からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -100ページ目

エンジョイ・道

暗い顔をしてるね、何かあったかい?わかったふりならしてあげられるけど
それで満足できるはずないね、人身御供で晴れる気持ちならいいけど

暗いところで落ち着いてないで、ほらカーテンは開かれる
無理矢理だったらごめんね、でもこんなに天気がいいよ

散歩に行こう

ポカポカ陽気歩いてこう
君とふたりで手を繋ごう
嫌なこともあっただけど
こんないい日そうはないよ
ポカポカ陽気歩いてこう
君とふたりで手を繋ごう
嫌なことならあるよだけど
こんないい日にそれはないから

快く受け止めたら、悲喜こもごも全て想えば

道でお布施して数珠もらおう、ほら坊さんも難しい顔して言ってるよ
明日は今日よりいい日だってさ、カエルが鳴いてそれを知らせてるってさ

雨降りでも構わないから、ジャンプ傘は一発で
無理矢理だったらごめんね、あれ?晴れちゃった、ステッキ代わりでいっか

散歩に行こう

ポカポカ陽気歩いてこう
君とふたりで手を繋ごう
嫌なこともあっただけど
こんないい日そうはないよ
口笛吹いて歩いてこう
ステップ刻み歩いてこう
せせらぐ水面流れ行く
カッパもいるさ気にするな、そりゃ気になるか

嫌なことならあるよだけど
ふたりでいればそれはないから

あなたの傷口を舐めたい

解きほぐしてぇ。解きほぐしてぇよ。解きほぐしてぇんだ。何を!?何をだって!?そんなもん知るか!!口の減らねえやろうめ!!解きほぐしてぇ。解きほぐしてぇんだよ。ちくしょー、タバコの煙が艶やかな長い黒髪をなでやがってるぜ。


昨日ね、酔っ払って帰ってきてそのまま寝て起きてしたら、机の上にコーラの缶があった。買った記憶も飲んだ記憶もない。缶の前にはコップがあって、中に黒い液体がコップ半分ぐらい入ってた。おれは起き抜け、喉が渇いていたからそのコップにコーラ足して口に運んだ。そしたらさ、コーラが苦いんだ。うん、コップに入ってたのコーラじゃなくてコーヒーだったんだ。いやあ、すぐにやるせなく台所でコップの中身を捨てたんだけど、ちょうどコーラとコーヒーの混じった液体が排水口に向かいきれいな放物線を描いてる時かな、

「あれ?そこまでまずくはなかったぞ?むしろありっちゃあり…」

なんて思ったのは。そういやそんなコーヒー?コーラ?あったよね。多分開発者もおれと同じような間違いをして、「あれ?ひょっとするとこれ、商品としていけるんじゃねえか?」なんて考えたんだろうね。そんで失敗。そんなもんだよね。一時の気の迷いって。ちんこと舌が物申してきた時ってとても冷静じゃいられないよね。さすが欲の二強。子宮で感じてしまえ。

たださ、その日おれんちのコーヒーは出かけるときに飲んだ一杯で切らしてたんだよ。それはちゃんと飲み干したしコップはちゃんと流しに置いといたし。その後部屋を探ったけどコーヒーを飲んだ跡らしきものは見つからなかった。それにおれは普段コーラを飲むときゼロのやつを飲むんだけど、机の上に置いてある口のあいたやつは赤いあんちくしょうことノーマルなやつなんだ。これってなに?妖怪かな?妖怪コーラコーヒー飲ませ隊の仕業かな?不思議だね。あ、フシギダネ。フシギダネって…………まあ、そんな感じ。しかしなんだったんだろうなぁ。おれの先祖にコーヒーとコーラが好きな人でもいたのかなぁ。

怖い話、じゃなかった話、でもなくどうでもいい話。

こうして僕達の冒険が始まった!!




