樹氷、山笑う、三の丸尚蔵館
次に掲げるのは、さきほど撮影した軽井沢高原文庫周辺の樹氷です。めったに見られない美しい光景です。ここ数日、軽井沢は10㎝ほどの雪が降りましたが、木の枝に積もった雪が少し融け、それが凍結して今の姿になっています。
樹氷というのは、およそ氷点下5度以下に冷却した水蒸気や過冷却の水滴が、樹木などに吹きつけられ凍結してできた氷の現象ですから、厳密には少し異なるのですが、結果としては同じで、文字通り、「樹氷」です。キラキラして、眩しいくらいです。
さて、きのうは、朝、一昨日に東洋英和女学院からお借りしてきた「赤毛のアン」関連資料を旧朝吹山荘に運びました。今年、睡鳩荘で開く展示の資料です。
きのうは、来月から深沢紅子野の花美術館でスタートする「山笑う~春から初夏にかけての花たち~」の飾りつけを夕方まで展示室で行いました。早春から初夏にかけての野の花を描いた水彩画など約40点を並べました。
きょうは、その続きで、展示ケース内の資料の位置の修正や、照明の微調整などをおこないました。ほぼ終わりましたので、ここに写真を1枚、のせます。
なお、私は、これから来月前半にかけて、合計3つのミュージアムの展示替えをしなければなりません。
以下、私事も含めて、最近の出来事をいくつか記します。
おととい、文京区立森鷗外記念館から頼まれて書いた原稿の校正ゲラが届きました。すぐに先方へお戻ししました。
先日、去年から訪ねたいと思っていた皇居三の丸尚蔵館の開館記念展「皇室のみやび―受け継ぐ美―」を見に行ってきました。皇居東御苑の広い庭も1時間半くらいかけて、ゆっくり散策してきました。外国人の姿が多かったです。全国46都道府県の県木を一堂に集めたエリアもあり、樹種の多様さに驚きました。
次の写真は、三の丸尚蔵館で展示されていた1点で、撮影が許可されている資料の重要文化財 《蘭陵王置物》(1890) です。展示ケースのガラスの透明度が高く、すぐに手に触れられそうに見えます。職業柄、そうしたところに、つい目が行ってしまいます。照明や展示ケースは新技術のものが使われていました。 (大藤 記)
【重要なお知らせ】軽井沢高原文庫は2024年3月16日(土)より新年度スタートいたします。
【重要なお知らせ】
いつもお世話になっております。
ご連絡が遅れ、大変失礼いたしました。
軽井沢高原文庫は、令和6(2024)年3月16日(土)より新年度スタートいたします。
本年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。
なお、3月16日(土)より4月16日(火)まで、本館2階展示室では、「軽井沢の文豪たちに逢いにゆく」展を開催いたします。
それ以降の展覧会やイベント等につきましては、3月に入りましてから、あらためてご連絡させていただきます。
また、新年度のスタートに合わせて、敷地内に移築した堀辰雄1412番山荘、有島武郎別荘「浄月庵」、野上弥生子書斎「鬼女山房」も、同時に一般公開いたします。
なお、有島武郎別荘1階のカフェ「一房の葡萄」は、4月13日(土)からの営業開始予定でございます。
引続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
* *
「軽井沢の文豪たちに逢いにゆく」展
2024年3月16日(土)~2024年4月16日(火)
明治期から昭和期に至るまでの軽井沢ゆかりの文学者約50 人の、軽井沢を舞台に描いた詩・小説・随筆・戯曲、俳句、短歌等を、著作、原稿、書簡、初出紙誌、絵画、遺愛の品等の館収蔵資料約 200 点で総合的に紹介します。豊饒な軽井沢文学を一望できます。
☆紹介している文学者:有島武郎、正宗白鳥、室生犀星、芥川龍之介、北原白秋、川端康成、堀辰雄、立原道造、野上弥生子、岸田國士、芹沢光治良、中村真一郎、福永武彦、遠藤周作、辻邦生、北杜夫、加賀乙彦ほか。
軽井沢高原文庫(夏)
軽井沢、積雪約30㎝
軽井沢はこの冬一番となる約30㎝の積雪となりました。きのう昼頃から静かに降り出した雪は、夜もしんしんと降り続け、きょう午前11時頃にようやく止みました。皆さまの所はいかがでしたか。
写真は、きょう午前10時頃の軽井沢高原文庫の様子です。雪の中に建物がすっぽりと埋まってしまいました。ちなみに、当館は冬季休館中です。
早速、冬の間、自分の車内に常備してある雪かき用のスコップをとり出して、ともかく高原文庫の玄関までと、「塩沢湖」バス停留所付近を雪かきしました。
いま、全身に軽い筋肉痛を覚えながら、デスクの前に座ったところです。
