からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -3ページ目

勇者と段々崩壊していく世界

「全滅だと?」
兵士長は部下からの報告に目をまるくした。
「一夜だぞ!、一夜にして…なぜだ!」
「現在調査中です」
「あたりまえだ!…すまん」
「いえ」
「何か手がかりは?」
「報告を聞いた私の私見以上のものは残念ながらありません。ただ、関係ないとは思いますが」
「なんだ」
「第二隊、ケイコリ隊が前回の勇者たち、例の脱走した勇者たち三名を捕縛していたとの報告がありました。その三名も死体で発見されました」
「…そうか。空き巣風情の関与はないだろう。では私見を述べよ」
「私が報告を聞く限り、下手人は同一グループだと思われます」
「なぜだ」
「反抗の手口がおおよそ、アエロジーヌ隊を除き、同じです。死体にめぼしい傷はなく、荷物が燃やされている」
「燃やされている?」
「はい」
「いけない。私の頭が犯人は姫だと決めつけている」
「…サイフなどの金品が奪われている模様です」
「あやつらは、三名だった。機動力次第では同時の犯行も可能、か。…それでアエロジーヌ隊は?」
「はい。アエロジーヌ隊は特殊です。交戦の跡があると。村ごと燃やされているようです」
「ギライア殿は?」
「それが、報告によると、アエロジーヌ隊三名、全員行方不明です」
「なぜかように大事な報告を今頃言うのだ!」
「申し訳ありません」
「…村が燃やされているのなら、犯人はアエロジーヌ隊を見失い、おびき出そうとしたとも考えられるな。交戦の跡、か」
「はい」
「捜索の兵を組め。ギライア殿がただで死ぬとは思えん」
「はっ」
「陛下には知られぬようにな。心労を重ねるわけにはいかん」



師匠が笑っている。
「なあマリネ坊、今日はどう殺されたい?」
師匠は手にひのきのぼうを持っている。ひのきのぼうの形が、一目見るたびに変わる。なんどか形を変えると、極めて屹立した男性器に近い形になった。
やめろ、やめるんだ。
気がつくと、後ろに熊がいる。
「お前もたいがい好きだよな」
そんなわけあるか!、おれにそんな趣味はないんだ!
師匠はいつの間にか靴を持っている。見覚えがある。あの、空飛ぶ靴だ。
おれは抵抗しようと体を動かすが、熊が邪魔をする。おれの動きも極めてにぶい。
「マリネ坊、逃げられると思うな。マリネ、マリネ、マリネ、マリネ」
師匠の顔が近づいてくる。
あたりが段々と明るくなってくる。
これは、あれだ、いつものやつだ。


