小さじいっぱいのマボロシ(12)
「あなたは娘さんを呪った。なぜ娘は夫を救えないのか。こんな時になぜ娘は役に立たないのか。まあ、家族だからといって特別に適性が合うわけではないようですけど、あなたがそれを知らぬはずは無い。それでも、夫を救えぬむす」
「うるさい!うるさい黙れ!このウジ虫野郎が!黙れ!」
イザマを見る敏子の見開いた赤い目はまさしく常軌を逸していた。
「それからだ。娘さんに乱暴を働くようになったのは」
そう言うとイザマは椅子に腰掛け暴れる敏子の額を手で押さえた。椅子に座った状態で頭を押さえられると立ち上がることが出来なくなる。そんなちょっとした余興の芸を披露したイザマだが、これはまずかった。逃げるものを見れば追ってしまう本能、抑えられたら反抗しようとするのが人間だ。イザマの手はあっけなく暴走する敏子の腕に払われ、イザマも腕に体重を乗せていたものだから払われた際につんのめり、転げた。敏子の動きは弾む鞠のように機敏で、転げたイザマは襲いくる敏子に馬乗りを許してしまった。
「ごふ」
貧弱なイザマが立ち上がるには敏子は重すぎた。
「お前は役立たず役立たず役立たず。なんでよ。どうしてよ。お前は悪い子。悪い子」
鬼気迫る表情で敏子は腕を振り上げた。流石のイザマも恐怖を感じ、ついうわあと悲鳴をあげた。
「ちょっと私は男ですよ!」
アカリではないという意味合いだが、みっともない限りだ。無論、敏子の腕は止まらずに、ぶちんと高くも低くも鋭くも鈍くもない音をたて、イザマの頬に平手打ちがクリーンヒットした。
なにやらぶつぶつとつぶやきながら、敏子がイザマに二発目を叩きこもうとしたその時、うわあああ、と甲高い声がして、次の瞬間敏子の体がイザマから離れた。
「高梨君!?君は帰れと」
イザマは高梨に修羅場を見せたくなかった。敏子の狂態と敏子を追い詰める自身の姿を。
「そんなこと言ってる場合なの!?それとも余裕あるからそんなこと言ってるの!?」
立ち上がった敏子は「アカリ!?そこで何してるの!?」と絶叫した。
「まずいぞ。君をアカリさんと勘違いしてるみたいだ」
「どうすんのよ!?」
「よし」
「なに!?」
「いけ!やっちまえ!」
「出来るわけないでしょ!」
「なんだって!?」
「きゃあああ」
必死になって襲いかかる敏子と格闘すること数分、珍奇なる死闘の果てに、二人はなんとか敏子を抑えつけることに成功した。
「アカリは悪い子悪い子悪い子悪い子………」
観念したのかただ肉体が限界をむかえたのか、敏子は大人しく縛についた。といっても、敏子が座っていた椅子を用いて高梨が背もたれに乗っかりながら押さえているのだが。イザマは仰向けの状態から両手をつき半身を起こした体勢、開放型体育座りの体勢でゼエゼエ言っている。
「はあはあ、二人の、初めての、共同作業が、これってそんな」
「はあ、何か言ったか高梨君、はあ。まあいい。原田さん。あなたは原田敏子だ。あなたはご主人が亡くなられてから、今のように、アカリさんを暴行した」
青息吐息でイザマは敏子に語りかけた。
「なにが悪い!駄目な子は、役立たずは殴らなきゃわからないのよ!」
ひい、と高梨はうなった。
「あなたは、愛していた。誰よりも夫を愛していた。娘さんを愛していた。そしてアカリさんもあなたを愛していた。たった一人の母親を!大好きだった父親が愛していたあなたを!愛していたんだ!強く深くどこまでも愛していたんだ!」
言いながら立ち上がったイザマは敏子の頬をぶった。
「たまにあなたから受ける虐待も、明日来るいつもの優しい母を想えば、まるで昨日の出来事を覚えていない母を想えば、明日の運勢を占えば…あの子はいつでもあなたから離れることができたのに!あの子は秘密を秘密で隠してまでも、あんたからぶん殴られていることを隠して、あんたを守った!立派な母を!育ててくれた母を!愛している母を!愛してくれる母を!それなのにあなたは、気がつかなかったのかアカリさんの愛を!今までの家出もあの色の無い部屋に閉じ込めたんだろ!主張の無い部屋に!その主張の無さも、あんたを想えばこそなのに!思い出せ!思い出せ原田敏子!」
また、イザマは敏子をぶった。イザマの奇妙な瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。高梨は初めてみるイザマの姿に戦慄すら覚えた。
「ああううぅ」
「記憶を取り戻せ原田敏子!あの子の亡骸を土に埋めた記憶を!あの日あの時、あんたは何をした!?」
高梨は椅子からどいた。敏子にもう枷は必要なかった。
「あの日、私はあの日、アカリを、ああ、アカリを、アカリを」
しんとする色の無い部屋の中で寝転がったまま敏子は号泣しながらあの日の出来事を語った。定期的に起こる発作、度を越した暴力、動かなくなったアカリ、深夜にひっそりと埋めた。それはイザマの推測通りのものだった。あまりにも、イザマの推測通りのものだった。何度も何度も、私が悪い私が悪いと言い、何度も何度も、ごめんなさいごめんなさいと言い、全てを語り終えた敏子はふらりと立ち上がった。そのやつれきった顔は幽鬼を思わせるように青白く、まるで臨終前の老女のようで、人の面というよりは物質、物体。
「イザマさん、見せてもらったあの画像、偽物でしょう?」
敏子の声は鶴の鳴き声のようにしわがれていた。
「わかりましたか。あれは私が粘土で作った人形です」
「アカリは祈りを捧げるよう胸で手を組ませて埋めましたから」
「なるほど。私も2択で悩んだのですがね」
「ご迷惑をおかけしました。これから警察に行きます」
敏子はぽつりとつぶやいて、事務所を出て行こうとした。
「ちょっと待ちなさい」
イザマが去り行こうとする敏子を呼び止めた。敏子は歩みを止めたが振り返ることはしなかった。敏子の目にはもはや全てのものが背景の無い塊にしか見えなかった。
