からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -65ページ目

アノマニスからの脱却(4)

「吐きだす」

レイがそう答えると、オヤジは呪われた呪文を唱えるように、小さくそうつぶやいた。そして立ち上がると、スタスタと一直線にレイの前まで来て、なんじゃろほい、と思ってたレイの顔面に一発踏みつけるよう足の裏を叩きこんだ。

レイはただ無様にそれを食らったわけじゃない。迫り来る足の裏に合わせうまいことスウェーバックした。だから、当たりはしたけどダメージはなかった。さらに、レイはその勢いでくるりと後転し、立ち上がった。だが、それだけだ。「いきなりなんですか」の一言もなく、やり場ないよう立ち尽くした。

そんなレイを、オヤジは憎々しげに一瞥してさ、舌打ちをしたもんだよ。口の中が地獄とつながってんじゃないかと思われるほどの、心底憎々しげな舌打ちだった。

それからオヤジは部屋を出ていったもんだから、レイは立ち尽くし続けるしかないよね。情けなくも、あの軽い接触で、レイのヤワな鼻の粘膜が傷つき、鼻血がでた。レイは立ち尽くしながら、何度も何度も鼻をすすったよ。

現実から逃避したいんだろう、「この感じ、うまいこと鼻にティッシュ詰められたら、いい感じの鼻血の親玉取れるな」なんて思ったりしてね。鼻血の親玉ってのは鼻血が止まったころに鼻の奥から採取できる、鼻水と血が混ざってところてん状になった物体のことだよ。うまいことティッシュを詰めれば、それはティッシュの先にくっついて引っこ抜くことができる。ドロッとしててね。ちょっとしたミミズみたいなやつだよ。それが取れるころには大体鼻血は止まってるから、レイはその鼻水と血のところてんのことを鼻血の親玉と呼んでるんだ。ま、そんなことはどうでもいいんだけどさ。

それから少し経ったら、オヤジが戻ってきた。後ろにふたりの男女を連れて。すなわち、佐井九と神見。

神見はひどくうなだれていた。まるで何日間か監禁されていたような、その心や幽し、みたいな状態だった。

その神見の姿を見て、レイは自分がなにをすべきかようやく決めた。

ちなみに佐井九の姿を見て、何かいろいろとつながったような気がした。

レイは先手必勝とばかりに、今まで後手後手に回っていた男とは思えない瞬発力で、オヤジが何か口にする前に、ふたりとならぶ神見をこっち側に持ってこようと、神見の手をひくオヤジに飛びかかった。その意気やよし。その意気やよし。その意気やよし、だったんだけどもさ、

強えのな、オヤジ。

計算よりも、なんてこた言わないよ。すでにレイは何か計算して行動するなんてできる状態じゃなかったからさ。

強えんだ。あのオヤジ。

猫科の猛獣カラカルのごとく、レイはオヤジに、ジャンプ一番文字通り飛びかかったんだけど、オヤジは冷静に掴んでいた神見の手を離すと、レイの四肢の動きを見極め、レイの正中線に入るようわずかに体を動かすと、飛んできたレイを受け止めた。微動だにしねえ、微動だにしねえんだオヤジ。まるで岩のように、レイの体当たりを受けても微動だにしねえ。

レイは、この身長160センチあるかないかの初老をとうに過ぎたこのオヤジに、なにもできなかったよ。手も足もでなかったね。しょうがないよ。レイは学生時代帰宅部一択の男で、誰かから踏んだり蹴られたりされたことはあっても、拳のひとつも振るったことないやつで、相手のオヤジは若いころ柔道でオリンピックを目指してたほどなんだからさ。

オヤジはレイのバンザイアタックを受け止めると、間をおかずに、ぱっこーん、とレイを投げた。足払い。もう、ぱっこーんいったからね。綺麗にぱっこーんいったよ。それくらったレイは両脚が浮いちゃって、横に浮いちゃって、きれいに揃って浮いちゃって、なんかひどくおかしい体勢になっちゃって、なっちゃって、体の横から受け身もとれずに落ちた。

落ちたあとにもオヤジは手を休めやしねえ。恐ろしいわこのオヤジ。うつ伏せになったレイを一瞬で仰向けにすると、袈裟固めだよ。出たよ。袈裟固め出た。重いんだ。体重60キロもないだろうこのオヤジの圧力すげえんだ。今度はレイが微動だにできなくなったよ。空いてる片手で反抗しようとしても、むなしく宙を引っ掻き回すだけだしさ、噛みついてやろうとしても、頭押し込まれてるからあごがひらきやしないよ。ぐうの音ひとつでやしねえ。でやしねえよ。