もしくは、次の日僕は通訳を呼んだ。







もしくは、現地についた僕達は、ジャングルの奥地でひょんなことから日本兵の怨霊の大群に囲まれた。その中になぜだか大層な軍服を着た水野晴郎とアメリカンポリスな水野晴郎もいたが、それはまた別のお話。ガイドのボビーが殺され、もう駄目か、と思ったその時、

「こんなこったろうと思ったぜ」

雲に隠れた月を背に、ひとりの人物が次々と怨霊を蹴散らしていく。

「だ、誰だ!?」

「おいおい、おれを忘れたか?」

「お、お前は!!」

「待たせたな」

一陣の風が吹き抜け、雲煙飛動し、ぽっかりうかんだ満月の下、そこには月明かりに淡くきらめく山伏姿のリーダーが!!もとい、リーダーことコーラの一気飲みが早い人が!!、も、もとい、コーラの一気飲みが早い人こと渡辺正行が!!……………ラサ、ええい!、そこにはリーダーが!!って違うだろ!しつこいよ!!ええい、で何を振り切ったんだ何を!!なんでリーダー残しなんだよ!!…そこには僕の自宅で安否不明になった友人が!!!!

めでたしめでたし。


どうでもいいねー。

怖い話、じゃなかった話

その時、またどんどんと玄関が叩かれた。おっさんだ!おっさんが今の叫びに応じ召喚されたのだ!などと思う余裕はなかったが、おっさんが来てくれたことにどれほど救われたことか。頼りになるのは、全裸の友人より服着たおっさんだと昔から言うではないか。

僕はすがる思いで玄関を開けた。しかし、そこにおっさんの姿はなかった。

代わりに、子供の大群だ。みながみなくたくたのTシャツを着ている。子供達はリビングにいる少年と同じ目になると、ざっ、と部屋に入り、少年と合流した。子供達は部屋の、机の上や戸棚の上、天窓の中など思い思いに高いところ高いところへとわらわら登っていく。きゃっ、きゃっ、きゃっ、どったんばったんどったんばったん。この世のものではない光景とはまさにこのことだ。

どれくらい経ったかは知らないが、子供達の動きがぴたりと映像を一時停止したみたく止まった。と思ったら消えた。

「おい、友人、おい」

僕は震える声で彼を呼んでみたが、返事はなかった。わけもわからず周りを見渡してみる。なんだか、見慣れた景色がジオラマの作りものみたく、“形が形でない”ような気がした。僕は漠然と、“あいつは返事が出来ないのじゃない、僕がどこか違うところにいて声が届かないんだ”と思った。

子供達はどこに行ったのか。このまま部屋に入るのか。僕はじっとしたまま、玄関の前で動けなかった。

動けないでいると、生暖かい風が吹いた。上から、優しく吹きつけてきた。見るのはとてもイヤだったけど、どうしても顔は上を向いた。

天井には子供がいた。壁に両手足をつっぱって、僕を見ている。子供の呼吸は生暖かくて潮臭かった。

僕は裸足で逃げ出した。半狂乱して叫び声をあげながら駆け出した。狂乱ではなく半狂乱なのは、僕の今にもぶっ飛びそうな理性が駆け出した先の目的地を見つけていたからだ。正直、友人のことはどうでもよかった。

呼吸してるのかしていないのかわからない。とにかく走った。手をパーにした方が速い、なんてことが頭をよぎったりした。とにかく必死だった。

ひとつめの角を曲がる時、カーブミラーの中に、僕のかっこだけはジョイナーばりの全速力に平然とスキップみたいな走法でついて来る子供達の群が見えた。子供達の姿が見えたら、少年少女達の息づかいさえ聴こえ、感じた。僕は万引き犯みたく転ばないよう気をつけた。転んだら殺されると思った。

僕の目的地は近くの神社だ。信心深くはないけど、“聖なるもの”を求めていた。僕の足取りは次第に鈍くなっていた。突然の全力疾走で疲労もあったのだろうがそれだけじゃない。足元がなにかに取られていて、とても走りづらい。地面はアスファルトなのに、まるで浅瀬を走っているような、重くて鈍い。そして体中から汗が出て、着ていた服はびしょびしょになった。

それでもなんとか神社にたどり着いた。神社に来たからといってそれだけでどうにかなるもんではないであろうことはわかっていた。僕は社の隣りにある家屋に向かい、玄関をむちゃくちゃに叩いた。

「助けてくれ!!助けてくれ!!」

わめき散らしながら叩いた。振り向けば後ろに子供達がいることはセミが飛び立つ時に小便をひっかけてゆくぐらい明らかだった。

どのぐらい叩き続けたかはわからないけど、玄関に明かりがついた。人工の光をこれほど嬉しく思ったことはない。文明開化でざんぎり頭を叩いてみたような嬉しさだ(どんな喩えだ)。