目が覚めたマリネは、叫び声をあげた。目の前に師匠がいたからだ。夢じゃなかったのか!、と叫びながら、貞操の危機を覚えたマリネは咄嗟に拳を繰り出した。
「なっ」
マリネの拳は、師匠を吹き飛ばした。
「いきなりなにをやっているんだお前は!、師匠さんがどれほど心配してたと思ってる!」
カムラが言った。おれの手を握っている。泣いている。
「え?、いや、危険が危ないと」
「なにを言ってるんだあんたは」
師匠に、あたった?、おれの拳が?、いや、そんなことより、逃げなくてはいけない?
マリネがそんなことを思っていると、吹っ飛んだ師匠がぬらりと起き上がった。場所はどこかの教会のようだ。
「よかったじゃないか無事で。私は警戒にあたる」
師匠はそれだけ言うと、どこかにすたすたと歩いていった。
マリネは不気味に思った。
「あんた、死んでたんだよ?」
カムラが言う。
「いつものことじゃ?」
「バカ!、ほんとに死んでたんだ!、あんたあとで真剣に師匠さんに謝ってきな!」
カムラが床に寝そべるマリネの胸に顔をうずめた。そのまましばらく時間がすぎていった。
「大変だったんだぞ。…あたしも途中から記憶がないからなんとも言えないのだけどねえ」
カムラは、ウルシの件を口にはしなかった。
「で、王はどうなった?」
「倒したとさ」
「…ますますバケモノだなあいつは」
「あんたねえ」
「それで、ここは?」
「ああ、来た経緯はわかるが、ここがどこだかはわからない」
「経緯とは?」
「王を倒して、あたしたちに近づいたら、靴が光って、気がついたらここに、とのこと」
「…なあカムラ?」
「なんだい」
「おれは、なんだか、泣けてくる」
マリネは涙を流した。涙はとめどなく溢れ、上半身を起こしたマリネの頬を幾筋も濡らした。
「どうしたんだい?」
「都合が良すぎるよカムラ。都合が、良すぎる」
「え?」
「お前はきっと必死だったから」
「なにを言おうと」
「王は、強かったよ。師匠の攻撃を受けとめているところをおれは見た。なぜ、師匠は無傷なんだ?、なぜ師匠の服は汚れていない?、着替えた?、同じ服なんか持ってないのに?、なぜ師匠は」
「そんな、まさか」
「師匠は、負けた。あいつはニセモノだ。本物だったらおれはいま意識を保ってねえ。そもそもおれの拳があたるわけなかった!」
マリネの慟哭が女を呼び出した。
「お早いお気づきで」
女はくるりとその場で回転すると、もとの位置に戻るまでに姿が戻った。
「ちくしょう!」
カムラがナイフを取りだそうとするのを、マリネが制した。抱きとめ、片手で口を塞いだ。
「師匠は、どうなった」
涙をぬぐいマリネが言った。
「あの人は陛下に、タムラが遺した呪いの品に、死闘のすえ勝ちましたよ。ですが死にました」
「お前がやったのか?」
「そうです。私がとどめを刺しました。どうか希望を抱かぬように。さきほど見せたへんげの呪文。あれは、私が殺した相手にしか変われぬのです。あの人は、死にました」
「…なぜおれたちを生かした」
「そうですね…」
ミムラは一度目玉を上に向けた。
「少々困ったことになりまして。協力して欲しいのですよ」
カムラはがぼがぼと動くが、マリネが自由を許さない。
「なんだかしらんが、おれらに協力する気があると思うか?」
「世界を救うため、でもですか?」
「それでも、だろうよ。なあカムラ」
カムラはうなずいた。
「…あなたにも関係のない話ではなさそうですが。さっき見たでしょう、彼女のことですよ、ねえさん?」
カムラは口を塞ぐマリネの手を数回軽く叩き、自身の冷静さを示して解くよう促した。
「ウルシがどうだっていうんだ!」
「は?」
「あたしが連れてきた女がどうしたっていうんだよ!」
カムラの口からずいぶんと聞き馴染みのある名前が出た。マリネのまぬけ声に反応して言葉が変わった通り、言われる前に言ってしまえば、他者から真相を明かされた場合と比べて、だいぶ印象が違うだろうという打算的なカムラの暴露だ。
「いまはそれどころじゃないのでは?」
マリネはアエロジーヌ隊隊長、つまりは元カノの行程を理解し多少混乱したが、それはそれ、これはこれ、と案外冷静に対処した。むしろ師匠の安否や、ある意味で蛇に睨まれた蛙状態の最中にある状況の焦燥に似た緊張から解放され、冷静になった。カムラがいる今、マリネはウルシのことを特になんとも思っていない。どちらかというと、別れ際にウルシに吐いた言葉通りの心情に近い。マリネも男だから、ウルシが目の前でこまっているなら助けてやるぐらいの器量はある。だが、目の前にいないのなら話は全く異なる。おそらくウルシの生死に関わり、実際マリネはカムラが彼女をナイフで刺す場面もみたが、そんな重大ごともカムラが考えているほどマリネに衝撃はない。遠い異国の地で話したことのない同級生が命を落としたとの報を知ったぐらいの出来事に他ならない。悲しくもあるが、だからといって何かが変わるわけでもない。よって、いままでカムラがしてきた嫉妬や仮託された憎悪も、いうなれば取り越し苦労に過ぎなかった。此度の心配も同じで、なんともまぬけな努力だ。
「いいのかい?」
カムラにしてみればそれは当然の確認だが、
「カムラはおれだけを見ていればいい」
へんに格好をつける余裕さえ生ずるほど、マリネにはどうでもいいことだった。
こんなところでイチャイチャしはじめられても困るとばかり、ミムラは、
「あなたたちと彼女になにがあったかは深く知りません。ですがあなたの死により、彼女は深淵なる絶望を見ました」
との調子で語り始めたからたまらない。別にたまらなくはない。
「彼女は憎んでいます。激しく、深く、暗く、この世のすべてを憎んでいます。きっと彼女は強い後悔に襲われ、絶望し、憎むに至った」
放っておくといつ終わるかわからないミムラの話をマリネは聞いているより他にない。動いていない状態のこの女には攻撃が効かないのだ。師匠から聞いている情報をもとにみれば、ミムラはいまその呪文を使っていない。だけどふたりとひとりには、距離がある。ミムラの単純な武芸だって相当なものであることをふたりは知っている。よほどの隙をつかなければ、こちらの攻撃が当たるまえに呪文を唱えられてしまう。
「そう、私たちのご先祖様と同じように」
そう、と言われてもカムラ、ましてやマリネにその意味はちんぷんかんぷんも甚だしい。
「彼女は力を手にした。とてつもない力を。世界を破壊する者と同等の力を。しかし、まだ足りない。憎しみと力は同等でも、彼女には進化にかける時間が足りない。理性はなくとも、技が足りない。勝てない」
「さっきからお前はなにを言っているんだ」
姉が正しく指摘してくれたことで、妹はゆるやかに事情を説明した。タムラがこの国の姫と恋に落ちたこと。タムラの才を恐れていた父君は彼を疎った。タムラと姫は、燃えるような駆け落ちをしたが、案の定、恋は悲劇に包まれ焼却炉にいれられ、タムラと引き離された姫は悲嘆にくれながら死んだ。タムラは生きた。激情にかられるまま王を手にかけた彼は、ひどくむなしんだ。タムラは善人だった。自身の出世や、才をひけらかすために他人を地獄に落としたことは何度もあるが、世界の平和を、人々の安寧を、心より願ってしまうような善人だった。彼は自分が望む、安寧に満ちた世界を作り出そうとした。自分を救うためだった。王を殺した憎しみと後悔を呪いにかえて捨て去り、良心だけを残し、彼は世界の安寧と自身を救うための準備をした。彼は封印されし禁断の巻物に書かれる進化の秘宝と呼ばれる術に手をだした。
彼は自ら築いたトッツクポーリの底にいる。進化の秘宝を使えば衝動だけが残る。それを知っていたから彼は憎悪を捨て、良心だけを残した。しかし、純粋なるタムラの良心が下した衝動は、世界の破壊だった。タムラだったものがなにを思ったのかは、誰にもわからない。だが、零か百かの極端さは純粋な心につきものだ。