ところで、今年の立春は2月4日でした。先日、俳人の長谷川櫂さんから『小林一茶』(河出文庫)をご恵贈賜りました。私のようなものにまで送って頂いて、本当に恐縮したのですが、それはともかく、頁をめくっていて、次の句が目に飛び込んできました。「春立つや愚の上に又愚にかへる」。一茶61歳頃の作だそうです。今の私に、この句が胸に響くのはどうしたわけでしょうか。
話を戻しまして、10年ほど前、99㎝という怖ろしいほどの豪雪が軽井沢を襲ったのは、時期としては、今から1週間後くらいだったような気がします。ですから、まだまだ油断はできません。
雪の降った地域の皆さまへ。このあと路面が凍結したりしますから、車の走行や歩行にはくれぐれもお気をつけください。 (大藤 記)
寒中お見舞い申し上げます。
寒中お見舞い申し上げます。皆さま、いかがお過ごしですか。
私は、きのう、深沢紅子野の花美術館の関係で、今年1年間の展覧会やイベントの相談のため、東京の深澤家へ車で行ってきました。石神井公園の付近は、軽井沢よりもおそらく10℃近く高い、暖かい空気に包まれていました。作業着姿の人たちがクレーンに乗って、銀杏並木の枝落としをしているのを見かけました。
深澤家では、イタリア家庭料理教室を主宰する加藤真夢さんが、都内のインド人経営の店で購入したというナンや、自家製カレーやサラダなどを用意して、待っていてくださいました。新年度の事業も決まり、ほっとして、再び上信越道を車を走らせ、夕方、軽井沢に戻りました。
次に掲げる写真は、数年前、7月中旬頃に撮影した深沢紅子野の花美術館の外観です。玄関までの小径の両側にはアナベルが見事に咲き誇っています。アナベルは長期間、楽しむことができます。
ところで、数日前、私は池波正太郎真田太平記館の運営委員会があり、上田市へ行っていました。軽井沢から車で約1時間。東京から池波家の方や台東区教育委員会中央図書館長、池波正太郎氏の秘書をされていた鶴松房治さんらもお越しでした。昨年は池波正太郎氏の生誕100年という大きな節目の年にあたり、ゆかりのある台東区や上田市では生誕100年を祝う特別展やイベントが盛大に行われました。私は真田太平記館委員も長いのですが、軽井沢高原文庫は遠藤周作生誕100年特別展をさせていただいたことは、本欄に以前に記した通りです。
なお、同じ日、私は約40年来の知人の倉澤正幸さん(元上田市立博物館館長)が勤務する上田市公文書館を訪ね、併設する上田市立丸子郷土博物館の展示を約2時間、丁寧にご案内いただきました。その説明によって、国内では約4万年前から始まるとされる旧石器時代(黒耀石の産地が近くにあり。佐久市香坂から約3万7千年前の国内最古級の遺物が出土)や縄文時代、古墳時代をへて、明治から昭和初期の製糸業の全盛期を通過して、今日に至るまでの旧丸子町一帯の長い歴史を、私なりにざっと理解することができました。史跡・鳥羽山遺跡の曝葬や、依田社も記憶に留めました。
明日から2月です。気温差の激しい、冬と春のせめぎあいの時期でもあります。体調管理に十分、気をつけたいと思います。 (大藤 記)
テレビ東京「新 美の巨人たち」で立原道造「ヒアシンスハウス」特集(1/27夜 放送)
きのう、軽井沢高原文庫の事務所の大掃除をしていると、昼過ぎから軽井沢は本降りの雪に一変しました。夕方、帰宅時には、歩くと靴が雪に埋まるくらいの積雪となっていました。湿った、重たい雪でした。
しかし、きょうは雨に変わり、雪はだいぶ解けました。写真はきょう午前11時頃の野上弥生子書斎(軽井沢高原文庫敷地内)の様子です。
暦の上では、昨日から二十四節気の最終節、大寒(だいかん)に入りました。大寒とは、一年でいちばん寒さが厳しくなるころ。能登半島地震の被災地のニュースを見るたびに、胸が痛みます。
個人的には、先日、佐久市の総合病院で、年1回の検診を受けてきました。胃内視鏡による検査も含め、最終的な結果が届くのは約1か月後となります。また、最近、新型コロナワクチンの接種を受けました。5回目。これは不特定多数のお客様と接する職業に就いているため、お客様にうつしてしまうということも予想され、接種しておいたほうがよいという判断です。
さて、ここで一つ、お知らせです。テレビ東京「新 美の巨人たち」で、立原道造の「ヒアシンスハウス」を特集した番組が約1週間後に放送されます。きのう、番組の放送詳細が発表され、情報解禁されましたので、ここにご紹介します。昨年11月頃から、立原道造記念会と共に軽井沢高原文庫も制作会社に対し画像提供等の協力を行い、私も一時は先方とのやりとりで多忙を極めました。立原道造の建築家としての側面に光を当てた番組。ご関心のある方は、よろしかったらご覧ください。 (大藤 記)