完璧に押さえ込まれたレイが次に見た光景は、馴染みのコンビニの店長が頭に触覚を付けている場面だった。なんだあれは。カチューシャを被ると、佐井九の目の前に垂れ下がった二本の触覚がピヨピヨ。おそらくアノマロカリスを模したもの。ピヨピヨピヨピヨ、バネ仕掛けでだらしなく動き回りやがる。ピヨピヨ。ピヨピヨ。ヒョコヒョコ。

神見はどうした。何をしている。そうは思っても、神見はレイの視界の外。当然、見えるポジションにさせてはくれない。

「吐き出させろ。かきだせ。悪い血はかきだせ」

そう静かに、しかし重く言うオヤジの声が、レイの体内を骨振動をもって聴こえた。

佐井九は、

「はい」

と、言った。

そして、少し間を置いて、

神見の悲痛な叫びが聴こえた。どうやら、神見は身動きとれないらしい。レイに助けを求める声や雌牛がいなないているような叫び声の合間にギシギシとなにやら縄がひしめく音がする。

次にレイが佐井九の姿を確認したとき、佐井九の下半身は露出されており、天を衝くほど巨大で愚鈍なるイチモツが確認できた。でかい。太い。黒い。でかい。太い。黒い。D・F・K。

そしたらさ、まあね。

レイプされてやんの。神見レイプされてやんの。コンビニの店長に。恋人の目の前で。身動きとれねえ恋人の前で。でっかいちんぽ無理矢理いれられて。悲鳴あげてさ。ねじ込まされて。ぶち込まれてさ。

かきだせ。かきだせって。オヤジ。人ならずの精虫をかきだせって。あのでかいマラなら、そりゃすべてをかきだすだろうさ。

袈裟固めに固められ、身動きとれないレイの心境たるやなかったよ。

抵抗しようとしてもどうにもならなくて、しまいには体から力が抜けてさ、死んだタコみたいに、地に伏せられてはいたけど、だらんとして。すべての情報を遮断しようと、人間が人間であるために体や精神はそれを選択したんだけど、どうしても、耳には神見の声が聴こえる。それが無機質に聴こえるようになっても、まだレイプは続いた。どんだけ遅漏なんだよってさ。

神見は何度レイに助けを求めたかしらない。しかし、レイにはどうすることもできなかった。

いつごろからだろう、気がつけばレイは耳だけじゃなく、それを見ていた。止むことない蛮行を目に入れていた。知らぬうちにオヤジが僅かづつレイのポジションをそれを目にする位置までいざなったのかもしれないが、レイはしらない。とにかく見ていた。不思議なことに、耳に入る情報と目からやってくる情報が、衛星放送中継のように一致しない。しかし、どちらも無機質だ。じっと、じっとレイはそれを見ていた。神見のかわいい性器に突き刺さるそれを見ていた。佐井九が神見の薄い唇をふさぐようなめるのを見ていた。ずっと、じっと見ていた。神見はレイを見られない。神見の顔は佐井九の手により真正面、すなわち、上方に向けられていたし、途中から、佐井九が神見に見つめられることに嫌気がさしたのか恐怖したのか、後背位に移ったし。

後背位に移ると、おっとごめんよとばかりに、調子にのった佐井九の愚鈍なるそれは二度三度、神見の違う口に入った。そのたびに神見は声にならぬ声を出して、全身を痙攣させたっけ。

佐井九は佐井九で、神見に特別な感情がある。だって、色々あったじゃん。ふたりの関係ってやつは。愛だの恋だのとは別のところでさ。ま、つきつまるところ破瓜の行方だよね。なにかと神聖視される処女ってやつが奪われてたってんだから、やりそうなことだよ佐井九ならさ。なんで神見が処女じゃないか知っているのかって?。オヤジが神見に神述べ継ぎをしようとしたときバレたんだよ。わかるだろ。力を分け与えるようとしたのさ。