「タムラはなにをするつもりだ」
マリネが聞く。まったくありがたい質問だ。
「タムラだったものは、いつからか地のそこにマグマを集めだしました。呪いにより知ることはできないものですが、この地は死んだ火山の名残りなのです。昔はほとんど地熱もなかったのですよ。マグマが溜まると、山は噴火しますね?、単語ぐらいなら知っているでしょう」
破壊の準備は最終段階に入った。トッツクポーリの魔界化がそれだ。マグマを呼び寄せる魔力を、その地へ回している。知る者にとっては、十分にマグマが蓄えられたことの証拠だ。溢れ出る進化の秘宝の魔力、進化の秘宝のかけらは、その地に住む人々を魔物と化す。
「…規模は、聞くまでもねえか」
「ええ、噴火がすれば、この大陸を丸ごと吹き飛ばすでしょう。事前に知っていれば、航海術をもっていれば、逃げることもできるのかもしれません」
「それでは最初からタムラは世界を破壊するためにトッツクポーリの底にはいったんじゃないか!、お前の話は矛盾している」
「呪いはタムラの言いなりです。タムラの衝動に反する行為はできないのです。矛盾はしていません」
「…証拠がねえ」
「私が、かの地へ連れていきましょう。あなたたちに協力してほしいと言ったのはそのことです。見れば、わかります。仮初めの魔王の下に潜む、破壊神の姿を見れば」
「どうやって連れていく気だ」
「移動の呪文を使います。かの地へ、私は飛んでゆける。あなた方には、あなた方が魔王と呼ぶ仮初めの魔王を倒してほしい」
「仮初めの魔王だ?」
「仮初めの魔王は、タムラが仕掛けた希望を絶望に変えるエサ。いまこの国の民は楽観していますが、他国は違います。金の流通が途絶え、呪いが届かなくなってしまったのです。他国の民はトッツクポーリに突撃した兵は全滅し、ひとりずつの勇者に全ての希望を託し、繰り返される絶望を味わっては、また希望を見ます。仮初めの魔王は、そのためだけの装置です。いつか不死身の勇者が魔王を倒しさえすれば、という希望を与えることで、人々の思考がどうなるかは武道家のあなたならわかることじゃありませんか?」
「…いつかが来るまで待つだろう。手に凶器を持った素人が、凶器を振るうことしか攻撃手段を持たなくなるように」
「タムラの衝動は、人々を逃がさない。呪いを使えない証拠とも言えますが。魔力はあっても放出するだけなのでしょう。おそらくまともな呪文は使えない」
「仮初めの魔王を倒したらどうなる」
「倒したとしても…すぐにまた生まれるだけですよ。…私の師は、この国の人々からすこし希望を奪いました。希望を奪えば、絶望を感じにくいですから。私が兵を突撃させませんでしたし。勇者たちを複数用意し、各地を回らせたことも、目的は他にありますが、なんと言えばいいか、治安の維持に役にたったようですね。それもこれも、本物の勇者をつくりだすまでの時間稼ぎ。進化の秘宝を扱い、その力を魔王と同等のものにするためにはいくつかの条件がありましたから。強い意思と希望と絶望を併せ持つ人物でなくてはならない。バランスですよ。すこし複雑ですが、それは世の情勢や雰囲気にも気を使わねばなりません。希望という名の絶望が世に渦巻いたり、勇者にすべてを託すしかない、との思考停止は、勇者を作り出すためには邪魔なのです」
「お前が勇者になればよかっただろう」
「私はなれません。悲しみを捨ててしまいましたから。嘆くことができない。力を生み出せないのです」
カムラはギリギリと歯をきしませた。
「ウルシは、倒せるのか?、魔王を」マリネはまた、カムラを抱きとめる手に力を入れた。
「わかりません。しかし、唯一魔王に刃が届く存在です。彼女はいま、魔王のもとへ向かっている。同類だからか自分が世界を破壊するのに邪魔だからかわかりませんが」
「時間がない、か」
「ええ、そうです」
「だが、わざわざ師匠に化けたんだ。おれたちがどうするかわかっているんじゃないか?」
「聞いてくれませんか」
「なぜ親を殺した」
臨戦態勢に入ろうとするふたりをよそに、カムラが訊いた。確かにそれはだいじな質問だ。
「…必要、だったから。知るために、力を得るために。私の師は、奪うことでしか与えられない。要求に応えただけ。けれど、残念、だったわほんとうに」
「…こいつみたいに、お前なら生き返らせることもできたんじゃないか?」
「…私の、復活の呪文は万能ではないのよねえさん。死から日が経つと、復活させられない。当時の私は蘇生の呪文を覚えていやしなかった。使えたとしても無駄だったのだろうけども」
「それなら冒険の書は誰を蘇らせる!」
「あれは、ねえさんへの…そうね、嫌がらせだわ。呪われた冒険の書はね、ねえさん。呪文を宿すの。持ち主の経験や持ち主が歩いた地に染みついた呪文を、与えられる。冒険の書がより強い持ち主に渡ると、冒険の書の持ち主同士が戦って相手の書を奪い取ると、冒険の書はひとつになるの。いちいち殺さなくちゃならないから不便だわ。そうやって私は呪文を得るのよ。聞けばもうほとんどの呪文を使えるようだけど、失われた発音を取り戻す時間はなかったわ」
「だからなんだ。質問に答えろ」
「あれは、すこし工夫をせざるをえなかったけど、ねえさんの経験が生んだ呪文なのよ。生むように仕向けられたのだけど。ねえさんの復活の呪文は、人を復活させる呪文じゃないわ。過去を見ることができる呪文なの。あの時こうしていれば、こうなっていたら、そういう、もしも、の世界を見せてくれる、過去を復活させる呪文。幻の大地を歩ける呪文。現実ではないのだけれど。ねえさんに使ってほしくて」
「いまさらなにを言う!」
「特別なのよ?、特別性の呪文なの。冒険の書を持ったままねえさんが死ぬと、勝手に一度だけ発動されるの。血の契約をしたでしょう?、呪いの一種なのよ。私がかけた、ねえさんへの贈り物。私が…ふふ」
「なにを笑ってやがる」
「さあ、どうだか。ねえさん、最後にもう一度訊かせて。私に協力してよ」
「できない!、私はお前を殺すためだけに生きてきた!」
「…こだわりは身を滅ぼしますよ、ねえさん」
「安心しろミムラ。要はあれだ。おれたちは世界を救うよりお前を倒したい。お前は世界を救いたい。それなら生き残った方が世界を救いに行けばいい」
「なんとバカらしく、現実を見ていない発言でしょうか。ですが、一理あります。協力してくれないのなら、あなたを殺して、生ける屍として操るまで。弱くなりますが、私の補助があれば仮初めの魔王にも勝てるでしょう」
「はじめからそのつもりだったろうに、よく言うよ」
「…そうですね。はじめからあなたには死んでもらう予定でした」
カムラはマリネを振り払って、ナイフを投げた。ナイフはミムラにあたり、ぽとりと落ちた。
同時に、マリネはカムラを連れてミムラから距離をとった。
「今度はこっちにも情報がある」
そう言うとマリネは、ぐっと言葉に詰まった。しかしすぐに気を持ち直すと、
「堅いだけなら、どうにでもできるぜ」
と言った、マリネの目にもう涙の影はない。
「そうでしょうね。さすがあの人の弟子」
「その通りだ。おれは、おれとカムラは強い」
「身を守っているだけでは勝てませんし。ですから私は、こうするのです」
ミムラの形が蠢いた。マリネがまさかと戦慄した時には、遅かった。ミムラの姿は師匠に変わっていた。
「気づいたようですね」
師匠の声で、ミムラが言う。
「この呪文は、姿を変えた者と同じ力になる。あなたは勝てますか?、この女に」
師匠の顔がにやりと歪んだ。
「カムラ!」
「ああ」
「逃げねえぞ」
「わかってる」

