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1988年9月4日ーテレビの画面の大きさー

新しいテレビ、どうだい。

わが家のテレビは、これで四代目。

一代目の白黒は、いまも健在だね。

テレビは、普通、14型、19型などといわれる。

この数字は、確か、テレビの画面(ブラウン管)の大きさ、

つまり、画面の対角線の長さをいう。

単位はインチ(2.54㌢)。

ところが、日本では、法律で、インチを公式の数字では

使えないので、14インチ・テレビのことを14型、

などというようになった。

これまで使っていたのは14型、新しいのは21型。

面積にすると、約2倍になる。

画面をよく見ると、縦横に細かく線が入っている。

走査線という。

現在のは、いくら大きなものでも、525本。

何年かすると、これが1025本になり、

画面は映画並みに鮮明になる。

これをハイビジョンという。


2010年9月4日

父は、テレビが大好きだった。

つけっぱなしなことが多いため、テレビもよく壊れた。

地デジ放送を見ることなく逝ってしまったけど、

地デジ対応テレビ、買ってあげたかった。

1988年9月3日ー「ホットライン」とはホワイトハウスとクレムリンの直通電話

「ホットライン」

直訳すると「熱い線」となる。

意味は「緊急の時に、直ちに連絡できるようになっている

直通電話」のこと。

そして、普通は、アメリカの大統領の住んでいる

ホワイト・ハウスとソ連のゴルパチョフのいるクレムリンとの間を

結んでいる直通電話のことをいう。

37年(だったと思う)、ソ連がアメリカのすぐ隣のキューバに

ミサイルを持ちこもうとしたとき、あやうくアメリカとソ連の間に

核戦争がおこりそうになった。

このため、こういうことを事前に防ぐため、相互に連絡しあうと、

38年8月30日に「ホットライン」ができた。

ことしは、25周年。

幸い、これまでに、このラインが本格的に使われたことはない。

(テストは1時間おきに行われている)

いつまでも、これが続いてほしい。


1988年9月2日ー異常気象ー

この夏、夏は行方不明になってしまった。

冷夏、長雨、台風多発・・・。

ようやく、8月m末になって、どこからともなく“夏”は戻ってきて、

ツケを一気に取り返そうとするかの暑さがつづく。


あの、潜水艦と釣り船の衝突事故さへ、異常気象のセイにする

人もあるほどだ。

静かに狂った気象は人を狂わせ、考える力を失わせるかもしれない。


この前も書いたように、セミの鳴き声も少ない。

ことし生まれたセミの子が成長するのは6年後、

きっと、その年は、ことしの異常気象の影響で、

大人になるセミが少なく、きっと鳴き声もほとんど聞けないだろう。


<異常気象の全国調査>
LETTER-異常気象1

LETTER-異常気象2


2010年9月2日

2010年、今年も1988年と同様「異常気象」だ。

但し、1988年は冷夏、2010年は猛暑。

日本は熱帯の国になっていくのだろうか?


1988年9月1日ー「防災の日」に地震について考える

「二百十日」が過ぎると、きょう1日は、「防災の日」。

あの関東大震災のことを忘れずに、地震への備えを

確かめるためにつくられた。


いま、東京には、三種類の大きな地震の来襲が予想されている。

1つは三浦半島と伊豆半島の間の相模湾を震源とする

関東大震災クラスの地震。

これはあと百年ぐらいは大丈夫。


2つ目が東海大地震。静岡の沖の駿河湾が震源で、

これは近いうちに確実にくるといわれる。

東京は震度5か6くらいだ。


3つ目は関東直下型地震。東京と埼玉、

または千葉との境付近が震源なので、こう呼ばれる。

ついこの間あったのも、その小規模なもの。

20年後くらいには来そうだ。

しかし被害は、震源地の真上付近だけで、それ以外は、そうひどくない。

いずれにしても大地震は必ず来る。

外を歩いている時は、ビルのガラスの破片に注意。


2010年9月1日

「阪神・淡路大震災」は、7年後の1995年に発生した。

伯父や伯母、いとこたちは兵庫県の芦屋にある

父の実家に住んでいるので地震の被害を受けた。

母は危険だからと猛反対したし、私も少し恐かったが、

父は、既に足腰が弱っていたにもかかわらず、リュックを背負って

伯父のところに救援物資を届けにいった。

車は通れない状態だったので、ひたすら歩くしかなかったそうだが、

無事に帰ってきたときは、ホッとした。




1988年8月31日ー二百十日(にひゃくとおか)と台風「キティ」ー

きょうは「二百十日」(にひゃくとおか)

二月の初め(4日ごろ)の立春から二百十日目のことをいい、

8月31日から9月1日ごろを指す。(年によって違う)

そして、このころには、よく台風が来るので、「台風の日」でもある。

いうなれば「二百十日」は、台風に備えようという警告の意味が

こめられている。


実際に、よく来た。


お父様が大学に入った年の昭和24年8月31日に東京を襲った

台風は、ドンピシャリ、しかも猛烈だった。

名前は「キティ」。

135人が死んで、10万戸の家が水浸しになった。

「台風の目」も初めて知った。

台風の中心のことをいい、これが真上を通過するとき、

風がピタリと止む。無気味だ。

次の瞬間、ものすごい風が吹く。

1988年8月29日ーテレビの歴史ー

日本でNHKが、初めてテレビ放送したのが昭和28年2月。

民法は、それから6ヶ月後の8月28日からだった。

第一号は日本テレビだった。

そして、開局2日目の29日、日本テレビは後楽園球場から、

巨人-阪神戦を中継した。

これが、プロ野球のテレビ初放送。

スポンサーは紅梅キャラメルだった。

(こんなキャラメル、いまでもあるのかな。)

