・ ちょっとした事でカーッとなることを原始反応という。これはフロ
イト流に云えば、自我の働きも超自我の働きも、共に弱体化した
時のむきだしの姿であり、個人主義とは程遠い”悪しきエゴイズ
ム"である。
・ 私の愛情が水野さんに劣る愚かしいものであるならば、私は
その資格なくして妻の立場にいると云われなくてはならない。
・ 我々の人生は脈絡のない無数の挿話からなりたっている。その
どれがつまらぬ偶然にすぎず、そのどれが重要な運命の一環で
であるのか、容易に見定めのつくものではあるまい。
・ 人にはそれぞれの苦しみがあり、我々はそれを自分の意識の
パターンに合わせて推量する他はない。
秋和の里 ( 伊良子清白 )
月に沈める白菊の
秋すさまじき影を見て
千曲乙女のたましひの
ぬけかいでたるこゝちせる
佐久の平のかたほとり
あきわの里に霜やおく
酒うる家のさざめきに
まじる夕べの雁の声
蓼科山の彼方にぞ
年経るをろち棲むといえ
月はろばろとうかびいで
八谷の奥も照らすかな
旅路はるけくさまよへば
破れし(ヤレシ)衣の寒けきに
こよひ朗らのそらにして
いとどし心痛むかな
・ 霙の音が一層かすかになり、或いはすっかり雪に変わったのか
もしれない。彼女もまた窓越しに天から降ってくる冷たいものを
眺めて、自分の歩いてきた道を振り返っているだろう。果して
それが生きるに価したか否かを、心の中でまさぐっているだろう。
・ あたしは道徳なんて考えない。それは人が作ったことで、あたし
はあたしの責任でこうしている。
・ 風はより冷たく、空はより蒼く晴れていた。私は空高く浮かんで
いる鱗雲を眺めていた。
・ 彼女は40年の経験で知っていた。人生というものは滅多に大事
件は起こらないものだ。
・ 結局何事も起こりはしないのだ。昨日のように、おとといのように
明日もあさっても無事に過ぎて行くだろう。人はそのように老いて
ゆくのだ。私の人生もそれだけで終わるのだ。
・ 女の心を捉える為の武器は”繰り返す”という事だ。たとい50回
の愛の告白に顔をそむける女でも、100回の告白を聞かされゝば
これが運命とあきらめて、男の心に従うものなのだ。
さびしさを口にすることなくなりて
ゑまいしづけく もの言いにけり ( 釈迢空 )
夢の如 思ほゆるかも
悔い深き年も かそけく過ぎにけらしも ( 同 )
かくしつゝ 時は過ぎなむ 現し身の時は短かく
思へども 思ひみがたき ものゝはかなさ ( 同 )
はつ草をひと時ふみて 幾ばくの歩みなりけむ
はつくさの原にかたむく夕かげに 歩みをかへす
( 同 )
・ 愚かな人間は沈黙しているのが一番いい。しかしもしこの事を
知ったならば、その人は最早愚かな人間ではない。
・ それを思うは楽し
永 日 (部分) ( 室生犀星 )
われはやさしくありぬれど
わがこしかたのくらさより
さひわひどもの遁れゆく
のがるゝものを趁ふなかれ
ひたひを割られ
血みどろにおのゝけど
たふとやわれの生けること
なみだしんしん湧くごとし