監なんだよ。技術監が1人だろうが2人だろうが、そんなのは些細なことだ、まるで分かってないな」
言世「何だか面白くなってきました」
(つづく)
※事実に基づくフィクションです。