勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

「先に大事なことだけ伝えておこう」
「おー、それなりの知恵をつけたもんだ」
「どれ、なりだ弟子よ」
「弱点は目だ!、系の怪物なりにだよ」
「箱型に蛇腹折りして、手風琴にしてやろうか?」
「師匠さん、これ以上やると湯か血かわからなくなります」
しかし、しょっちゅうチャチャを入れないと師匠の話はよくわからない方向に行くことを、カムラは知った。適度にマリネを人柱にする。そうすることが自身がのぼせないためにできる最善の行動なのだ。
「一つ、想像していたより強い。
一つ、瞬時にどこかへ移動できる。
一つ、うらやましい。
わかったな?、ではなにがあったか話そう」
師匠は、事のあらましをぬっと湯に尻を浮かべたり、少し泳いでみたり、ぷかぷかとたゆたってみたりしながら語った。
「そうして全力で雪山を走り抜けてきたら、お前らが楽しそうに戯れていやがる。そうして私はとてもムカついたわけだ」
「ムカついたわけだ、じゃねえよ。こっちはお前がムカッ腹を立てるまでの道筋を知りたかったわけじゃねえ。それに内容の半分以上、空を自由に飛びたいなあ、って夢を語っていたぞ」
「そうだな」
「お前ならきっと羽ばたけるからどこかとても高いところから飛び降りてみろ」
「案外いけるかもしれん」
「ダメだこいつ。くそ、おれの肉体よ。すまん。いつか洒落てるレストランで強引にトンカツを頼みキャベツをマナーがなってないほとおかわりしてやるからおれに力を!」
マリネは師匠に飛びかかって、役目をひとつこなした。
「師匠さん、その氷の矢や炎の玉をどうみます?」
「非常に厄介だ。戦いの常識非常識以前の、なんというか、生命としての共通意識の外から攻撃がくる。しかも当たれば無事じゃ済まん。矢と玉だけならまだいいが、きっと他にも攻撃手段があるとみて良い。軌道の見えない暗闇の技もある」
「軌道が見えない?、よく、避けられましたね」
「ん?、ああ、言ってなかったか。非常に厄介な攻撃の数々ではあるが、対処法のようなものはある。クチだ」
「クチとは、この口のことですか?」
「ああ、あいつはなにかをする時、必ず口を動かしていた。口もとは服で隠されていたが、私にはわかる。引っ掛けの可能性もなきにしもあらず。しかしおそらくそうではない。声は聞こえなかったが、あれらも、呪文、なのだろう」
「復活の…呪文…」
「…ひょっとしたら、私たちには発音や聴き取ることのできない種の音を発しているのかもしれん。まあ、呪文の成り立ちを考えたって仕方ない。確定したわけではないが、相手の口、わずかな顔の動きをみて動けば、不可視の攻撃も避けられる」
「それは、あなただからできたことでは?」
「お嬢には厳しいが、マリネなら可能だ。そうだよな?」
師匠はマリネの頭を湯から抜きだした。
「ああ、師匠がそう言うなら可能なのだろう。おれは師匠から過大評価を受けたことがない」
湯に沈められながらも平然と話についてきたこいつなら可能なんだろうな気持ち悪い、とカムラは思った。
「それに口を動かさなければならないというなら、他にだって回避する方法はあるだろ?、可能かどうかをさておいて言えば、口を塞ぐだとか、麻痺させるだとか、動き続けるだとかさ」
「そうだ。ではまた下へ」
「お任せあれ」
マリネもカムラも、これでいいんだ、と思った。
「非常に厄介で得体の知れないすべではあるが必要以上に怖れることもない。私が見たなかで真に怖ろしいのは移動の呪文だ。いつまた現れるかわかったものではない。仮に任意の場所どこにでも移動できる呪文だとすると、寝首をかかれるどころの騒ぎではない」
「それにしては、私たちくつろいでますよね…」
「いまは私がいる」
「そうですよねえ」
「それに移動できる場所については、やはり冒険の書が怪しいと思う」