「原田さん、私達のことを警察に言ってはなりませんよ」
「ええ、承知致しました」
しわがれ声ながらはっきりと、敏子は言った。
「あと、それと、まだ依頼の代金をもらってないんですがね」
高梨はこの期に及んでそんなことを言うイザマを信じられないといった面構えで見た。
「いやね、確かに私は依頼を成功させたあかつきにと言い、私もこれは依頼に成功したとは言えない結末なのではないかと思うのですが、いやあ、今どうしてもお金が必要で。いやはや実は借金取りに付け狙われてまして。ふふん」
高梨にはわけがわからない。イザマは金持ちだ。不動産を扱っていた父親が一代で築き上げた会社を相続し、不動産を会社ごと売り払い、一生遊んで暮らせるだけの金を得、若くして隠居生活を営む身なのだ。
「おいくらかしら」
「それが色々と経費がかさみましてね。ちょうど100万円」
「はあ!?なにそれ!?私!?借金取りって私のこと!?100万円は欲しいけどこんなの、いらないよ私」
イザマはその捉えどころの無い顔に苦笑いを浮かべ、
「だそうです」
と、言った。敏子は振り返ることなく会釈をすると、静かに事務所を出ていった。コツコツとコンクリートの階段を打つ靴音が印象的な響きとなってイザマと高梨に届いたが、敏子の中では今、全てが静かだった。
「なんだったのあの人は。殴りかかってくるし、殺してるし」
敏子が事務所を出て行き、イザマがいつものように椅子に腰掛け隣のビルを見つめ始めた頃、高梨が無意識につぶやいた。
「高梨君。彼女もまた愛を求めていたのだよ。若くして夫に先立たれ、そのショックと無力感は想像に難くない。悲劇だよ。夫からの愛を喪失した彼女は知らず知らずアカリさんにそれを求めた。しかし、夫から受ける愛情と年端も行かぬ娘が親に与える精一杯の愛情は別物だろう?少しずつ少しずつ感情にずれが生じていき、それが悪い子、役立たずと相成った。もう二度と逢えない夫、だが彼女は夫の愛が欲しかったんじゃないかな。今は亡き夫の関心をひきたかった。決して叶うことのない夢を見たんだよ。とまあ、これはおれの筋書きだが、それは少し飛躍した考えかなあ。夫の死で悲劇の味を覚えた末の代理ミュンヒハウゼン症候群ってところか」
「代理なに?」
「ミュンヒハウゼン症候群。周囲の注目を集めたくて、悲劇のヒーローになりたくて、自分を傷つける精神疾患、といったところか。代理ミュンヒハウゼン症候群ってのは傷つける対象が自分ではなくて、まあ、アカリさんのように。これの特徴はな、積極的なんだよ。たとえば、ただの仮病ならば自分から病院へ検査に行くなんて言わないが、彼らは平気で言うし、実際行ったりする。彼女もやけにおれの捜査に協力的だった。おかしいほどに。しかし記憶もなかったからなあ。ただの、ただのってのもおかしいが、二重人格ってやつかもしれん。まあ、おれは警察でもなけりゃ探偵ですらない。ここで覗き見は終わりさ。もうおれの知ったこっちゃない。覗き見は全体像が見えないからこそのものだ、やぼはなし」
「うわ、なにそれひどくない?泣いてたくせに」
「ふふん、こう見えておれは昔…そうだ、君、今日はもう帰りなよ。疲れたろう。おれも疲れた。ああ、あのフィギュア、君持って帰るか?3分の1ぐらいは君がモデルだぞ。決定的に胸が違うが」
「いらないよ!もう帰る!…でもさあ」
「なんだ」
「いや、あってたらしいからいいんだけどさあ。今更かもしれないけど、土の中に埋めたって私ならポリバケツとかの中に入れるんだけどなあ」
「……住宅街にある民家の庭だぞ。ましてや仮にそれだけの穴を掘るスペースがあったとして、穴を掘り埋める時間と労力を考えはしないか?でもまあ、確かに君と違って胸が出っ張るから大変だったろうなあ」
「もういい!しつこい!」
イザマにからかわれ、目撃した気が狂いそうな悲劇に気を病む暇もなく高梨は帰った。高梨が帰ったあともイザマは一人でずっと壁を見ていた。ずっとずっと、陽が暮れても、月が出ても、ずっと、ずっと。
「ほう、なるほど、通りで足音が高梨君より若くないわけだ」
荻原がイザマのもとにやって来たのは、敏子が逮捕されてから3日が過ぎた夕暮れのことだった。
「相変わらずムカつくやつ」
荻原は苦虫を噛み潰した顔をして、どっかと来客用の椅子に腰かけた。
「ふふん。珍しいこともあるものだ。高梨君がここに連れてこられた時以来ですか。何か用でも?高梨君ならいませんよ」
「その時にリンちゃんのことを名字で呼ぶなと言わなかったかしらね」
「そんなことは私の勝手でしょう?高梨君を私に預けたのはあなただ」
「ふん。今もそうやってずっと壁を見ているみたいね。のうのうと生きている奴を見るとムカついてしょうがないわ」
「……おかげさまで」
冷え切った夫婦みたくただ淡々と言葉を交わす両者。両者の関係は姉弟、しかし、荻原は妾腹の子でイザマは正妻の子。成り上がりの家にはよくある話で、形は違うが、あえて言うなれば小早川秀秋と豊臣秀頼の関係か。
「ふん。大体ねえ。あんたなに考えてるのよ。リンちゃんに一人で訊き込みさせて。あの子に何かあったらどうするっていうのよ」
「あなたが心配する気持ちも充分理解出来ますが、高梨君をもう少し自立させるべきではありませんか?彼女は立派にやり遂げてみせましたよ。楽しそうだったでしょう?」
「ええ、散々自慢話を聞かされたわ。おかげさまで私も嬉しくなりました。でも、それとこれとは別の話」
「その話をしに来たのなら、私から言うことは何もありませんよ」
「安心なさい。その話はまた別の機会を設けますから。今日はあなたに悪い知らせをお知らせに来たのよ」
続
「うるさい!うるさい黙れ!このウジ虫野郎が!黙れ!」
イザマを見る敏子の見開いた赤い目はまさしく常軌を逸していた。
「それからだ。娘さんに乱暴を働くようになったのは」