中からお爺さんが出てきた。見た顔だ。初詣の時に見たここの神主さんだ。今は神主装束ではなく長期入院している患者みたいなパジャマを着ていた。

老神主は出てくるなり、

「こんな時間に騒ぐでない!!」

と一喝した。それは僕を見て言ったのではない。僕の後ろを厳しくも柔らかな瞳で睨みつけて言っていた。僕は泣いた。助かった、この人は僕をこの事態から守ってくれる。

老神主はぶっきらぼうに、

「君にゃゴンズイがわんさかついとる」

と僕に言った。

「ゴンズイ!?ゴンズイって魚のですか!?」

僕は僕なりに言葉を理解しようとしたのだが。

ゴンズイというのは魂吸いと書く、と老神主が説明してくれた。それだけでなんとなく魂吸いの意味はわかった。老神主は泣きじゃくる僕に、

「危なかったなあ、もうちょっとで君おちとったぞ」

と言った。おちる。聞いてはいないが、漢字で書くならおそらく、堕ちる、なのだろう。

老神主は僕の腕をしっかと痛いくらい掴み、質素な社殿に連れて行った。

「今から説得を試みる」

老神主はそう言って、祭壇からサカキをとった。

「説得?」

「お祓いといって差し支えない。ま、座りなさい」

座る時にびちゃりと鳴るほど僕は濡れていた。老神主はサカキの葉を一枚もぎり、くしゃりと噛んだ。そして、

「入ってこい」

と言い、僕の後ろに向かい手を振り招いた。

その時、バン、と音がなった。僕の後ろにある本殿の扉を叩く音だ。後ろを振り返る。扉は人ひとり通れる程開いている。その開けられた隙間からのそりのそりと、あのアーモンド達がこっちを覗き見ていた。僕は怖くてたまらなかった。

「ちょ、だ、大丈夫なんですか!?」

「うん?うーむ、この先何が起ころうと、まあ、わしは大丈夫だ」

「ちょ、ちょっと!僕は!?僕はどうなるんですか!?」

慌てふためく僕に、

「できれば助けてやりたいが、なるようにしかならん。君の姿を見るに、君はもう半分持ってかれてるしな」

僕は少し意識が遠のいた。

「さすがにこっちまで入れんか、うちもなかなか霊験あらたかだのぉ」

老神主は薄く笑うと、僕に降りかかっている事態を軽く説明してくれた。もうみなさんわかっているかと思うが、僕が旅行に出かけた場所はかの津波で大きな被害を受けた場所だ。

「君、魂吸いとはいわゆる、まあ、悪霊じゃな」

インフォームドコンセントも完璧だ。

「この子らは君を連れていきたがっている。君を自分らと同じ目にあわせてなぁ。それが魂吸いだ。おそらくその津波で亡くなった子等だろう。ほっといたら君、そのまま“溺れ死んで”いたところだ。よくここまで来れたもんだ」

言われて気がついた。僕の体についている大量の液体は、海水だ。こうしてる今もなお床にできた水たまりは広がっていた。

「しかしこんなに連れとるとは、向こうで何をしでかしたかしらんが」

「何かしたという記憶はありませんが」

「ふむ。海で泳いでる時に骸でも口にいれたか、まあ、この世の道理は通用せんからなぁ」

「……あの、それで、僕は、一体」

僕の不安をよそに老神主は独り言のようにぶつぶつと呟いた。

「この子達がわしの言葉を聞いてくれりゃいいのだが」

それから老神主は僕の後ろに回った。くちゃくちゃと口をいわしてる音が聴こえたから、きっとまたサカキを口にしたんだろう。

「いいかいお前達」

老神主は子供達に向かって徳ありげな声で時に切々と、時に得々と語り始めた。どうやら説得とは、この世で使われる説得と同じようだった。僕はどうしていいかわからず、心の中で「ごめんなさいごめんなさい」と祈った。そんな僕に向かって、老神主が突然、

「ええい、謝るでないわ!この子等、つけあがっちょるぞ!やめい!」

と怒鳴られた。僕はあまり思考が回らない状態で、そういうものかとすんなりその注意を受け入れたが、今思えば、老神主はなぜ僕の心の声を拾えたのだろう。テレパスか、はたまた知らず知らず僕が心に思っていたことを口に出していたからだろうか。ともかく、注意された僕は、到底“無”になるなんて出来やしないから、何を考えようか悩み、出した答えはグログロのスカトロ映像を思い浮かべ続けた。僕なりに、相手が僕の弱み(?)につけこめないであろうベストの選択だった。スカトロ趣味はないけれど、なりふり構っていられない。僕はとてもまじめで必死だった。そういえばこの時も老神主が少し笑うという反応を見せたような気がする。

