人は「愛されすぎる」と 「愛」そのものになってしまうのです★★
愛されていると感じることが大切
「自分は、愛されている」
そう感じることが できる「能力」
実は 人にとって 一番重要な「能力」です。
大人であれ こどもであれ 男であれ 女であれ
この「能力」を持てるか どうかが 「幸せ」を決めてしまうからです。
すべての人は 必ず 誰かに愛されています。
愛されていない人など この世界には 存在しえないからです。
この世界に存在していること自体が「愛されている」証拠だからです。
僕たちは、 食べ物を食べているから 生きているわけではなく
ただ、心臓が動いていたり 身体の臓器が動いているから
生きているわけでは ありません。
「愛されている」から 命があり 生きているのです。
「じゃあ、亡くなってしまった人は 愛されていないの?」
いえいえ 愛されているを超えて 「愛」になったんです。
僕は こどもたちに そう教えています。
あなたも 僕も そして誰もが 愛されています。
それを感じること。
これが いちばん 大切な ぼくらのちからなんですね!
(げんき)
毎日 お名前を書いてあげると 人気運がつく★★
「毎日 お名前を書いてあげると 人気運がつく」
名前こそ 最高の「幸運の導き手」です。
みなさんも こどもたちの名前を いろんな想いで考えたはず。
でも 大きくなるにつれて その「名前をつけた日」の記憶も
だんだんと 遠い過去になってしまいがちです。
名前には、ものすごい 「念」が込められています。
もちろん いい意味ですけど(笑)
できるだけ こどもたちの名前を 書いてあげましょう。
できれば 毎日がいいですね。
誰にもきづかれなくていいのです。
手帳やメモ帳。
広告の裏紙 など なんでも かまいません。
一日 1回書いても
1年では、 365回になります。
誰に見せるためでもないのです。
見せるのは ただひとつ その子を この世界に送り込んだ「神様」にです。
紙に名前を書くということ。
これは、その子の名前が「この世界にたくさん露出する」ことを意味します。
そうです。
「人気」運を アップさせるための 魔法の呪文のようなものです。
名前のイミも そこでは 「強化」されていくものです。
「紙に書く」ことは 「神に加来」ことです。
あなたの想いは、ちゃんと 未来に加えてくれるからです。
(げんき)
『人生で起こること』を、『食べたい気分』から学んでみる
「ねえ、今日 何 食べたい?」
「そうだね、 カレーが食べたい気分だね」
そんな会話は、どこにでもある ひとつの風景です。
昨日の夜 焼肉の食べ放題で 思い切り 焼肉を食べたとしたら
今朝、 焼肉を 食べたいとは まず 思わないはずです。
食べたいものを考えるときに
あなたは、なにを基準に考えますか?
身体の調子で決めることもあるでしょうし
ちょっと高級なもの、そんな豪華さで決めることもあるでしょう。
すべては、あなた自身のなにかと相談しているはずです。
よく考えてみると 即決はしていないのです。
そこには 「基準」となる なにかと話し合ってきめています。
実は、あなた自身が決めているわけではないのです。
もう一人の自分が「希望する」ものを あなたが ただ選択したに
すぎないのです。
今日、なにをしようか?
そう 考えたときも 同じです。
今日は、疲れているから 家でごろごろしていたい。
そんな感じですよね。
これも あなたではなく もう一人のあなたの選択の結果なのです。
もうひとりのあなたの選択は 本当に 正しい選択しか行いません。
あなたにとって必要な状況や条件を考慮して その後に待つ未来の結果
それを 終えた後のあなたの成長など
とにかく 複雑な計算をすべて 一瞬のうちに行って
それを希望して それを引き寄せているだけなのです。
『人生で起こること』
これも 決して 例外では ありません。
すべての経験や出来事は もう一人のあなたが 選択した結果
引き寄せたものなのです。
すべては、 「あなたのために」 用意してくれた もうひとりの自分からの
大きな「愛情」なのです。
ときに、あなたの望むものと違うものを引き寄せていると感じるかも
しれませんが それは すべては「あなたのために必要だ」と
もうひとりの自分が感じたからなのです。
この「もうひとりの選択」を 信じてあげましょう。
『人生で起こること』は、
もうひとりの自分から 頂いた 『最善の選択』だからです。
(げんき)
いいところは 一つあれば十分なのです★★
いいところは 一つあれば十分です。
人生は、総合得点を競うゲームでは ありません。
よく、「あいつはこういう所は いいが こんな悪いところが
あるから プラスマイナス 0 だな」 などと言う人がいます。
一つの悪い点があるだけで 全てを悪くみられがちです。
学校の勉強もそうです。
どんなに国語が得意でも 体育や算数が悪いと評価が下がりがち・・。
得意な科目が 一つあるだけで十分なのです。
人生の不思議なところは
ひとつの得意な点や長所だけで十分に幸せになることも
楽しく生きていくことも可能だという点です。
人が悩むということは
一つの教科の点数が悪いからと言って全部の成績が悪い
そう思うのと同じことです。
悪い所があってもいいのです。
いいところは ひとつあれば十分です。
逆を言えば ひとつだから いいのかも知れませんね。
(げんき)
悩んだ末の選択は どちらを選んでも正解なのです。
悩んだ末の選択は どちらを選んでも正解なのです。
たくさんの中から 悩んで ふたつの方法まで絞込みました。
あとは どちらを選ぶか?
最後の選択です。
迷うところですよね。
正解は 「どちらを選んでもいい」のです。
二つに絞り込んだ時点で
すでに 自分の望みに近い形のものを選んでいるからです。
正しいものを二つ選んだのです。
二つに絞るということは
どちらを選択してもいいレベルだということです。
厳密に どちらかを選択するという考え方ではなく
自分が最後に絞り込んだ いくつかの選択は 全て正しいのだと
考えることで 迷いも消えて 後悔することも減るはずです。
難しく考えてはいけません。
どちらを選んでも きっとあなたは 成功します!
(げんき)