おすぎと飲む約束がある


(お題に一言ボケて byアメーバ大喜利)

もう使わない


おすぎと飲む約束がある




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設定

もっとこう、吉田戦車的な世界観を構築することはできなかったのか、なんて思いつつ、
設定なんてもとからなにもねえじゃねえかバカ、てめえにそんなのできるわけねえだろ、
と思い出す。
ラッキースケベ感覚でドラクエ設定を持ち出す業。少しでもめんどくさくなると同上。
私は一体なにをしているのだろう。

勇者と段々崩壊していく世界

「お嬢はどうしたい?、私としては」
「お前は空を飛びたいだけだろ!、ややこしくするな!、お前の意見は却下だ!…待てよ、先にこいつだけ飛ばせれば」
「お前、毒見をしないとおもうのか?」
「ならば力尽くで履かせるまでよ!」
「いいだろう。ケツにひのきのぼうをぶっさした全身血まみれの男の死体が送られてくれば、敵もさぞ驚くだろう。早く服を脱げ、手間を省かせろ」
「なんて怖ろしいことを考えやがる」
昼過ぎ、唐突に青白く光りだした冒険の書に浮かんだ地図に導かれし者たちは、雪山の麓にならんだ靴の前で、一名を除いて騒いでいた。しんしんと舞い落ちる雪が付近の村から続く一人分の足跡を隠そうとしている。帰りの足跡はみえない。空を厚く覆った雲の色は変わらないが、逢魔が時も遠くないだ。
「乗る、ことにしましょう。行かなければ」
カムラはじっと、自分あての文を見ながら言った。文は立て看板に掲示されていた。
文には、もちろん呪文がかかっていた。離れ離れになった大事な者と待ち合わせることができる、かつてルイーダと呼ばれていた呪文だ。
すべてを知りたければ日が落ちる前にこの靴を履き、東部にあるハナマリ村まで飛んでこい。
文を要約すると、こうなる。
「私たちは、無視してもいいのだぞ?」
偶然、ミムラもまったく意図になかったが、ハナマリ村は師匠とマリネたちが生活をしていた村だった。師匠に限ればいまも生活をしている。ミムラに強請る気などなく、師匠やマリネも気持ちを隠しているが、脅しの効果はばつぐんだ。
「やはり無視はできません。師匠さんとは、そこでお別れです」
「…そうだな。よし。そうと決まればマリネのケツに靴を刺すか。敵もまさかそんな使い方をするとは思うまい」
ひのきのぼうを手にした師匠は、憂いを断つようににやりとわらった。生活の拠点を知られてもかんたんに家族の危機に繋がる措置はとっていないが、可能性を考慮しないわけにいかない。
「靴は履きもの」
半裸にひん剥かれていたマリネは、産まれたての子鹿のようにぷるぷると震えながら言い返した。
「さてと、冗談はさておき、ちょっと休むか」
「冗談で済ます気ないだろが」
「ああ」
「ちくしょう…ちくしょう」
「いいのですか?」
「ん?、わざわざ歩き疲れた体で向かう必要もないだろう」
「てめえはおれの体力をなんと考えている」
「なにも」
ちくしょう、と言いながらマリネはタバコを取り出して火をつけた。
それを機に各々休憩に入った。行けば修羅場になることは皆わかりきっている。
「靴、多すぎだろ。10足あるぞ」
雪の斜面に腰掛けて、マリネは隣のカムラに話しかけた。
「存分に試せ、ということだろ。靴に罠はない、と」
「大量の靴と、この立て看板。そんなものをかつぎながらここまで歩いてきたと思うと、まぬけだな」
「それはあたしも思った」
ふたりは笑った。
師匠は少し離れたところでお菓子を食べている。
「おれはずっと前に禁煙を決意してな。これが最後の一箱だと」
「ふうん」
「途中でライターのオイルが切れてさ。ライターを買った。そんでタバコはなくなったんだが、今度はライターは残った。せっかく買ったんだから使い切らなきゃもったいないだろ?、だからタバコを買った。ライターが切れると、困ったことにタバコが余った。もったいないから余ったタバコを吸い切るためにライターを買った。ライターを」
「もういいよ」
「いまもその途上だ。しかたないから吸ってんだおれは」
「さっきからなにをいってるんだあんたは。禁煙するならとっととやめろよ」
「なに、生きるのも死ぬのも似たようなもんだと思って。しかたないんだよ。しかたないからおれは生きてる。それならとっとと死ねばいいとも思うが、おれにはまだ使いきってないものがある。だからいまは死ねない。それを使いきったときに、他に使いきらなきゃもったいないって思うものがなけりゃ、死んでいくんだろうな」
「ずいぶんかんたんな生き死にだねえ」
「難しく考えても考えるだけ無駄なものだろ。他人の意思によってしかたなく死ぬやつの数に比べれば、自分の意思で死ねるやつなんてわずかだ。きっと後者は、何かと何か、もったいなくなるタイミングが合致して、しかたなく生きてることができなくなってしまったんだ。いいも悪いもない。おれはそう思ってる」
「そういやあんたは死にたがりだったね」
「いまもそうさ。でもまだ、こう、気合いを溜めた一撃ってやつをきめてない。いまは死ねない」
「それを決めるとき、あたし死んでるかもしれないだろ」
「それはしかたない」
「いやまあそうなんだけどさ。甘い言葉のひとつでも吐きなよ」
「そういうの、飽きた。執行猶予中だし」
「そ、そうか」
「まあだからなんだと言われたら何もないが、そうだな。死ぬときは死ぬんだから気楽に死ね、ってことだな」
「ああ、やっぱり蛙の子は蛙だねえ」