レイはそのとき、死んだんだ。

長い地獄の時間が流れ、佐井九は果てた。中で。

そしたらさ、普通これで終わりだろってところなんだけど、今度はオヤジが、「バカヤロー」って佐井九を一喝してね。それじゃあ意味がないだろってんで、袈裟固めを解くと、ズボンをガチャガチャおろしはじめやがってさ。オヤジのイチモツは痩せたキュウリみたいにひょろ長くて、それをでろでろになった神見に突き刺したんだから、もう何も言えないよ。そのひょろ長いやつじゃあ佐井九の精虫をかきだせるかは疑問なのに、オヤジは必死で我が娘をほじくり返しちゃって、さ。鬼畜ってやつだよ。

レイには汗だくの、もはや牛丼汗だくの佐井九がオヤジに代わって覆い被さってきて、下半身あのままだからそれはもう、普通なら身の毛がよだってしょうがない事態なんだけど、レイにそんな身の毛をよだらせる余裕はなくてさ。じっと無機質にだらんとしていたよ。

しかし、神見の方はだんだんと変化があったようで、オヤジのひと突きひと突きに、声にならぬ悲鳴から、どこか歓喜を帯びるそれにいつしか変化しているようだった。その変化に、レイは後々、いま思うと、って形で知るんだけどね。だいたいさ、レイはそのとき気がつくべきだったんだよ。オヤジが果てたその直後、神見はぎゅっとオヤジを脚で絡め、抜かさずにさ、再戦を促したんだから。とろんとした甘い目してさ。いや、当時から気がついていたのかもしれない。それを認めたくなかっただけでさ。

ようやくことが終わった淫臭立ち込める道場で、レイはボロ雑巾にされたよ。まだまだ若いねこのオヤジは。二回終わってさらにこれだから。ああ、神見は佐井九にどっか連れられてった。

「二度とちょっかい出すんじゃねえぞ」

なんてお決まりの文句言われてさ。

「もはやそんな気も起きや“しなくなる”だろうがな」

なんて含みのある意味深なこと言われてさ。

身も心もボロボロにされて叩き出されたレイは、家に帰ったんだよ。なんてったってホームだよ。行き着く先ってやつはなんだかんだホームだよ。とりあえず、神見の命が奪われる心配もなさそうだしさ。あたりはもう夕焼けに近かったよ。朝早くからまあ、どんだけ長かったんだよ。

脚を引きずりながら家に帰ってみれば、消し炭しか残ってなくて。

ああ、こりゃ放火だ、とレイは薄笑いさえ浮かべてそう思ってさ。やることなすことえげつないねあいつらは、なんてさ。

近所のおばちゃんが、まだ帰ってきてはいないはずの家族の運ばれた病院先なんかを、通夜のときみたいな顔して教えてくれてね。

「大丈夫?」

なんてことも言うからさ。レイは、

「大丈夫です」

って答えて、その場をあとにした。

それからレイの姿を見たものはいないって感じで第一部完。




とある体育会系部活動顧問からのアドバイス

中学生のときの話だよ。

「えー、近ごろ学校の周りで学生が不良に絡まれる事件が頻発しています。幸いといいますか、今のところうちの生徒から被害は聞いていませんが、みんなも登下校の際には気をつけてください。そしてそのようなことがあった場合には恥ずかしがらずすぐに学校に報告してください。えー、みんながもしそのような事態に遭遇した場合はですね、どうすればいいかわかりますか?、それはですね、走って逃げる、走って逃げてください。大丈夫、不良なんて奴らはロクに運動していないしょうもない奴らばっかりだから、みんなの方が脚が早い。絶対。大丈夫です」自信満々の顔で、自分の言葉に酔ったよう彼氏は言ったなあ。

だけど、彼氏の目に入らなかった文化部帰宅部の生徒は、

「………………」

だったなあ。絶句だよ。

さらに、自分が顧問の部に所属してるバリバリに動ける生徒が他校の生徒などに絡みまくっていたという事実と相まって、さらに「………………」。絶句。ひ弱、絶句す。ゼックスだよね、ゼックス。超金持ちばかり通う学校に於いて「明日みんなでハワイ集合ね」的な、みんな自家用ジェット持ってるでしょ的な、そんな一方では標準装備、一方ではむちゃくちゃなことを緊急時の前提条件にされちゃって。絶句だよ。それに当てはまらない者側をゼックスと呼ぶしかないよ。ゼックス。絶句してアピールするしかないんだ。

教師って、大変よね。何を言ってもゼックスがいるからさ。

おれ?おれはそのときどうしてたかって?