そう言うとイザマは椅子に腰掛け暴れる敏子の額を手で押さえた。椅子に座った状態で頭を押さえられると立ち上がることが出来なくなる。そんなちょっとした余興の芸を披露したイザマだが、これはまずかった。逃げるものを見れば追ってしまう本能、抑えられたら反抗しようとするのが人間だ。イザマの手はあっけなく暴走する敏子の腕に払われ、イザマも腕に体重を乗せていたものだから払われた際につんのめり、転げた。敏子の動きは弾む鞠のように機敏で、転げたイザマは襲いくる敏子に馬乗りを許してしまった。
「ごふ」
貧弱なイザマが立ち上がるには敏子は重すぎた。
「お前は役立たず役立たず役立たず。なんでよ。どうしてよ。お前は悪い子。悪い子」
鬼気迫る表情で敏子は腕を振り上げた。流石のイザマも恐怖を感じ、ついうわあと悲鳴をあげた。
「ちょっと私は男ですよ!」
アカリではないという意味合いだが、みっともない限りだ。無論、敏子の腕は止まらずに、ぶちんと高くも低くも鋭くも鈍くもない音をたて、イザマの頬に平手打ちがクリーンヒットした。
なにやらぶつぶつとつぶやきながら、敏子がイザマに二発目を叩きこもうとしたその時、うわあああ、と甲高い声がして、次の瞬間敏子の体がイザマから離れた。
「高梨君!?君は帰れと」
イザマは高梨に修羅場を見せたくなかった。敏子の狂態と敏子を追い詰める自身の姿を。
「そんなこと言ってる場合なの!?それとも余裕あるからそんなこと言ってるの!?」
立ち上がった敏子は「アカリ!?そこで何してるの!?」と絶叫した。
「まずいぞ。君をアカリさんと勘違いしてるみたいだ」
「どうすんのよ!?」
「よし」
「なに!?」
「いけ!やっちまえ!」
「出来るわけないでしょ!」
「なんだって!?」
「きゃあああ」
必死になって襲いかかる敏子と格闘すること数分、珍奇なる死闘の果てに、二人はなんとか敏子を抑えつけることに成功した。
「アカリは悪い子悪い子悪い子悪い子………」
観念したのかただ肉体が限界をむかえたのか、敏子は大人しく縛についた。といっても、敏子が座っていた椅子を用いて高梨が背もたれに乗っかりながら押さえているのだが。イザマは仰向けの状態から両手をつき半身を起こした体勢、開放型体育座りの体勢でゼエゼエ言っている。
「はあはあ、二人の、初めての、共同作業が、これってそんな」
「はあ、何か言ったか高梨君、はあ。まあいい。原田さん。あなたは原田敏子だ。あなたはご主人が亡くなられてから、今のように、アカリさんを暴行した」
青息吐息でイザマは敏子に語りかけた。
「なにが悪い!駄目な子は、役立たずは殴らなきゃわからないのよ!」
ひい、と高梨はうなった。
「あなたは、愛していた。誰よりも夫を愛していた。娘さんを愛していた。そしてアカリさんもあなたを愛していた。たった一人の母親を!大好きだった父親が愛していたあなたを!愛していたんだ!強く深くどこまでも愛していたんだ!」
言いながら立ち上がったイザマは敏子の頬をぶった。
「たまにあなたから受ける虐待も、明日来るいつもの優しい母を想えば、まるで昨日の出来事を覚えていない母を想えば、明日の運勢を占えば…あの子はいつでもあなたから離れることができたのに!あの子は秘密を秘密で隠してまでも、あんたからぶん殴られていることを隠して、あんたを守った!立派な母を!育ててくれた母を!愛している母を!愛してくれる母を!それなのにあなたは、気がつかなかったのかアカリさんの愛を!今までの家出もあの色の無い部屋に閉じ込めたんだろ!主張の無い部屋に!その主張の無さも、あんたを想えばこそなのに!思い出せ!思い出せ原田敏子!」
また、イザマは敏子をぶった。イザマの奇妙な瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。高梨は初めてみるイザマの姿に戦慄すら覚えた。
「ああううぅ」
「記憶を取り戻せ原田敏子!あの子の亡骸を土に埋めた記憶を!あの日あの時、あんたは何をした!?」
高梨は椅子からどいた。敏子にもう枷は必要なかった。
「あの日、私はあの日、アカリを、ああ、アカリを、アカリを」
しんとする色の無い部屋の中で寝転がったまま敏子は号泣しながらあの日の出来事を語った。定期的に起こる発作、度を越した暴力、動かなくなったアカリ、深夜にひっそりと埋めた。それはイザマの推測通りのものだった。あまりにも、イザマの推測通りのものだった。何度も何度も、私が悪い私が悪いと言い、何度も何度も、ごめんなさいごめんなさいと言い、全てを語り終えた敏子はふらりと立ち上がった。そのやつれきった顔は幽鬼を思わせるように青白く、まるで臨終前の老女のようで、人の面というよりは物質、物体。
「イザマさん、見せてもらったあの画像、偽物でしょう?」
敏子の声は鶴の鳴き声のようにしわがれていた。
「わかりましたか。あれは私が粘土で作った人形です」
「アカリは祈りを捧げるよう胸で手を組ませて埋めましたから」
「なるほど。私も2択で悩んだのですがね」
「ご迷惑をおかけしました。これから警察に行きます」
敏子はぽつりとつぶやいて、事務所を出て行こうとした。
「ちょっと待ちなさい」
イザマが去り行こうとする敏子を呼び止めた。敏子は歩みを止めたが振り返ることはしなかった。敏子の目にはもはや全てのものが背景の無い塊にしか見えなかった。
「原田さん、私達のことを警察に言ってはなりませんよ」
「ええ、承知致しました」
しわがれ声ながらはっきりと、敏子は言った。
「あと、それと、まだ依頼の代金をもらってないんですがね」
高梨はこの期に及んでそんなことを言うイザマを信じられないといった面構えで見た。
「いやね、確かに私は依頼を成功させたあかつきにと言い、私もこれは依頼に成功したとは言えない結末なのではないかと思うのですが、いやあ、今どうしてもお金が必要で。いやはや実は借金取りに付け狙われてまして。ふふん」