★テレビ東京系全国ネット 2024年1月27日(土)22:00~22:30
再放送:衛星放送BSテレ東 2024年2月3日(土)23:30~24:00(予定)
アートトラベラー:内田有紀
ナレーター:渡辺いっけい
テーマ音楽作・編曲:亀田誠治
スポンサー:ヘーベルハウス
(下記の番組HPは毎週更新されています。)
※https://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
野上弥生子書斎
軽井沢は雪
2024年は大変な年明けになってしまいました。能登半島地震でお亡くなりになった多くの方々、被災された多くの方々に、心からお悔やみとお見舞を申し上げます。そして、今も避難生活を続けている多くの皆様には、厳寒の中、本当に大変だろうとお察し申し上げます。
同じ文学館である金沢市の室生犀星記念館では、館内に置かれた五輪塔が倒れたと、同館のツイッターで知りました。そのほか大きな被害はなかったようで、ほっとしました。また、富山県立の高志(こし)の国文学館は、とくに被害はなかったと、これも先日、今春の企画展の件で同館に電話したさい、うかがって、安心したところです。
さて、2024年に入って、はや約2週間がたちました。
昨晩、軽井沢はまた雪が降りました。この冬5~6回目くらい。写真は今日午前10時頃に撮影した軽井沢高原文庫の様子です。積雪約3センチ。日中、太陽が出れば、日の当たる場所は解けてしまう程度の雪です。今日の軽井沢の予想気温は最高2℃、最低-7℃。
現在、軽井沢高原文庫は冬季休館中でございます。私どもは時折、館に出て、この時期にしかできない仕事を一つひとつ、行っております。
私自身は、先日3日間ほど、かぜのような症状で寝込んでしまいましたが、今は回復して元気にしております。
最近、所用があって、東京へ出かけた際、たまたまそばにあった赤坂氷川神社にお詣りしました。驚いたことに、参道の白梅がもう咲いていました。その写真も載せます。雪の白と、梅の白。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 (大藤 記)
軽井沢夏の家(アントニン・レーモンド軽井沢別邸)の重要文化財指定書が届きました。
2023年も残りわずかとなりました。皆さまはいかが過ごしですか。
私共にとって今年の大きなニュースの一つは、今年9月に軽井沢夏の家(アントニン・レーモンド軽井沢別邸)が国重要文化財に指定されたことですが、本日、その「重要文化財指定書」が届きました。
今日、軽井沢町長の所へ私どもの代表がうかがい、町に届いていたその重要文化財指定書をいただいてきました。皆さまもあまり目にする機会がないと思いますので、ここに写真を載せます。
内容は、ご覧の通り、思いのほかあっさりとしていて、文部科学大臣の名前で、「軽井沢夏の家(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)一棟」を「重要文化財に指定する」という、それだけが記されています。その一方、指定書を見て私が新鮮に感じたのは、筆により墨で、一文字一文字、丁寧に認められていて、印も印肉をたっぷりとつけて押されていることでした。有難みを感じます。
軽井沢町において、国重要文化財指定は建物としては1980 年の旧三笠ホテルに次いで43 年ぶり、2 棟目となります。 (大藤 記)
フジコ・ヘミングさんのピアノ
12月も半分が過ぎました。皆さまはいかがお過ごしですか。
軽井沢高原文庫は12月1日より冬季休館に入っていることは、すでに記した通りです。しかし、毎日、休んでいるわけではなく、何かしら、開館中にできないことをしていることも、本欄にその一端を記している通りです。
3日前、軽井沢千ヶ滝のマンションに、もう20年以上も一人暮らしをされている101歳の梶川敦子さんのところへうかがってきました。作家・芹沢光治良氏から梶川さん宛の書簡数十通を軽井沢高原文庫に寄贈いただきました。数年前から私にお話はあったのですが、私が忙しいのと、ぐずぐずしているのとで、今に至ってしまいました。昭和16年ごろから芹沢氏が亡くなる晩年までのやりとりです。梶川さんは芹沢氏に師事された方。梶川さんと軽井沢との関わりは古く、60年ほど前からとのことです。