びくびくしてたよ。

カツアゲしてるのバレたんじゃねえかってね。(大嘘)

本当にそれはただのどうしようもない嘘で、もう言った先から唇という名のヒトのセックスアピールポイントが腐りはてていくぐらいの嘘で、おれがしたことといや、

早速その日の下校から、日頃足首に巻き付けてたアンクルウェイト(笑)を外したね。

それからかな、おれの真の力が解き放たれ、目にも止まらぬスピードでお昼休みに同級生から頼まれた甘い菓子パンを買うことができるようになったのは。ってパシられてんじゃん!!、目にも止まらぬスピードをもってなおパシリにされるってなんだ、その同級生は重力が地球の10倍ある惑星出身者か!?

まあそうさ、嘘だよ。

パシリの部分はね。

ってアンクルウェイト(笑)



悲しいアンクルウェイト物語だよ。

アノマニスからの脱却(?)

証拠物品を水に流し、レイが扉を開けてトイレからでたとき、運悪く、ひとりの男と頭がぶつかった。ゴチンと、ふたりしてその場にうずくまるほどの衝撃だったよ。その男はさっきトイレの前に来た、佐井九だった。

「いっ…」

レイがうずくまりながら男の方をみると自分がいたが、とにかく立ち上がることにした。やけに体が重い。

まだ相手は立ち上がらない。やっぱりどうみても倒れている男は自分なのだが、とりあえず、

「大丈夫ですかぁ?」

と、声をかけた。聴いたことない声がレイの頭に響いた。どうやらそれが自分の声らしい。

なんだかわけがわからんとばかりに、レイは後頭部をかいてみた。そこにいつものような感触はなかった。頼りない。実に、頼りない感触。

意識を取り戻した相手と目が合った。相手は狐に鼻をつままれたような顔してこっちを見てる。そいつはやっぱり自分だ。ああ、なんてことだ。レイと佐井九の精神が頭をぶつけた衝撃で交錯し、入れ替わってしまったのだ。

それに気がつくほどレイは現実離れした思考を持っていない。相手がどうやら大丈夫そうだと判別すると、すいませんねえでもおあいこですよ、などと言いつつ、スタスタとオヤジの方に向かっていった。

オヤジはレイを見るなり、

「君はまだここに来ちゃいかんよ」

と、先程とは打って変わり、愛嬌のあるニコニコ笑顔で言った。レイはその笑顔に嘘があるとわかった。伊達に世を穿った見方で見ながら過ごして来たわけではない。

しかし、なぜ、そんなことを、急に、自分にして見せるのか、それはわからなかった。

そのとき、ぎゃあ、と、耳馴染みのあるようなないような叫び声が後方から聴こえた。

「あいつ」

オヤジはそう憎らしげにつぶやいた。

オヤジが道場から出ようとすると、ちょうど向こうから男が走ってきて、オヤジと激しくぶつかった。

「いたた、か、神述べ様訊いてください!、いま!、いま!」

そう言い出すオヤジと、頭を押さえる自分がレイから見えた。

………以下略。

「なんなんだこれは!!」

そうレイの体を持ったオヤジが言った。

「か、神述べ様、これはもしや」

オヤジの体を持った佐井九がなにやら言い出した。

「これは、生命爆誕の兆しでは。だとすれば、二代目の」

そして、もはやレイのことなど忘れ、ふたりは神見を呼んだ。しかし、レイだって、慌ててる。

「おれの体を返せバカヤロー、なんだこれは!!」

レイは自分に組み付いた。

「これはおそらく生命爆誕の」

「うるせえ!、なんだこれは!!なんなんだよ!、なんでおれがこんなおっさんでハゲデブメガネなんだよ!」

「いや、メガネではないよ」

オヤジの体を持った佐井九が自分の名誉のためにツッコミを入れた。

「うるせえ!」

レイは我を忘れ、自分を突き飛ばした。

そのとき、ああ運悪く、自分の体と、道場にやってきた神見の頭が、ゴチン。

3人は息を呑んだ。まさか、まさかまた………。

「いっ、大丈夫か神見!」

そう言ったのは、レイの体だった。

どうやら、これ以上の入れ替わりはしなくて済んだよう…だ…?