しばらくして、僕の後ろから、

「ふむ。もう帰れ。向こうでお前達を待ってる人がいる」

と老神主は涙声で言った。諭し終わったらしい。想像のなかで僕がブサイクが産んだうんこを食う前に。なにをしてるんだお前はと思われるかもしれないが僕も必死だった。

老神主は僕の前に来て、相対するようどっかと腰を下ろし、あぐらになった。なにを言うでもなく、黙っている。これもなにかの儀式かと思ったが、しんとする雰囲気に耐えられなくなり僕は、

「どうでしたか?」

と言った。

老神主はにやっと笑うと、

「駄目だった。話は聞いてくれるが、いかんせん言葉が通じん。わし先の大戦では中国に…」

駄目だった駄目だった駄目だった駄目だった…………。スカトロ映像を削除し、ぽっかり虚ろになった心に老神主のギブアップ宣言がいつまでもリフレインした。戦争中の思い出話を話す老神主の言葉を遮り、パニック状態の僕は、

「んなわけあるか!!駄目だった駄目だった駄目だったって!?駄目だったって!?なんとかしろよ!なんとかよお!神主だろ!なんとかしろよお!」

みたいなことをぐだぐだに言葉を噛みながら叩きつけた。わけのわからぬ事態ともう駄目みたいという絶望感で怒りがこみ上げてきた。

「しかしなあ」

老神主は他人事だと思ってのんきにポリポリとこめかみをかいた。

「しかしもくそもあるか!」

そうがなった僕に、老神主の鼻が笑った。この時僕はバカにされてると思ったが、今思えば、糞はあったじゃないか、ということではなかろうか。僕は老神主をやる気にさせなくてはいけないと思った。金ならいくらでも出すとか、代案を出したりとか。とはいえ、冷静じゃない僕、ましてやそっち方面の知識もない、だが黙っていることは出来ない。なにか、なにか言わなくては。口をついて出たものは、

