勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

「全滅だと?」
兵士長は部下からの報告に目をまるくした。
「一夜だぞ!、一夜にして…なぜだ!」
「現在調査中です」
「あたりまえだ!…すまん」
「いえ」
「何か手がかりは?」
「報告を聞いた私の私見以上のものは残念ながらありません。ただ、関係ないとは思いますが」
「なんだ」
「第二隊、ケイコリ隊が前回の勇者たち、例の脱走した勇者たち三名を捕縛していたとの報告がありました。その三名も死体で発見されました」
「…そうか。空き巣風情の関与はないだろう。では私見を述べよ」
「私が報告を聞く限り、下手人は同一グループだと思われます」
「なぜだ」
「反抗の手口がおおよそ、アエロジーヌ隊を除き、同じです。死体にめぼしい傷はなく、荷物が燃やされている」
「燃やされている?」
「はい」
「いけない。私の頭が犯人は姫だと決めつけている」
「…サイフなどの金品が奪われている模様です」
「あやつらは、三名だった。機動力次第では同時の犯行も可能、か。…それでアエロジーヌ隊は?」
「はい。アエロジーヌ隊は特殊です。交戦の跡があると。村ごと燃やされているようです」
「ギライア殿は?」
「それが、報告によると、アエロジーヌ隊三名、全員行方不明です」
「なぜかように大事な報告を今頃言うのだ!」
「申し訳ありません」
「…村が燃やされているのなら、犯人はアエロジーヌ隊を見失い、おびき出そうとしたとも考えられるな。交戦の跡、か」
「はい」
「捜索の兵を組め。ギライア殿がただで死ぬとは思えん」
「はっ」
「陛下には知られぬようにな。心労を重ねるわけにはいかん」



師匠が笑っている。
「なあマリネ坊、今日はどう殺されたい?」
師匠は手にひのきのぼうを持っている。ひのきのぼうの形が、一目見るたびに変わる。なんどか形を変えると、極めて屹立した男性器に近い形になった。
やめろ、やめるんだ。
気がつくと、後ろに熊がいる。
「お前もたいがい好きだよな」
そんなわけあるか!、おれにそんな趣味はないんだ!
師匠はいつの間にか靴を持っている。見覚えがある。あの、空飛ぶ靴だ。
おれは抵抗しようと体を動かすが、熊が邪魔をする。おれの動きも極めてにぶい。
「マリネ坊、逃げられると思うな。マリネ、マリネ、マリネ、マリネ」
師匠の顔が近づいてくる。
あたりが段々と明るくなってくる。
これは、あれだ、いつものやつだ。


目が覚めたマリネは、叫び声をあげた。目の前に師匠がいたからだ。夢じゃなかったのか!、と叫びながら、貞操の危機を覚えたマリネは咄嗟に拳を繰り出した。
「なっ」
マリネの拳は、師匠を吹き飛ばした。
「いきなりなにをやっているんだお前は!、師匠さんがどれほど心配してたと思ってる!」
カムラが言った。おれの手を握っている。泣いている。
「え?、いや、危険が危ないと」
「なにを言ってるんだあんたは」
師匠に、あたった?、おれの拳が?、いや、そんなことより、逃げなくてはいけない?
マリネがそんなことを思っていると、吹っ飛んだ師匠がぬらりと起き上がった。場所はどこかの教会のようだ。
「よかったじゃないか無事で。私は警戒にあたる」
師匠はそれだけ言うと、どこかにすたすたと歩いていった。
マリネは不気味に思った。
「あんた、死んでたんだよ?」
カムラが言う。
「いつものことじゃ?」
「バカ!、ほんとに死んでたんだ!、あんたあとで真剣に師匠さんに謝ってきな!」
カムラが床に寝そべるマリネの胸に顔をうずめた。そのまましばらく時間がすぎていった。
「大変だったんだぞ。…あたしも途中から記憶がないからなんとも言えないのだけどねえ」
カムラは、ウルシの件を口にはしなかった。
「で、王はどうなった?」
「倒したとさ」
「…ますますバケモノだなあいつは」
「あんたねえ」
「それで、ここは?」
「ああ、来た経緯はわかるが、ここがどこだかはわからない」
「経緯とは?」
「王を倒して、あたしたちに近づいたら、靴が光って、気がついたらここに、とのこと」
「…なあカムラ?」
「なんだい」
「おれは、なんだか、泣けてくる」
マリネは涙を流した。涙はとめどなく溢れ、上半身を起こしたマリネの頬を幾筋も濡らした。
「どうしたんだい?」
「都合が良すぎるよカムラ。都合が、良すぎる」
「え?」
「お前はきっと必死だったから」
「なにを言おうと」
