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1988年8月14日ー新しい銀河発見4C41・17ー

また、新しい銀河が見つかった。

今度、発見されたのは、地球から150億光年ほど離れたところにあった。

発見したのは、アメリカの大学院生、オランダの大学の教授たち。

銀河から出た強力な電波から位置が確認された。

4C41・17 」が名前。

これまでに見つかった銀河のうちでは最も遠い。


これをよく調べると、宇宙が誕生してから2,30億年しかたってない

ころのことがわかるはずだ。


なぜなら大爆発をおこして(ビックバン)宇宙が誕生してから200億年たつ。

今度みつかった銀河は、150億年前の銀河を、いま見ていることになる。

つまり、それは、ビッグバンから50億年以内。

大体2,30億年しかたっていないことになるからだ。

この銀河から地球をみたらやはり、同じほど古い地球が望遠鏡にうつるはずだ。


1988年8月13日ー分断国家ー

イラン・イラク戦争は、ようyはく終わりそうだけれども、

まだ、世界には、多くの紛争(争い)が残っている。

なかでも、やっかいなのは「分断国家」だ。

あの大戦で、ドイツは東西ドイツに、朝鮮は南北朝鮮に分割されてしまった。

朝鮮は各国と北朝鮮だ。


もし日本が朝鮮を植民地にしていなかったら、いまのような悲劇は

なかっただろう。

それだけでも、日本は朝鮮に負い目を持っている。


ドイツはもっとややこしい。特に、むかしの首都ベルリンはソ連軍が占領したのに、

戦後は米、英、仏、ソの4カ国が共同で支配した。

だから、東ドイツの中にあるのに、ベルリンの東半分は東ドイツ、西半分は西ドイツ

のものになっている。


昭和36年8月13日、この境界線に東ドイツは突然、長い壁をつくった。

「ベルリンの壁」 (※)という。東ドイツ人の脱国を防ぐためだ。

この壁はいまも建っている。


※ベルリンの壁は、翌年の1989年11月9日崩壊した。




1988年8月12日ー「Dデー」-

また、「Dデー」の話をつづけよう。


日本の「Dデー」だ。


それは、多分、昭和20年8月15日ということになるだろう。


「敗戦の日」ということになる。




このほか、世界で初めて原爆が広島に落ちた8月6日が


「世界のDデー」だという説もある。




この「敗戦の日」は、実は、長崎に原爆の落ちた9日に開かれた


御前会議(天皇の前で開かれる会議)で話し合われ、10日午前2時半に、


天皇の指示で決まった。




しかし、その後も、敵の空襲が続き、戦場では戦いが繰り返された。


13日の東京空襲だけでも77人が死傷している。


ムダな犠牲というほかはない。




イラン・イラク戦争も、せっかく、20日が「Dデー」と決まっているのだから、


殺し合いはやめてほしい。


すでに両国で80万人が死んでいるのだから。

1988年8月11日ーイラン・イラク戦争終結の「Dデーと

8年も続いたイラン・イラク戦争が、ようやく終わる。


「Dデー」は、20日。


「Hアワー」は、その日の午後3時だ。




少し、英語の勉強をしよう。


「D」とは「DAY」、つまり「日」のこと。


「今日」は「TODAY」だね。


「H」は「HOUR」。これも「時間」のことをいう。


だから、「Dデー」は「DAY・DAY」。


「Hアワー」は「HOUR・HOUR」。


英語では、このように言葉を重ねると、その日、その時間と、


日時を強調することになる。


「まさに、その日は20日である」とでもいえばいいのだろう。




「Dデー」で有名なのは、前の大戦で連合軍がフランスの


ドイツ占領地に上陸した昭和19年6月6日。


この日が何時かを知るために、大スパイ合戦が行われた。

1988年8月10日ー鳥島ー

伊豆七島の南端にある青ヶ島と、小笠原諸島との中間に、

「鳥島」という島がある。


いま、海の下に沈没しかけ、大補強作戦をやっているのは「沖の鳥島」。

これは、むしろ紀伊半島の延長線上にあり、「鳥島」よりは、

さらに南に位置する。

間違っては、いけない。

この他に「南鳥島」というのもある。


ところで、さきの「鳥島」は明治35年8月7日に火山の大爆破があり、

形をとどめないほどに大崩壊した。


ここはアホウドリの世界唯一の繁殖地。

その羽毛をとるために住んでい島民125人全員が、この爆発で死んでしまった。


日本の火山観測が始まったのは、これがきっかけだ。

その後、昭和14年にも大噴火、22年に気象観測所がつくられたが、

45年に群発地震があり、全所員が脱出した。


いまは無人島。


火山予知も、いっこうに進まない。


1988年8月9日ー核爆弾とビキニー

きょうは、長崎の原爆記念日。

だから、また、核のことを書こう。

最近流行の海水着は、ハイレグ。

○○○ちゃんが、この前、買ったのもそれに近い。


あの“一世を風靡”(その時代に大流行した、くらいの意味)した

ビキニも、どうやら時代遅れになってきたようだ。

このビキニは核爆弾に縁がある。

終戦直後、太平洋にある、このビキニ環礁で、アメリカは、

度々、核実験をした。


それを見た新聞記者たちが、余りのものすごさに驚き、

それ以来、「成功のすさまじいもの」を「ビキニ」と呼ぶようになった。


その当時、世の中にアッといわせたのが、

胸と腰しか、かくしていない水着の出現。

ちゅうちょなく、その水着は「ビキニ」と名付けられた。

「ビキニ」がはやらないのは、核爆弾もはやらないからかな。

それなら大賛成だ。


2010年8月9日

現在の水着のトレンドはビキニ。もう何年もビキニが主流。

でも、ハイレグがトレンドだった時の方が、景気がよかった。