「言葉が通じない!?あんたなあ、マリリン・モンローの霊が憑依したイタコはずーずー弁で話してたぞ!」

だった。

「むちゃくちゃ言うな君は」

老神主はあきれていたようだが、こっちは命がかかっている。

「イタコができるならあんたもできるだろ!」

「ふうむ」

老神主はなにか思案しているよう顎に手をあてると、

「降りてきた霊はマリリン・モンローじゃろ?そのイタコは偽もんじゃ」

と言った。そんなことはわかってるさ。正論をぶつけられた僕に返す言葉はなかった。すると老神主はしんとする堂内で小さく、

「マリリン・モンロー・ノーリターン、なんちゃって」

と、言った。たまたま僕は野坂昭如をかじったことがあるので、かろうじて意味がわかる昭和ギャグだ。一瞬止まったのち、なぜか僕は、

「それぎりぎりだぞ!」

と言っていた。そのギャグの仕組みおれはぎりぎりわかるけど、ということを伝える言葉だ。僕もなぜこんな時にこんなことを言ったのかわからない。

その時、後ろの扉がまたどんどんと鳴ると、子供達がケラケラ笑う声が聴こえた。僕は後ろを振り返ると、

「嘘つけ!日本語もわからねえお前等に今のがわかるわけあるか!」

と怒鳴った。僕もどうかしてた。僕の態度に怒ったのか、子供達はどんどんどんどんと本殿を乱打し始めた。怒らせてはいけない奴っているよね。

「ぼ、僕はどうすればいいんですか。助けてください助けてください」

パジャマ姿のジジイに僕は土下座の体勢で、もはやジジイを拝んでいた。

「ふむ。わしの知るホンモノに向こうの言葉を話せる奴はおらんなぁ」

「助けてください助けてください」

どんどんどんどんどんどんどんどん。

「ふむ」

この時、多分ジジイはまた顎に手をあてたに違いない。

「こうなったらしょうがない。わしも老い先短い人生、今更後味の悪いことはしたくないもんじゃ。よし、行こう」

「助けてください助けてください…は?」

「現地へ飛ぶぞ。現地の霊能力者に祓ってもらうのじゃ。その土地の水になんやらじゃな」

「は?」

「なに、道中あの子等の力からは守ってやるわい。ちょっとした、さまあばけいしょんってやつじゃよ、ハハハ」

怖い話

あれは僕が夏休みに旅行へ出かけた東南アジアのある国から一週間ぶりに帰って来た時のこと。僕の部屋は古い木造建築アパートの二階。ああ疲れた、なんて思いながら一週間ぶりにカギを開けると、部屋の中から、むわあん、とする蒸し暑いイヤな空気が流れ出て来た。蒸し暑いだけじゃなく、どこかカビくさかった。部屋の中で何か腐ったのか?。僕はこれからのことを思うと疲れた体がもっと疲れた。

部屋に入り無造作に荷物を置くと、すぐさまカーテンを開け、窓を開放した。僕の部屋のクーラーはぶっ壊れていて、夏のあいだは目覚まし時計いらずだった。朝気温が上がり始めるととてもとても寝ていられないから。

部屋の中は外より暑くて、汗が噴き出してきた。と同時に、旅の疲れが部屋にたどり着いた安堵から一気に噴出したのか体がすごくだるくなった。部屋の臭いの原因探求と掃除を後回しにして、僕は水を浴びようと浴室に向かった。浴室に入ると、僕はまたイヤな気持ちになった。浴室内はなぜか壁から床から水浸しだったからだ。むわあん、と立ち込める蒸気、異臭。どこか甘ったるく粘りつく、磯辺のような臭い。その時僕はのちのち起こる出来事なんて知らないものだから、「臭いの原因はこれのせいか」なんて途方にくれながらも今思えば楽天的に考え、シャワーから水を出した。とにかく汗とだるさを冷ましたかった。シャワーの水は出始めしばらく赤見がかっていたけど、赤サビのせいだと思った。

シャワーを浴び終えた時、携帯電話が鳴った。僕の帰国を知った休みを持て余していた近くに住む友人からだった。まだおやつの時間も過ぎてない。お茶の誘いを断る理由は体がだるいだけでは足りない。髪も満足に乾かさず、クローゼットからくたびれた服を取り出して僕は友人の待つファミレスに向かった。

ファミレスに着き友人と落ち会う。よお、と僕が声をかけたその時の友人の顔を忘れられない。彼はまるで人面犬にでも話しかけられたみたいにザ・ベスト・オブ・ぎょっ、っとした顔で僕を見つめると、「なにがあった?」と訊いてきた。わけもわからず僕は「は?」と応えた。

「そ、そうだなまず、まずは、お前、びしょ濡れじゃないか」

友人がそう指摘した。

「ああ、シャワー浴びてる最中に呼び出されたからな」

僕は少し話を誇張した。僕は席に座った。

「なんだよ。久しぶりに会う友人に、しかも髪を乾かす時間をはしょってまでてめえのために駆けつけた友人に向かって開口一番、なにがあった、だなんて。もっと他に気の利いた言葉知らねえのか」

「ああ、まあ、しかしだな」

「しかしなんだよ」

「お前、なにかあったのか?」

「なんもねえよ」

「本当になにもなかったのか?」

「だから、なんだってんだよ。お前如きがもったいをぶつな。この変態スパンキング野郎め!」

ファミレス中に響き渡る僕の発した性的単語により、ファミレスの空気が一度下がった気がした。

「…まあ、元気そうではあるな」

友人は少し安心したように言い、

「お前、鏡を見たか?」

と続けた。

「鏡?」

僕は部屋を出る前に鏡を見ていたけど、ちょっと陽に焼けたかなと思うくらいで特になにも感ずることはなかった。

「お前、すごくぼんやりしてるぞ」

友人はそう言ったが、僕に意味は伝わらなかった。伝わらないながらも、

「そりゃまあ、疲れてんだよ」

と返した。

この時、注文を聞きにきたおばさんウェイトレスが、友人と同じように僕を見てぎょっとなったが、仕事は仕事、僕はドリンクバーを注文した。

「お前、ちょっと鏡見てこいよ。変だよお前」

友人に促され、釈然としないまま僕はトイレに向かった。鏡を見た。その瞬間僕も友人やウェイトレスみたくぎょっとした。鏡に映る自分は友人の言うとおり、ぼんやりしていたからだ!!!!

