人生の師を見つけたいと強く考えている。もちろん、今までも素晴らしい

方に出会ってきたし、そういった方々からの教えは、自分の骨となり、

肉になっていると思っている。ただ、できれば自分の目指す道と似た方

向性に進んでいる人、価値観を持っていると思える方を、師に持ちたいと

思っている。それが自分の心の中の迷いを解き放ち、決して揺るがない

自分を形成し、自分の成長をさらに早める助けになるはずだと信じている。


 自分の成長を早めるという意味では、ある本からモデリングという考え

方があることを最近知った。自分の目標とする人を決めて、その人が今

まで進んできた道を研究して、それを徹底的にまねるという考え方であ

る。その著者は、その目標のなる人の写真を家の中で目につきやすい

所に貼り、徹底的にイメージしたらしい。少し気持ちが悪いが(笑) 

 そういえば、自分も無意識にではあるが、そういったことをやってきた

気はする。しかし、今までは、あまりうまくいかなかった気がする。たぶん

今までの失敗から考えると、「誰をまねるか」ということが重要だと思う。

思い付きではなく、自分が真似するべき人は誰なのかを考えてみる。

まあこの営み自体が師を見つけるということなのだろうが。


 もうひとつ、これも本で読んだなかで「守・破・離」という武士道の言葉

があった。最初は人の教えを忠実に守り、(守)、人の教えが身についた

ら、その考えをもとに応用してみる(破)、そして完全に自分のものとした

とき、また新たな考えを探す(離)。とこんな感じだったと思う。

 この言葉を言った人は、新しいものを生み出すときにも、まずは「誰か

のマネをしてみる」ということがまず必要だということを言いたかったのだ

ろう。新しいことを考えようとするとき、どうしても意外性を重視して考え

ようとしてしまう傾向がある。そして行き詰まったりする事がよくあるが、

そういったことから、考えればこの言葉は、含蓄の深い言葉であると思う。
やや蛇足ではあるが。

 昨日、今日で部屋の整理をした。おかげさまで大分過ごしやすい部屋

に。昔から、部屋が雑然としすぎていると、何もする気が起こらなくなる

ので、部屋の整理、模様替えは、たまにはしなくちゃいけないと思う。


 最近、家でいろいろな作業をするようになって、環境の大切さについて

考えることが多い。家というのは、どうしてもくつろぐ場所というイメージが

あるので、やるべきことを決めていても、部屋の雰囲気に流されて、

なんとなく、無為な時間を過ごしてしまうことも多いし、「特定のことを

するのに、最適な場所・環境というものが人それぞれあるはずだ!!」

変な決め付けから、いろいろと妄想をしたりしている。

私も、実践の回数は極めて少ないが、喫茶店やバーで、アイデアを

考えたりすることはある。私は、どうやら適当な雑音(とアルコール)が

あった方が、頭が回る人らしい。最近、快適に仕事をするための場所や

設備を提供している所(SOHO、貸しオフィスとか?)が乱立しているし、

「do、getするための最適な場を提供する」的ビジネスは、今後もどん

どん出てくるだろうなあ。


ただ、あまり外の環境に頼ってばかりもどうかと思うので(お金もかかる

し・・・)しばらくは「自宅環境の最適化」をテーマにしていくことになる。

簡単な話、いすに座って作業をするのと、床に座って作業をするのでは、

生産性が全然違う気がする。

というわけで今日から、引越し当初からあった勉強机を有効利用する

ことにしました。今まで机の上に本やら書類が山積になっていたため、

昨日、整理をしました。何となく眠くもならないし、集中できる気がする

が、いすの背もたれがないからか、肩がこる。。。次はいすの購入?

 人にアドバイスをするのはとても難しく思う。


 元来、私は他人の気持ちを推し量る事がとても苦手で、自分

の立場でしか、モノを考える事ができない人間だった。

最近、人と触れ合う中で、また様々な人間関係にまつわる書籍に

触れ合う中で、他人の立場にたって考える事の大切さを知った。

 

 しかし、他人の立場、本当の気持ちを知ることがそんなに簡単に

できるのかという疑問もある。

 まず、私自身は、完全にはその人自身にはなりえない全く別の

個の存在である。誰しもそうかもしれないが、自分の経験、価値

観で行動して、生きているのが普通だと思う。人にアドバイスを

する時にだけ、ふっとスイッチを変えて、その人の立場にたって

考えるような、器用なことが、私にできるのか?

