今朝の朝日新聞に、勝間和代さんが「セレンデピティ(serendipity)」という言葉について書かれていました。

日本語訳は偶然力。


何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力、才能を指す言葉だそう。

何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見する「能力」を指す。

ふとした偶然をきっかけに閃きを得て、幸運をつかみ取る能力のことらしいです。


勝間さんはこれを、不運を幸運に、幸運を実力に変える力だと解釈しているそう。

この言葉をいつも胸に抱いているかどうかで人生の見方が大きく変わるとも。


「なぜ私はこの言葉が好きかというと、すべてのことは偶然性が強いのだから、その偶然性自体をコントロールすることはできない、

でも、自分の身の回りの偶然の中ではベストを尽くすことができると信じているからです」

こう勝間さんは述べています。

「目の前の不幸を嘆かずに、なんとかして今の状況から幸運の種を見つける習慣を身につけよう」

とも書かれていました。


この不況で行き詰まった時代。

この考えにはとても勇気付けられます。

毎日あきらめずに努力を重ね、明るい方を向いて生きている人こそ、この力を持つにふさわしい人なのではないでしょうか。

私もこの力がつくよう、明るく前向きに歩いていきたいと思います。

失敗しても、恐れることなく。



では、今日も私の好きな詩を一つご紹介します。


* * ** * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


                   《おんがく


                  かみさまだったら

                  みえるのかしら


                  みみを ふさいで

                  おんがくを ながめていたい


                  目もつぶって 花のかおりへのように

                  おんがくに かお よせていたい


                  口にふくんで まっていたい

                  シャーベットのように広がってくるのを


                  そして ほほずりしていたい

                  そのむねに だかれて


                             

                                 ~まど・みちお~


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


いつも唇にうたを

今日は合唱団の練習日。

例によって、午前中2時間、午後1時間半のハードな練習量。

もうくたくたです。


来年春のコンサートに向けて、暗譜しなくてはならない曲が山積み。

宗教曲あり、映画音楽あり、日本歌曲ありと、バリエーションに富んだ選曲。

民謡仕立ての一曲5分という長い歌3曲からなる合唱組曲もあります。

それは下腹から思い切り力を入れないと歌いきれないほんとに体力勝負の大作。

特にソプラノのパートは、常に高音続出で、一瞬たりとも気が抜けません。


そんなこんなで、終ると全員ぐったりとして、今日はふらついて倒れそうになる人も。

風邪やインフルが流行っているというのに、こんなことで倒れているわけにはいきません。

体力をもっともっと付けて頑張らないとね!


では、今日は私の大切にしている言葉を一つご紹介します。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


青春とは人生のある期間を言うのではなく、


心の様相を言うのだ。


歳を重ねただけでは人は老いない。


理想を失うときに初めて老いがくる。


                        ~サミュエル・ウルマン~


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

ウルマンは、ユダヤ系アメリカ人。詩人。

80歳という高齢になっても、常に理想を追うことの大切さを謳い続けました。

温かい愛に満ちて生を讃えた彼のエッセイや詩は、今も多くの人に好んで読まれ勇気を与え続けています。

「一生青春

この元気の出る言葉、いつも心の中に置いて生きて行きたいと思います。


いつも唇にうたを

昨日、奈良の興福寺へ阿修羅展を見に行ってきました。

空は曇りがちでとても寒かったのですが、あの美少年の阿修羅さまに会えると心はウキウキ!

着いた時はもう12時ちかく。

これが、かの有名な五重塔です。↓

                    


いつも唇にうたを

さて、阿修羅展の拝観料を払おうかと窓口を探すと、拡声器を抱えた女性が何やら必死に叫んでいる。

「ただ今仮金堂で行なわれている阿修羅展、3時間半待ちとなっております

一度チケットを買っていただくと、キャンセルは出来ません。

キャンセルは出来ませんので、

よくお考えの上、お買い求め下さい!」

え?なんと、3時間半待ち?!

そういえば、さっきからのこの行列は・・・。↓

阿修羅展を待つ人の波だったのか!

今から並んで、入れるのは4時前・・・。


泣く泣くあきらめました。

さようなら、阿修羅さま。

その下唇を噛んだ美しい横顔を、ひと目でも拝見したかった・・・。

こんなに近くにいるというのに逢えないなんて(涙)

いつも唇にうたを


代わりに見たのがこの南円堂。

江戸時代に再建された、日本最大の八角円堂です。

西国観音札所になっています。

いつも唇にうたを


国宝館にも行きましたが、もちろん、そこにいつもいる阿修羅像は今日は別の仮金堂に移されていておられるはずもなく・・・。


とぼとぼと興福寺を後にし、奈良公園へ。

そこにはたくさんの鹿、鹿、鹿・・・・。

角を切られ、何やらおかしな角跡をつけた雄鹿。

のんびりした表情で女の子とわかる雌鹿などさまざまな鹿ちゃん達が、いっぱい!


ちょっと疲れたので茶店で甘酒を飲んで一休み。

さあ、シカせんべいを買って鹿にふるまおうかとおばさんに注文したとたん、その辺にいたメス鹿の群れがどんどん集まってくる!

鹿って人間の言葉が分かるの~?!

そして、

「あ、あ~!」

と言っているうちに、手の中のシカせんべいは彼女らの口の中にあっという間に消え去って行った・・・。


不思議なことにその中にほとんど雄鹿はいませんでした。

人間と同じく、やはり食べ物に強い執着を示すのは、女の方なのでしょうか?