核爆弾との因果関係は別としても、ファッションと景気は

密接に結びついていると思う。

本格的なハイレグ水着は、高校の時初めて購入した。

その水着を着て、父の前でファッションショーしたのを

今でも覚えている。


1988年8月8日ー都電ー

都営地下鉄と都電のスタンプ・ラリーは、暑くて疲れたけれども

楽しかったね。

新橋駅で、最後のハサミを入れたときには、

「やった」という感じだった。

なんでも、やりとげるということは、すばらしいことだ。

お父様も、一度は、あの都電に乗って、全線をはしってみたかった。

それが、やっと、かなえられて、うれしい。


都電は、昭和40年代に、すべて、姿を消した。

自動車の走行の邪魔になるからだ。

しかし、当時の美濃部知事は、あの荒川線だけ残した。

一種の文化財として大切にしたかったからだといわれる。

あの沿線のひとたちも保存運動をした。

残したのは正解だったと思う。

いま、レトロ・ブームで、また人気を呼んでいる。

この調子で、いつまでも、走りつづけてほしい。



2010年8月8日

小学生の時、営団地下鉄のスタンプラリーを制覇して、調子に乗った

私は、どうしても都営地下鉄のスタンプラリーをしたくなった。

営団の時は、友人と一緒にスタンプラリーに挑戦したが、

その時、全部のスタンプを1日で集めたくて、帰りが遅くなってしまった。

だから、もうその友人とは一緒にできない。

そんな時、父が一緒に言ってくれると申し出てくれた。

もう60歳近い父が、一緒にスタンプラリーに挑戦してくれるのは

大変なことだったに違いない。

でも、父は付き合ってくれた。

あの時のことは、今でも忘れられない。


息子も、既に電車好き。きっとスタンプラリーに挑戦したいと

言うことだろう。その時は、付き合ってあげたいと思う。

1988年8月7日ー「マリリン・モンロー」ー

モンローといっても、知らないだろう。

フルネームはマリリン・モンロー。

昭和30年代の世界中の大人のアイドル女優だった。

もちろんアメリカ人。

美しい金髪、青い瞳。全身が、お色気そのものだった。

微妙に、おシリをふって(お母様みたい)歩く姿は

“モンロー・ウォーク(歩き)”ともいわれた。


出演した映画で有名なのは「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」

「七年目の浮気」

「お熱いのがお好き」は見た(TV)ことがあるだろう。

トニ・カーチスが男装して出る映画だ。

野球選手、劇作家と結構しては別れ、ケネディー大統領とも恋仲だった

といわれる。


37年8月5日、ロス郊外でノーマ・ジーン・モーテンセンという女性が

睡眠薬自殺した。彼女の本名だった。

他殺との説もある。

生きていると62歳だ。


1988年8月6日ー原爆の日ー

原爆の日。

昭和20年8月6日、世界で初めて、人を殺すために原爆が投下された。

日本の広島だ。

だが、実は、お父様たち日本人の多くが、

その被害が、どれだけ悲惨なものだったかを知ったのは、

7年もたった昭和27年のこの日だったといっていい。


「アサヒグラフ」という写真雑誌が、原爆被害を特集したからだ。

大やけどのために、全身の皮がボロ切れのようにたれ下がった

第1ページの写真は、世界だけでなく、当の日本もびっくりした。

それまでは、アメリカ軍によって厳重に検査され、

このような写真は公表することができなかったのだ。


それ以来、原爆禁止の運動は世界中に広がった。

いまでは日本より外国人の方が関心を寄せている。

文部省は広島に修学旅行に行くこともきらう。

一度は行った方がいいよ。


2010年8月6日

「原爆の日」の式典に、国連の潘基文事務総長をはじめ、

原爆投下国の米国代表としてルース駐日大使、核兵器保有国である

英仏の政府代表が初参加。今年は歴史的祭典となった。

もう少し前に参加していてもよかったような気がするが、

大きな前進なのだろう。

私は、まだ広島には行ったことがない。

長崎にはいったが、被ばくしたマリア様もみただけで

涙が出そうになった。

なぜ、人は争うのか?

人類がある限り、永遠のテーマなのかもしれない。

1988年8月5日ークワター

巨人の外人ピッチャー、ガリクソン選手の奥さんが、

愛育病院で男の子を産んだ。

赤ちゃんの名前は「クワタ」。

いうまでもなく、あの桑田投手の名前をもらったのだ。


「彼はマジメだし、よく働く。ボクの息子にも見習ってほしい」

とガリクソン。

だが、ガリクソンもアメリカ人だ。

出産予定日より4日も遅れ、その間、試合にでなかったため、

王監督をイライラさせた。


例のラマーズ法で、夫も出産に立ち会う。

そのためには、大事な試合も二の次。日本人には、

とても、そこまで、ついていけない。


阪神のバースも、子どもの病気の看病でアメリカに帰り、

試合に出なかったため、ついにクビになったことは知っているね。


これも、アメリカでは信じられないことらしい。

○○○ちゃんが大人になるころには、日本もそうなり、

アメリカ人は「クワタ」のようになっているかも知れない。


2010年8月

20年たった今も、日本は子供の病気や妻の出産で

会社を休める風潮はない。

育児休暇をとる男性が何人かは出てきているけど、

かなり稀なことで、制度としてあっても

一般企業ではなかなかとりにくい。

だが、女性は働いていても、子供の病気や

妊娠・出産で仕事を休まなくてはいけない。

制度を整えても、個人個人の認識を改めなくては、

なかなかアメリカのようにはいかない。

でも、アメリカもすぐに雇用が危うくなる環境にあるので、

どちらがいいのかどうか、一概に言えないような気がする。