第13回
・ ちょっとした事でカーッとなることを原始反応という。これはフロ イト流に云えば、自我の働きも超自我の働きも、共に弱体化した 時のむきだしの姿であり、個人主義とは程遠い”悪しきエゴイズ ム"である。・ 私の愛情が水野さんに劣る愚かしいものであるならば、私は その資格なくして妻の立場にいると云われなくてはならない。・ 我々の人生は脈絡のない無数の挿話からなりたっている。その どれがつまらぬ偶然にすぎず、そのどれが重要な運命の一環で であるのか、容易に見定めのつくものではあるまい。・ 人にはそれぞれの苦しみがあり、我々はそれを自分の意識の パターンに合わせて推量する他はない。 秋和の里 ( 伊良子清白 ) 月に沈める白菊の 秋すさまじき影を見て 千曲乙女のたましひの ぬけかいでたるこゝちせる 佐久の平のかたほとり あきわの里に霜やおく 酒うる家のさざめきに まじる夕べの雁の声 蓼科山の彼方にぞ 年経るをろち棲むといえ 月はろばろとうかびいで 八谷の奥も照らすかな 旅路はるけくさまよへば 破れし(ヤレシ)衣の寒けきに こよひ朗らのそらにして いとどし心痛むかな ・ 霙の音が一層かすかになり、或いはすっかり雪に変わったのか もしれない。彼女もまた窓越しに天から降ってくる冷たいものを 眺めて、自分の歩いてきた道を振り返っているだろう。果して それが生きるに価したか否かを、心の中でまさぐっているだろう。・ あたしは道徳なんて考えない。それは人が作ったことで、あたし はあたしの責任でこうしている。・ 風はより冷たく、空はより蒼く晴れていた。私は空高く浮かんで いる鱗雲を眺めていた。・ 彼女は40年の経験で知っていた。人生というものは滅多に大事 件は起こらないものだ。・ 結局何事も起こりはしないのだ。昨日のように、おとといのように 明日もあさっても無事に過ぎて行くだろう。人はそのように老いて ゆくのだ。私の人生もそれだけで終わるのだ。・ 女の心を捉える為の武器は”繰り返す”という事だ。たとい50回 の愛の告白に顔をそむける女でも、100回の告白を聞かされゝば これが運命とあきらめて、男の心に従うものなのだ。 さびしさを口にすることなくなりて ゑまいしづけく もの言いにけり ( 釈迢空 ) 夢の如 思ほゆるかも 悔い深き年も かそけく過ぎにけらしも ( 同 ) かくしつゝ 時は過ぎなむ 現し身の時は短かく 思へども 思ひみがたき ものゝはかなさ ( 同 ) はつ草をひと時ふみて 幾ばくの歩みなりけむ はつくさの原にかたむく夕かげに 歩みをかへす ( 同 )・ 愚かな人間は沈黙しているのが一番いい。しかしもしこの事を 知ったならば、その人は最早愚かな人間ではない。・ それを思うは楽し 永 日 (部分) ( 室生犀星 ) われはやさしくありぬれど わがこしかたのくらさより さひわひどもの遁れゆく のがるゝものを趁ふなかれ ひたひを割られ 血みどろにおのゝけど たふとやわれの生けること なみだしんしん湧くごとし