明けましておめでとうございます。

本当に間遠な更新でありながら、訪ねてきてくださる方がいらっしゃることに感謝


今年の始まりにあたって、何か良い言葉はないか探したら、この言葉が浮かんできました。
今日は、この言葉を綴っておきましょう。

     

理想を捨てるな。
自分の魂の中にいる英雄を捨てるな。

誰でも高みを目指している。
理想や夢を持っている。

それが過去のことだったと、青春の頃だったと、なつかしむようになってはいけない。
今でも自分を高くすることをあきらめてはならない。

いつのまにか理想や夢を捨ててしまったりすると、理想や夢を口にする他人や若者を嘲笑する心根を持つようになってしまう。

心がそねみや嫉妬だけに染まり、濁ってしまう。
向上する力や克己心もまた、一緒に捨て去られてしまう。


よく生きるために、自分を侮蔑しないためにも、理想や夢を決して捨ててはならない。


                                  ニーチェ

     

自分を侮蔑するような人生を送るほど、哀しい一生は無い気がします。

忙しい毎日、たとえ生きていくことに精一杯になったとしても、心の核にある理想だけは、大切に暮らしていきたいものです。

「理想」や「夢」を持つことに、若者も年寄りも違いは全く無いのですから。


新春にもう一つだけ、私が心にいつも置いている言葉、有名なマザー・テレサの言葉も書いておくことにします。

     

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。


                              マザー・テレサ


     

今年は、どんな一年になるのでしょう。

皆さんのうえに、心がほっこりするような幸せなことがたくさん訪れますように。





    
           高い壁は

          乗り越えた時

         あなたを守る砦となる 


                                   ~ ヘンリー・フォード~

いつだったかこの言葉に出会い、心が救われたことがあります
長い人生には、理不尽とも思われる高い壁に出会うこともあるでしょう


が、神は乗り越えられない壁を私たち人間に与えることは決してないのだと信じています。

ああ、もう駄目だ!と思うくらい辛いこともあるでしょうが、何とか勇気を振り絞って、生きて行きましょう

今年になって、初めての更新です。

毎日生きていくだけで疲れ果てて、身も心もだるくなっています


花粉が多く飛び始めるこの時期は、いつも体調を崩して持病の喘息を少々ですが発症してしまい、憂鬱になります
今日のような雨模様は、特に・・・・

こんな時、昔流行ったこんな言葉をふと、思い出すのです


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私は、の山が描きたかった。

でも、手元には青色の絵の具しかない。

青い絵の具で我慢しようか・・・・

でも、やっぱりの山が描きたい!

それならいっそ、もう描くのをあきらめてしまおうか・・・・。

迷っている私に、誰かが言った。

黄色を探せ!」

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観点を変えたら、また見える景色も違ってくるもの

辛い日々が続いても、あきらめずに気を取り直して歩いて行きましょう。

もうすぐ桜の季節です


                ふるさと         
                           作 ジャン・ナム

おさないころ まいにち がっこうに かよって、
じゅぎょうで ふるさとを いつくしむことを ならっていた。
テキストに のっていた、 「だれが、うしかいを つらいと いうだろう」と。
わたしは また ぼんやりと とりが えだで さえずるのに ききほれていた。

きれいな ちょうを とらえるために、がっこうを ぬけだし いけの ほとりで あそんでいた ところを、
おふくろに つかまって むちで うたれた。わたしは うたれるまえから
なみだを ぽろぽろと ながしていた。
そんな わたしを ひとりの おんなのこが ながめていた。
ひそやかな ふくみわらいをして、あのこは わたしのいえの となりにすんでいた。

かくめいの のろしが くにじゅうに もえひろがり、
わたしのくにが ながい ていこうを はじめ、
やつらが わたしのいえに ふみこんできた。
わたしは おふくろと わかれて せんじょうへ おもむいた。
ところが なんと ゲリラのなかに、
となりの あのこが いた。
あのこは やはり ひそやかな ふくみわらいを していた。
あのこの つぶらなまなこが きらりと ひかった。
こうぐんの さなか ひとことも かわさなかった。
ぶたいが ゆきすぎても わたしは いつまでも ふりかえっていた・・・・
どしゃぶりの あめが おそってきたとき、
あたたかい ながれが わたしのむねを はげしく ゆさぶりはじめた。
へいわが おとずれ わたしは ふるさとに かえった。
がっこうも いなだも さとうきびばたけも
まえと かわらなかった。
わたしは また おもいがけなく となりの あのこに であった。
あのこは はずかしそうに もんのうしろに ひっこんだ。
わたしは ひくいこえで あのこに はなしかけた。
あのこは やはり ふくみわらいを していたが
あのこは いった「けっこんは だいじなものよ くちにだしては
いえないもの・・・・・」
わたしは しかと あのこの かよわなてを にぎりしめた。
あのこのては わたしの あついてのひらの なかで じっとしていた。

きょう あのこの いやなしらせを きいた。
ああ これが ほんとうと おもえる だろうか。
やつらが あのこを ゲリラだったと ひきたてて、
うちころし むらのはずれで さらしくびに したという。

くるしみは わたしのこころを うちくだき、
からだの はんぶんは しびれている。

むかし ふるさとを いつくしんだのは、
そこに とりとちょうが とんでいたため、
おさないころ おふくろに むちで うたれたため、
ふるさとが わたしに みつのような おもいでを
おもいださせて いたため。
いま ふるさとを いつくしむのは
ふるさと
そこに みぢかなひとの なきがらが うずめてあるため。

                    (秋吉九紀夫 訳)

 昔、私が読んでノートに書き留めておいた詩です。
ノートを整理していて、たまたま発見しました。
泣きながら書き写した覚えがあります。
もう、他人の詩は私のブログに載せないと決めていましたが、この作品は、載せておかないと埋もれてしまいそうな恐れがありますので載せました。作者の方、及び訳者の方、申し訳ありません。
哀しい詩です。
今、まさに読んでいただきたい詩です。




近頃、なかなかブログの更新が出来ません。

気がつけば、もう今年も残すところあと2ヶ月のみ・・・

今年私は、自分自身の足跡をどんな風に付けることが出来たのか

振り返って、かなり焦っています。


そんな、心も身体も寒い季節には、少し暖かい小話をご紹介することにしましょう。

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  ハートフォードにあるマーク・トゥエイン邸の

  ポーチの一つは、ミシシッピー河の蒸気船の

  デッキを真似て造ってある。

  ここに出て座れば、あの河での楽しい頃のことが

  思い出せるようにと・・・

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マーク・トゥエインは、皆さんご承知のとおり、アメリカ合衆国の小説家です。

「トム・ソーヤーの冒険」などでおなじみですね。

彼は、さまざまな機知に富んだ名言を残していますが、私の感動した言葉も、

一つだけご紹介しておきましょう。

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      誰も見ていないかのように踊りなさい。

      一度も傷ついたことがないかのように愛しなさい。

      誰も聴いていないかのように歌いなさい。

      この世が天国であるかのように生きなさい。

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