2日前、軽井沢美術館協議会の今年の最終例会および忘年会が町内の飲食店であり、私も参加してきました。ルヴァン美術館や田崎美術館の方は東京から参加されていました。
今日、私は群馬県下仁田町にある女性村 ねぎぼうず(旧西牧小学校)へ行ってきました。今年春の軽井沢高原文庫での松永伍一展で松永氏の子守唄資料をお借りし、またイベントでも講演をお願いした西舘好子さん(日本子守唄協会理事長)がそこを総合文化施設(心と身体の相談室などもあります)にしようと、コロナ禍の中で始められ、いま、仲間と奮闘されているのです。松永伍一展の際に制作したパネル類を欲しいとのご要望をイベントの時にいただいていたので、半年たってしまったのですが、横3メートルもある松永伍一年譜などをライトエースの荷台に積んで、一式、寄贈してきました。西舘さんは東京から移動されて、手作りのおにぎりやがっくら漬けや焼きそばなどをつくられて、スタッフの方々と待っていてくださいました。食事の際、私の隣には下仁田町の元教育長・里見哲夫さん(96歳)がすわっておられて、下仁田の歴史を私に話してくださいました。なにしろ元小学校ですから、教室が沢山あります。その一つはピアニストのフジコ・ヘミングさんの部屋になっていました。フジコ・ヘミングさんが寄贈なさったというピアノが中央に置かれていて、フジコさんの絵や写真も飾られ、素敵な部屋に変身していました。ピアノは誰でも弾いてよいそうなので、私も象牙の鍵盤に触れさせていただきました。ピアノは1881年頃のベルリン製。ここに写真を1枚、載せます。 (大藤 記)
展示室のワックスがけを行いました。
きょうは12月12日(火)。曇り。軽井沢の最高気温は10℃、最低3℃。
きょうは、軽井沢高原文庫の2階展示室と階段のワックスがけを2人で行いました。年1回、冬季休館中に自分たちで行っている恒例の作業です。
朝、パワーのある大型石油ストーブを1台、明治四十四年館から借りてきて、まず館内を暖め、掃除機かけとモップ拭きをしました。そのあと、乾いたフローリング床をモップを使い床用樹脂ワックスで1回、塗りました。
きょう、できれば2度塗りたかったのですが、1度塗った後の床がなかなか乾かなかったため、諦めて、2回目は明日に塗ることにしました。
きょうはまた、敷地内に設置された立原道造詩碑や中村真一郎文学碑、道路沿いの案内看板などを毛布やブルーシートで覆う作業も行いました。冬季休館中に凍結や倒木などで破損したりするのを防ぐためです。
なお、ここに、先週、3日間かけて、塩沢湖のボート洗いをした折の写真も載せておきます。4種のボートを25台くらい、洗いました! これも年1回、冬の恒例行事?とはいえ、けっこう大変な作業です。冬季は湖が凍るため、ボートの約8割は陸に引き上げました。
写真は高圧洗浄機を扱う1人しか写っていませんが、実際は6~7人がかりで行いました。今年は今のところ、寒さがそれほど厳しくなくて、助かりました。
皆さまも、どうぞお身体をお大事にお過ごしください。 (大藤 記)
「軽井沢高原文庫通信」第102号を発行しました。
このたび、当館の定期刊行物の一つ、「軽井沢高原文庫通信」第102号を発行しました。2023年11月30日。A4判8ページ。200円。
内容は次の通りです。作家の村松友視氏「我、喰い逃げを恥ず」、詩人の高貝弘也氏「信州のまぼろし」、正宗白鳥・子息夫人の正宗量子氏「私と信濃との深いご縁」、文芸評論家で北原白秋・子息夫人の北原東代氏「軽井沢文庫に想う」。そのほか「生誕100年記念 遠藤周作展―『沈黙』から『深い河』まで―」展示資料全データ、資料受贈報告など。
村松友視氏は軽井沢での野坂昭如氏に関して、面白いエピソードを書かれています。高貝弘也氏は作曲家の武満徹氏について書かれています。
友の会会員の方々等にはすでにお送りしておりますが、ご希望の方には通信販売も承ります。送料84円。
なお、軽井沢高原文庫はすでに12月1日より冬季休館に入っております(来年2月29日まで)。休館中の当館へのご連絡は、郵便、FAX、Eメールでお願いいたします。
きょうは、軽井沢タリアセンの塩沢湖畔で、男ばかりのスタッフ7人でボート洗いをしました。ボートを陸に上げ、高圧洗浄機とたわしを使い、ボートの底の裏側の汚れを落としました。手こぎ、アメンボ、ペダル、ヘリコプター。冬の間、湖面が凍るため、ボートの大半は陸に上げておかなければなりません。きょうの作業は1日目で、あと2日間、続きます。
また、きょうは、軽井沢高原文庫の道路沿いの大看板を外し、仕舞いました。 (大藤 記)