 また、どんなにその人の本当の気持ちを、言葉に表して頂く

ために必要な質問を考えて用意したとしても、本当にその人が

本当の気持ちを話してくれることを担保するものはどこにもない。

 

 また、自分の伝えた内容が、相手には、全く意図しない方向に

とられていることもある。これが大変恐ろしい事で、コミュニケー

ションの難しさなのかもしれない。


そういったことを考えている内に、人にアドバイスをすることが

少し怖くなっている自分に気づいた。


 しかし、私の今後の人間関係の中で、アドバイスをする機会は

これから多く訪れると思うし、相手の悩み、不満に対して、

微力ながら役に立てる人間でありたいと願う。


 正直100%、その人の琴線にふれるようなアドバイスができる

ことはもしかしたら、今後の人生で一度あるかないかかも知れ

ないと思う。しかし、1%でもその割合を増やしていく事が今後

私が目指していくことだと思う。


そのためには、相手との信頼の度合いを増やしていくことが

まず一番大事だと思う。また、その過程の中で、相手が物事に

関してどのように考える傾向があり、自分のそれとはどう違う

のかということを把握しながら、相手の価値観を類推し、

その類推された価値観を踏まえたアドバイスをすることかも

しれないと、今は思う。

 最近、「戦略」に関する本を読み始めている。切り口は様々で、孫子、

クラウゼヴィッツ等の大戦略家に関する本。日本の近代歴史に関する

本、はたまたゲーム理論といった数学的切り口やマーケティング戦略・

事業立案といった経営戦略に関する本。どれも大変興味深い。


 思えば、私も今までの人生を振り返ると、「戦略なき人生」だった。

「なんとかなる」というひとりよがりな考え方で、突進することで、何度

後悔し,また、周りに迷惑をかけてきたことか。太平洋戦争の日本軍部

の戦略なき勢力拡大の例を見てもわかるが、勝つための方策、もし

くは、それ以前に本当に勝てるかどうかを考えないと、本当に悲惨な

目にあうかがよくわかった。


 ただ、勝つということは「相手を打ちのめす」ことではない。私も勝ちに

こだわり過ぎることで、人間関係をおかしくしたり、疲弊したことがあった.

孫子も言っているが、正面をきって戦うことは最大の下策である。むしろ

「戦わずして勝つ」ことが上策なのだと言っている。(現実的には難しいが

)戦うとしても、いかに相手の目を眩ませて、相手よりも優位に立つか。


 そのためには、相手のことをどこまで読めるができるかが大事である。

この視点が、今までは、本当に全くといっていいほどなかった。自分が

やりたいから、とにかくやるんだといった、相手を無視した、幼稚かつ

浅はかな行動も、今まで見受けられた。相手の考え方、力量、行動特性

等によって、出方が全く異なるのだ。自分の行動は、まず相手ありきなの

である。


また、意外と盲点なのが、自分自身を知ることである。マーケティング

の3Cという有名な言葉もあるが、競合ばかり見て、自分の強み、弱み

を把握することをおろそかにすることがある。先ほどの日本軍の例で

はないが、日本の国力を考えれば、どう考えても勝てる戦争ではなか

った。まさに自国が見えていなかったのだ。


戦略的に考えるより、行動した方がいいという意見もある。私も少なか

らず、その考え方を支持したい向きもある。(それによって得た良い体験

があるので)「考える前に行動しろ」という人もいる。ただ、戦略的に考える

ことは、行動によって得られる効果を最大化するためには、やはり必要

なことだし、それはどのような行動にうつすかという決断の重要性が

増せば増すほど必要不可欠なものになるはずだ。なぜなら、太平洋

戦争の日本が受けた被害を考えればわかるように、大きなリスクを

伴うからだ。


これからの日本でも、自分の人生を、自分で考えて切り開いていく

「自己解決能力」が求められると、私は思っている。

そのためには、現状を分析し、いかに変革していくかという戦略的な

視点を、各個人が身につけていくことが不可欠になると思う。

お国柄を考えれば、アメリカあたりでは、この手の本を日本の中学生ぐらい

の年で読んでいるかもしれない。それを考えるといささか遅いスタートですが、

戦略家への第一歩として、今後もずっと考えていきたい。


リーダーを目指す人だけでなく、何となく先が見えない人たちに対しても

すすめたい。
終戦記念日前ということで、日本の不幸な戦争を例として振り返りながら

痛ましい過去をなげきつつ。

昨日は、事業計画の打ち合わせのあと、横浜で爆飲。

その後、新宿で、うろちょろしていた所、結局帰宅したのは

深夜2時過ぎになってしまった。


どんなに時間がなくても、遊びの時間は大切にしたいと

思っているけど、学生の延長みたいにだらだら遊ぶのは

どうなのかなあと。たまにはそれもいいんだけど。

時間もそうだけど、中身かなあ。

俺も、もうそこまで若くないので、年相応の遊びというか。

こんなことを言っていると、考えすぎとか真面目すぎるとか

言われるんだけど、こういう気質なので。。。。


遊びについてももっと完全燃焼したいなあ。

大学時代の友人と、新宿で飲んで、只今帰宅。

少し酔っ払い気味。。。

コーヒーで酔いを覚ましながらブログを書いています。


 しかし、元モー娘の矢口、変わっちゃったな。。。

ていうか、これが素なのかなあ。

けっこう好きだったのに。「たんぽぽ」の時から・・・


フジテレビの「はねとび」のコントを見ながら、

今後のモー娘の将来と共に一緒にふと心配に思う。


 

 

 