「うん?」
「いや、なんでもない」
そろそろ行くか。ふたりが何本かタバコを吸い終えた頃、師匠がふたりに声をかけた。
三人はしばし軽口を言い合うと、いっせいに靴を履いた。
ふわりと体が浮き上がり、一息つくまもなく、三人は空に吸い込まれていった。
三人はハナマリの村に着いた。師匠とマリネは、着いた場所が村の広場だとすぐにわかった。
景色が赤い。夕日のせいではないことは明白だ。村が燃えている。
その理由も明白だった。王冠とマントを身につけている痩せた老人が、手から火の玉をだし、三人の目の前で今まさに村を燃やしているからだ。
「ずいぶんエキセントリックなじい様だ」
師匠は冷静だった。よく行く酒場も、知り合いの家も、赤くなっている。だが、師匠は冷静だった。この事態を予想はしていたが、たとえ予想していなかったとしても、取り乱したりしなかっただろう。
「陛下!?、やはり!」
「じゃあ、あいつがタムラか!」
老人は三人を見ると、にたりと笑った。ひどく気味が悪い。老人がバチバチと手に雷を纏う。
「避けろ!」
マリネはカムラを押すように蹴飛ばし、その反動でその場から飛びのいた。カムラも受けた衝撃をうまく初動に利用した。雷の呪文が放たれたあとに動いても、避けられるわけがない。
師匠は動かなかった。老人も手に雷を纏わせたまま動かない。ふたりはにらみ合っている。最初から、ずっと。
マリネたちが飛びのいてから数秒後、雷が、落ちた。雷は手から放たれず、上方から落ちてきたのだ。自然においては当然のことも、非自然のものが自然なことを行うという盲点に、マリネとカムラは陥っていた。
強烈な縦の光が目に焼きつき、雪に落雷の模様がつく。その中かろうじてマリネの目に映ったのは、老人のもとにいる師匠と、師匠が攻撃を繰り出したと思われるその拳を受けとめている老人の姿だった。
師匠は老人の手を振り払うと、距離をとった。
「小娘の言うとおり、強いな姫よ。私が口の動きを見極められるとは」
老人が楽しそうに言った。
「ドレスを着てなくて悪かったな」
マリネは師匠の拳が受けとめられた景色を目にしたことがない。ましてや、師匠は隙をついたはずだ。自身とカムラでは時間稼ぎもできない、マリネはそう判断した。
「特にその素早さ。逃げられたらかなわん。逃げられぬようにせねば」
老人は師匠に手のひらを向けた。
「お前のだいじなものを奪わせてもらおう」
途端に老人を黒いもやが包んだ。
「逃げろ!」
師匠は左右に散ったふたりに言った。
カムラは動いた。マリネは、倒れた。
「くそっ!」
倒れたマリネに駆け寄ると、師匠はマリネが息をしていないことを知った。続いて脈を確かめると、脈動はなかった。
カムラがやってきて、マリネの名を叫ぶ。へんじがない。
師匠はうつむきながら、立ち上がり、カムラに救命措置を施せと言った。
「家族が大事か。お前ほどの強さを持ちながら、至極あたりまえだ。それが、人の」
「こいつになにをした?」
「…呪いだ。近くにいたのが不幸だったな。本来は、いうなれば時限式の呪いだ」
「そうじゃねえよ。こいつになにをしたか聞いている」
「戦いの場で、涙を流すか。弱くなってくれるなよ。お前の力を奪うことはしない。それでは意味が」
「私の息子になにをしたか聞いてんだよ」
顔をあげた師匠の目から涙がこぼれ落ちた。
「…殺した。カムラのしている行為は、無駄だ。通常の機能停止ではない」
その言葉にカムラの動きがピクリと止まったが、すぐにまた動きだした。
「それで?、他に何か言いたいことがあるのだろ?、早く言え。どうせすぐに私は何も聞こえなくなるし、お前は死ぬ」
「ほう。ならば、お前に与えられたものから話そう。私は強いお前と戦いたい。いいか、私を倒せば、お前の子供たちにかけた呪いは解ける。本来は時限式だと言ったな。今、ふたりは無事だ。何も感じていまい。私を倒せねば死ぬがな。いつまでに、は言わん。あまり時間はない、と言おう」
「…お前を倒したらマリネ、こいつは?」
「呪いは解けるだろう。しかし、呪いが解けても死んだ者は生き返らない」
「お嬢!、そのまま続けてろ!」
「…確かに私を瞬く間に殺すことができれば、蘇生は間に合うかもしれない。それを含めて無駄だと言った」
師匠が地を蹴る。
老人が青い炎を飛ばす。
炎を手で振りはらう。
接近戦になる。両者の拳足が交差した。
老人の足が師匠の腹に、師匠の拳が老人の顔に。またその逆。二名の実力は、互角、だった。
老人が距離をとる。息つく暇もなく、師匠を炎や氷、爆発の力を秘めた閃光が襲う。
距離が離れると師匠は最短距離を突っ走る。その分、襲いくる呪文を手や足で振りはらってはいるが、振りはらうということは、確実に被弾している。戦闘開始から大した時間、一分も経っていないが、師匠の四肢にはありありと色濃く、ダメージの程がうかがえる痕がついていく。接近戦になる。攻防が繰り返され、また距離が離れる。呪文が襲ってくる。嵐の中を突っ切る。傷が増える。
接近戦は互角であろうとも、呪文の有無が、互角の実力を持つ両者の絶望的な差だ。
この戦況を見ているのはカムラだけではなかった。
「ギライア、説明を」
「はっ。御指示の通り、私は勇者を襲い、打ち倒し、傷つけ、嬲り、強姦し、私が考えつく痛みをすべて与えました」
「その結果が、これですか」