「冒険の書のあるところへ移動できると?」
「その可能性も否定できないが、それならいきなり私たちの目の前に飛んでくることになったのではないか?」
「なるほど…」
「あやつが呪文を作ったわけではあるまい。まあ、作った奴がいるからこうしてあるわけで、否定できないのだが、少なくともいにしえの軍師タムラが呪文を使えたことに間違いはなく、タムラの遺産をあやつが使っていると考えられる」
「そうでしょうね」
「今まさに私も思案している最中だが、移動する場所にはきっとなにか決まりがあるのだ。自分から負けを切り出すほどの負けず嫌いが、私の見せた歩法に対して移動の呪文で対抗してこなかったところをみると、小回りのきくものではないのだろう。それでも怖ろしいことにかわりはないが」
「タムラが当時なにをしていたか、子孫の私が知っていることは世間と変わりません。謎だらけです。ですが瞬時に場所を移動できるならば、様々な面で有効に使ったことでしょう。たとえば」
「当時のこの国の王はタムラだった、と?」
「はい。タムラは本来反逆者です。それも大のつくものです。反逆の一族が安穏と城に住み着いていて良いわけがありません」
「はあ!、はあ、はあ、死ぬ!」
「生きろ。で?」
「そのことについて様々な噂が流れています。人質であるとか、密約だとか。もしそれらの噂が事実への探求を煙に巻くよう意図的に流されたものだとしたら」
「菓子を与えて飯を与えぬような所業よな」
「タムラの計はうまく行き過ぎている。伝説だから、壮大な歴史絵巻のひとつだから、そんな理由でなんとなく納得してきたが、タムラの資料など公的文書をのぞけばほぼない。ある意味伝説は伝説らしく、タムラは脚色の中に生きている人物」
「菓子を与えて飯を与えぬようなものか」
「…私もマリネを押さえて良いですか?」
「良い」
「私たち一族は、秘密を重視し、また国はまるでその義務を負っているかのようです。…おかしい。なぜこんな当たり前のことをいままで疑問に思わなかったのか。なぜ学者は追求しない。なせこんなことが許されている」
「いや、私はずっと疑問だったがタムラにもその一族にも特に興味がなかったから口に出す機会もなければ調べる気にもならんかった。なあマリネ」
「はあ!、はい、私は幼きころより生きることに必死でした。タムラやその伝説に興味を持つ暇がありませんでした」
「うるさい!、黙って潜ってろ!」
「カムラ、お前にこの命を預ける。では」
「タムラがこの国の王だった?、こんなに長く影響を残せるものか?、呪文にかけられている?、国民全員?」
「さっきからほとんど独り言だったが、もう隠さなくなったようだな。かまってくれないし暇だから、私は湯にぷかりと浮いて、あやつとお前らの戦い方でもかんがえているよ。マリネは任せた」
「王はなにをしている?、傀儡?、誰の?、ミムラ?、あいつはいつから呪文を使えた?、そもそも冒険の書の役割は復活の呪文を伝えるだけなのか?、くそ、なにか、なにかがわかる気がするのに、わかる気がしない!」
「がんばれお嬢。戦いに関係しない話にはついていけない」
「おちつけあたし。腹を立てても無益だ。…そういえば師匠さんは移動の呪文に関して冒険の書のなにが怪しいと?」
「ん?、ああ、なんてことはない。あやつが使う呪文は物にも宿らせることができるようでな。冒険の書なんかもなんらかの呪文がかかっているのだろう。これはもはや推論でもなんでもないただの感想なのだが、あやつが移動の呪文を使って空を駆け登り、吸い込まれて行ったとき、自分で向かう、感じではなく、何処かに引き寄せられている、感じだった。きっと移動の呪文の本体は、その引き寄せている方、なのではないかと思ってな」
「なるほど。師匠さんほどの目で見た感想なら、信憑性に乏しいと言うわけにはいきませんね。それで冒険の書がなにか?」
