研究テーマ
そろそろインプリの卒業研究を決めないといけないのだけれども。
どうしようか・・・・と。
実践でも全然OKであるので、例えばどっかの高校に行って
法律とサイエンスとを混ぜたようなことをプレゼンしてアンケート取って・・・うんぬんかんぬん
というので終わりにしてもいいんだろうけど。
僕は出張授業とかにどちらかといえば懐疑的な人間なので、
どうせやるならばもうちょいインパクトありそうなことをやりたいなー
(インパクトを測るための出張授業とかはやってもいいかなとは思う)
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あまりに勉強が忙しいのでインプリの授業に出れていないのだが、
村○先生の授業はどうしても受けたいなーとは考えている。
だけど大学院の授業がピンポイントで入れられてしまっている。。。
もどかしい。
集中授業とかでやってくれないかなー。
きっと村○先生は、何かを与えてくれるのだろうと思う。直観だけど。
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アメーバブログって休止できないみたいっすねー
集中講義2-1
今日も行ってまいりました。
僕は知識偏重型ではないけど、考え方やらプレゼン手法やらをストックすることが好きなので
授業には多く出ている方だけど
ローに入ってからは久しく感じることのなかった、充実した講義だと思います。
昨日は数年ぶりの友達にも会えて楽しかったけど、
とりあえずは講義録を載せる感じで。
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雑誌Public Understanding of Science(1992年創刊)
⇒これらを講読して教科書を作った
論争は、専門家、行政と一般市民との間の市民参加型の『論争』
日本で考えているような政府主導の静的な『理解増進』とは異なる
PUSには3つのレベル
①科学的知識の中身を理解すること
②研究や調査の方法論を理解すること
③科学を『社会の中の一事業』として理解すること
(2003年のバーンズの論文)
Ex,
高校生の科学的知識がどれくらい増えたのだろう?ということを評価しようとすると①レベルまでしか考えていないことになる。
『わかる』とは
科学コミュニケーションにおいて、科学(に関する)情報を受け取る、とはどういうことか?
Cf、情報科学においては、情報を受け取ることの本質的な意味は、受け手の側の情報量が変化すること
⇒広辞苑などで開いて調べてみる
事の筋道がはっきりする、了解される、合点がいく、理解できる、明らかになる、判明する、
Make it reasonabale come to an understanging make sense understandable become clear berified justified
『納得する』
最近の認知科学の成果からみる、『わかる』の多面性
①文章理解における起承転結の理解、主張から結論に至る文章構造の理解、時間の流れに従って変わるものと不変項との違いの理解など、さまざまな分野のさまざまなレベルの理解
②子供の理解と大人(専門家)の理解とは異なる
わかる=それぞれの年齢で、脳内のそれまでの知識との関連性がつくこと
新しく入ってきた情報が、これまでの知識の蓄積のなかでの立ち位置を確保できてようやくわかる
したがって『受け取ること』のモデル=受け取った情報をそれまでの知識構造のなかで位置付けること
受け取ることのモデル(p96~)
・欠如モデル
・文脈モデル
・Lay-expertiseモデル
・
2、伝えることのモデル:わかりやすさとは何か
『正確に伝えようとすることによって、わかりにくくなっているのでは?』
↓
わかりやすいということは正確さを犠牲にするということ?
正しさとわかりやすさの矛盾
⇒トレードオフの関係にあるのか??