高梨にはわけがわからない。イザマは金持ちだ。不動産を扱っていた父親が一代で築き上げた会社を相続し、不動産を会社ごと売り払い、一生遊んで暮らせるだけの金を得、若くして隠居生活を営む身なのだ。
「おいくらかしら」
「それが色々と経費がかさみましてね。ちょうど100万円」
「はあ!?なにそれ!?私!?借金取りって私のこと!?100万円は欲しいけどこんなの、いらないよ私」
イザマはその捉えどころの無い顔に苦笑いを浮かべ、
「だそうです」
と、言った。敏子は振り返ることなく会釈をすると、静かに事務所を出ていった。コツコツとコンクリートの階段を打つ靴音が印象的な響きとなってイザマと高梨に届いたが、敏子の中では今、全てが静かだった。
「なんだったのあの人は。殴りかかってくるし、殺してるし」
敏子が事務所を出て行き、イザマがいつものように椅子に腰掛け隣のビルを見つめ始めた頃、高梨が無意識につぶやいた。
「高梨君。彼女もまた愛を求めていたのだよ。若くして夫に先立たれ、そのショックと無力感は想像に難くない。悲劇だよ。夫からの愛を喪失した彼女は知らず知らずアカリさんにそれを求めた。しかし、夫から受ける愛情と年端も行かぬ娘が親に与える精一杯の愛情は別物だろう?少しずつ少しずつ感情にずれが生じていき、それが悪い子、役立たずと相成った。もう二度と逢えない夫、だが彼女は夫の愛が欲しかったんじゃないかな。今は亡き夫の関心をひきたかった。決して叶うことのない夢を見たんだよ。とまあ、これはおれの筋書きだが、それは少し飛躍した考えかなあ。夫の死で悲劇の味を覚えた末の代理ミュンヒハウゼン症候群ってところか」
「代理なに?」
「ミュンヒハウゼン症候群。周囲の注目を集めたくて、悲劇のヒーローになりたくて、自分を傷つける精神疾患、といったところか。代理ミュンヒハウゼン症候群ってのは傷つける対象が自分ではなくて、まあ、アカリさんのように。これの特徴はな、積極的なんだよ。たとえば、ただの仮病ならば自分から病院へ検査に行くなんて言わないが、彼らは平気で言うし、実際行ったりする。彼女もやけにおれの捜査に協力的だった。おかしいほどに。しかし記憶もなかったからなあ。ただの、ただのってのもおかしいが、二重人格ってやつかもしれん。まあ、おれは警察でもなけりゃ探偵ですらない。ここで覗き見は終わりさ。もうおれの知ったこっちゃない。覗き見は全体像が見えないからこそのものだ、やぼはなし」
「うわ、なにそれひどくない?泣いてたくせに」
「ふふん、こう見えておれは昔…そうだ、君、今日はもう帰りなよ。疲れたろう。おれも疲れた。ああ、あのフィギュア、君持って帰るか?3分の1ぐらいは君がモデルだぞ。決定的に胸が違うが」
「いらないよ!もう帰る!…でもさあ」
「なんだ」
「いや、あってたらしいからいいんだけどさあ。今更かもしれないけど、土の中に埋めたって私ならポリバケツとかの中に入れるんだけどなあ」
「……住宅街にある民家の庭だぞ。ましてや仮にそれだけの穴を掘るスペースがあったとして、穴を掘り埋める時間と労力を考えはしないか?でもまあ、確かに君と違って胸が出っ張るから大変だったろうなあ」
「もういい!しつこい!」
イザマにからかわれ、目撃した気が狂いそうな悲劇に気を病む暇もなく高梨は帰った。高梨が帰ったあともイザマは一人でずっと壁を見ていた。ずっとずっと、陽が暮れても、月が出ても、ずっと、ずっと。
「ほう、なるほど、通りで足音が高梨君より若くないわけだ」
荻原がイザマのもとにやって来たのは、敏子が逮捕されてから3日が過ぎた夕暮れのことだった。
「相変わらずムカつくやつ」
荻原は苦虫を噛み潰した顔をして、どっかと来客用の椅子に腰かけた。
「ふふん。珍しいこともあるものだ。高梨君がここに連れてこられた時以来ですか。何か用でも?高梨君ならいませんよ」
「その時にリンちゃんのことを名字で呼ぶなと言わなかったかしらね」
「そんなことは私の勝手でしょう?高梨君を私に預けたのはあなただ」
「ふん。今もそうやってずっと壁を見ているみたいね。のうのうと生きている奴を見るとムカついてしょうがないわ」
「……おかげさまで」
冷え切った夫婦みたくただ淡々と言葉を交わす両者。両者の関係は姉弟、しかし、荻原は妾腹の子でイザマは正妻の子。成り上がりの家にはよくある話で、形は違うが、あえて言うなれば小早川秀秋と豊臣秀頼の関係か。
「ふん。大体ねえ。あんたなに考えてるのよ。リンちゃんに一人で訊き込みさせて。あの子に何かあったらどうするっていうのよ」
「あなたが心配する気持ちも充分理解出来ますが、高梨君をもう少し自立させるべきではありませんか?彼女は立派にやり遂げてみせましたよ。楽しそうだったでしょう?」
「ええ、散々自慢話を聞かされたわ。おかげさまで私も嬉しくなりました。でも、それとこれとは別の話」
「その話をしに来たのなら、私から言うことは何もありませんよ」
「安心なさい。その話はまた別の機会を設けますから。今日はあなたに悪い知らせをお知らせに来たのよ」
続
小さじいっぱいのマボロシ(11)
9月中旬、都内某所、周りをオフィスビルに囲まれた古いチビたえんぴつビルの階段を、やつれ果てた中年女性が心臓を破らんばかりに駆け足で昇っている。カコカコと足音響く、風通しが悪いのだろう、気温湿度共に高く、ぬわっとまとわりく陰鬱な空気が、ただでさえ汗っかきだと見受けられるやつれ果てた中年女性の体の至る所から汗が吹き出すが、ハンドタオルでふき取る暇はない。中年女性は最上階である四階を目指している。初めてこの場所に訪れたのは3日前。