「移動の呪文はとんでもない呪文だ。あれに比べれば堅くなるのも氷も炎も、かわいく見える。なんせ飛べるしな。私がこの呪文を作った者なら、呪文の本体、指標点を作る呪文とでも言うかな、そっちは絶対に、少なくとも生きている間は誰にも教えん。もちろん移動の呪文の使用にも制限を設ける。そんなぽんぽん好き勝手に人が飛んでいたら、危なくってかなわないだろ。力のある奴ほど枕を高くして眠れんぞ。その移動の呪文の制限と冒険の書がなにか関係しているんじゃないかと思った。たとえば冒険の書を持った移動の呪文を使える奴が、その指標点に近づくとそこに移動できるようになるだとか。その条件だとちっとばかしかんたん過ぎる気もするが、冒険の書を作ったのはタムラだろ?」
「なるほど」
「ああ、でもだめだ」
「はい?」
「お前の妹がタムラの後継なら、あやつはタムラの使う呪文をなんでも知っていることになる。自分の後継ぐらいにはすべてを託すだろ」
「それではまるでタムラがつい先ごろまで生きて…」
「うん?、まあ、なんか後の世に生まれる後継にすべてを託す呪文!、みたいなもんでもあるんじゃないか。私は強い奴をぶっ倒せればそれでいいんだけどなあ。タムラも強かったんだろうなあ」
「これだから武道家という人たちは。そんなはしたなくぷかりと湯に尻を浮かべて」
「なにかわかったのか?」
「はい!、いやしかし、まてよ、それでは魔王とはなんだ?、誰が復活するんだ?」
「はあ。…今夜の献立でも浮かびながら考えよう」
ブツブツぷかぷかブクブクと、三人は温泉を満喫した。ダメな奴らだ。


その日の夜、城に戻ったミムラが諸事をこなしていると、王に呼ばれた。呼ばれることは、知っていた。
挨拶もそこそこに、王は謁見の間の人払いをした。
「して、ミムラ。成り行きはどうなっておる」
「はい。万事順調かと」
老いた鶴。
王の見た目を一言で評するなら、それが似つかわしい。王冠と、品と威厳を備えるマントがなければ、乞食と見間違ってもおかしくない。
「ほう。私を相手に嘘をつく気か?」
「失礼いたしました。陛下は何事もお見通しで」
「ぬかせ小娘。知っておろうに。私の目は真実をうつす鏡の一片。本来の力は失われたが、言葉の虚実ぐらい見抜く」
「あまりに小さき石でございましたゆえ、陛下の御耳に」
「なんのために人を払ったと思っておる。はっきり、喋れ。私を陛下と呼ぶな。跪く必要もないといつも言っている。相変わらず気に食わない女だ。わかっていてやっているから性質がわるい」
「…では、失礼して。とても強い女が一名、現れました」
「カムラではないのか?」
「違います。似たようなものですが」
「ああ、例の姫か」
「はい」
「いまのお前にそこまで言わすとは、どの程度の使い手だ」
「拳を突けば空気を震わし、大地を蹴れば山を震わす。音より疾く動き、影すら見えません。言葉通りです」
「ほう」
「私が最大まで高めた火球の呪文を、平然と蹴り飛ばしました」
「ははっ、そいつは愉快だ。その者の素性は?」
「わかりません」
「そうかそうか。そやつ、実に愉快よ。くくっ」
「軍師様、なにやら殺されにでも向かうような按配ですが?」
「私の最期だ。楽しいほうが良い」
「だから言いたくなかったのです。あなたは私が殺してさしあげようとしてきましたのに」
「悪いな。考えは、変わるものだ」
「…軍師様、忘却の呪文にほつれがあるようですが」
「お前にはわからぬだろうが、あの呪文は骨が折れる。なんせ私の、いうなれば心臓そのものだ。私が力を失えば、その分ほつれもする。あの男、金銭に呪いを施すなどしおって。おかげで王が失策をするたびに、私が立て直さなくてはならなくなった。もうそのような力は使えないがな」
「それほど弱っておりますか」
「弱っている。ほとんどの力を吸われた。いまの私など出涸らしの茶殻みたいなものだ」
「おいたわしや」
「あからさまな嘘をつきおって。言っておくが、いまの私でもお前を殺すに十分だ」