けれども、当時のテレビ普及率は、わずか0.02%。

つまり、3千台にすぎなかった。

そのころ、大学を卒業して会社に入って、はじめてもらう給料

(これを初任給という)は8000円。

これに対して、アメリカ製の白黒テレビが25万5,000円。

とても手が出なかった。

だから、街頭や電気屋さんに置いてあるテレビに群がったものだ。

これを電気紙芝居といった。

1988年8月28日ー尊敬する人は日米は父親、中国は政治家がトップー

日本青少年研究所ということろが、日本とアメリカと中国の

高校生に尊敬する人物はだれかと聞いた。

その結果が下記表だ。

中国は周恩来(しゅうおんらい)や鄧小平(とうしょうへい)といった

政治家の名前が多く、少々、固い。

しかし、日本とアメリカは、父親がトップ

(どんなもんだい!尊敬するんだぞ)

になったほかは、本当に多種多様、千差万別だ。

日本などはビートたけしが6位になっている。

織田信長は9位。ご機嫌だね。

さらに、○○○ちゃんにとってご機嫌なのは、

アメリカでマイケル・J・フォックスが7位に入っていること。

お母様も大喜びしそうだ。シュワルツェネッガーが4位に入っているからだ。


LETTER-尊敬する人


LETTER-尊敬する人2


LETTER-尊敬する人3

2010年8月28日

当時は、父と一緒に映画館でみた「バック・トュ・ザ・フューチャー」の影響で

マイケル・J・フォックスが大好きだった。

昔から、織田信長も好きだった。


父親の権威も損なわれていない時代だったので、

こんな結果になったのだろうが、今はどうだろう?

一時期よりは、父親が好きな子供が増えていると聞いたが・・・。


1988年8月27日ー賄賂政治も堂々と!田沼意次ー

特別扱いをしてもらうために、政治家や

公務員(役人)にカネやモノを贈ることを賄賂(わいろ)といい、

いまでは、大きな罪となる。


江戸時代に、この賄賂政治を、おおっぴらにやってのけたのが、

田沼意次(たぬまおきつぐ)という老中だ。

「金銀は人の命も変え難い宝。その宝を贈ってまで、

私に仕えたいというのは、忠義の心がある証拠」

と、堂々たるもの。

屋敷に池ができた時、こう独り言をいった。

「コイがいるといいな」

その翌日には賄賂のコイが、もう、池に泳いでいたそうだ。

天明6年(1786年)のきょう、老中をやめさせられた。

天明の飢饉(ききん)に適切な手を打たなかったからだ。

しかし、最近では田沼を、様々な規制を取り除き、

経済を自由化した名政治家という説が強くなっている。



2010年8月27日

小沢氏が代表選に立候補した。

なんとなく、田沼と小沢氏がかぶる。

田沼も小沢氏も名政治家かどうかは、微妙だが、

結局クリーンな政治家は、名政治家にはなれないのかもしれない。


政治家は、何十年もたってはじめて評価される。

政策というのは、すぐには成果がでないからだ。

小泉前首相も、当時は人気があったが(今も人気?)、

人気と政策の善し悪しは、必ずしも比例しない。


クリーンなだけでは、政治家にはなれない。

強い精神力、向上心、奉仕の精神、そういったものを兼ね備えた人が

真の政治家になれるのだろうが、今はそういった人はなかなかいない。

首相がコロコロ変わるのも、人材不足だから仕方ないのだろう。



1988年8月26日ー8月25日は「ラーメンの日」インスタントラーメンを考えだした安藤百福

きのう25日は「ラーメン記念日」。

.30年前に、初めて「即席(インスタント)ラーメン」が売り出された

日なのだそうだ。


ラーメンは「拉麺」と書き、中国では、これを「ラーミュン」と読む。

メリケン粉に塩、卵、炭酸ソーダをまぜてこねあげたものを、

手で引き伸ばし、細かい糸状にしたものが「ラーメン」。

つまり「拉」とは中国語で「引っ張る」という意味なのだ。


「ラーメン」は日清戦争ごろ日本に入り、そのころは

「支那」そば」といわれた。


これを、お湯をかけるだけで食べられるようにできないかと

考え出したのが安藤百福さん。

昭和30年から自宅の裏に十坪ほどの小屋を立て研究を始めた。

出来上がったのは、それから3年目。

安藤さんは、その後「日清食品」という会社をつくる。

いま、インスタント・ラーメンは世界中の人が食べている。

1988年8月25日ー火星大接近ー

すぐ、お隣の星、火星が、地球に近づいている。

来月22日には、その距離が5811万㌔になる。

これを火星の「大接近」という。

なぜ、こんなことが、起こるのだろう。

火星より内側で太陽の周りを回る地球が、1周する日数は365日、

つまり1年だ。

火星は約1年11ヶ月(687日)かかる。

そして、地球が火星に接近したあと、それを追い越し、

再び、火星に追いつくのに、約2年2ヶ月必要だ。

それだけではない。火星の軌道が、ゆがんでいるのに、

接近する度に、距離が変わるんだ。

今年は、ちょうど「大接近」の年。

その日は、日没から昇り始め、午前零時に中天にかかる。

望遠鏡だと、月くらいに見えるそうだ。