ミムラが見つめる先に、半裸の女がいた。言うまでもなく、勇者ウルシだ。ウルシはぼんやりと空を眺めたり、雪をいじったり、時折派手に光る遠くの戦いを見やっては花火を見る子供のようにはしゃいだりしている。その目は、ぼんやりとする全体の様子とは違い、キラキラと楽しそうに輝いている。
「これでは白痴ではないですか」
「申し訳ございません」
「いえ、ただの感想。責めているのではありません」
「はっ」
「思考を停止している。絶望から身を守っている。…足りない。これでは、勝てない。しかし過程とみれば」
ミムラが独り言をぶつぶつとつぶやいていると、ウルシが突然駆け出した。
「あっ、こら!」
飛びついて制止しようとしたギライアを、ウルシは木立に投げ捨て、そのまま駆けていった。
「大丈夫ですかギライア」
「はい。力と技は、あの通り。捕まえて参ります」
「いえ、良いでしょう。放っておきなさい」
「しかし」
「あなたがいまへたに傷つくと困る。それに」
ミムラはウルシが向かう先を見た。
「あの人は最期まで、弟子思いだった、のかもしれません。いや、あの人の創造主と同種の力を育てる本能に我知らず導かれた、のか。ここにきて勇者の魔力が膨らんでいる。理由はわかりませんが絶望を抱いているようです。…ねえさんのせいかしら?」
いまのウルシの心は獣のそれに近い。蹂躙され尽くし、自ら心の形を崩してショックから身を、そして心の核となっていただいじなものを守った。だいじなものは、ウルシの生きる標。マリネに謝ること。
「お前は!」
猛烈なすばやさで近づいてきたウルシに気がついたカムラだったが、どうしようもない。マリネの動かない胸を押す手を止めることはできない。
ウルシがなにを考えたかはわからない。寝そべり倒れたマリネの横に立つと、マリネだけをただ見ている。口を開けているので、何かを叫んでいるのかもしれない。声になることはない叫びを。
「そろそろ頃合いのようです。ギライア、この腕輪をつけなさい」
「承知いたしました」
「あの女を襲えばあなたは殺される」
「もとより覚悟のうえ」
「必ずあの女の近くで殺されるのですよ?」
「かならずや!」
師匠は老人との戦闘で優勢にたっていた。
相手から食らったダメージ量はあきらかに師匠のほうが上だった。だが、攻防を繰り返すなか、弱っていくのは老人のほうだった。
老人の本体は、強烈な呪いのかかった冠だ。そして呪いの冠は、老人を操る呪文の上に自身を強化保護する呪文を重ねがけできない。呪いであるがゆえに、宿主の意思を奪うことはできても、自身を強化できない。自分の呪いを自分で解くことにつながる行為だからだ。ましてや師匠に放つ呪文により多大な魔力を損耗し、魔力こそが命である呪いの冠は、ただでさえ力を失っていることもあり、急激に衰えてきていた。萎びた老人の体には限界があり、魔力にも限界がある。要は両者の体力の差が、師匠を優勢にたたせている。呪文の有無が、勝敗を決める絶望的な差だった。
老人はもう師匠から距離をとることができない。師匠を突きはなすだけの力がない。端からこうなることを、呪いの冠は知っていた。雷の呪文を避けられた時、自身最速、最高の威力を誇る呪文を避けられた時に、雌雄は決していた。全力で戦いたい。それだけが呪いの冠の希求だった。
師匠は止まらぬ涙を力に変え、手足を動かす。一秒でも早く、相手を殺す。腹を突き破るような拳を打ち込み、くの字になった老人の側頭部に音より疾く脚を叩きつける。
もはや苦しまぎれに繰り出される老人の拳を、手刀で叩き折り、顔面に飛び膝蹴りを食らわす。すくんだ相手の足を払うと、馬乗りになって、泣きながら、顔面を殴り続けた。師匠もボロボロだ。衣服はしどけなく、呪文を払い続けた四肢に本来の力は伝わらない。老人から食らった打撃により、目は腫れ、歯は折れ、あばらはきしみ、満足に呼吸もできない。
「こんなに早く倒されるとは」
殴られながら、老人は言った。操られた肉体ならではだ。
師匠は意に介さず、殴りつづける。
「それでも何分かかった?、とても長く感じたが、あれから五分といったところだろうか」
冠にはめられた鏡に、大きなヒビが入った。
師匠はあざとく、何をすればこの老人を倒せるか理解した。
「無駄」
師匠は冠を打ち砕いた。鏡は割れ崩れ、冠はひしゃげた。
老人は動かなくなった。何も喋らなくなった。
すぐに師匠は、ふたりのもとに駆けつけようとした。
誰かがふたりに近づいたことは、感知していた。
師匠が走りだすと、剣を持った男が道をふさいだ。
同時に、師匠は男の奥でカムラが誰かに斬りつけられ、倒れるのを見た。
後ろから声がした。
「あなたは彼を倒さずにはいられない」
ミムラの言う通り、師匠は上段に構えて襲いきた男の心臓目がけ、突きを放った。師匠の拳は男の肉体を貫いた。瞬殺しておいてなんだが、師匠の体も心も、他の選択をする余裕がなかった。
その瞬間、ギライアの体が光った。
「犠牲の腕輪」
ぽつりとミムラがつぶやくと、ギライアと師匠を中心にして、冬の厚い雲を突き抜けるような光の柱が立ちのぼり、ふたりを隠した。
光が消えると、ギライアの姿は消えていて、師匠が倒れていた。
ミムラは師匠に近づいた。
「よかった。信じていました。あなたなら、死なぬと」
うつろな目をした師匠にミムラはそう言うと、取り出したナイフで、とどめをさした。
それを合図にしてか、マリネに覆い被さるウルシの体から、嘆き悲しむ叫び声の代わりか、周囲を轟かすいてつく波動が放たれた。
「男の死、か?」
ミムラの体がもにょもにょと蠢き、ミムラはその姿を変えていく。
マリネ一行は、全滅した。

