昌之と私の大晦日
大晦日も夕方までは私は家の手伝いをした。
夕方過ぎからはものすごく暇。
昌之も実家で特に何もすることがなかったようで、また昌之と
三昧だった。
特に22時~は本当に
ばかり。内容はなんでもないこと。TVの感想とかだった。
モチロン年越しの時も
三昧。
私は昌之におめでとう
をした。「明けましておめでとう。本当に去年の
番の出来事はま
チャンと出会ったこと、そして付き合ったことだよ。本当にこの
ヶ月は何にも変えられない素敵な日々だったよ。ありがとう。まだ
ヶ月しか経ってないけど、これからもよろしくね。」と私は
した。
すると昌之からは「おめでとう。もう
ヶ月も経ったんだ。早いね。」と返信がきた。
この
は私はかなりショックだった。明らかに、私と昌之には温度差が
からわかった。
一緒にいる時は昌之から常に手を握ってきたり、抱き合ってきたりして、温度差はないと思っていたのに…。
私はそれまで昌之との関係に不安はなかった。
しかし、これから少しずつ変化していった。
夕方過ぎからはものすごく暇。
昌之も実家で特に何もすることがなかったようで、また昌之と
三昧だった。特に22時~は本当に
ばかり。内容はなんでもないこと。TVの感想とかだった。モチロン年越しの時も
三昧。私は昌之におめでとう
をした。「明けましておめでとう。本当に去年の
番の出来事はま
チャンと出会ったこと、そして付き合ったことだよ。本当にこの
ヶ月は何にも変えられない素敵な日々だったよ。ありがとう。まだ
ヶ月しか経ってないけど、これからもよろしくね。」と私は
した。すると昌之からは「おめでとう。もう
ヶ月も経ったんだ。早いね。」と返信がきた。この
は私はかなりショックだった。明らかに、私と昌之には温度差が
からわかった。一緒にいる時は昌之から常に手を握ってきたり、抱き合ってきたりして、温度差はないと思っていたのに…。
私はそれまで昌之との関係に不安はなかった。
しかし、これから少しずつ変化していった。
私と昌之の年末
12月30日、私は家の手伝い&大掃除を朝からした。
昌之も家の大掃除&洗濯をしていたようだった。
朝から昌之とは
でお互いの状況報告をしていた。
私も夕方には大掃除とか終わり、暇になり昌之と
をしていた。
昌之からは「掃除も終わったよ。洗濯もした。後は何しよう。」など
がきた。
私は昌之に「実家にはいつ帰るの
」と返信すると「気がむいたら帰る」と返事がきた。
夕方からは本当に頻繁に
をした。私も暇になったので、今何してる
やTVの感想など、なんでもないことを
した。
昌之からもすぐに返信がきていた。
しかし、いきなり返信がなかった。私は
し過ぎたかな
、まぁ自分の時間も大事と思い気にしなかった。
すると
時間半位して昌之から返信がきた。
「今実家近くのコンビニにいる」との返信だった。
その後昌之は実家に着き、また
を始めた。
そして、
三昧の12月30日は終わった。
この日だけで、30通は私は昌之に
をした。
これだけ
を
日にしたのは初めてだった。
昌之も家の大掃除&洗濯をしていたようだった。
朝から昌之とは
でお互いの状況報告をしていた。私も夕方には大掃除とか終わり、暇になり昌之と
をしていた。昌之からは「掃除も終わったよ。洗濯もした。後は何しよう。」など
がきた。私は昌之に「実家にはいつ帰るの
」と返信すると「気がむいたら帰る」と返事がきた。夕方からは本当に頻繁に
をした。私も暇になったので、今何してる
やTVの感想など、なんでもないことを
した。昌之からもすぐに返信がきていた。
しかし、いきなり返信がなかった。私は
し過ぎたかな
、まぁ自分の時間も大事と思い気にしなかった。すると
時間半位して昌之から返信がきた。「今実家近くのコンビニにいる」との返信だった。
その後昌之は実家に着き、また
を始めた。そして、
三昧の12月30日は終わった。この日だけで、30通は私は昌之に
をした。これだけ
を
日にしたのは初めてだった。デート⑥
時間は
時過ぎ。
まだ私の家までは
時間はかかる。
私は家に「せいろ蒸しのお土産があるけん、今日の晩御飯は作らんでよかよ。後
時間後位に着く。」と家に電話した。
年末でウチはバタバタしていたため、母は「助かる
、ありがとう。」と言った。
その後高速道路に乗り、私の家に向かった。
家の近くの銀行で降ろしてもらい、私はせいろ蒸しを家に届けに帰った。
昌之は車の中で待っててもらった。
家に着くと母はかなり喜んだ。そして私はまた出かけるコトを言うと母は「何ね、彼氏ね
」と聞いてきた。
だから私は「まぁ、そんな感じ。」と言うと、母は「会わせて。」と言ってきた。
母がこんなコトを言うのは初めてのコトで、私は驚いた。
ウチの母はとにかく、人の批判しかしない。だから、母が「会いたい」なんてことを言うのは聞いたことがなかった。