プロセスX:専門用語→日常用語
・ある種の情報量の減少(物質名、化学式、概念)
・概念の精度がおちる
・日常の文脈の追加(比喩、対比)
プロセスY:日常用語→専門用語
・概念の精緻化
・多義性の排除
・日常の文脈で存在する社会的過程の排除
(社会的プロセスの排除、専門用語空間に閉じることによる概念の定式化、記述変数の選択)
いつでも『わかりやすい』は可能か
・最先端の知見(今まさに作りつつあること)を人に伝えるのは、至難の技
・今まさに新しい治療法を開発しようとしている遺伝子治療の専門家が、本当の最先端のことを語れるだろうか。
わかりやすく伝えられること
=『すでにわかっている。ある程度確定している。あまり覆される心配の少ない』知識(事後の知識)
今、まさに研究途上の試行錯誤の段階のものを分りやすく伝えることは難しい。
『わかりやすい』
=ある程度事後の知識となり、証拠がふみかたまり、他のことがあらとの連関が記述可能となった状態
すでに証拠の固まりつつある『事後の知識』
すでに構造を形成しつつある知識
↓↑
専門家が作りつつある『作動中の知識』
現実に流通しているのは上のものばかり?それでいいのか。科学の本質は下の方にあるものではないのか
3、科学とは何かについてのモデル
・『疑問を解決したり、予想を確かめたりする力がつく』(長谷川)
・『見抜くための基礎知識と科学的ものの考え方』
・『自分で疑問に思って考えること』(黒田)
すぐに答えがでるものではない
試行錯誤
時々刻々新しくなる
常に疑問をもって現象をみること
人々の持つ科学のイメージ(文科1類型イメージ)
ある程度事後の知識となり、証拠が踏み固まった知識(事後の知識)
厳密で常に正しい客観性をもった知識
いつでも『確実で厳密な答え』
確実で厳密な科学的知見に基づいて決定しないといけない。
確実で厳密な科学的知見がでうるまで原因特定・患者認定をしてはいけない
現実の科学
作動中の知識、つくられつつある、書き変わる、答えの出ないものもある
根拠となる科学的知見がまだ得られていない
知見が出るまで待っていられない。
水俣病の報道の研究、受取方の研究をしているとこれらのことがよくわかる
今では有機水銀が原因であることをよくわかっているけれども、、、
・タリウム説、マンガン説、亜鉛説、、、二転三転した
⇒説が変わることは科学では当然のこと
・人々は科学に対して上のイメージを持っているのだから、思い込みがあるのだから、受け入れてくれない
⇒今まさに起こっていることの2転3転することは許してくれない
弁護士の世界と科学的世界での『論理的』の違い
法廷ではディベートで決まる。
どの専門家を連れてくるかによって違う。
同じ専門家でもどの人を連れてくるかによって違ってくる
(原子力のもんじゅでも賛成と反対とでわかれる)
集中講義1日目
とりあえず内容は濃かったです。
どこまで書いていいんだろう?ってくらいオフレコにあふれた授業でした。
システムって本当に複雑なのだなーっていう感じでした。
書ける範囲でとりあえず。
ちょっと専門的な話すぎてすんませんなー。
駿ちゃんに
『もっとふざけたこと書きなよ』
みたいに言われたので、ふざけたこと書きたいなーとも思うのだけど
無駄に緊張感にあふれた毎日をいまだに過ごしております。
刑事訴訟法の判例があと少しなのに・・・・って感じです。
春休みが終わるまでには自分がやりたいなーと思ったテーマは全部潰した上で迎えたいと思うのだけど・・・
うまくいくといいなー
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科学技術社会論というのは科学的には探究できるのだけど現時点では解明できないグレーゾーンをどのように扱うべきかがテーマ。
実践的教科書
・北大のCOSTEP の
盛岡さん
⇒『知らない権利』を主張
⇒権利であって義務ではないのだから、決定させるのではないということ。無知の人が全てを決定させるのはまずくね?というもの
そうは言ってもやっぱり科学技術リタレシーが高い方がよくね?という考え方
・ストレプトマイシンと結核の死亡率との関係
⇒ストレプトマイシンと死亡率との関係は、グラフには現れてこないように思える。なぜか?