「何をやってんだ、彼女が怪我したらどうする」

自分が突き飛ばしたことを棚に上げ、再びレイはオヤジに組み付いた。

「店長やめて!」

神見は佐井九が恋人にいちゃもんをつけているのを止めに入った。その実、逆なのだが。

レイの前に割り込んだ神見。起こっている事態をどう説明すればいいというのか、3人はしばし立ち尽くした。

そのとき、神見が、「え?」と言い、自身の下腹部に目をやった。

つられ見る佐井九のレイ。オヤジの佐井九。

「そんなバカな」

3人が目にした光景。神見のタイトジーンズ越しに股間がムクムクと隆起していく。

そして、

ローライズ、ああローライズ、神見の股間のそれは浅い股上を超え、ひょこりと顔を出した。

「これは」
「このほくろは」


オヤジの佐井九と佐井九のレイがほぼ同時に声を出した。これはもなにもない、これは男性器。そしてそのことを瞬時に理解したレイは、見覚えのあるカリ裏のほくろに目がいった。ほくろの位置、形。それはまさしく、自分のイチモツ。

となれば、だ。

ほどなくして、レイの体から竿と玉が消えていることが判明した。

複雑になってきやがった。

レイの精神は佐井九の体にある。佐井九の精神はオヤジの体にある。オヤジの精神はレイの体にあり、性器は神見の体にある。神見の性器はオヤジの精神が移ったレイの体にある。







かないよ。

アノマニスからの脱却(3)

佐井九神観(さいくかのみ)は、この日神述べ様に呼び出されていた。佐井九は神見にまとわりついたレイのことを、悪い虫、と識別していたけど、レイが店に来たときはいつもニコニコ親切応対を貫いていたよ。よく言うじゃない、お客様は神様だって。

佐井九は神見の婚約者ってやつだったんだよね。だったんだ、ではないか、婚約者なんだよ。40手前のハゲかけた小太りのおっさんなんだけどさ。神見が生まれたときから婚約者って決まってたんだ。年齢云々に文句のひとつもいいたいけど、神見が生まれた当時、彼氏はハタチそこいらで、まあ美少年だったんだよね。いまでは見る影もないけど。神童も二十歳過ぎればただの人とは云うけれど、美人は二十歳過ぎてからが問題なんだよ。十代でいかにかっこよくても、結果これじゃあねえ。アイドルの経年変化、がっかりだよ。遺伝子はかっこいい、現在のありようを言い訳するなら遺伝子レベルまでいかなきゃならない。ああいやだいやだ。

苦労したんだよ彼氏も、24のときに両親が交通事故で死んで、勤めてた会社を辞め、遺された店をコンビニにして、ハゲたり太ったりしながらなんとかやってきた。ま、大きなヘルプをもらった、いや引き継いではいたんだけどさ。

アノマロカリス教ってやつは、神見の家が“本部”と銘打たれているよう、決して小さい新興宗教ではない。ま、そうでかくもないけど。信者の数は数えもきれない。だって、人類はみなアノマロカリス教だからね。そういう教えなんだよ。神の子ってやつ。熱心な信者の数は300人ほどだと、ポリスは言っているけどね。300人もの人から熱心なヘルプを受けるんだから、それはそれは大層なもんだよ。カンブリア紀の生物を御本尊にしたこんなエキセントリックなものにも、人は救いを求めうるんだねえ。

ああ、その60億人をくだらない、在野の信者達、のことを教団では“アノマニス”と呼んでいる。匿名とか無名、作者不明とかの意味の“アノニマス”からきている言葉で、教団名との語呂の関係から、アノマニスと呼ばれるんだ。

ちゃんとした、定期的に喜捨をしている信者のことは、教徒、って呼んでいる。語呂関係ないのかよ。語呂関係ないのかよってさ。

佐井九の親はアノマロカリス教の設立メンバーだった。神見の家はもともと宗教をやっててさ、普通の仏教系団体だったんだけど、そこから若くして、親に反旗を翻した形で独立した形。教団が誕生した年に佐井九は生まれたんだ。そんなもんだから初期構想では二代目神述べ様は佐井九だったんだけど、それは名前にも現れている、だけど…まあ、そんな感じ。

レイは応接間に通された。応接間と言や聞こえはいいけど、道場だね。建物の構造上応接間のはずなんだけど、椅子やソファーがないし、オヤジの後ろにはアノマロカリスの化石みたいなやつが玉座にでんと鎮座ましましてる。

