1988年9月14日ー牛乳は奈良時代初期から存在ー
奈良時代初期の貴族、長屋王(ながやおう)の
屋敷跡から、三万点の木簡(もっかん)がでてきて、
歴史学者たちは興奮している。
お父様も、これで、すでにあのころから、「牛乳」が
あったことを知り、ビックリした。
木簡とは、文字を書き込み、記録や手紙に使った
木の札のことだ。
手紙のことを「書簡(しょかん)」というだろう。
それが紙でなく木だから「木簡」。
「竹簡」というのもる。
牛乳の文字は、その1つにあった。
「牛乳持参人米七合五勺」
記録によると牛の乳をしぼり、飼う方法は
長屋王のころより7.80年ほど前に朝鮮から日本に伝わり、
牧場もできていたそうだ。
けれども、当時としては、いまの高価なブランデーほど貴重だった。
だから、牛乳を持ってきた人に米を七合以上もやっている。
それに、そのころは薬扱いだったらしい。
1988年9月13日ーマシュマロの先祖ー
お菓子の名前が、どうしてできたのか、
を調べると、ときどき、思いがけない“先祖”にたどりつく。
マシュマロも、その一つだ。
これは、もともと、植物の名前だった。
マーシュはMARSH。
沼地のこと。
マロはMALLOW。
葵(あおい)という名の植物の一種だ。
つまり「沼地に生える葵」。
葉の手触りがビロードのようなので、
日本名で「ビロードアオイ」という。
むかしの人は、この根をつぶして、
ドロドロにし、卵白や砂糖と混ぜ合わせて、
いわゆるマシュマロをつくった。
薬にもなり、セキやタンをおさえ、
胃の荒れもなおしたという。
いまは、ゼラチンで作る。
だから、薬になるかどうかは「?」。
1988年9月12日ー百歳以上の人口
「敬老の日」を前に、厚生省が、「全国長寿者名簿」を発表した。
日本に住んでいる百歳以上の人の名簿だ。
それによると、男が562人、女が2106人の計2668人。
昨年、初めて2000人を突破したけれど、それより、
さらに397人も増えた。
この25年間で約17倍にもなったことになる。
3000人台になるのももうすぐだ。
長寿日本一は長野県の下諏訪町に住む藤沢ミツさんで112歳。
明治9年生まれだ。
ただし、この名簿は9月30日で百歳以上になる人を、
この1日現在で調べたもの。
「敬老に日」の15日までに、なにかがあれば、この数字は当然、減る。
「敬老の日」は40年までは「老人の日」といった。
「長寿の日」にしては、という話もある。
2010年9月12日
1988年当時は、2000人突破してスゴイといっていた時代だったのだ。
現在は100歳以上の人口は4万人を突破している。
百歳以上の方の行方不明が相次いで発覚しているが、
それを加味したうえで、そう人口に変化なないだろう。
20年ちょっとで、こんなに高齢者の人口が増えているとは
高齢化、高齢化と言われてはいたけど、知らなかった。
人間は、何歳まで生きれば満足だと思えるのだろう。
生きれば生きるほど、もっと生きたいと思うのだろうか?
それとも、もういいやと思う時期がくるのだろうか?