「王は、強かったよ。師匠の攻撃を受けとめているところをおれは見た。なぜ、師匠は無傷なんだ?、なぜ師匠の服は汚れていない?、着替えた?、同じ服なんか持ってないのに?、なぜ師匠は」
「そんな、まさか」
「師匠は、負けた。あいつはニセモノだ。本物だったらおれはいま意識を保ってねえ。そもそもおれの拳があたるわけなかった!」
マリネの慟哭が女を呼び出した。
「お早いお気づきで」
女はくるりとその場で回転すると、もとの位置に戻るまでに姿が戻った。
「ちくしょう!」
カムラがナイフを取りだそうとするのを、マリネが制した。抱きとめ、片手で口を塞いだ。
「師匠は、どうなった」
涙をぬぐいマリネが言った。
「あの人は陛下に、タムラが遺した呪いの品に、死闘のすえ勝ちましたよ。ですが死にました」
「お前がやったのか?」
「そうです。私がとどめを刺しました。どうか希望を抱かぬように。さきほど見せたへんげの呪文。あれは、私が殺した相手にしか変われぬのです。あの人は、死にました」
「…なぜおれたちを生かした」
「そうですね…」
ミムラは一度目玉を上に向けた。
「少々困ったことになりまして。協力して欲しいのですよ」
カムラはがぼがぼと動くが、マリネが自由を許さない。
「なんだかしらんが、おれらに協力する気があると思うか?」
「世界を救うため、でもですか?」
「それでも、だろうよ。なあカムラ」
カムラはうなずいた。
「…あなたにも関係のない話ではなさそうですが。さっき見たでしょう、彼女のことですよ、ねえさん?」
カムラは口を塞ぐマリネの手を数回軽く叩き、自身の冷静さを示して解くよう促した。
「ウルシがどうだっていうんだ!」
「は?」
「あたしが連れてきた女がどうしたっていうんだよ!」
カムラの口からずいぶんと聞き馴染みのある名前が出た。マリネのまぬけ声に反応して言葉が変わった通り、言われる前に言ってしまえば、他者から真相を明かされた場合と比べて、だいぶ印象が違うだろうという打算的なカムラの暴露だ。
「いまはそれどころじゃないのでは?」
マリネはアエロジーヌ隊隊長、つまりは元カノの行程を理解し多少混乱したが、それはそれ、これはこれ、と案外冷静に対処した。むしろ師匠の安否や、ある意味で蛇に睨まれた蛙状態の最中にある状況の焦燥に似た緊張から解放され、冷静になった。カムラがいる今、マリネはウルシのことを特になんとも思っていない。どちらかというと、別れ際にウルシに吐いた言葉通りの心情に近い。マリネも男だから、ウルシが目の前でこまっているなら助けてやるぐらいの器量はある。だが、目の前にいないのなら話は全く異なる。おそらくウルシの生死に関わり、実際マリネはカムラが彼女をナイフで刺す場面もみたが、そんな重大ごともカムラが考えているほどマリネに衝撃はない。遠い異国の地で話したことのない同級生が命を落としたとの報を知ったぐらいの出来事に他ならない。悲しくもあるが、だからといって何かが変わるわけでもない。よって、いままでカムラがしてきた嫉妬や仮託された憎悪も、いうなれば取り越し苦労に過ぎなかった。此度の心配も同じで、なんともまぬけな努力だ。
「いいのかい?」
カムラにしてみればそれは当然の確認だが、
「カムラはおれだけを見ていればいい」
へんに格好をつける余裕さえ生ずるほど、マリネにはどうでもいいことだった。
こんなところでイチャイチャしはじめられても困るとばかり、ミムラは、
「あなたたちと彼女になにがあったかは深く知りません。ですがあなたの死により、彼女は深淵なる絶望を見ました」
との調子で語り始めたからたまらない。別にたまらなくはない。
「彼女は憎んでいます。激しく、深く、暗く、この世のすべてを憎んでいます。きっと彼女は強い後悔に襲われ、絶望し、憎むに至った」
放っておくといつ終わるかわからないミムラの話をマリネは聞いているより他にない。動いていない状態のこの女には攻撃が効かないのだ。師匠から聞いている情報をもとにみれば、ミムラはいまその呪文を使っていない。だけどふたりとひとりには、距離がある。ミムラの単純な武芸だって相当なものであることをふたりは知っている。よほどの隙をつかなければ、こちらの攻撃が当たるまえに呪文を唱えられてしまう。
「そう、私たちのご先祖様と同じように」
そう、と言われてもカムラ、ましてやマリネにその意味はちんぷんかんぷんも甚だしい。
