集中講義2-1 | Science and Law in Society (SLS)~~中途半端も極めれば専門さ~~

集中講義2-1

今日も行ってまいりました。


僕は知識偏重型ではないけど、考え方やらプレゼン手法やらをストックすることが好きなので

授業には多く出ている方だけど

ローに入ってからは久しく感じることのなかった、充実した講義だと思います。



昨日は数年ぶりの友達にも会えて楽しかったけど、

とりあえずは講義録を載せる感じで。



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雑誌Public Understanding of Science1992年創刊)

⇒これらを講読して教科書を作った

論争は、専門家、行政と一般市民との間の市民参加型の『論争』

日本で考えているような政府主導の静的な『理解増進』とは異なる

PUSには3つのレベル

①科学的知識の中身を理解すること

②研究や調査の方法論を理解すること

③科学を『社会の中の一事業』として理解すること

2003年のバーンズの論文)

Ex,

高校生の科学的知識がどれくらい増えたのだろう?ということを評価しようとすると①レベルまでしか考えていないことになる。

『わかる』とは

科学コミュニケーションにおいて、科学(に関する)情報を受け取る、とはどういうことか?

Cf、情報科学においては、情報を受け取ることの本質的な意味は、受け手の側の情報量が変化すること

⇒広辞苑などで開いて調べてみる

事の筋道がはっきりする、了解される、合点がいく、理解できる、明らかになる、判明する、

Make it reasonabale come to an understanging make sense understandable become clear berified justified

『納得する』

最近の認知科学の成果からみる、『わかる』の多面性

①文章理解における起承転結の理解、主張から結論に至る文章構造の理解、時間の流れに従って変わるものと不変項との違いの理解など、さまざまな分野のさまざまなレベルの理解

②子供の理解と大人(専門家)の理解とは異なる

わかる=それぞれの年齢で、脳内のそれまでの知識との関連性がつくこと

新しく入ってきた情報が、これまでの知識の蓄積のなかでの立ち位置を確保できてようやくわかる

したがって『受け取ること』のモデル=受け取った情報をそれまでの知識構造のなかで位置付けること

受け取ることのモデル(p96~

・欠如モデル

・文脈モデル

Lay-expertiseモデル


2、伝えることのモデル:わかりやすさとは何か

『正確に伝えようとすることによって、わかりにくくなっているのでは?』


わかりやすいということは正確さを犠牲にするということ?

正しさとわかりやすさの矛盾

⇒トレードオフの関係にあるのか??

プロセスX:専門用語→日常用語

・ある種の情報量の減少(物質名、化学式、概念)

・概念の精度がおちる

・日常の文脈の追加(比喩、対比)

プロセスY:日常用語→専門用語

・概念の精緻化

・多義性の排除

・日常の文脈で存在する社会的過程の排除

(社会的プロセスの排除、専門用語空間に閉じることによる概念の定式化、記述変数の選択)

いつでも『わかりやすい』は可能か

・最先端の知見(今まさに作りつつあること)を人に伝えるのは、至難の技

・今まさに新しい治療法を開発しようとしている遺伝子治療の専門家が、本当の最先端のことを語れるだろうか。

わかりやすく伝えられること

=『すでにわかっている。ある程度確定している。あまり覆される心配の少ない』知識(事後の知識)

今、まさに研究途上の試行錯誤の段階のものを分りやすく伝えることは難しい。

『わかりやすい』

=ある程度事後の知識となり、証拠がふみかたまり、他のことがあらとの連関が記述可能となった状態

すでに証拠の固まりつつある『事後の知識』

すでに構造を形成しつつある知識

↓↑

専門家が作りつつある『作動中の知識』

現実に流通しているのは上のものばかり?それでいいのか。科学の本質は下の方にあるものではないのか

3、科学とは何かについてのモデル

・『疑問を解決したり、予想を確かめたりする力がつく』(長谷川)

・『見抜くための基礎知識と科学的ものの考え方』

・『自分で疑問に思って考えること』(黒田)

すぐに答えがでるものではない

試行錯誤

時々刻々新しくなる

常に疑問をもって現象をみること

人々の持つ科学のイメージ(文科1類型イメージ)

ある程度事後の知識となり、証拠が踏み固まった知識(事後の知識)

厳密で常に正しい客観性をもった知識

いつでも『確実で厳密な答え』

確実で厳密な科学的知見に基づいて決定しないといけない。

確実で厳密な科学的知見がでうるまで原因特定・患者認定をしてはいけない

現実の科学

作動中の知識、つくられつつある、書き変わる、答えの出ないものもある

根拠となる科学的知見がまだ得られていない

知見が出るまで待っていられない。

水俣病の報道の研究、受取方の研究をしているとこれらのことがよくわかる

今では有機水銀が原因であることをよくわかっているけれども、、、

・タリウム説、マンガン説、亜鉛説、、、二転三転した

⇒説が変わることは科学では当然のこと

・人々は科学に対して上のイメージを持っているのだから、思い込みがあるのだから、受け入れてくれない

⇒今まさに起こっていることの2転3転することは許してくれない

弁護士の世界と科学的世界での『論理的』の違い

法廷ではディベートで決まる。

どの専門家を連れてくるかによって違う。

同じ専門家でもどの人を連れてくるかによって違ってくる

(原子力のもんじゅでも賛成と反対とでわかれる)