自分の身体こそ親なのです。
自分の身体こそ親なのです。
僕のところには たくさんのメールがやってきます。
その中に ひとつのメールがありました。
「自分の親は 両方ともいなくなりました。もっと親孝行しておけば・・」
自分の身体こそ親なのです。
親孝行は 実は 親がなくなった後でも できるのです。
それは 自分の身体を大切にすることです。
自分の身体は、確かに自分の身体です。
でも これは お父さんとお母さんの身体でもあるのです。
自分をいたわってあげること。
これは、すごく大切な『親孝行』のひとつです。
いつも その気持ちを大切にしていれば
こころというものは 案外 通じるものです。
静かに目を閉じて 自分の鼓動を聞くと
必ず『親』は思い出せるものです。
(げんき)
たまには 他人を輝かせてあげよう☆☆
たまには 他人を輝かせてあげよう
たまには 他人を輝かせてあげましょう。
思い切り その人が気持ちいいほどに そして自信を持てるように
そんな状況やチャンスを作ってあげることも大切です。
人は 誰でも 自分が輝くようなチャンスを与えてもらうと
嬉しいものです。
そして それが 自信につながり そして そのチャンスを与えて
くれた人と深くつながりあうことができます。
その人が輝けば その機会を与えた人も幸せな気分になるはず。
そして また その人に「輝く機会」を与えてくれる
そんなチャンスがやってきます。
この綺麗な星空もそうです。
星がひとつひとつ光輝けるように
宇宙は 夜を作り出しました。
「輝かせるため」 それが 大きな宇宙のお仕事です。
そんな宇宙のような大きなこころで
相手を輝かせてあげましょう。
人が輝くこと。
これが この宇宙の願いなのかもしれません。(げんき)
『通行人を愛してみると 不思議と人の縁が増えるものです』
『通行人を愛してみると 不思議と人の縁が増えるものです』
JRや車の窓から 眺めていると たくさんの人に出会います。
その人たちを 愛してあげましょう。
こういうとなんだか 変な感じですが・・。
「見知らぬ人を愛しく思う気持ち」を大切にするのです。
「知っている人」を愛することは
実は、「知らない人」を愛することより難しいのです。
「知っている人」は、もちろん その方とのつながりがあるので
愛情を持っているはずです。
ただ、不思議と人間は、愛情を持つだけでなく その相手に自分の
望む『期待』をしてしまいがちです。
『自分の期待』と違う「相手」をみてしまうと 別の感情がわいてくる
ものです。
「相手への期待」は、時として「本当に愛するということ」を見失わせて
しまうこともあるのです。
そこで、「知らない人」に愛を注ぐという練習が生きてくるのです。
「知らない人」
今、目の前を ただ通行している人に 「期待」は いだかないはずです。
ただ、歩いている その人を
「この世界で一生懸命生きている人」だと感じれば
「期待」をいだかずに 愛しく思うことが できるはずです。
何も求めることなく ただ愛してみる。
これが「本当の愛」です。
「本当の愛」を 身につけるための 一番簡単な方法は
実は この「知らない人に愛を注ぐ」ことなのです。
(げんき)
『がんばれば 応援される』の法則
神様は、決して うらぎることは ありません。
がんばれば 応援される。
これは、宇宙にある大きな優しい法則です。
神様が 応援するためのポイントは 2つ あります。
ひとつは、今やろうとしていることは
「神様のかわりに やっていること」だと思うことです。
『神様の仕事』なのです。
あなたが 今 何をがんばろうとしていたとしても
それは、「神様のかわりに やっていること」。そう思うことです。
もうひとつは、「自分を応援してあげること」です。
自分を まるで他の誰かを見守ってあげるように見つめてあげ
しっかりと応援してあげることです。
この2つのポイントは、
「がんばれば 応援される」の法則を動き出させるのです。
これは、自分が本当は 神様の一部なのだと 自分に思い出される方法です。
きっと あなたの中の「内側の神様」が 本気を出してくれます。
かならず。
(げんき)
一生懸命に『さぼる』ことも大切です。★★
一生懸命に『さぼる』ことも大切です。
何もしたくないことや そんな日は 誰にでもあります。
僕も ありますよ、結構・・(笑)
こどもたちの『さぼり方』を見習ってみましょう。
こどもは、本当に 『さぼり』ます。
掃除の時間にも 掃除道具を使って 戦ってみたり。
宿題をしているようで 実は キャラクターを描いてみたり
授業中なんて 『さぼり』の宝庫です。
思い浮かぶ あらゆる『さぼり技』を使うことができます。
実は、本当は とても『健全』なことなのです。
「集中力がないじゃないの?」と怒られるかもしれませんが
『さぼれること』は 集中力がある証拠だからです。
大人とこどもの『さぼり』が違うとすれば
そこには 理性から来る 『罪悪感』があるか ないかだけです。
こんなことしてて いいのかしら
そう思いながら 別のことをすると
その今やろうとしている「別のこと」自体に 集中できなくなるからです。
さぼるのなら 一生懸命にさぼってみましょう。
集中してやってみることです。
眠いのであれば 思い切り寝てみる。
頭をからっぽにしたいのであれば 思い切り「空っぽ」にしてみる。
別のことがしたいのなら 思い切って それに取り組む。
中途半端にやるのではなく 思い切り楽しむことが大切です。
(げんき)