神見はまだ来ない。ひょっとしたら、神見とは会えない。レイはそんな気がしたよ。

粗茶のひとつもだす前に、オヤジは胡座をかいてやたら分厚い座布団に座ると開口一番、怒声罵声を張りあげた。レイは板張りに直で座ってる。一応正座。痛い。

わかってたことだけど、まあ、神見に手をかけたことについてだよ。

レイは起き抜けで、習慣のコーヒーもタバコものんでる暇なかったもんだから、頭と口の中がカラカラに渇いててさ。ましてや結構な距離歩かされたからさ、もう大変。脳のエネルギーになる糖分が不足しているもんだから、まるで応えやしない。オヤジの言葉にも、自分自身にも。

怒鳴られ続けるレイが考えていることは、家を出る際、慌てて身支度をしていたときポケットに忍ばせたキャンディを、神見の誕生日に行った遊園地で買ったキャンディを、どのタイミングでいつ口にするか、だった。ぼんやりして回らない頭じゃ、論破もクソもないからさ。あと、水分が欲しい。できればこの説教かなんかしらないものに、タバコ休憩を挟んでそのときに、なんて思って、レイは心の中で笑った。そんなことできるわけないからね。

「神見は特別な子だ!!、たぶらかすのもいい加減にしろ!!」
「はあ、いや、たぶらかすと申されますが」
「あの子は人類の救済者になる子なんだぞ!!」
「救済者、きゅうさい、青汁ですか?、なんちゃ」
「ああ!?」
「なんでもないですはい」
「ことの次第がわかっているのかお前は!!」
「はあ、できればそのことの次第ってやつを丁寧に説明してください」
「お前!!」

レイは妙なところで肝が座っていてね。伊達に社会からうろんじられ、石を投げつけられる存在、不幸者、ニート、を長年やってなかったよ。一体何年間馬の耳に念仏を決め込んできたことか。肝が座っているというよりも、打たれ弱いが素早く身を隠す、まるで某RPGゲームの某レアモンスターのようだね。

一応、柳に風を決めて、受け流した力を相手に返す、世に言うところの「風車の理論」でオヤジを丸め込んでやろうだなんて思っちゃいるけどさ、
「お前は世界を破壊する気か!!」
「世界とは」
「あの子の世界だ!!
「え、神見の世界?」
「お前ごときがあの子の名を口にするな!!」
「いやしかし、名字で呼んだら三人称と二人称がごっちゃに」
「うるさい!!」
「はあ」

こんな具合で、にっちもさっちもいかない。やはり頭にエネルギーが足りない。

「あの子の世界、救済、幸福、そして感嘆に満ち溢れた世界を壊して、貴様はどうしたいんだ!!」
「どうしたい、まあ、できればいまあなたが仰った世界を………」僕とふたりで、との言葉が喉元まできて、レイはごくりと唾をのんだ。

まさしく、レイにとって神見は、救済と幸福、そして感嘆に満ち溢れた世界そのものだった。

「あの子の世界を、なんだ!?、どうするんだ!?、あの子はあらゆる生命が爆誕する鍵であり、その世界の中心に立ち、その世界そのものになるんだぞ!!」
「あの、あまり声を張り上げると、お体に障りますよ」
「いいから答えろアノマニス!!」
「アノマニス?」

このときだね。レイに妙案が浮かんだのは。

“そうだ。正座から胡座にポジションチェンジするどさくさに紛れてポケットからキャンディを取り出してしまえばいいんだ”

って。

案外難しい行動だよ。いや、ポケットからキャンディを取り出すことは特に難しいわけじゃない。難しいのは取り出したキャンディをいかにバレずに開封し、口に入れるか、だ。この作業にはマジシャンのような片手による精密動作性が求められる。

そしてレイはポケットから左手にキャンディを移すことに成功した。なぜ左手かというと、レイは右利きで、いままでの間落ち着きなく、精神の均衡を保つために、後頭部をかいたり、唇や鼻をなぞったりしていたのは右手だったからだ。右手のアクションにオヤジを注目させておいてその隙に服を破り、咳かくしゃみでもするフリをして、そんな作戦さ。

