第33回
長き夜を たたる将棋の 一手かな ( 幸田露伴 ) (注) 一手差し違えたばかりに負けた将棋の悔しさ 空をあゆむ 朗朗と 月ひとり ( 荻原井泉水 ) 音もなく 母寝て卯の花 月夜なり ( 古賀まり子 ) 人それぞれ 書を読んでいる 良夜かな ( 山口青邨 ) 玉の如き 小春日和を 授かりし ( 松本たかし ) 大根(ダイコ)引き 大根で道を 教えけり (小林一茶 ) 大雪の 夜は千代紙の だまし舟 ( 奥村美那子 )・ 人間には無限の可能性がある。ただそれは、いつ途絶えるかも しれず、今この瞬間に終わるかも知れない。・ 時間は無駄に過ぎたわけではなく、人間は無駄に年を取った 訳ではない。・ 桂はその時、独りきりだという事を痛切に感じた。原始の未開の 人間達が、凶暴な野獣の遠吠えを耳にしながら、暗黒の夜の中 で感じたような、凍りついた孤独を感じた。・ みんなもう死んでしまった。昔、はづんだ声をして、僕たちは何を 話していたのだろう。何を夢み、何を望んでいたのだろう。それは もうあまりにも遠いことだ。・ 僕がいなくなっても、蝉の声はやはりしているだろう。空には 白い雲が流れているだろう。・ 人はいつどこで誰に会うか分らないし、会ってどうなるかも 分らないんだよ。・ 私は言葉を飾って、それを語るつもりはない。 笛や太鼓に誘われて 山の祭りに来てみれば 日暮れはいやいや里恋し 風吹きゃ木の葉の音ばかり 酒を勧む ( 干武陵 ) 君に勧む 金屈巵(キンクッシ=金属製の杯) 満酌 辞するを須(モチ)いざれ 花発いて(ヒライテ) 風雨多し 人生 別離足る(別離というものは避けがたい ものだから) 鍾山即事 ( 王安石 ) 澖水 聲なく竹を繞って(メグッテ) 流れ 竹西の花草 春に弄れて(タワムレテ) 柔らかなり 茅檐(ボウエン=粗末な我が家)に対して 坐すること終日 一鳥鳴かず 山更に幽なり 廬山の瀑布を望む ( 李白 ) 日は香炉を照らして 紫煙を生ず 遙かに看る 瀑布の長川に掛くるを 飛流 直下 三千尺 疑うらくは 是れ銀河の 九天より落つるかと 山水詩 ( 柳宗元 ) 漁翁 夜 西巌に傍って(ソッテ) 宿し 暁に 清湘を汲んで 楚竹を燃く(タク) 煙 銷え(キエ) 日出でて 人を見ず 欸乃(アイダイ=櫓の音) 一声 山水緑なり ふるさと ( 三木露風 ) ふるさとの 小野の木立に 笛の音の うるむ月夜や 少女子(オトメゴ)は 熱きこゝろに そをば聞き 涙流しき 十年(トトセ)経ぬ おなじこころに きみ泣くや 母となりても かにかくに 渋民村は恋しかり おもひでの山 おもひでの川 ( 石川啄木 ) いのちなき 砂のかなしさよ さらさらと 握れば指の間より落つ ( 同 ) ふるさとの 訛(ナマリ)なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく ( 同 )