「それは残念でなりません」
「…私は、そうだな、疲れた、のだよ。もう長いこと存在理由を失っている。やろうと思えば呪いをかけなおすこともできようが、その必要もない。すぐに世界は崩れるのだから」
「…私が救います」
「不思議だ。お前のまことの言葉に、頼りたくなる」
「その為にあなたの道具となったのです」
「私はあの男の言いなりになることしかできない、あの男がこの世界にかけた呪い、だぞ」
「知っておりますとも。だからあなたは世界を放っておけない。破壊を止めようとしている。世界が消えれば呪う対象がなくなってしまうから。タムラが世界の崩壊を望めば、あなたが世界の維持を望むのは道理です。なぜならあなたは、タムラが捨てた迷い。すなわちタムラの心そのものだから」
「小娘が知ったような口をききよる」
「呪い風情に心のなにがわかる」
「私は奪いつづける呪い」
「あなたは与えもする」
「操船技術を奪い、この大陸に閉じこめた」
「あなたは地熱の利用法を与えた。降りつもる雪から街を解放した」
「呪文を奪い、力を半減させた」
「あなたは職業を与え、魔力に恵まれなかったものたちへの差別をなくした」
「歴史を奪い、世界の真実を隠した」
「あなたは私に世界を救う力と知識を与えた」
「お前を奪うため、家族を奪った、悲しみを奪った」
「だから私はこうして生きている。憎んではおりますが、考えは変わるのです。違いますか軍師様」
「私が奪ったものはすべて、すぐに起こり出す崩壊から人々を逃がさないため。永い時のなかを平和に過ごさせ、真に深い絶望を無防備に受けさせるため。私が与えたものはすべて、奪ったものと比べれば取るに足らない淡い希望。圧倒的な絶望という名のついた名画を縁取る粗末な額に過ぎない。お前の願いは叶わない」
「試してみないことにはわかりません。負けず嫌いなもので」
「お前の勇者では、たおせんぞ」
「まだ進化の途上でありますれば」
「魔王に魔王をぶつけるか。…件の姫が邪魔だな」
「仮初めの魔王を倒しかねない女です。そうなったら手がつけられません。処分する方法は考えてありますが」
「やはり私が出向こう。とどめはお前がさせ」
「…では彼らを連れだしましょう」
「早くしてくれ。一日でも早く。一時間でも早く」
「わかりました。いま私たちは東の、ハナマリ村にいます。あそこに集結の呪文を張りましょう。そこで、明日にも」
「わかった。ああ、ふたつの冒険の書は燃えたぞ」
「ええ、私の書に追記されました」
「それから、ヒダリノ、ミギノの両国の勇者は、すでに何度も仮初めの魔王と戦っては死んでいるようだ。死ぬたびに生き返りながら、何度も。いまの私はあの男と繋がっているようなものだからな、よく見える」
「その日まで終わらぬ希望、ですか」
「手間のかかることが好きな男よ。幸か不幸か、魔王を倒した者はこの国の武道家のみだがな」
「皮肉なことですね」
「私は冒険の書の役割を奪い、呪っただけだ。魔王の再誕とは関係ない」
「より強くなるために、から、より強き者へ渡るように、への変更。書の複製。与えられたのは、所有者同士の殺し合いによる魔力の譲渡ですか。呪いといえど立派なものです」
「お前の姉への伝言もだろう。カムラは見事に巻き込まれた。また奪われるのだよお前は私に」
「姉の存在ぐらいしか、私には呪いの糧となるようなものがありませんでしたゆえ。どうせ死んでしまうなら、復活の呪文で平和な夢をみればいい」
「…しかしわかっているな?、私がその呪いをかけられたのは、タムラに逆らっていないからだ。力をつけつつあるお前を私が殺さないのも、あの男にしてみれば取るに足らない希望だからだ」
「軍師様、そろそろ別れを。あなたのわがままで私は忙しい」
「…最後まで私を軍師と呼ぶか。この呪われた太陽のかんむりを」
「私の師でありますがゆえ」
「…明日の昼には村に向かう。下がれ」
「わかりました。それでは失礼いたします」