勇者と段々崩壊していく世界

「先に大事なことだけ伝えておこう」
「おー、それなりの知恵をつけたもんだ」
「どれ、なりだ弟子よ」
「弱点は目だ!、系の怪物なりにだよ」
「箱型に蛇腹折りして、手風琴にしてやろうか?」
「師匠さん、これ以上やると湯か血かわからなくなります」
しかし、しょっちゅうチャチャを入れないと師匠の話はよくわからない方向に行くことを、カムラは知った。適度にマリネを人柱にする。そうすることが自身がのぼせないためにできる最善の行動なのだ。
「一つ、想像していたより強い。
一つ、瞬時にどこかへ移動できる。
一つ、うらやましい。
わかったな?、ではなにがあったか話そう」
師匠は、事のあらましをぬっと湯に尻を浮かべたり、少し泳いでみたり、ぷかぷかとたゆたってみたりしながら語った。
「そうして全力で雪山を走り抜けてきたら、お前らが楽しそうに戯れていやがる。そうして私はとてもムカついたわけだ」
「ムカついたわけだ、じゃねえよ。こっちはお前がムカッ腹を立てるまでの道筋を知りたかったわけじゃねえ。それに内容の半分以上、空を自由に飛びたいなあ、って夢を語っていたぞ」
「そうだな」
「お前ならきっと羽ばたけるからどこかとても高いところから飛び降りてみろ」
「案外いけるかもしれん」
「ダメだこいつ。くそ、おれの肉体よ。すまん。いつか洒落てるレストランで強引にトンカツを頼みキャベツをマナーがなってないほとおかわりしてやるからおれに力を!」
マリネは師匠に飛びかかって、役目をひとつこなした。
「師匠さん、その氷の矢や炎の玉をどうみます?」
「非常に厄介だ。戦いの常識非常識以前の、なんというか、生命としての共通意識の外から攻撃がくる。しかも当たれば無事じゃ済まん。矢と玉だけならまだいいが、きっと他にも攻撃手段があるとみて良い。軌道の見えない暗闇の技もある」
「軌道が見えない?、よく、避けられましたね」
「ん?、ああ、言ってなかったか。非常に厄介な攻撃の数々ではあるが、対処法のようなものはある。クチだ」
「クチとは、この口のことですか?」
「ああ、あいつはなにかをする時、必ず口を動かしていた。口もとは服で隠されていたが、私にはわかる。引っ掛けの可能性もなきにしもあらず。しかしおそらくそうではない。声は聞こえなかったが、あれらも、呪文、なのだろう」
「復活の…呪文…」
「…ひょっとしたら、私たちには発音や聴き取ることのできない種の音を発しているのかもしれん。まあ、呪文の成り立ちを考えたって仕方ない。確定したわけではないが、相手の口、わずかな顔の動きをみて動けば、不可視の攻撃も避けられる」
「それは、あなただからできたことでは?」
「お嬢には厳しいが、マリネなら可能だ。そうだよな?」
師匠はマリネの頭を湯から抜きだした。
「ああ、師匠がそう言うなら可能なのだろう。おれは師匠から過大評価を受けたことがない」
湯に沈められながらも平然と話についてきたこいつなら可能なんだろうな気持ち悪い、とカムラは思った。
「それに口を動かさなければならないというなら、他にだって回避する方法はあるだろ?、可能かどうかをさておいて言えば、口を塞ぐだとか、麻痺させるだとか、動き続けるだとかさ」
「そうだ。ではまた下へ」
「お任せあれ」
マリネもカムラも、これでいいんだ、と思った。
「非常に厄介で得体の知れないすべではあるが必要以上に怖れることもない。私が見たなかで真に怖ろしいのは移動の呪文だ。いつまた現れるかわかったものではない。仮に任意の場所どこにでも移動できる呪文だとすると、寝首をかかれるどころの騒ぎではない」
「それにしては、私たちくつろいでますよね…」
「いまは私がいる」
「そうですよねえ」
「それに移動できる場所については、やはり冒険の書が怪しいと思う」
「冒険の書のあるところへ移動できると?」
「その可能性も否定できないが、それならいきなり私たちの目の前に飛んでくることになったのではないか?」
「なるほど…」
「あやつが呪文を作ったわけではあるまい。まあ、作った奴がいるからこうしてあるわけで、否定できないのだが、少なくともいにしえの軍師タムラが呪文を使えたことに間違いはなく、タムラの遺産をあやつが使っていると考えられる」
「そうでしょうね」
「今まさに私も思案している最中だが、移動する場所にはきっとなにか決まりがあるのだ。自分から負けを切り出すほどの負けず嫌いが、私の見せた歩法に対して移動の呪文で対抗してこなかったところをみると、小回りのきくものではないのだろう。それでも怖ろしいことにかわりはないが」
「タムラが当時なにをしていたか、子孫の私が知っていることは世間と変わりません。謎だらけです。ですが瞬時に場所を移動できるならば、様々な面で有効に使ったことでしょう。たとえば」
「当時のこの国の王はタムラだった、と?」
「はい。タムラは本来反逆者です。それも大のつくものです。反逆の一族が安穏と城に住み着いていて良いわけがありません」
「はあ!、はあ、はあ、死ぬ!」
「生きろ。で?」
「そのことについて様々な噂が流れています。人質であるとか、密約だとか。もしそれらの噂が事実への探求を煙に巻くよう意図的に流されたものだとしたら」
「菓子を与えて飯を与えぬような所業よな」
「タムラの計はうまく行き過ぎている。伝説だから、壮大な歴史絵巻のひとつだから、そんな理由でなんとなく納得してきたが、タムラの資料など公的文書をのぞけばほぼない。ある意味伝説は伝説らしく、タムラは脚色の中に生きている人物」
「菓子を与えて飯を与えぬようなものか」
「…私もマリネを押さえて良いですか?」
「良い」
「私たち一族は、秘密を重視し、また国はまるでその義務を負っているかのようです。…おかしい。なぜこんな当たり前のことをいままで疑問に思わなかったのか。なぜ学者は追求しない。なせこんなことが許されている」
「いや、私はずっと疑問だったがタムラにもその一族にも特に興味がなかったから口に出す機会もなければ調べる気にもならんかった。なあマリネ」
「はあ!、はい、私は幼きころより生きることに必死でした。タムラやその伝説に興味を持つ暇がありませんでした」
「うるさい!、黙って潜ってろ!」
「カムラ、お前にこの命を預ける。では」
「タムラがこの国の王だった?、こんなに長く影響を残せるものか?、呪文にかけられている?、国民全員?」
「さっきからほとんど独り言だったが、もう隠さなくなったようだな。かまってくれないし暇だから、私は湯にぷかりと浮いて、あやつとお前らの戦い方でもかんがえているよ。マリネは任せた」
「王はなにをしている?、傀儡?、誰の?、ミムラ?、あいつはいつから呪文を使えた?、そもそも冒険の書の役割は復活の呪文を伝えるだけなのか?、くそ、なにか、なにかがわかる気がするのに、わかる気がしない!」
「がんばれお嬢。戦いに関係しない話にはついていけない」
「おちつけあたし。腹を立てても無益だ。…そういえば師匠さんは移動の呪文に関して冒険の書のなにが怪しいと?」
「ん?、ああ、なんてことはない。あやつが使う呪文は物にも宿らせることができるようでな。冒険の書なんかもなんらかの呪文がかかっているのだろう。これはもはや推論でもなんでもないただの感想なのだが、あやつが移動の呪文を使って空を駆け登り、吸い込まれて行ったとき、自分で向かう、感じではなく、何処かに引き寄せられている、感じだった。きっと移動の呪文の本体は、その引き寄せている方、なのではないかと思ってな」
「なるほど。師匠さんほどの目で見た感想なら、信憑性に乏しいと言うわけにはいきませんね。それで冒険の書がなにか?」
「移動の呪文はとんでもない呪文だ。あれに比べれば堅くなるのも氷も炎も、かわいく見える。なんせ飛べるしな。私がこの呪文を作った者なら、呪文の本体、指標点を作る呪文とでも言うかな、そっちは絶対に、少なくとも生きている間は誰にも教えん。もちろん移動の呪文の使用にも制限を設ける。そんなぽんぽん好き勝手に人が飛んでいたら、危なくってかなわないだろ。力のある奴ほど枕を高くして眠れんぞ。その移動の呪文の制限と冒険の書がなにか関係しているんじゃないかと思った。たとえば冒険の書を持った移動の呪文を使える奴が、その指標点に近づくとそこに移動できるようになるだとか。その条件だとちっとばかしかんたん過ぎる気もするが、冒険の書を作ったのはタムラだろ?」
「なるほど」
「ああ、でもだめだ」
「はい?」
「お前の妹がタムラの後継なら、あやつはタムラの使う呪文をなんでも知っていることになる。自分の後継ぐらいにはすべてを託すだろ」
「それではまるでタムラがつい先ごろまで生きて…」
「うん?、まあ、なんか後の世に生まれる後継にすべてを託す呪文!、みたいなもんでもあるんじゃないか。私は強い奴をぶっ倒せればそれでいいんだけどなあ。タムラも強かったんだろうなあ」
「これだから武道家という人たちは。そんなはしたなくぷかりと湯に尻を浮かべて」
「なにかわかったのか?」
「はい!、いやしかし、まてよ、それでは魔王とはなんだ?、誰が復活するんだ?」
「はあ。…今夜の献立でも浮かびながら考えよう」
ブツブツぷかぷかブクブクと、三人は温泉を満喫した。ダメな奴らだ。


