イメージ 1

 

 

イメージ 2

 

 

イメージ 3

 

 

イメージ 4

 

 

イメージ 5

 

 

イメージ 6

 

 

イメージ 7

 

 

イメージ 8

 

 

イメージ 9

 

 

イメージ 10

 

 

イメージ 11

 

前回の記事で米子高島屋の営業時間が午前10時から午後6時に短縮されたということを書きました。
午後6時閉店は昔でこそスタンダードな閉店時間なのかもしれませんが、
やはり現代では早すぎるような気がします。
個人的に米子天満屋もこれに追随するのではと危惧しているところではあります。

米子高島屋は昭和39年4月に開店しましたが、米子商業史(平成2年、米子商工会議所)によると
最初期は今のエルモール一番街の全蓋式アーケード側半分だけの建物だったようで、
西側(新館、本館と実質上一体、角盤町郵便局がある側)は米子郵便局跡地に昭和59年に増築されたようです。
外観上は一体の建物も、館内で観察すると床に継ぎ目があるのがわかります。

その後東館もでき(東館開業の時期がどこを探しても出てきません・・不明です)
商業施設面積1万6千平方メートルあまりになったようです(日吉津イオンの約半分・・結構広いですね)。
本館、新館(郵便局跡地)、東館(コムサとかが入ってるところ)、別館(ロッテリアとヘアーズギャラリー(美容院))、髙島屋第一駐車場、ローズセントラルビル(今は米子市の施設だと思う)・・と米子髙島屋の施設が何気に密集しています。それだけ米子で重要な位置を占めてきた商業施設なのでしょう。
米子商業史によると、米子高島屋出店の歴史は鳥取市の日の丸と米子市の財閥の戦いであり、
米子市の有力者にとっては「米子髙島屋」は自らの権力の象徴なのかもしれません(ちょっと大げさかな・・)。

ただ、その後のやよい、ホープタウン出店問題やゴタゴタを見るにつけ、米子市の財閥も一枚岩ではなかったのでしょうね。ここら辺がちょっと残念なところでもあります。
ま、どうでもいい話題です。

本館の屋上は人工芝生が敷いてあり、ベンチなんかもあり、ゆっくりとできそうです。
夏には、「ファミリィビアガーデン」なんかも開催されています。
本館側屋上には怪しげなガラス張りの階段がありますが、
当初はこの上に展望台があったようです。こういうのはロマンがあっていいですね。
屋上からは米子市内が一望できます。特に朝日町飲み屋街のトタン屋根がとても素敵です。

本館の9号線側から地下に入る階段辺りは開業当初の雰囲気が残っていそうです。
オレンジ色の床や店内の木製手すりなどにその雰囲気が見られます。
「髙島屋的」フォントの行燈もいい味出してます。

私が初めてこの地に来た頃には東館の5階6階辺りには8店舗くらいはレストラン街があり、
下層階もブランド服の店舗が結構あったのですが、
今はだいぶ勢いがなくなっているように思えます。

写真は米子髙島屋周辺の風景です。
ここのロッテリアも米子髙島屋が運営しているようです。