からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -270ページ目

問題 ありがちで恥ずかしい…

釘より鋭く月より丸いものな~んだ?

モヤモヤシリーズ。涙の感動巨編風?

この前のことだ。僕は友達焼きそば君(仮名)と遊んでいた。夜が始まり酒を飲み始め、焼きそば君の地元だったので、男子校出身者の常套句、「女呼べよ」、僕はいつもどうり淡い期待を込めて冗談を言った。いつもなら、「いねぇよ」、で済む話。だけどこの日は違った。とんとん拍子に話は進み、焼きそば君の女同級生が近くで女友達と遊んでいる、今から合流。ということになった。ここでひとつ言っておきたいことがある。僕は既に軽くではあるが酔っ払っていたこと、従って彼女達を恋の相手だとか今夜のベッドのお供になんて考えは…あった。けど強くはなかった。第一僕は焼きそば君の同級生とそんな関係になりたくなかった。ただ焼きそば君との話の種に彼女達を呼んだと考えてもらってほしい。
少しして彼女達は来た。僕は正直に言うと面食らった。彼女達は3人、焼きそば君の同級生ブスさん(仮名)、の友達ライトブス(別名イマイチ)さん、そしてイチジクさん。僕がなにに面食らったかといえば何もブスさんとライトブスさんがブサイクだったからじゃない。イチジクさんが車椅子だったからだ。僕らがいた店は狭かったのでファミレスに移動することになった。イチジクさんの車椅子を押すライトブスさんに僕は最初の違和感を覚えていた。
僕は客が多いファミレスが嫌いなので焼きそば君に耳打ちし、地元の焼きそば君も初めてはいる人気のないファミレスに移動したあと、一応の自己紹介タイム。僕は初めて会う、そして、もう二度と会わないだろうなぁ、という女の人と会った時、無茶をする傾向が強い。酒を飲んでいたら尚更のことで、この日もライトブスさんにいきなりアイアンクローをやった。一応空気は読める方なので、それなりに盛り上がったりした。「なにこいつ」とか「馬鹿じゃないの」とか。こう書くと罵声以外のなにものでもないが、イチジクさんと焼きそば君以外みんな酔っていたので笑いもあったのだ。こうなると互いに変に意識することもなくなり、気軽なもので、僕は「ブサイク」を連呼したりして焼きそば君と笑った。もちろん彼女達も僕らを笑った。
三人と二人でわいわいやっていると、トイレに行きたくなった僕は席を立った。そしてライトブスさんにサイドのアイアンクローを仕掛けるふりをして、くるりと振り返りイチジクさんに仕掛けた。今考えるとブスさん、ライトブスさんにアイアンクローを仕掛けるということはとてもさむいことに思えるのだけど事実だからしょうがない。僕はオチとしてイチジクさんに仕掛ける機会をうかがっていたのだ。ブスさんライトブスさんにやっておいて一人だけ見逃すのもどうかと思っていた。僕は満足してトイレに行った。席に戻るとブスさんとライトブスさんがツンツン怒っていた。話を聞けばイチジクさんに何をしてんだお前は、ということだった。僕は、僕が思っていたよりイチジクさんの体調が悪いのかな、だから怒っているのかな、と思ったけど、話を聞いているうちにそうじゃないことがわかった。要するに、ブスさんとライトブスさんが言いたいことは、車椅子の人にそんなことするなんて最低、ということだった。また違和感が僕を包んだ。イチジクさんは居場所を無くしたみたいにうつむいたりジュースを飲んだりしていた。
僕は吐き出したくなる(ゲロじゃないよ)感情を抑え、冷静にイチジクさんとブスさん、ライトブスさんの関係を聞いた。思った通り。ブスさんライトブスさんとイチジクさんは決して友達と言える程深い関係ではなくて、今日同窓会の打ち合わせの集まりがあり、そこにはブスさんライトブスさんイチジクさん他がいて、在学中(中学?)から友人だったブスさんとライトブスさんが、在学中はまったく親交がなかったイチジクさんを誘い遊んでいたという。これで納得がいった。友達ならイチジクさんの車椅子を押したりしない。イチジクさんは自分で動ける。そして友達なら車椅子の人なのにということでは怒らない。イチジクさんになんてことすんの、ならわかるが。
「差別って何かね?」
そういって僕はイチジクさんの頭を叩いた。もちろん加減はしている。でも結構強く叩いた。結局ブスさんとライトブスさんは車椅子を世話したいからイチジクさんを誘ったのだろう。世話をして自分達がいい人にでもなりたかったのだろう。イチジクさんの頭を叩く僕にブスさんライトブスさんは狂乱したように怒り出し、僕も差別について自分の知っていること思っていることを吐き出した。僕に聞く耳はあったのだが当然のごとくヒステリックにわめくブスさんライトブスさんにはない。その間に焼きそば君が代金を支払ってくれ、店員に追い出される前に僕らは店をでた。ブスさんとライトブスさんは捨て台詞を吐いて帰っていった。それから僕ら三人は焼きそば君に金を払い解散した。と見せかけて地元の焼きそば君を家に帰した僕とイチジクさんは少し公園に寄った。
僕がイチジクさんに謝ると、気にしてないとイチジクさんは笑って言った。初めて書くがイチジクさんはかなりかわいい。僕は必死になってイチジクさんを笑わせようとしたけど空回りで、でもイチジクさんは僕の空回りっぷりを笑ってくれた。まだ終電には時間があったけど、僕は帰ることにした。互いのメルアドを交換して。
僕とイチジクさんはそれから密にメールを交わし、電話もした。そして会う約束をした。場所はイチジクさんの家。
イチジクさんの家に着くとイチジクさんのお母さんが僕を出迎えてくれた。イチジクさんのお母さんを僕は見覚えがあった。あの日あのファミレスにいた。確かにいた。トイレに行く途中の席にいた。お母さんはイチジクさんについていっていたのだ。もちろん僕がイチジクさんを叩きまくったことも見ているし、僕が空回りしていたところも見ていた。イチジクさんはそれを知っていた。というよりも外に出るときは大体一緒で、あの日は久しぶりに会う同級生に見栄を張って一人で来たということにしていたらしい。その後は書いた通り。どうやら、誘いを断ると変だと思われる、とイチジクさんは思っていたらしい。
三人でご飯を食べた。お父さんは今日帰ってこないらしい。少し、いや大分ホッとする。ご飯を食べたあとイチジクさんと二人で散歩に行くことにした。
出会ってまだ数日。僕は交際を申し込んだ。
彼女は頷いた。
きっとイチジクさんは、断ると変だと思われる、と思っているに違いない。