扉には呼び鈴がついていない。女はこんこんこんとノックする。しかし、返事はなかった。三回繰り返したが結果は変わらなかった。あまり意味をなさない深呼吸をしてドアノブを握る。前回同様、鍵は開いていた。ぎいい、と金切り声をあげる扉を開ける。目の前には壁、左右に続く廊下。ごめんくださいと声をあげたが、返事はなかった。晴れ渡る朝だというのに、相変わらず暗い。左手に進む。どたどたと音がなる。
「いやあ、お呼び出ししてすみませんね」
敏子からはイザマの後頭部と窓にかけ、組んだ脚だけが見える。こんな時だというのに、相変わらずこの男はビルの壁を見つめている。敏子は憤りを感じた。
「そんなことよりも、本当なんですか!?アカ、ぐむん、アカリが見つかったというのは!?早く、早く会わせてください早くすぐに!」
イザマの背後ろにある机をドンと両の手で敏子は叩いた。敏子は気がつかなかったが、イザマはいつものように窓から見えるビルの壁を見てはいない。両目を静かにつむり、脚こそ上げているが、その佇まいはまるで瞑想をしているようだ。
「今すぐ、には会わせられませんね」
「保護しなかったんですか!?ではアカリはどこにいるというのですか!?早く、早く会わせなさい私と!娘が!娘を!アカリは!」
敏子は半狂乱の体で、今にもイザマに掴みかかんらんばかりだ。
「まあまあ、落ち着いて、あなたに用は無いのですから」
「落ち着いてなんか!…あなたは何をおっしゃ、ぐむ、言ってるんですかっ!私に用が!?」
「まあまあ」
イザマは革張りの椅子をくるりと回し、敏子と面をあわせた。イザマの顔はただ面妖なだけで、何の感情も読み取ることは出来ない。ただそこにあるだけ、というような、忘れ去られた市松人形のような顔を浮かべている。その目は深く遠く、敏子と目をあわせているようで、後ろの本棚を見ているかのようでもあり、ふざけているかのようであり、真面目な顔をしているようでもある。一言で言うなら総じて気味が悪い。常人ならば、栗田のようにその面妖さに呑まれ、息をのむところだが、
「なんなんですか!?なんなんですか!人を馬鹿にするのもいい加減にしてください!あなたは!一体何がしたいんですか!」
敏子はそんなまやかしのような瞳に構っていられない。
「見つかったアカリさんをデジカメで撮りましてね。まだ現像こそしてませんが、見ます?」
イザマが静かに机の上に置いたデジカメを、敏子は荒々しく掴みとった。
「アカリ!?アカリ!これは!?」
デジカメの小さなモニターには、土の上に眠るよう横臥するアカリの姿が写っていた。
「あ、あ、アカリ、じゃない、これは、そんな」
「アカリさんじゃない?では二枚目を見ていただけませんか。操作方法わかります?その十字の矢印を下に押してください」
「そんな」
二枚目に写っていたものは少しふっくらしたアカリの顔のアップだった。所々黒い土に汚れ、髪の毛は幾筋か束になり、黒い土と相反するように血の気の引いた白い顔。しかし、優しく穏やかな顔。死顔。
敏子はそれを見て、胸の辺りををきつく握りしめた。輪ゴムで“絞り”をかけた染め物みたくよじれる衣服。苦悶とも無表情ともとれる敏子の表情からあっという間に色が失せ、また紅潮する。デジカメはかたんと無機質な音をたてて床に落ちた。無論これはイザマが寝ずに樹脂粘土で制作したジオラマを撮影したものだ。イザマは全身と背景、それと精巧な顔の3つを作った。作り物と侮ることなかれ、イザマの手から作り出されたアカリは、作り物と知っていればなおさら、気持ちが悪いほどの絶妙なる皮膚模様を持っている。著者は樹脂粘土で制作された見事なまでにリアルなネズミの赤ん坊を甲斐甲斐しく世話し始めた親ネズミの話を知る。ましてやショック状態の敏子、そのことを見抜けるわけもなかった。
「アカリさんは残念なことに、もうこの世にはいません」
立ち上がり、床に落ちたデジカメを拾いながらイザマはささやくよう言った。
「ううぅ」
静かに、静かに、敏子は嗚咽とは云えぬ、夢を見ている犬の寝言のようないななきを漏らした。
「一枚目の写真、この場所に見覚えはありませんか?いや、あなたには見覚えがあるはずだ」
刑事が警察手帳を見せるように、イザマはアカリの全身が写った一枚目の画像を短く提示した。
「ここは、あなたのうちの庭ですよ。同じ野菜が植えられていたでしょう?」
今度はアカリの横たわっていない敏子宅の畑が写った画像を提示した。
「もう一度、最初の写真を…」
「ええ」
イザマは今朝敏子宅の庭を荒らしに出かけた。それは敏子に庭というものを印象付け、敏子の中に眠るもう一人の敏子を呼び出しやすくする為だったが、腐臭たつ風に、ほっておいたら逮捕は間近だということを悟り、中止した。イザマは敏子を自らの手で地獄に叩き落としたかった。
「ああ、アカリ、アカリ、アカリが、アカリ」
長い沈黙のあと、「犯人は捕まったの?」と言った敏子に、イザマは深く、まどろむように呼吸をし、
「犯人?まだわからないのですか?犯人はあなただ。あなたがアカリさんを、実の娘を殺したのですよ。その手で」
しばし、敏子はイザマの言ったことを理解できなかったとみえ、沈黙が続いた。そして、
「なにを!なにを言うんですか!私が!?アカリを!?そんな馬鹿なことあるわけない!ふざけない!」
ふざけない!、と言い切られたのは小学生の時以来だな、とイザマは思い、ふふんと甘虫を舌の上で転がした。
「ふざけるのもいい加減にして!」
激昂する敏子。イザマはすうっとまた深く呼吸をした。
「私がどうこうするまでもなく今日中にあなたは逮捕されるだろうが、乗ってしまった船だ。思い上がったというわけではないが、私はどうしてもあなたに私の目の前で犯した罪の苦しみを味わって欲しい。なに、私はこう見えて根は真面目な人間なのですよ。真面目なね。子殺しを見逃せるほど不真面目ではない」
「なにを言ってるの!やめて!警察、警察呼ぶわ!あんたが、あんたが殺したのね!ちくしょう!」