「どうだというのだ!!」
「それは、僕が彼女を愛してるかどうかってことですか?」
「ふざけるな!!」
「まあ、そう、でしょうねえ」

レイは何度目かの後頭部かきしだきアクションをとった。幸運なことに、思っていたより容易く、キャンディの包みを切り裂くことができた。開封した瞬間、下品な甘い香りがレイの鼻孔に到達した。まずい。バレてしまう。レイは屁でもこくしかないと、本気で思ったけど、出そうになかった。というよりも、身が出そうだった。そうだ。

レイはまだ朝の習慣であるところの大便を済ましてないことに気がついちゃった。

人間、何かに気がついちゃうと、それを実行できない状況であればあるほど、荒れるよね。精神。

レイはオヤジに排便を所望した。オヤジは相も変わらず「ふざけるな」と言ったが、

「ここでやってもいいんだぞ!!」

レイがはじめて見せた鬼気迫る表情、そして迫力とパワーに溢れたメッセージに気圧されたのか、オヤジは、「逃げるなよ」と言って、それを許した。

トイレに入り、レイは大便をした。左手がキャンディのせいでべったべたになっててさ。とても残念な気持ちにさせられたよ。追い詰められて急に思い立った行動の結果なんて、まあこんなもんでしょ。

もちろん大便だけでなく、キャンディを舐めたし、タバコも吸った。大便とキャンディとタバコの混じった臭気が、レイを冷静にさせたよ。置かれている状況を鑑みる。オヤジの言ってることはむちゃくちゃだ。このまま逃げるのも一手。警察に行くか。しかし、ひょっとしたら要塞の中に入るときくぐったあのチンケなアルミ扉は開けられないようになってるかもしれない。飛び越えるのは体力的に無理だろう。どうしておれは入ってくる時に扉の鍵の有無や、足場となりそうな道具などを確認しなかったのか。相手はむちゃくちゃな奴だ。何をされるかわかったもんじゃない。逃げるにしても、じゃあ神見はどうなる。どうやら家族以上に大事な“もの”らしいから、まさか傷つけたりはしないだろう。しかし、ああ、いま神見はどこにいる。何をしている。彼女次第、おれの行動は彼女次第なんだ。彼女に死ねと言われればおれは安心立命のうちに死ぬ。連れて行ってと言われたら、コンクリートの壁だってぶち破って、太陽光線をみせてやる、のに。

レイがトイレでなにやらぶつぶつと空想に励んでいると、鍵のかかった扉に手をかけた者がいた。ガチャとなった音に、レイは一瞬、さっと血の気が引いたよ。オヤジが来たのかって思ったからさ。

「ああ、すいません」

扉の前にいる男はそう言って、どうやらどっかに行ったらしい。そこそこ大きい家で、ましてや本部と称される場所だ、トイレがひとつなわけがないだろう。やましい奴ってのはだいたい専用のトイレを持ってるからね。別のトイレにでも行ったんだろう。

それにしても、「どっかで聴いたことある声だな」って、レイは換気扇に向かって甘苦い煙を吐きながら思ったよ。

オヤジの場所まで戻ると、オヤジはいなかった。これは逃げるチャンスかなと思ったけど、やめた。いざとなればオヤジの一匹ぐらい倒せるはずだ。そんな都合のいいことを思ったとき、さっきのトイレ男のことを思い出してげんなりした。

そんなことを思案していると、オヤジが現れた。相変わらずムカムカムカムカしてる。だけど、その後ろ姿、シャツの一部がスラックスから飛び出てる。

「もういい」

オヤジはそう言いながら胡座を組んだ。

「これだけ、はいかいいえで答えろ」

先程とはうってかわり、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、妙に落ち着いたふうでレイに語りかけた。

「お前はアノマニスか?」

アノマニスってなんのことだろう?、それを訊く前にレイは答えちゃった。だけど、それを訊いて説明されたあとでも、レイの答えは一緒だったろうけどね。

「アノマニスと呼ばれて振り向いたことはないですから、きっと違うでしょうねえ」






ウルトラマンナイス

おれはウルトラマンジョーニアスじゃなくてウルトラマンナイスかな…………ああ、一番ざんないウルトラ戦士ね。

ざんないよ。ナイスはざんない。

ウルトラマンナイス。ナイスですねえ、なんつって。言うなればウルトラマンナイスはマンナイスだからね。マンナイスですねえ、つって。マンがナイスですねえ、なんつって。あははははは。

一番好きな怪獣はみなさんの予想通り、やっぱりあれさ、そう、


ヤメタランス。