「彼女は力を手にした。とてつもない力を。世界を破壊する者と同等の力を。しかし、まだ足りない。憎しみと力は同等でも、彼女には進化にかける時間が足りない。理性はなくとも、技が足りない。勝てない」
「さっきからお前はなにを言っているんだ」
姉が正しく指摘してくれたことで、妹はゆるやかに事情を説明した。タムラがこの国の姫と恋に落ちたこと。タムラの才を恐れていた父君は彼を疎った。タムラと姫は、燃えるような駆け落ちをしたが、案の定、恋は悲劇に包まれ焼却炉にいれられ、タムラと引き離された姫は悲嘆にくれながら死んだ。タムラは生きた。激情にかられるまま王を手にかけた彼は、ひどくむなしんだ。タムラは善人だった。自身の出世や、才をひけらかすために他人を地獄に落としたことは何度もあるが、世界の平和を、人々の安寧を、心より願ってしまうような善人だった。彼は自分が望む、安寧に満ちた世界を作り出そうとした。自分を救うためだった。王を殺した憎しみと後悔を呪いにかえて捨て去り、良心だけを残し、彼は世界の安寧と自身を救うための準備をした。彼は封印されし禁断の巻物に書かれる進化の秘宝と呼ばれる術に手をだした。
彼は自ら築いたトッツクポーリの底にいる。進化の秘宝を使えば衝動だけが残る。それを知っていたから彼は憎悪を捨て、良心だけを残した。しかし、純粋なるタムラの良心が下した衝動は、世界の破壊だった。タムラだったものがなにを思ったのかは、誰にもわからない。だが、零か百かの極端さは純粋な心につきものだ。
「タムラはなにをするつもりだ」
マリネが聞く。まったくありがたい質問だ。
「タムラだったものは、いつからか地のそこにマグマを集めだしました。呪いにより知ることはできないものですが、この地は死んだ火山の名残りなのです。昔はほとんど地熱もなかったのですよ。マグマが溜まると、山は噴火しますね?、単語ぐらいなら知っているでしょう」
破壊の準備は最終段階に入った。トッツクポーリの魔界化がそれだ。マグマを呼び寄せる魔力を、その地へ回している。知る者にとっては、十分にマグマが蓄えられたことの証拠だ。溢れ出る進化の秘宝の魔力、進化の秘宝のかけらは、その地に住む人々を魔物と化す。
「…規模は、聞くまでもねえか」
「ええ、噴火がすれば、この大陸を丸ごと吹き飛ばすでしょう。事前に知っていれば、航海術をもっていれば、逃げることもできるのかもしれません」
「それでは最初からタムラは世界を破壊するためにトッツクポーリの底にはいったんじゃないか!、お前の話は矛盾している」
「呪いはタムラの言いなりです。タムラの衝動に反する行為はできないのです。矛盾はしていません」
「…証拠がねえ」
「私が、かの地へ連れていきましょう。あなたたちに協力してほしいと言ったのはそのことです。見れば、わかります。仮初めの魔王の下に潜む、破壊神の姿を見れば」
「どうやって連れていく気だ」
「移動の呪文を使います。かの地へ、私は飛んでゆける。あなた方には、あなた方が魔王と呼ぶ仮初めの魔王を倒してほしい」
「仮初めの魔王だ?」
「仮初めの魔王は、タムラが仕掛けた希望を絶望に変えるエサ。いまこの国の民は楽観していますが、他国は違います。金の流通が途絶え、呪いが届かなくなってしまったのです。他国の民はトッツクポーリに突撃した兵は全滅し、ひとりずつの勇者に全ての希望を託し、繰り返される絶望を味わっては、また希望を見ます。仮初めの魔王は、そのためだけの装置です。いつか不死身の勇者が魔王を倒しさえすれば、という希望を与えることで、人々の思考がどうなるかは武道家のあなたならわかることじゃありませんか?」
「…いつかが来るまで待つだろう。手に凶器を持った素人が、凶器を振るうことしか攻撃手段を持たなくなるように」
「タムラの衝動は、人々を逃がさない。呪いを使えない証拠とも言えますが。魔力はあっても放出するだけなのでしょう。おそらくまともな呪文は使えない」
「仮初めの魔王を倒したらどうなる」
「倒したとしても…すぐにまた生まれるだけですよ。…私の師は、この国の人々からすこし希望を奪いました。希望を奪えば、絶望を感じにくいですから。私が兵を突撃させませんでしたし。勇者たちを複数用意し、各地を回らせたことも、目的は他にありますが、なんと言えばいいか、治安の維持に役にたったようですね。それもこれも、本物の勇者をつくりだすまでの時間稼ぎ。進化の秘宝を扱い、その力を魔王と同等のものにするためにはいくつかの条件がありましたから。強い意思と希望と絶望を併せ持つ人物でなくてはならない。バランスですよ。すこし複雑ですが、それは世の情勢や雰囲気にも気を使わねばなりません。希望という名の絶望が世に渦巻いたり、勇者にすべてを託すしかない、との思考停止は、勇者を作り出すためには邪魔なのです」