今にも気がふれてしまいそうな敏子に、イザマは冷静に静かな語り口で語り出した。
「まあ、落ちついて。原田さん。あなたの身に覚えがないのもそれは理解できる。あなたが忘れているのなら私が思い出させてみせましょう。あなたが犯した罪を。…あなたは私に依頼をしに来た時、なんと言ったか覚えていますか?」
「…」敏子はイザマをきっと睨みつけるだけだった。
「あなたはね。私に、早く見つけないと娘は死んでしまう、と言ったのですよ。私はとても不思議に思いました。なぜあなたは死ぬと断言したのか。今までにも家出を繰り返しその度に戻ってきた娘が死ぬとなぜ言ったのか。普通そんなことは言いません。思いはするかもしれませんが、いや、思うたらばこそ、言葉に出すのはためらうはずです。ではなぜ。それはあなたが既にアカリさんが何か重大な事件に遭ったことを知っていたからです。あなたの脳裏にアカリさんの死が見えていたからです。先程見せた画像のような姿がね」
「そんなことあるわけないでしょう!私はただアカリの身を!」
「調査した結果、アカリさんの周りに、交遊関係の中にアカリさんを誘拐するような怪しい者はいなかった」
「そんなこと…全くの行きずり犯だとは考えないのですか!?」
「ははあ。それを言われてしまうと弱ってしまいますがね」
イザマはポリポリとこめかみを掻いた。
「だったら!」
「まあ、先程見せたように、幸か不幸か結果は出てしまっているのです。あなたのその日からの行動を考えれば、亡骸を隠す場所はあそこしか考えられなかった」
「ううぅ」
「あなたは占いを信じますか?ああいや、答えなくて結構。どうやらアカリさんは占いに熱心だったようだ。私あの日にアカリさんの携帯電話から占いサイトにたどり着いたと言いましたよね。あのサイト、有料でね。そのことを鑑みてアカリさんは占いを信じていたと言ってもいいのではないでしょうか。そして、占いにハマるような人物というのは、得てして抜け出せぬ現状に満足をしていないものです。何かに頼りたい。誰かに支えて欲しい。今日の運勢は、明日の運勢は、これからの運勢は、将来の運勢は、とまあそんなところですか。アカリさんの抜け出せぬ現状、それすなわち、あなたとの日々だ」
「なぜ、どうしてそんなことをあなたは言うんです。何も知らないくせに。私達のことをあなたは何も知らないくせに!」
イザマは努めて静かだ。
「あなたの仰っていること仰りたいこと、よくわかります。しかし、私の話をよく聞いて思い出してください。6年前ですか。ご主人がお亡くなりになったのは」
「そうです!それから私が、私達が二人で、どんな思いをして過ごしてきたか、あなたわかりますか!ああ、うう、アカリアカリが」
「わかりませんよ。わかりませんよ私には。さぞ辛かったことでしょう。ただただ辛かったことでしょう。その辛さ悲しさ、私には到底わかりません。…ご主人の病気は白血病でしたね。ドナーは見つかったのですか?」
敏子はやつれ且つ腫れた赤い目をかっと見開いた。
「見つかったか!?見つかったか!?見つからなかったから!見つからなかったから夫は!ううぅううぅ」
「そうでしょうね。アカリさんにも、その適性はなかったわけだ」
「うううぅ」
「血を分けた娘なのに、夫が愛した娘なのに」
「ううぅ」
敏子は髪をかきむしったり、強く掴んだりしながら、低くうめいている。
「愛する主人が苦しむ姿を前に、あなたは娘さんにどういった感情を抱きましたか?役に立てぬ娘に、かわいい娘に」
イザマがそう言うと、敏子の目がぶれるように揺れ、
「役立たず!役立たず!役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず………ううぅ」
そしてだむだむと太ももを両手で叩き出した。そしてイザマはニヤリと薄笑いを浮かべた。
続
扉には呼び鈴がついていない。女はこんこんこんとノックする。しかし、返事はなかった。三回繰り返したが結果は変わらなかった。あまり意味をなさない深呼吸をしてドアノブを握る。前回同様、鍵は開いていた。ぎいい、と金切り声をあげる扉を開ける。目の前には壁、左右に続く廊下。ごめんくださいと声をあげたが、返事はなかった。晴れ渡る朝だというのに、相変わらず暗い。左手に進む。どたどたと音がなる。
「いやあ、お呼び出ししてすみませんね」
敏子からはイザマの後頭部と窓にかけ、組んだ脚だけが見える。こんな時だというのに、相変わらずこの男はビルの壁を見つめている。敏子は憤りを感じた。
「そんなことよりも、本当なんですか!?アカ、ぐむん、アカリが見つかったというのは!?早く、早く会わせてください早くすぐに!」
イザマの背後ろにある机をドンと両の手で敏子は叩いた。敏子は気がつかなかったが、イザマはいつものように窓から見えるビルの壁を見てはいない。両目を静かにつむり、脚こそ上げているが、その佇まいはまるで瞑想をしているようだ。
「今すぐ、には会わせられませんね」
「保護しなかったんですか!?ではアカリはどこにいるというのですか!?早く、早く会わせなさい私と!娘が!娘を!アカリは!」
敏子は半狂乱の体で、今にもイザマに掴みかかんらんばかりだ。
「まあまあ、落ち着いて、あなたに用は無いのですから」
「落ち着いてなんか!…あなたは何をおっしゃ、ぐむ、言ってるんですかっ!私に用が!?」
「まあまあ」
イザマは革張りの椅子をくるりと回し、敏子と面をあわせた。イザマの顔はただ面妖なだけで、何の感情も読み取ることは出来ない。ただそこにあるだけ、というような、忘れ去られた市松人形のような顔を浮かべている。その目は深く遠く、敏子と目をあわせているようで、後ろの本棚を見ているかのようでもあり、ふざけているかのようであり、真面目な顔をしているようでもある。一言で言うなら総じて気味が悪い。常人ならば、栗田のようにその面妖さに呑まれ、息をのむところだが、
