出席番号というのは、自分のためにあるのではなく、誰かが思い出してくれるためにあるのです。
学校に行くと 自分独自の番号が与えられます。
そうです。出席番号です。
出席番号は そのクラスにいる1年間の間 自分について回る
自分だけの番号です。
自分のあらゆる持ち物にもついて回ります。
1年間の大切な「ラッキーナンバー」のようなものです。
こどもたちは 学校という「小さな社会」の中で
この「出席番号」を通して 世の中を体験しているのです。
「僕は この子の次で そしてこの子の前」
「大好きなあの子は ●番なんだ。」
「出席番号」を通してだけしか味わえない「つながり」というものも
あるのです。
いわば これは 自分の中での「暗号」のようなものです。
僕も よく縁日などのくじを引く時に この番号を使いました(笑)
僕は だいたい6番だったので いつも 「6」を引いてたんですね。
それと もうひとつは 「34番」。
これは 僕が好きだった女の子の番号です(笑)
だから いつも その番号は 大切に使っていました。
もちろん、くじを引くときにも 使ったりして・・(笑)
こどもにとって はじめて与えられた「番号」は とても大切なものです。
まだ、学校に通っていない こどもたちにも 好きな番号を与えてあげるのも
いいですね。
こどもにとっての番号は 出席番号であれ ゼッケンの番号であれ
ユニホームの番号であれ 「宝物」です。
自分の番号。
それは 本当は 自分のためにではなく
誰か 他の人が 自分のことを思い出してくれるために
与えられた 大切な番号なのです。
(げんき)
神様に スタンプをみせてあげよう☆☆
神様に スタンプをみせてあげよう
人生の中では、立ち直れないほどの痛みや言葉にならないくらいの喜び
など、本当にたくさんの出来事や経験があります。
それは、こころの中に まさに「刻印」される感じです。
こころに刻印されたもの、焼き付けられたもの これは スタンプなのです。
人生は、自由に道を選べる「スタンプラリー」のようなものです。
神様にあったら スタンプをみせてあげましょう。
スタンプの数や場所、色や形は様々で、別にいいも、悪いもありません。
もちろん、数も全く関係ないのです。
この世界では、報われない努力は、努力と認めませんが
このスタンプラリーでは、報われない努力があってもいいのです。
関係なく スタンプは 押されています。
堂々と胸をはって スタンプラリー表をみせてあげましょう。
僕は、いつか神様に出会った時に 突き出して見せるつもりです。
多分、こんな会話があるのかもしれません。
「神様、全て このゲームクリアしましたよ。楽しかったです」
「ほーっ かなり、スタンプも 集まったようじゃな。
楽しかったなら、結構! 結構!!(笑)」
「まあ、苦戦しましたけどね(笑)」
「よろしい。また世界に戻る気があるのなら戻してやろうかのう。
どうじゃ、今度は どんな人間で、どんな人生がよろしいか?
好きなものを選ぶがいい。なんにでもしてやろう」
「そうですか。では、次は 太陽になります。」
(げんき)
寝顔を見たら 祈りをこめてみよう★★
寝顔を見たら 祈りをこめてみよう
こどもたちの寝顔って 本当に素敵なものです。
寝顔というものは
こころが どこか遠くに遊びに行って
身体だけが お留守番をしているようなものですね。
そこにあるのは この世界で存在するためにある
大切な身体です。
身体のひとつひとつの細胞の中にも
きっと 意識があるはずです。
見えない潜在意識は いつも 身体を生かしてくれているから。
寝顔を見たら 祈りをこめてみよう。
いつまでも健康で元気でありますように。
歩んでいく大切な道のりの中
この子の身体を通して すべての幸せを体験できますように。
相手の幸せを祈ること。
もちろん、見えない神様に祈ることも大切です。
でも目の前にある 相手の形ある存在に祈りをこめてみる。
そうすることで きっと 相手の中にある 見えないちからが
自分の想いを 受け止めてくれるはずです。
こどもたち。そして夫や妻や彼女や彼氏。
兄弟姉妹に 父母。
どんな人であれ もし 誰かの寝顔をのぞくことができたら
そんな想いを送ってあげるのも
きっと大切なことです。
(げんき)
「存在していること」が「愛」なのです。
「存在していること」が「愛」なのです。
こどもに対して「愛情がもてません」と悩んでいるお母さんが訪ねてきました。
「どうしても愛情」を持てませんと。
「自分にとって」と考えれば そうなのかもしれません。
でも「こどもにとって」と考えれば おかあさんという存在自体がすでに
愛なのです。
それ以上でも以下でもありません。
すべてのことに共通していえること。
それは
「自分にとって」とか「相手にとって」という そういった理由で
この世界にあるわけでは ありません。
存在するということに「誰のため」という理由はないはずです。
あることが「愛」です。
ただ それだけです。
「愛」があるから存在し、「あること」が「愛」。
一番大切なことは、今 この世界に存在していることなのです。
あなたが 今 こうして この世界にいてくれることに ありがとう!
(げんき)
いちばん最初に見たものは 永遠に覚えています★★
いちばん最初に見たものは 永遠に覚えている。
一番、最初に 出会ったものは すぐに思い出せるかどうかは別にして
必ず 覚えています。
生まれてはじめて 見たおもちゃ。絵本。犬。 人。 とにかく全てです。
その後に たくさん 同じものに出会いますが でも 一番最初に見たものは
覚えています。
それは なぜか。
そこには 一番 最初に それを見た 「印象」というものがあるからです。
それは どう感じたか。という 「こころの記憶」です。
最初にあった犬の印象が その後に出会う 犬への印象なのです。
いちばん最初に出会ったときに なにを感じたか。
もしかすると 一番大切なことなのかもしれません。
生まれてはじめて こどもを 叱る時。
生まれてはじめて こどもに 笑顔をなげかける時。
生まれてはじめて こどもに おもちゃを与える時。
できるかぎり 「幸せな印象」を与えてあげましょう。
はじめての出会いは、実は 永遠の出会いなのです。
(げんき)