なんとも複雑な気分です。

いつも唇にうたを


これは、JRの奈良駅へ向かう途中の商店街で見つけた、「せんとくん」。↓

ライバルに「まんとくん」、というのも出現したそうですが、奈良の町では抜群にこの子の姿が目を引きました。

最初は不気味でしたが、見慣れるとちょっとかわいい気もします。


いつも唇にうたを

これは、興福寺で買ったお守りなど。

右の4つは、干支の板彫り十二神将お守り

重厚感があり、気に入りました♪

いつも唇にうたを


                              商店街で買ったおみやげです♪

                              豆あれこれと、やっぱり奈良漬け
いつも唇にうたを

いつも唇にうたを


こんな変なキャラクターを紳士もの専門店の店頭で見つけました。↓

お盆に載ってるし、表情はうつろだし、何より全く動いていない。

「しりふり」と名乗るからにはお尻を振って「おやじ」っぽく踊るのでしょうが、

踊る姿を一度見てみたかったです♪

いつも唇にうたを

やっと京都にたどり着き、仰ぎ見た京都タワー。↓

夕暮れの空をバックに、本当にホッとした気分で眺めました。

阿修羅像は見られませんでしたが、食欲旺盛のかわいい目をした鹿ちゃんたちに会えて、少し心が癒された一日になりました♪

いつも唇にうたを

   

                  《いいえより はいが


              いいえ というより

              はい と答えるほうが

              どれほど むずかしいことか

              あなたは知っているだろうか


              きのう

              はい と答えたために わたしは

              わたしのひとりを 殺してしまった

              ーーそれはまるで

              みえないところではずれたホックのように

              かすかな悲鳴をあげたようだが


              死んだわたしが残していった

              ハンカチを洗濯しながら

              わたしは涙をこぼしている

              (陽気な返事のかげに消えた たくさんのおくびょうなわたし)


              ハンカチをひろげよう

              遺言状のように

              ーーそれはまるで

                 ちいさな胸とおんなじに

                 みられることを恥じているのだが



                                      ~工藤直子~



いつも唇にうたを

今日のの冷たさはハンパじゃない!

聞けば、12月上旬の寒さだとか・・・。

今年こそ寒さに耐えて少しでも光熱費を浮かそうと今まで必死に頑張っていましたが、ついに余りの寒さに負けてしまい、今日コタツ出しました。

コタツって、かぶせるコタツ布団という厄介なものもセットで出さないといけないので

一苦労です。

それプラス一度そこにもぐりこんだら最後、そこから抜け出すのに非常な勇気が必要になるという恐ろしい罠も張りめぐらされている。

それが証拠に、私は今朝からこの中から一歩も出ていません!(威張ることではないですが)

手に届くところにすべての必要となるものを置いて(TVのリモコン、本、新聞、お菓子、コーヒーetc.)立つ時はトイレと来客時のみ。

などという自堕落な生活を冬の間続けることで、着々と体内脂肪が越え太ってゆくんですねぇ。

恐ろしいことです!

今年の冬こそ、もっとアクティブに外出して自分を高めてプラス内臓脂肪も燃やさなければ・・・。

毎年そう心に誓って、でもあえなく挫折している気もしますが・・・。

今年こそ!!


こんな雨の日、自堕落に陥りそうな自分を鼓舞するいい言葉に出会いました。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


できないことをやらない限り できるようにならない。


                       ~福島正伸(アントレプレナーセンター社長)


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


この言葉、「なあんだ」と思いがちですが、意外に深い意味を含んでいます。

人は自分の得意とする『出来ること』は進んでやりがちですが、『出来ないこと』つまり

不得意分野に取り付こうと決心するのには、かなりの勇気を必要とするのです。


私も歌を数年間習っていて、発声の勉強が大切だということは重々承知していましたが、余りにめんどくさいのと、やらなくても何とか歌えるのとでずっと避けて通っていました。(恥ずかしながら何ごともコツコツ努力するのが苦手なタイプの人間なので)


でも、縁あって今の声楽の先生に個人レッスンを受けられるようになり、避け続けていた発声にいやおうなしに取り組まねばならなくなったのです。

最初は先生の言われる内容も訳が分からず、

「本当にこんなことをしていて果たして歌が上手くなれるのか」

とまで思ったこともあります。が、

「あなたの良いところは、素直に何でも受け入れるところ。

例えば砂に水が沁みていくように私の言うことを何でも吸収してくれる。

とても良い生徒ですよ。」

と言われた先生の言葉がうれしくて、何とか続けていくことができました。


そして手探りのまま4ヶ月、5ヶ月と経っていくうちに、何となく先生のおっしゃることが理解でき始め、それにつれて歌唱力も以前と比べてどんどん上達して行きました。

すべては本当に発声からの始まりだったのです。


もしあの時先生と出会わず、今も発声を学んでいなかったら、と思うとゾッとします。

先生の教えは、私に一枚のドアを押し開いて違う世界を見せてくれました。

できないことをいやいやでもやったからこそ、別の世界まで垣間見ることが出来るようになれたのでした。


何歳からでも、そんな風に自分の苦手分野に取り付くことは大切なこと。

それこそが、若さを保つ秘訣となるのではないでしょうか。

また別の「できないこと」を新しく始めてみようと、コタツの中でいろいろなアイディアをいっぱい膨らませている今日の私です。

いつも唇にうたを