「なんなんですか!?なんなんですか!人を馬鹿にするのもいい加減にしてください!あなたは!一体何がしたいんですか!」
敏子はそんなまやかしのような瞳に構っていられない。
「見つかったアカリさんをデジカメで撮りましてね。まだ現像こそしてませんが、見ます?」
イザマが静かに机の上に置いたデジカメを、敏子は荒々しく掴みとった。
「アカリ!?アカリ!これは!?」
デジカメの小さなモニターには、土の上に眠るよう横臥するアカリの姿が写っていた。
「あ、あ、アカリ、じゃない、これは、そんな」
「アカリさんじゃない?では二枚目を見ていただけませんか。操作方法わかります?その十字の矢印を下に押してください」
「そんな」
二枚目に写っていたものは少しふっくらしたアカリの顔のアップだった。所々黒い土に汚れ、髪の毛は幾筋か束になり、黒い土と相反するように血の気の引いた白い顔。しかし、優しく穏やかな顔。死顔。
敏子はそれを見て、胸の辺りををきつく握りしめた。輪ゴムで“絞り”をかけた染め物みたくよじれる衣服。苦悶とも無表情ともとれる敏子の表情からあっという間に色が失せ、また紅潮する。デジカメはかたんと無機質な音をたてて床に落ちた。無論これはイザマが寝ずに樹脂粘土で制作したジオラマを撮影したものだ。イザマは全身と背景、それと精巧な顔の3つを作った。作り物と侮ることなかれ、イザマの手から作り出されたアカリは、作り物と知っていればなおさら、気持ちが悪いほどの絶妙なる皮膚模様を持っている。著者は樹脂粘土で制作された見事なまでにリアルなネズミの赤ん坊を甲斐甲斐しく世話し始めた親ネズミの話を知る。ましてやショック状態の敏子、そのことを見抜けるわけもなかった。
「アカリさんは残念なことに、もうこの世にはいません」
立ち上がり、床に落ちたデジカメを拾いながらイザマはささやくよう言った。
「ううぅ」
静かに、静かに、敏子は嗚咽とは云えぬ、夢を見ている犬の寝言のようないななきを漏らした。
「一枚目の写真、この場所に見覚えはありませんか?いや、あなたには見覚えがあるはずだ」
刑事が警察手帳を見せるように、イザマはアカリの全身が写った一枚目の画像を短く提示した。
「ここは、あなたのうちの庭ですよ。同じ野菜が植えられていたでしょう?」
今度はアカリの横たわっていない敏子宅の畑が写った画像を提示した。
「もう一度、最初の写真を…」
「ええ」
イザマは今朝敏子宅の庭を荒らしに出かけた。それは敏子に庭というものを印象付け、敏子の中に眠るもう一人の敏子を呼び出しやすくする為だったが、腐臭たつ風に、ほっておいたら逮捕は間近だということを悟り、中止した。イザマは敏子を自らの手で地獄に叩き落としたかった。
「ああ、アカリ、アカリ、アカリが、アカリ」
長い沈黙のあと、「犯人は捕まったの?」と言った敏子に、イザマは深く、まどろむように呼吸をし、
「犯人?まだわからないのですか?犯人はあなただ。あなたがアカリさんを、実の娘を殺したのですよ。その手で」
しばし、敏子はイザマの言ったことを理解できなかったとみえ、沈黙が続いた。そして、
「なにを!なにを言うんですか!私が!?アカリを!?そんな馬鹿なことあるわけない!ふざけない!」
ふざけない!、と言い切られたのは小学生の時以来だな、とイザマは思い、ふふんと甘虫を舌の上で転がした。
「ふざけるのもいい加減にして!」
激昂する敏子。イザマはすうっとまた深く呼吸をした。
「私がどうこうするまでもなく今日中にあなたは逮捕されるだろうが、乗ってしまった船だ。思い上がったというわけではないが、私はどうしてもあなたに私の目の前で犯した罪の苦しみを味わって欲しい。なに、私はこう見えて根は真面目な人間なのですよ。真面目なね。子殺しを見逃せるほど不真面目ではない」
「なにを言ってるの!やめて!警察、警察呼ぶわ!あんたが、あんたが殺したのね!ちくしょう!」
今にも気がふれてしまいそうな敏子に、イザマは冷静に静かな語り口で語り出した。
「まあ、落ちついて。原田さん。あなたの身に覚えがないのもそれは理解できる。あなたが忘れているのなら私が思い出させてみせましょう。あなたが犯した罪を。…あなたは私に依頼をしに来た時、なんと言ったか覚えていますか?」
「…」敏子はイザマをきっと睨みつけるだけだった。
「あなたはね。私に、早く見つけないと娘は死んでしまう、と言ったのですよ。私はとても不思議に思いました。なぜあなたは死ぬと断言したのか。今までにも家出を繰り返しその度に戻ってきた娘が死ぬとなぜ言ったのか。普通そんなことは言いません。思いはするかもしれませんが、いや、思うたらばこそ、言葉に出すのはためらうはずです。ではなぜ。それはあなたが既にアカリさんが何か重大な事件に遭ったことを知っていたからです。あなたの脳裏にアカリさんの死が見えていたからです。先程見せた画像のような姿がね」
「そんなことあるわけないでしょう!私はただアカリの身を!」
「調査した結果、アカリさんの周りに、交遊関係の中にアカリさんを誘拐するような怪しい者はいなかった」
「そんなこと…全くの行きずり犯だとは考えないのですか!?」
「ははあ。それを言われてしまうと弱ってしまいますがね」
イザマはポリポリとこめかみを掻いた。
「だったら!」
「まあ、先程見せたように、幸か不幸か結果は出てしまっているのです。あなたのその日からの行動を考えれば、亡骸を隠す場所はあそこしか考えられなかった」
「ううぅ」