私は「よかけど、銀行に今いるよ。」と言うと母は「なんね、じゃあ今度連れてきなさい。」と言った。
だから私は「わかった。じゃあ、いってきます。」と言って、昌之のもとに戻った。
母があんなことを言うとは・・・。
私は嬉しかった。とにかくウチの母は交際に対して批判的。異常な位に批判する。人のことを批判しかしない。
だから、母は今まで私の交際には批判ばかりで会いたいなんて言うことはなかった。
デートと思うと異常な位に不規則になり、手をつけれない。
本当に人間として間違っている、私の中で
番嫌いな人間が母だ。
そんな母が会いたいと言った。本当に私は自分の耳を疑ったくらい、びっくりした。
昌之のとこに戻り、昌之の家に向かった。
昌之に「親が会いたいらしい。」と伝えると、昌之は「なん、娘サンを下さい
って言わなんと
あら
、ドキドキね。」と笑いながら答えた。
そして、昌之の家に着き、私達は前買ったDSでテトリスやぷよぷよを対戦して過ごした。
昌之はゲーマーではなく、久しぶりにDSをする。
かなり
人で盛り上がった。
昌之も「こんなにDSって面白いんだ
」と言って、楽しんだ。
そして、ウチの親が昌之とデートしているコトを知っているため、
時前には家に帰宅した。
昌之と「印象が悪くなるけんね。」と話して、早く帰宅することにした。
帰宅すると両親が「せいろ蒸し美味しかった。ありがとう。」と言った。
昌之に
すると「それはよかった。せいろ蒸しは僕からとは言わなくてよろしくてよ。今日は健全なデートだったから、しっかりアピールしててね。」と返信がきた。
翌日の12月30日~はさすがに年末で私も家の手伝いや大掃除をしないといけないし、昌之も実家の長崎県大村市に帰省しないといけなかったため、この日のデートが今年最後のデートとなった。
しかし、このデートが最後の遠出デートになるとは、この時は夢にも思ってなかった。
この時の私の頭の中は昌之とは順調にいっているし、いつウチに来て親に会わせるか考えないと、と思っていた。
時過ぎ。まだ私の家までは
時間はかかる。私は家に「せいろ蒸しのお土産があるけん、今日の晩御飯は作らんでよかよ。後
時間後位に着く。」と家に電話した。年末でウチはバタバタしていたため、母は「助かる

、ありがとう。」と言った。その後高速道路に乗り、私の家に向かった。
家の近くの銀行で降ろしてもらい、私はせいろ蒸しを家に届けに帰った。
昌之は車の中で待っててもらった。
家に着くと母はかなり喜んだ。そして私はまた出かけるコトを言うと母は「何ね、彼氏ね
」と聞いてきた。だから私は「まぁ、そんな感じ。」と言うと、母は「会わせて。」と言ってきた。
母がこんなコトを言うのは初めてのコトで、私は驚いた。
ウチの母はとにかく、人の批判しかしない。だから、母が「会いたい」なんてことを言うのは聞いたことがなかった。
私は「よかけど、銀行に今いるよ。」と言うと母は「なんね、じゃあ今度連れてきなさい。」と言った。
だから私は「わかった。じゃあ、いってきます。」と言って、昌之のもとに戻った。
母があんなことを言うとは・・・。
私は嬉しかった。とにかくウチの母は交際に対して批判的。異常な位に批判する。人のことを批判しかしない。
だから、母は今まで私の交際には批判ばかりで会いたいなんて言うことはなかった。
デートと思うと異常な位に不規則になり、手をつけれない。
本当に人間として間違っている、私の中で
番嫌いな人間が母だ。そんな母が会いたいと言った。本当に私は自分の耳を疑ったくらい、びっくりした。
昌之のとこに戻り、昌之の家に向かった。
昌之に「親が会いたいらしい。」と伝えると、昌之は「なん、娘サンを下さい
って言わなんと
あら
、ドキドキね。」と笑いながら答えた。そして、昌之の家に着き、私達は前買ったDSでテトリスやぷよぷよを対戦して過ごした。
昌之はゲーマーではなく、久しぶりにDSをする。
かなり
人で盛り上がった。昌之も「こんなにDSって面白いんだ
」と言って、楽しんだ。そして、ウチの親が昌之とデートしているコトを知っているため、
時前には家に帰宅した。昌之と「印象が悪くなるけんね。」と話して、早く帰宅することにした。
帰宅すると両親が「せいろ蒸し美味しかった。ありがとう。」と言った。
昌之に
すると「それはよかった。せいろ蒸しは僕からとは言わなくてよろしくてよ。今日は健全なデートだったから、しっかりアピールしててね。」と返信がきた。翌日の12月30日~はさすがに年末で私も家の手伝いや大掃除をしないといけないし、昌之も実家の長崎県大村市に帰省しないといけなかったため、この日のデートが今年最後のデートとなった。
しかし、このデートが最後の遠出デートになるとは、この時は夢にも思ってなかった。
この時の私の頭の中は昌之とは順調にいっているし、いつウチに来て親に会わせるか考えないと、と思っていた。