モヤモヤシリーズ。根元はるみは裏切らない風?

僕が箱を開けると中に入っていたのは根本はるみでした。
「根本はるみは裏切らないなぁ」僕はそういって笑ったのです。腹を抱えて笑い、すぐさま友達の田中に電話をすると、田中も「根本はるみは裏切らないってのは、ほんとだね」と、言って笑いました。
電話を切り、箱に目をやると根本はるみはいませんでした。箱の中には手紙が置いてありました。「世界では今大変なことが起きています。環境破壊、温暖化、貧困、戦争、その他にも色々な問題があります。世界がもし100人の村だったら、ひとりの殺人鬼に全員が殺されてしまうでしょう。なぜならそのひとりは村で唯一愛に裏切られたからです。わたしは裏切らない。たとえ大地が燃え尽きても」
僕は手紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に投げました。手紙はゴミ箱をはずれて床に落ちました。
「たくっ、ほんと根本はるみは裏切らないな」
と、つぶやきました。手紙を拾うのも面倒なので友達の黒ヤギさんに食べてもらおうと電話をしましたが、あいにく黒ヤギさんは電話に出ません。
しばらく窓から空を眺めていると田中から電話がありました。
「今日、うちでヤギ汁パーティーやるんだけどこない?いいヤギが手に入ったんだ」

モヤモヤシリーズ。ウェルテル風?

私は小学生の頃、一度だけ泣きながら学校から帰ったことがあるのです。いじめや大切にしているものを隠されたりしたわけではありません。「人は何故生きているのか」について考えてしまい、たまらないむなしさに包まれてしまったのです。生意気な小学生ですね。記憶は定かではありませんが4年生か5年生の頃です。こう考えてしまったのには理由があります。その一年ほど前でしょうか、母方の祖父の法事で坊主に突然聞かれたのです、「人は何故生きているのか」と。余談ではありますがその坊主は親戚一同から「くそ坊主」と笑いのネタになるような、自慢話の多い坊主です。この時も、そんな難しい質問を知恵のある大人ではなく人見知りでおとなしそうな私を選び問うたのでしょう。厄介な答えを出されれば自分のペースに持ち込めませんからね。私は坊主の狙い通りただあたふたするだけでした。そのあと坊主が何を言ったかはまるっきり記憶にありません。私はずっとドキドキしていました。法事が終わり、兄が話しかけてきました、「それを探す為に生きているんです、って答えればよかった」と。私はどこか上の空で聞きました。坊主にしてみれば兄ではなく私を
選んで正解といったところでしょうか。そんなことがあって私はあの日泣いていたのです。そんなときに限って、私の記憶が正しければこのたった一度、帰り道父に会いました。泣いている私を見て、その日の夕食はいわゆる家族会議です。いじめられているのかと言われ続けましたが私はいじめられていませんでしたから首を横にふります。じゃあ何故泣いていたのか、聞かれましたが私は答えません。子供ながらに、これを言ってもしょうがない、と考えていました。私はそういう子供でした。早生まれだからでしょうか、体力では同級生にかなわないので、いじめられない為に周りの空気を読むことに気を使うことを幼い頃から培っていた、と思います。ただの人見知り、親にも自分の本心を言わない子供であったとも思います。兎にも角にも私はそれ以来たまにそのことを考えてしまいます。罪作りな坊主です。当たり前ですが答えはありません。あえていうなら子孫を作る為、ですが、生物学的な答えではあの坊主は納得しないように思います。私が死んでも答えは出ないと私は思います。

モヤモヤシリーズ。体験記風?