「あなたは占いを信じますか?ああいや、答えなくて結構。どうやらアカリさんは占いに熱心だったようだ。私あの日にアカリさんの携帯電話から占いサイトにたどり着いたと言いましたよね。あのサイト、有料でね。そのことを鑑みてアカリさんは占いを信じていたと言ってもいいのではないでしょうか。そして、占いにハマるような人物というのは、得てして抜け出せぬ現状に満足をしていないものです。何かに頼りたい。誰かに支えて欲しい。今日の運勢は、明日の運勢は、これからの運勢は、将来の運勢は、とまあそんなところですか。アカリさんの抜け出せぬ現状、それすなわち、あなたとの日々だ」
「なぜ、どうしてそんなことをあなたは言うんです。何も知らないくせに。私達のことをあなたは何も知らないくせに!」
イザマは努めて静かだ。
「あなたの仰っていること仰りたいこと、よくわかります。しかし、私の話をよく聞いて思い出してください。6年前ですか。ご主人がお亡くなりになったのは」
「そうです!それから私が、私達が二人で、どんな思いをして過ごしてきたか、あなたわかりますか!ああ、うう、アカリアカリが」
「わかりませんよ。わかりませんよ私には。さぞ辛かったことでしょう。ただただ辛かったことでしょう。その辛さ悲しさ、私には到底わかりません。…ご主人の病気は白血病でしたね。ドナーは見つかったのですか?」
敏子はやつれ且つ腫れた赤い目をかっと見開いた。
「見つかったか!?見つかったか!?見つからなかったから!見つからなかったから夫は!ううぅううぅ」
「そうでしょうね。アカリさんにも、その適性はなかったわけだ」
「うううぅ」
「血を分けた娘なのに、夫が愛した娘なのに」
「ううぅ」
敏子は髪をかきむしったり、強く掴んだりしながら、低くうめいている。
「愛する主人が苦しむ姿を前に、あなたは娘さんにどういった感情を抱きましたか?役に立てぬ娘に、かわいい娘に」
イザマがそう言うと、敏子の目がぶれるように揺れ、
「役立たず!役立たず!役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず………ううぅ」
そしてだむだむと太ももを両手で叩き出した。そしてイザマはニヤリと薄笑いを浮かべた。
続
なんで生きてんだよ
こうも短期間にふられるものかね。夕飯前だぜ。銀杏の「夢で逢えたら」を大声で歌える時が来るまでおれはカラオケ屋から出ない。おれは強い子。元気な子。酩酊するしか能のない子。あっさりとまあ早かったなあ。笑うしかねえよ。こんなこともあるさ。いい気なもんさ。ちくしょうばかやろー
犯した失敗を人質にして人の心にずけずけと踏み込むような奴は誰か、それはスプーンおばさんタイプRZです。泣きながらけーたいをぽちぽちするんだ。次か次の次がラストだ。まだ一文字も打っちゃいねえが。一周年までには終わらして、このブログも終わりだ。
犯した失敗を人質にして人の心にずけずけと踏み込むような奴は誰か、それはスプーンおばさんタイプRZです。泣きながらけーたいをぽちぽちするんだ。次か次の次がラストだ。まだ一文字も打っちゃいねえが。一周年までには終わらして、このブログも終わりだ。
茜からオタマジャクシー
町おこし(笑)。なるほどなあ。オリエント急行殺人事件か。でも、それに近いというか某市民のコモンセンスというか、なんつうの、1+1は田んぼの田だよってごり押される感じ?神隠しと暗黙の了解というか、まあ、色々考えたけど、いいや。町おこしだありゃあ。
それにしてもヘッダカブラー(?)はちょっとむかつくセンスシリーズだよね。あれも思いついても実際にやってはいけないシリーズ。誰かがやらないといけないってとこもあるけどシリーズでもあるのだけどさ。
6月24日に何かが起こる!?
それにしてもヘッダカブラー(?)はちょっとむかつくセンスシリーズだよね。あれも思いついても実際にやってはいけないシリーズ。誰かがやらないといけないってとこもあるけどシリーズでもあるのだけどさ。
6月24日に何かが起こる!?
蒼からオタマジャクシー
空から天使が降ってきたらおれも原因追求に本気をだす。まったく、ヘヴィな天気だぜ。あれ、おかしいな。動きが…のおろおいいいい…それは単におれがなまけものだからでしたあ。ばあ。
人為的なもの(盲信者除く)くせえけどだったらやってるやつぁ芸がねえな。もうみんなオタマジャクシや小魚じゃ満足しねえんだぜ?どうすんだいこれ。かといって焼きそばUFOを落とすってのは絶対にやってはならねえこった。ああ、書いてるだけで身の毛がよだっちまう。何がしかのメッセージ性をうち出してきたらおれっちが許さねえ。絶対にだ。芸のねえおなにー事件ほどむなくそわりいもんはねえ。 トリックのねえ探偵小説みたいなもんだ。うん?なんか言ったか?模倣犯もいるだろうし、どうすんだいこれ。よし、今からおれっちが大量のウデムシを仕入れ…て………………ウデムシ怖いウデムシ怖いウデムシ怖いウデムシ怖い。例えばさ、大量のタラバガニが空から降ってきたら、君は食う?おれは食うかな。大量のエビチリが降ってきたら、それは食わない。エビチリがあまり好きじゃないから。もうすぐでこのブログ始めて一年か…。
人為的なもの(盲信者除く)くせえけどだったらやってるやつぁ芸がねえな。もうみんなオタマジャクシや小魚じゃ満足しねえんだぜ?どうすんだいこれ。かといって焼きそばUFOを落とすってのは絶対にやってはならねえこった。ああ、書いてるだけで身の毛がよだっちまう。何がしかのメッセージ性をうち出してきたらおれっちが許さねえ。絶対にだ。芸のねえおなにー事件ほどむなくそわりいもんはねえ。 トリックのねえ探偵小説みたいなもんだ。うん?なんか言ったか?模倣犯もいるだろうし、どうすんだいこれ。よし、今からおれっちが大量のウデムシを仕入れ…て………………ウデムシ怖いウデムシ怖いウデムシ怖いウデムシ怖い。例えばさ、大量のタラバガニが空から降ってきたら、君は食う?おれは食うかな。大量のエビチリが降ってきたら、それは食わない。エビチリがあまり好きじゃないから。もうすぐでこのブログ始めて一年か…。