ま、ぼんやりしていたと書いても伝わらないことは経験している。鏡に映し出された僕の顔は、ぼんやりしていたのだ!!!!

二度手間!!

冗談(?)はさておき、僕の顔はひどく青白く、唇はプール上がりみたく紫で、全体的にやたら痩けていた。痩けてはいたが目の下の袋、通称エロタンクだけはぷっくりと膨れていた。それでいて髪はずぶ濡れなのだ。なぜ友人がぼんやりと評したのかはわからないのだが(わからないなら使うな!)、僕を見てぎょっとするのもむべなるかなといった具合だった。

なんじゃこりゃ。部屋を出てくる時は確かに普通だったはずなのに。そう愕然としながらも一度トイレに入った性、僕は生理現象に襲われ、用をたした。病気か?寄生虫か?食中毒か?はたまたあのシャワーに変な菌が……帰国脳は色々原因を探る。手を洗ってる最中も鏡をじっと見る。その時、トイレ入口の扉が開かれ後ろから東南アジア系のしなしなになったTシャツを着た幼い子供が入ってきた。その子供と僕は鏡越しに目があった。子供は僕を見て、にっ、と小さく笑い、個室に消えていった。このあたりはフィリピーナが多いので、この時は別段気にしなかったのだが…………。

「わかったろ?病院に行けよ」

席に着くと友人に言われた。

「うーん、でも、異常はないぜ?」

「いや、異常出てるだろ」

「いやいや、体のどっかが痛いとか、下痢だとか、そんなことはないぜ?熱も感じないし」

「これから起こるんだよ」

「怖いこと言うなよ」

「めんどくさがってんじゃねえよ」

「じゃあさ、じゃあ、お前が病院代払えよ」

「なんでそうなんだよ!」

「………だろ?」

「だろ?じゃねえよ。意味わかんねーし」

そう言いつつ友人は席を立った。僕は少年のことを思い出し、

「大なら先客が居たぞ」

と言った。男子トイレの個室はひとつだった。彼は腰を下ろし、トイレの方を睨んだ。

彼のうんこを無視し、旅の思い出とか、他愛のない話を続けていた。が、うんこを抱える彼の肛門は悲鳴をあげていた。

「まだかよ遅えな」

「まだおれが帰ってきてから五分も経ってないだろ」

「はあ?」

「いやな、おれが用をたしたあとに、子供が個室に入ったから」

「えっ?」

「なに?」

「お前先客がいるって言ったじゃん」

「ああ、だからその子供がな、お前はバカか?」

「いや、お前が入ってるあいだ、誰もトイレに行ってねえぜ?先客がいるって言ったからお前が入る前から誰か入っていると思ったんだが」

僕達の座る席はトイレに繋がる廊下に面していて、トイレに行く人は僕達の前を通らなければならない。確かに、誰が入ったのかわかる。ということはつまり、誰もトイレから出てきていないこともわかる。子供は出てきていない。

「子供だったから見落としたんだろ」

「うむ」

と自分を納得させるようにうなずいたあと友人は、

「いいや、限界だ。出すね」

と、バイツァーダストを発動させるようなセリフを言ってトイレに立った。僕は、あの時吉良は結局失敗したんだぞ…、と友がうんこまみれになってトイレから出てくる姿を想像して笑った。

僕はドリンクバーに向かった。三度目だ。書かなかったが、駆けつけに一杯飲み干してすぐにまた一杯飲んでいた。無性に喉が渇いて仕方なかった。すぐ帰ってくると思っていた友人はしばらくしてすっきり顔で戻ってきた。

「子供も誰もいねえじゃねえかよ」

「えっ?マジで?」

当然、彼が入ってから子供は出てきていない、はず。大を済ましてきたことは彼の顔が雄弁に語っている。彼は運命に打ち勝ったのだ。

「どんな嫌がらせだよ!」

「いや、そんなはずは」

友人は僕の言葉を信じることもなく、その場は僕の悪ふざけということになった。この時もまだ、怖い、という感情は持たなかった。

明日病院に行くと決めたので、その日は居酒屋に行くことを辞めた。友人も僕が元気であることに異論はなかった。移動することなくドリンクバーで鎮座し、気温が下がるまで粘った。クーラーが壊れているから日中に帰りたくないのだ。夕飯は僕の部屋で土産代わりに買ってきた現地のインスタント食品を振る舞うことにした。