「お前が勇者になればよかっただろう」
「私はなれません。悲しみを捨ててしまいましたから。嘆くことができない。力を生み出せないのです」
カムラはギリギリと歯をきしませた。
「ウルシは、倒せるのか?、魔王を」マリネはまた、カムラを抱きとめる手に力を入れた。
「わかりません。しかし、唯一魔王に刃が届く存在です。彼女はいま、魔王のもとへ向かっている。同類だからか自分が世界を破壊するのに邪魔だからかわかりませんが」
「時間がない、か」
「ええ、そうです」
「だが、わざわざ師匠に化けたんだ。おれたちがどうするかわかっているんじゃないか?」
「聞いてくれませんか」
「なぜ親を殺した」
臨戦態勢に入ろうとするふたりをよそに、カムラが訊いた。確かにそれはだいじな質問だ。
「…必要、だったから。知るために、力を得るために。私の師は、奪うことでしか与えられない。要求に応えただけ。けれど、残念、だったわほんとうに」
「…こいつみたいに、お前なら生き返らせることもできたんじゃないか?」
「…私の、復活の呪文は万能ではないのよねえさん。死から日が経つと、復活させられない。当時の私は蘇生の呪文を覚えていやしなかった。使えたとしても無駄だったのだろうけども」
「それなら冒険の書は誰を蘇らせる!」
「あれは、ねえさんへの…そうね、嫌がらせだわ。呪われた冒険の書はね、ねえさん。呪文を宿すの。持ち主の経験や持ち主が歩いた地に染みついた呪文を、与えられる。冒険の書がより強い持ち主に渡ると、冒険の書の持ち主同士が戦って相手の書を奪い取ると、冒険の書はひとつになるの。いちいち殺さなくちゃならないから不便だわ。そうやって私は呪文を得るのよ。聞けばもうほとんどの呪文を使えるようだけど、失われた発音を取り戻す時間はなかったわ」
「だからなんだ。質問に答えろ」
「あれは、すこし工夫をせざるをえなかったけど、ねえさんの経験が生んだ呪文なのよ。生むように仕向けられたのだけど。ねえさんの復活の呪文は、人を復活させる呪文じゃないわ。過去を見ることができる呪文なの。あの時こうしていれば、こうなっていたら、そういう、もしも、の世界を見せてくれる、過去を復活させる呪文。幻の大地を歩ける呪文。現実ではないのだけれど。ねえさんに使ってほしくて」
「いまさらなにを言う!」
「特別なのよ?、特別性の呪文なの。冒険の書を持ったままねえさんが死ぬと、勝手に一度だけ発動されるの。血の契約をしたでしょう?、呪いの一種なのよ。私がかけた、ねえさんへの贈り物。私が…ふふ」
「なにを笑ってやがる」
「さあ、どうだか。ねえさん、最後にもう一度訊かせて。私に協力してよ」
「できない!、私はお前を殺すためだけに生きてきた!」
「…こだわりは身を滅ぼしますよ、ねえさん」
「安心しろミムラ。要はあれだ。おれたちは世界を救うよりお前を倒したい。お前は世界を救いたい。それなら生き残った方が世界を救いに行けばいい」
「なんとバカらしく、現実を見ていない発言でしょうか。ですが、一理あります。協力してくれないのなら、あなたを殺して、生ける屍として操るまで。弱くなりますが、私の補助があれば仮初めの魔王にも勝てるでしょう」
「はじめからそのつもりだったろうに、よく言うよ」
「…そうですね。はじめからあなたには死んでもらう予定でした」
カムラはマリネを振り払って、ナイフを投げた。ナイフはミムラにあたり、ぽとりと落ちた。
同時に、マリネはカムラを連れてミムラから距離をとった。
「今度はこっちにも情報がある」
そう言うとマリネは、ぐっと言葉に詰まった。しかしすぐに気を持ち直すと、
「堅いだけなら、どうにでもできるぜ」
と言った、マリネの目にもう涙の影はない。
「そうでしょうね。さすがあの人の弟子」
「その通りだ。おれは、おれとカムラは強い」
「身を守っているだけでは勝てませんし。ですから私は、こうするのです」
ミムラの形が蠢いた。マリネがまさかと戦慄した時には、遅かった。ミムラの姿は師匠に変わっていた。
「気づいたようですね」
師匠の声で、ミムラが言う。
「この呪文は、姿を変えた者と同じ力になる。あなたは勝てますか?、この女に」
師匠の顔がにやりと歪んだ。
「カムラ!」
「ああ」
「逃げねえぞ」
「わかってる」