○歳まで生きたんだから、大往生だ!とかいう人がいるが、
それは、本人が決めること。
そして、何歳まで生きたからといって、
愛する人に死なれるのはつらいことだと思う。
1988年9月11日ー東京とソウルの気候の比較ー
17日からのソウル・オリンピックまで、あと一週間近く。
出場する選手が、ぞくぞくと日本に来ている。
開幕間際まで、日本で練習するためだ。
練習場が多く、また、韓国よりも安全だからだろう。
けれども、気候の方は、日本より、はるかに、
スポーツに適している。
9月中の気候を比べてみよう。
平均気温は東京の22.9度に対し、ソウルは20.3度。
月間の降水量は東京193ミリ、ソウルは119ミリ。
月間の日照時間(晴れている時間)は東京127時間、
ソウル206時間。
1日に1ミリ以上の雨が降った日数は東京11日、ソウル7日。
ただし、いずれも統計上の数字。
最近は異常気象だから、どうなるか、わからない。
【関連記事】
1988年9月10日ー現代の美女の美容の秘訣ー
きのは、楊貴妃の美容の秘訣は入浴だったと書いた。
きょうは、現代の美女たちの美容法を紹介しよう。
最近、アメリカのあるファッション誌が、
アメリカの最も美しい女性10人を選び、それぞれの
美容の秘訣を聞いた。
選ばれたのは、女優のキャサリーン・ヘップパーン
ブルック・シールズ、ファラ・フォーセットや
プロバクサー、タイソンの妻ロビン。
このうち、ヘップパーンは、なんと81歳。
毎朝、水泳をし、逆立ちをするのがコツだという。
「チョコレートクッキーやアイスクリームも大好きだけど、
逆立ちすると体のなかで燃焼しちゃうわ」
だと。
ブルック・シールズは運動が何よりもの秘訣。
そして、「たくさん水を飲む」のだそうだ。
1988年9月8日ーペーパー・バックー
「ペーパー・バック」という言葉を知っているかい。
「ペーパー」は紙、「バック」は本の表紙のこと。
つまり、紙表紙の本を指す。
むかしの本は、どれも、百科事典のように表紙が固く、
それも革などでできていて、堂々たるものだった。
だから、値段も高く、一般の人たちには、とても手がでなかった。
それが、ペーパー・バックになってから、ようやく大衆も本が
読めるようになった。
その代表的なのが、1935年(昭和7年)にロンドンで出た
ペンギン・ブックス。
これが出たおかげで、ベストセラーが次々と出るようになった。
実は日本の岩波文庫は、それより少し早く、
昭和2年に出ている。
戦争中は兵隊にとられた学生が、ひそかにこの文庫を
カバンにしのばせていた。
1988年9月7日ー源義家と安部貞任の華麗なる歌合戦ー
日本の歴史を読んでいて、感心させられるのは、
むかしの武将が、文武ともに秀でていたことだ。
文とは学問、歌をつくることも、それに入る。
武は、いうまでもなく武術。
なかでも、びっくりしたのは、あの「衣川の戦い」でのエビソードだった。
康平5年(1062年)、東北の衣川関で源義家と安部貞任(あべさだとう)とが
戦い、貞任側が敗れる。
そのとき義家は逃げる貞任を追いながら、彼のよろいの一部が
破れているのを見て、こう歌う。
「衣のたてはほころびけり」
衣は衣川をもかけている。
すると貞任が、すぐに歌を返した。
「年をへし糸のみだれのくるしさに」
これを上の句にすると一首の歌が完成する。
生きるか死ぬかのときに、こんな歌がつくれる二人の武将に
感嘆するほかはない。
9月6日のことだった。
1988年9月6日ールイ14世ー
フランスの国王には「ルイ 」というのが多い。
革命で、ギロチンにかけられて死んだルイ16世は、
少々、出来が悪かったが、それ以前の国王は、
いいことでも、悪いことでも、人一倍すぐれていた。
特に有名なのはルイ14世だ。
パリ郊外に、あのベルサイユ宮殿をつくった王様だといえば、
わかりやすいだろう。
「朕(ちん:私のこと)は国家なり」
と称し、国のすみずみまで王の勢力を行きわたらせ、
さらにスペインやオランダを撃ち破ってヨーロッパを制した。
また、ベルサイユにはラシーヌ、モリエールなど当時の文豪が
顔をそろえ、フランス語の優雅さも、そのころにできあがったといわれる。
またの名を「太陽王」。
1638年9月5日に生まれる。
1988年9月5日ー高級役人ドン・ロドリゴがみた江戸の町ー
「市街は互いに優劣なく、皆一様に幅広くまた長くして
直(真っすぐ)なること、スペインの市街に勝れり」
慶長14年(1609年)9月3日、フィリピンからメキシコに
帰る途中、いまの千葉県沖で難破し、日本人に救われた
スペインの高級役人ドン・ロドリゴが江戸の町について書いた一節だ。
当時の江戸は徳川家康が幕府を置いて6年目。
家康は幕府を京都から江戸に移した(慶長8年)、
その年に、埋め立てを行い、日本橋をかけ、南北に日本橋通りをつくった。
そのときに生まれた町は約300町。
ロドリゴの見た江戸は、こうした大開発が、
おわったばかりのころだったようだ。
やがて、これが八百八町(はっぴゃくやちょう)となる。
明治になる直前には2770町にふくれあがる。
そのころ江戸は、すでに世界一の大きさだったといわれる。