 さあ、今日から暑い、熱い8月だ。

そういえば、ブログ書くのも、けっこう久しぶり。


 7月は、密度の濃い一ヶ月だった。

様々な活動もさることながら、とにかく考えさせ

られる一ヶ月だった。


 あとになって、「7月は、今年一年でいいターニング

ポイントになったなあ」といえるよう、明日からの

行動を、また高めていこう。


さあ、今日から暑い、熱い8月だ。


今日は合唱の練習から帰ってきて、7月始めの合唱祭にLOCUS

で歌った録音CDを聞きながら、ブログを書いています。

 客観的に聞いてみると、我々LOCUSは女声がとても目立っている

印象を受けた。素人の僕がこんなことを言うと、他のメンバーに

怒られそうだが、男声がもう少し目立てば、相当いいと思った。

 

 というか、僕自身がもっとうまくなりたいですね。率直な所(笑)

リズムについては、なれてきたせいか、以前よりは、とれるように

なってきた。まだ時々タイミングを間違えたり、しくじるけど。

皆さん、本当すみません。。。。

当面は、発声と音感が課題ですね。

当たり前だが、声を響かせるためには、発声がとても大事だと思う。

特にLOCUSは、人数が多いわけではないので、ひとりひとりが

声を響かせないことには、ハーモニーにならない。

特に大会場での演奏会ともなると、なおさらかもしれない。

そして、自信をもって発声するためには、この音で正しいんだと

いう音感を持っていることが重要だと思う。


発声は、「目の前の空気を全て吸い込んで前に吐き出すこと。

おなかを横に広げ、肋骨を上に保つイメージを持つこと。」

音感は、「たくさんの楽曲にふれながら、練習しながら

体で覚えていくこと。自宅でたまに自分で音を出して音感

をつかむこと。」

これが当面意識して実践することかな。


 言っていることはもしかしたら、初級レベルでその手の道の

人には笑われてしまいそうなくらい、単純なことかもしれませんが、

僕にとっては、まだまだとても難しいんです。

音楽は、本当に奥が深いですよ。


昨日の英語サークルのみんなとの鎌倉での

時間は最高だった。

鎌倉の寺院での心休まる時間。

江ノ島での何となく心が高揚する時間。


そして、夜の七里が浜のレストランでの、

メンバーの星くんと俺の誕生日をみんなに

祝ってもらった時間。


俺って、この年になるまで、こういう経験って、

あまりなかったなあってつくづく感じる。

大学時代のサークルの仲間と過ごす時間

とはまた違う。

年代も様々だけど、みんなが一つの方向を

向こうとしている組織。

まさしく自分が欲していたものだと思う。

みんなに感謝。

アレンジしてくれたゆーこさんには特に感謝。


今後も、英語を通して、いろいろな人と出会い、

素晴らしい時間を共有できたらと思っている。

そのためには、みんなが英語を通じて集まる

ような場を作り続けることが大事である。


運営メンバーの結束力は高まっている。

ただ、英語サークルの活動そのものに関しては、

まだまだだと、個人的には思っている。


ただ、これから我々がやっていく活動その

ものについては、我々の思いはもちろん、

これから英語サークルに参加してくれる

みんなの英語への無限大の思いを、少し

づつ形にしていくことだと思う。

難しいことではない。


とにかく少しづつでいいから、英語を話したいと

考えている人たちが、心から満足し、感動を

共有できる場、時間を生み出せるようなサー

クルに近づいていくことを目指そう。

今週は、3連休の無理がたたってか、何となく体がだるい。

ただ、今週は、あっというまに週末が来た感じ。

 そういえば、学生はもう夏休みらしい。もちろん社会人の私は、

当然休んでばかりもいられず、働かなければいけないが。

ただ、今年の夏は、例年に比べて、海へ行ったり、バーベキュー

大会をしたり、屋形船に乗ったりする予定で、夏らしいイベントが

盛りだくさんで楽しみである。

 ただ、遊びだけではなく、自分の中で、新しいチャレンジをいく

つか作りたいと思う。今年も、折り返し地点を過ぎて、よかったこ

とも悪かったことも、今の時点でも、例年より多く数えられる気が

するが、もうひと頑張りできることを探したいと思う。

 

 そういえば、明日で28歳になります。まだ20代といってくれる人も

いるが、もう立派なおっさんである。20代、何をやって来たかといわ

れると正直、あとで振り返って思い出といえることはまだまだ少ない。

20代の私の人生を、あとで振り返って、「やり切った、後悔がない」

といえるように、残りの20代は、もっとめちゃくちゃやりたいと思う。

 といいながら、最近は、この際、あせっても、しょうがないので、

ゆっくりぼちぼちと行動していくかなってスタンスになりつつある。

あんまり生き急いでいると、はっきりいってしんどいと思う。

人生、楽しむ事が基本で、そうでなくなってしまうと、自分を追い

込むだけで意味がないなあと。もう少しいいかげんに生きることも

覚えていきたいですね。


とはいえ、時間は有限。一日一日を大切に。