⇒ストレプトマイシンは1度に治してくれる劇的なもの。今までは20年間療養が必要だったりした。その20年間はでかいだろう。
⇒結核の死亡率が一番下がるときはいつか?実はGDPが上がったときに一番下がるとのこと
Y=Aα+Bβ+C
様々な要素で決まる。中国はBの部分でがんばっている。一方で日本は貯蓄率がナンバーワン。これ以上は数字を上げることはできない
A:
B:労働力
C:イノベーション
日本ではCを上げていくしかない。
政策的観点から、WEBでサイエンスチャネルもやってるし、サイトもあるし。
あと、科学博物館や未来館にお金がとっても落ちてきた。
科学政策
日本は個々の科学政策を統合しきれていない。
・各省庁が決定権を離したがらない。既得権益
・科学技術庁は各
⇒各官庁が届いていなかったことを落ち穂拾い的に行っている。特に海洋と宇宙?なのかな。あと、ゲノムをすぐにやる。寄せ集めだから結局は各省庁の既得権益を超えることはできなかった。統合はできなかったということ
科学技術コミュニケーターはいろんな定義の仕方がある。村上先生は科学技術メディエーターの方がいいのではないか?と村上先生は言った。
違いはどこにあるのか?
コミュニケーターは積極的に間に入っていく。
①インタープリターでは拾えないものを教えた方がいいだろうってことで、この授業がある。
⇒ファシリテーターはコミュニケーターの中でもマイルドなもの。
本講座の大事なことはあくまで実践にあることに注意。
ペーパーは実践したことを裏付けるために行うものである。
北大は無料で40人、50人を毎年出している。東大はどんなに多くでも10人。
評価は排出された人数で決まってしまうところがあるので、東大は負け戦をしている
技術官僚モデル
科学集団→官僚→
科学に対する政策というのは民主主義の例外で、一般の人が口出しするものではなくって科学集団が提案して、それを官僚が決定するというモデルだった。
、、、、、、
が、これで失敗する具体例が出てきた。Ex、イギリスの狂牛病
技術官僚モデルの限界。
科学コミュニケーションは各自の思い込みで行われていることが多い。
星が好きだから星について教える、、、など。
①興味を植え付けるタイプ
②知識を与えるというタイプ
実は2つあって両方を備えることは難しい。
グレーゾーンをどのように決定するのかに伝わるのか、、、
失敗??微妙?な例
・数学のおもしろさを伝える。抽象的に考えられるような能力が必要なのだーってことで母校で『全ては代数で説明できる』というものを授業した。
これってどうなんでしょうか?
・ディスカッションする時には今日教えたフレームワークを使ってほしい。
・実践するときにもフレームワークを活用してほしい。
イギリスと日本との文化差に見るサイエンスカフェの広がりの違い
・サイエンスカフェでディスカッションを日本人に求めることは難しいのではないか?だから、議論を主とすべきカフェでも結局は欠如モデル型のレクチャーになってしまっている。
・ボランティア精神の違い。科学者があえて乗り出してサイエンスコミュニケーションしてやろうよーってことはないのではないか。
・
★STS学会ではもっとカオスな状況になっているとのこと。本当にいろんな立場がありえる
・国の政策の立場からの視点
・佐倉先生なんかはメディアの視点から
・廣野先生とかはあくまで市民にわかりやすく伝えようとする視点
アメリカのアウトリーチ活動について
・進化論について、アメリカ人の50%は信用していないらしい
・アメリカの『科学・工学指標』はよく利用される指標とのこと
財団について。
⇒多くある。財団をつくることで税金の対象とならないということもあって奨学金とかすっごく多いとのこと。
欧州連合の政策
・フレームワークプログラムについて。全ての分野についてではなく、どれか特定の分野に対してピンポイントで助成を行っていくという仕組みのもの。
欧州では満足度が低い(ユーロバロメーター)のは何故か?
⇒市民が欲しいと思った情報が来ない。市民が欲しいことは何か。
・その科学者については信用していいのか?
・その科学者が言っていることはどれくらい信用していいの?
科学者が100%の自信を持って発言したことが外れることがよくあった。
①狂牛病
種別間の差は大きいと考えられていた。羊の場合も移らなかったのだし。
②水俣病
母子間で移ることなんてないと考えられていた。胎盤が有機水銀を通すわけがないという考え。しかし人間の体は有機水銀をブロックするシステムがなかった。だから、母が助かって子供に濃縮されるという悲劇的な結果となった。
一般の人は一般の人なりに推測をする
①よくわからないから自分で調べる
②発言者はどれくらい信用に足りるか、評判を調べる