その日の夜、城に戻ったミムラが諸事をこなしていると、王に呼ばれた。呼ばれることは、知っていた。
挨拶もそこそこに、王は謁見の間の人払いをした。
「して、ミムラ。成り行きはどうなっておる」
「はい。万事順調かと」
老いた鶴。
王の見た目を一言で評するなら、それが似つかわしい。王冠と、品と威厳を備えるマントがなければ、乞食と見間違ってもおかしくない。
「ほう。私を相手に嘘をつく気か?」
「失礼いたしました。陛下は何事もお見通しで」
「ぬかせ小娘。知っておろうに。私の目は真実をうつす鏡の一片。本来の力は失われたが、言葉の虚実ぐらい見抜く」
「あまりに小さき石でございましたゆえ、陛下の御耳に」
「なんのために人を払ったと思っておる。はっきり、喋れ。私を陛下と呼ぶな。跪く必要もないといつも言っている。相変わらず気に食わない女だ。わかっていてやっているから性質がわるい」
「…では、失礼して。とても強い女が一名、現れました」
「カムラではないのか?」
「違います。似たようなものですが」
「ああ、例の姫か」
「はい」
「いまのお前にそこまで言わすとは、どの程度の使い手だ」
「拳を突けば空気を震わし、大地を蹴れば山を震わす。音より疾く動き、影すら見えません。言葉通りです」
「ほう」
「私が最大まで高めた火球の呪文を、平然と蹴り飛ばしました」
「ははっ、そいつは愉快だ。その者の素性は?」
「わかりません」
「そうかそうか。そやつ、実に愉快よ。くくっ」
「軍師様、なにやら殺されにでも向かうような按配ですが?」
「私の最期だ。楽しいほうが良い」
「だから言いたくなかったのです。あなたは私が殺してさしあげようとしてきましたのに」
「悪いな。考えは、変わるものだ」
「…軍師様、忘却の呪文にほつれがあるようですが」
「お前にはわからぬだろうが、あの呪文は骨が折れる。なんせ私の、いうなれば心臓そのものだ。私が力を失えば、その分ほつれもする。あの男、金銭に呪いを施すなどしおって。おかげで王が失策をするたびに、私が立て直さなくてはならなくなった。もうそのような力は使えないがな」
「それほど弱っておりますか」
「弱っている。ほとんどの力を吸われた。いまの私など出涸らしの茶殻みたいなものだ」
「おいたわしや」
「あからさまな嘘をつきおって。言っておくが、いまの私でもお前を殺すに十分だ」
「それは残念でなりません」
「…私は、そうだな、疲れた、のだよ。もう長いこと存在理由を失っている。やろうと思えば呪いをかけなおすこともできようが、その必要もない。すぐに世界は崩れるのだから」
「…私が救います」
「不思議だ。お前のまことの言葉に、頼りたくなる」
「その為にあなたの道具となったのです」
「私はあの男の言いなりになることしかできない、あの男がこの世界にかけた呪い、だぞ」
「知っておりますとも。だからあなたは世界を放っておけない。破壊を止めようとしている。世界が消えれば呪う対象がなくなってしまうから。タムラが世界の崩壊を望めば、あなたが世界の維持を望むのは道理です。なぜならあなたは、タムラが捨てた迷い。すなわちタムラの心そのものだから」
「小娘が知ったような口をききよる」
「呪い風情に心のなにがわかる」
「私は奪いつづける呪い」
「あなたは与えもする」
「操船技術を奪い、この大陸に閉じこめた」
「あなたは地熱の利用法を与えた。降りつもる雪から街を解放した」
「呪文を奪い、力を半減させた」
「あなたは職業を与え、魔力に恵まれなかったものたちへの差別をなくした」
「歴史を奪い、世界の真実を隠した」
「あなたは私に世界を救う力と知識を与えた」
「お前を奪うため、家族を奪った、悲しみを奪った」
「だから私はこうして生きている。憎んではおりますが、考えは変わるのです。違いますか軍師様」
「私が奪ったものはすべて、すぐに起こり出す崩壊から人々を逃がさないため。永い時のなかを平和に過ごさせ、真に深い絶望を無防備に受けさせるため。私が与えたものはすべて、奪ったものと比べれば取るに足らない淡い希望。圧倒的な絶望という名のついた名画を縁取る粗末な額に過ぎない。お前の願いは叶わない」
「試してみないことにはわかりません。負けず嫌いなもので」
「お前の勇者では、たおせんぞ」
「まだ進化の途上でありますれば」
「魔王に魔王をぶつけるか。…件の姫が邪魔だな」
「仮初めの魔王を倒しかねない女です。そうなったら手がつけられません。処分する方法は考えてありますが」
「やはり私が出向こう。とどめはお前がさせ」
「…では彼らを連れだしましょう」
「早くしてくれ。一日でも早く。一時間でも早く」
「わかりました。いま私たちは東の、ハナマリ村にいます。あそこに集結の呪文を張りましょう。そこで、明日にも」
「わかった。ああ、ふたつの冒険の書は燃えたぞ」
「ええ、私の書に追記されました」
「それから、ヒダリノ、ミギノの両国の勇者は、すでに何度も仮初めの魔王と戦っては死んでいるようだ。死ぬたびに生き返りながら、何度も。いまの私はあの男と繋がっているようなものだからな、よく見える」
「その日まで終わらぬ希望、ですか」
「手間のかかることが好きな男よ。幸か不幸か、魔王を倒した者はこの国の武道家のみだがな」
「皮肉なことですね」
「私は冒険の書の役割を奪い、呪っただけだ。魔王の再誕とは関係ない」
「より強くなるために、から、より強き者へ渡るように、への変更。書の複製。与えられたのは、所有者同士の殺し合いによる魔力の譲渡ですか。呪いといえど立派なものです」
「お前の姉への伝言もだろう。カムラは見事に巻き込まれた。また奪われるのだよお前は私に」
「姉の存在ぐらいしか、私には呪いの糧となるようなものがありませんでしたゆえ。どうせ死んでしまうなら、復活の呪文で平和な夢をみればいい」
「…しかしわかっているな?、私がその呪いをかけられたのは、タムラに逆らっていないからだ。力をつけつつあるお前を私が殺さないのも、あの男にしてみれば取るに足らない希望だからだ」
「軍師様、そろそろ別れを。あなたのわがままで私は忙しい」
「…最後まで私を軍師と呼ぶか。この呪われた太陽のかんむりを」
「私の師でありますがゆえ」
「…明日の昼には村に向かう。下がれ」
「わかりました。それでは失礼いたします」