部屋に帰ると、また、むわあんとした、それこそ昨日まで居た東南アジアのように、蒸し暑い空気が立ちこめていた。友人は「海臭いな」と言った。僕は、数時間前に見た浴室のことも忘れ、「水着が生乾きかもしれん」と言った。

うまいだのまずいだのおかしく笑いながら異国の飯を食った。ノーフューチャーな友人はそのまま泊まることになった。扇風機一台の我が家は、下手したら昨日までいた熱帯の国の天井で今にも落ちてきそうな羽がくるくる回る食堂より暑かった。僕の体からは汗が止まることなく流れ続け、それのせいで僕の髪は乾くことが無いほどだった。僕はとにかく喉が渇いてしょうがなかった。ジュースなどではなく水が飲みたくてたまらなかった。水を飲みまくったせいで僕のお腹はカエルみたくぷっくりと膨れた。

夜も深まり、友人がシャワーを浴びている時、開けっ放しの窓の向こうで子供が騒ぐ声が聴こえた。こんな時間になにやってんだと気になった僕は窓から外を見た。そこには誰もいなかった。おかしいなと思い左右をよく見たけど、やっぱり誰もいなかった。

その時、浴室の友人が「うわあ」と悲鳴をあげた。何事かと思い、駆けつけると友人は僕を見るなり、

「冷てぇ」

と言った。どうやら、シャワーから出る水が急に冷たくなったらしかった。

浴室の扉を閉め、そんなことでいちいち悲鳴をあげるな、と叱ろうとした瞬間、また、子供が騒ぐ声が聴こえた。今度は玄関の方からだ。この時になって僕は急に怖くなった。騒ぐ声がどんどん部屋に近づいてきてることがわかったからだ。ひとりの出す音ではない、三人、いやもっと…、友人は呑気にシャワーを浴びている。僕が身動きできないでいるとついに、

どんどん、と玄関を叩く音。背中に冷や汗が流れるなんてもんじゃない、心臓がとまるかと思った。なおも、どんどん、どんどん、と玄関を叩く。友人は訝しげに、「早く出ろ」と言った。ばかやろう異常事態だろこれは、僕は声を大にして言いたかった。そうこうしてたら、

「おい、いるのはわかってんだぞ!!」

と、声がした。一瞬針を飲んだかのようにびくっとなったが、聞き覚えのある声だった。玄関を開けると、むわあんとした空気が流れ来て、その向こうには赤鬼のように顔を朱に染めた隣りの住人のおっさんがいた。おっさんも僕を見てぎょっとしたが、すぐに語気を荒げ、

「何時だと思ってんだばやろう!どったんばったんとまあよお、プロレスごっこでもしてんのかこの野郎!!」

よくある騒音の苦情だった。だが、音は僕達ではない。顔見知りを見て落ち着いた僕は、おっさんに、とりあえず音の原因は僕達ではないと言った。玄関から部屋の中を見せると、おっさんもわかってくれた。

「ごめんな、だけどなあ、確かに音がうるさかったんだけどなあ」

「前の通りからじゃないですか?それなら僕も聴きましたが」

「通り?ふぅん。でも、確かにあんたの部屋から聴こえたんだが、音も振動も」

「振動、ですか?」

「ふぅ…まあいいや、悪いけどこの際だ、あんたも静かに頼むよ。たまにうるさいよ」

「はぁ、すいません気をつけます」

おっさんは自分の間違いをはにかみながら肯定し帰って行った。

玄関を閉める。そして部屋の方を向く。子供がいる。ひやかし半分で浴室を開け、「おい、なるべく静かにシャワーを使え」と友人に注意を促す。ふう、と息をついてリビングを見る。子供がニヤリと笑って僕を見てる。あのファミレスのトイレにいた子供だ。僕はまた浴室の扉を開けると、「それからだな、まあなんだ、まあ頑張れよ」と、わけのわからぬことを言った気がする。リビングを見る。子供がいる。子供がいる。子供の目がおかしいことに気がつく。子供の両目が大きく、アーモンドみたいな形になって、顔の面積の大半を占めている。その目で僕を見てる。僕は股間を濡らしたことに気がついた。小便じゃないし、なにも股間だけじゃない。全身が濡れた。子供が近づいてくる。僕ははじめて言葉にならぬ声で叫んだ。