私は椎間板ヘルニアをやりました。もう何年前のことでしょうか。なにか腰が痛いなと思いながらも病院に行くことなく日常生活を営んでいたところ、ある夜、くしゃみをした拍子に動けなくなりました。動けなくなる、というよりも動き方を忘れたと言ったほうがよいでしょう。私はその場に寝転がるのが精一杯でした。運悪く、とでも申しましょうか、私の寝転がった場所は冷蔵庫の前、時間は夕食の後片付けも終わりテレビでも観ながらデザートでも食べるか、という頃です。冷蔵庫の前で冷や汗をかきながらパニックになって言葉を失った私に、「邪魔」と言った姉の顔が忘れられません。姉は私を蹴りながらも冷蔵庫の中からプリンを取り出しました。そして食べながら時折私を奇異の目で見ました。子供を授かる前の姉などこんなものではないでしょうか。今思い返せばとても可笑しいです。そう、とても可笑しいです。30分程寝転がっていたでしょうか。時間が経つにつれ私は冷静になり、また、痛みも和らぎ、体を動かせるようになりました。痛くない体勢さえとっていれば元気なのです。私はその日は眠りにつき、次の日病院に行くことにしました。病院選びにちょっと
した出来事があり結局5駅離れた医院に行くことになりました。私は自転車をこぎました。あの頃私は電車が苦手で乗りたくなかったのです。それに私は自転車をとても頼もしい乗り物だと思っていますから、この選択はしょうがありませんでした。幸い体も自転車をこぐ分には問題ありません。川を超え目的地付近に着きました。通っていた学校の近くなので私には土地勘がありました。すぐに医院を見つけることができました。医院の扉を開け、受付を済まし、ソファーに座りました。様々なマンガが本棚にありましたが、私の目をひいたのは受付の端にある某有名野球選手のサインでした。現役です。たいして大きくないビルのワンフロアにそれは輝いていました。私はそれを見て頼もしさを感じました。ただのサインなのでこの小さな医院でその選手が治療を受けたかどうかは甚だ疑問ではありましたが、私は頼もしく思ったのです。どうでしょう、皆さまもそこいらのファミレスにデヴィ夫人のサインがあったらと思い浮かべていただけたら幸いです。頼もしさを感じませんか。私はミーハーな心を恥じながら名前を呼ばれるのを待ちました。名前が呼ばれ、患者衣に着替えて診察
を受けます。先生はコロポックルのような初老の人でした。ほんとうにそっくりです。結果私は軽い椎間板ヘルニアということでした。私のヘルニアした部位は左足の親指を麻痺させるとのことで、なるほど先生が私の足の親指を押さえつけても私の親指は私の意志に反し抵抗することができません。そしてさらにおもしろいことを聞きました。私が研究したのだが、と言っていたので正しいかどうかはわかりませんが、かといって先生はコロポックルに似ていることを除けばまともな人で決して謎の万能な菌を発見するような人ではありません、私のヘルニアの麻痺する場所というのは“帯”になっていてある場所から左足に巻きつくように螺旋の形になっているそうです。確かにキリのような鋭い金属でその螺旋状になっている帯を刺されても、刺されたことさえわかりません。そのあと、その螺旋状になっている帯の上の方、腰か尻かと問われれば間違いなく尻だと答える部分の先ほど例のキリで探り当てたポイントに注射を打ちました。私も例にもれず注射が苦手なのですが己の鼓動と呼吸が聞こえる程緊張して注射針が刺さるのを待っていると、終わったよ、と、先生が言いました
。私は注射針が尻に刺さったのに、あまつさえ尻に液体が注入されているのに一切気がつかなかったのです。痛みもクソもありません。感覚がなかったのです。後日また同じ場所に注射を打ったのですが、その時ははっきり注射針の痛みを感じました。その痛みはヘルニアの治療がうまくいっていることを私に伝えてくれました。私はこの日の治療で人体の不思議を目の当たりにして大変な衝撃を受けるとともに、あることを思いつきました。そう、北斗神拳です。私はそれまで“ツボ押し”と言われるものを限りなく疑似科学に近いと思っていましたが、一連の経験を経て神経が体に与える影響などを知ると“ツボ”はあるのかもしれないと思えるようになったのです。私は北斗神拳原理主義者になり、必死になって指突を鍛えました。おかげで缶ジュースを開ける時に爪を傷つけることがなくなりました。私の指は凶器になりました。大きな力を持つと人は使いたくなります。人の道理です。果たして人間の体内に指紋というものは残るものなのでしょうか。私は夜、道を歩くのでしょうか。