9月に参加した大阪府立近つ飛鳥博物館主催の
枚方歴史ウォーク、、
なかなかブログが書き終わりません。。
スピードアップだっ!!
120mもの大きさの牧野車塚古墳を訪れたあと
続いて訪れたのは
粟倉瓦窯跡。。あわくらがようあと
瓦窯跡なんていう立派な遺跡名ですが
ここ遺跡だったの!!?
地元住民もきっと知らないような
住宅地に残された三角形の小さな公園。
その名も小規模公園87(笑)
しかも、、
禁野上野古墳、跡。
うん、はい、、墓です。墓地です
墓の奥の緑もりもりの場所に
かつて古墳がありました。
いきなり墓に連れてこられて
皆様ちょっとポカーンとされてました。
※古墳があった場所はお墓になっているところが多いので、参加者の皆様も理解してくださっていることをひたすら祈りました。
禁野上野古墳きんやうえのこふん
古墳時代後期の全長40mの前方後円墳。
埋葬施設、その他、、不明。
このすぐ近くに枚方市民病院があるのですが
そのすぐ近くに白雉塚古墳というのもあったそうです。
白雉塚古墳はくちづかこふん
6世紀後半頃の直径3mの円墳。
全長8.5m、玄室長3.8mの横穴式石室。
石室内から凝灰岩の石片が見つかっているものの、石棺には十分な量ではないことから、木棺があったのではとされています。
大正2年に調査が行われて、多数の出土品が発見され、東京国立博物館に寄贈されました。
その後、昭和に消滅。
副葬品は鉄鏃、鉄槍、鹿角製刀子、轡・杏葉など馬具、玉類(銀・琥珀)、小環付銅釧、須恵器、土師器。
石室材が市民会館の裏に置かれているそうなので、
帰りに寄って見に行きました。
ちゃんと調査されないままなくなってたり
調査されたのが大正時代だったり、、
枚方の古墳てわりとそうやねん。悲しいねん
続く。。
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歴史ウォークその1