広島には記憶に耳をかたむけないといけないモノがある
七十四年前の広島の記憶
それは風化させてはいけないものである
七十四年前に起きた広島の大惨事は
全世界にとって重要な記憶を生んだ
人類が生んだこの記憶は後世に深く刻まれ
人類が尊ぶモノと人類が償うモノを知ることと成った
記憶の証言者は被爆者であり
思い出したくないあの地獄絵図を
勇気を出して証言してくれた
勇気が出せなかった方もいる
勇気を出さなかった方もいる
その方々に安らかで穏やかな人生を送ってもらうのも
人類が尊ぶモノのひとつである
そして、記憶の証言は人だけではない
広島には記憶に耳をかたむけないといけない建物がある
広島に多く現存している被爆建物がそれだ
建物は声を出すことができない
気温変動や風雨で音を出すことはよくあるが
声を出すことはできない
しかし、声を聞くことはできる
多くの人間がこの建物で憂い嘆き、時には八つ当たりをしただろう
しかし、建物は何も言わず、ずっと聞き続けてくれる
人間が自分自身で納得した答えを見つけるまで
建物は決して声を反発させず、そっと吸収してくれる
人が建物に記憶を訊ねるためには
耳をかたむけないといけない
だだ、傍観するだけでは無く
耳をかたむけ、想像をして
記憶を感じなければいけない
もしかするとそれは違う記憶かもしれない
しかし教わる記憶と感じる記憶では
感じる記憶のほうが心に染みるのは間違いない
記憶を想像することで新たな記憶を生み出す
それを成し得る力が被爆建物にはまだ残っているのだ
あもんは被爆建物の前で耳をかたむけてみた
広島市南区出汐という地区に広島陸軍被服支廠であった建物がある
軍服や小物や付属品等を生産修理保管する施設で
大正2年からの鉄筋コンクリート造りレンガ貼りの倉庫が現存している
爆心地からの距離は約2.7km
原子爆弾はこの建物の屋根を大きく損傷させた
いや、屋根だけの損傷でよく耐え抜いたと言おう
原子爆弾爆発の10秒後
1平方メートルあたり35tの圧力が衝撃波となり
最大風速440m/秒で襲ってきた
爆風がおさまると爆発点に向かって強烈な吹き返し風が襲ったという
この爆風で人はもとより木造家屋が一瞬にして吹き飛ばされた中
日本で最も古い鉄筋コンクリート造の建物の一つであったこの建物は
世界が未経験なこの爆風にも耐えたのだ
なぜ、耐え抜いたのか
それは守るべき人が居たからだ
人を雨風から守るという建物の使命を
真摯に愚直に果たしたからだ
なぜ、耐え抜くことができたのか
それは単に爆心地から離れていたからだけではない
それは人が想いを込めて造ったからだ
人がレンガひとつひとつにも想いを込めて
日本が背負った運命に順ずる志を込めた結果が
後に人を守る大きな楯となっていった
楯となった建物はやがて砦として成長していく
原爆が落ちた日の午後を頂点に
広島市内は終日、天を焦がす勢いで燃え続けた
爆心地から半径2km以内の地域はことごとく焼失し
焼け跡は異常な高熱火災により溶け
まるで溶岩のようにあたりを埋め尽くした
この建物から見た広島市内の光景は
戦争の悲惨さを描いた地獄絵図のようで
この光景が日本人のこれまでの結果だと言えよう
今までこの目で見たことの無かった戦争
兵隊さんの為だからと自分を犠牲にし続けた戦争
お国のためだと奉仕し協力し続けた戦争
一度負けても勝つまではとお国を信じていた戦争
その結果がこの広島市内の光景であった
『よっしゃ、ここまで来れば大丈夫じゃぁ』
『ほれ、見てみぃ、この建物は壊れてないじゃろ』
『ほんまじゃぁ、コンクリートはすごいんじゃねぇ、、』
『お前はここに入っとれ!わしはタカシを探してくる!』
『確か、朝に駅に行ったって言っとったじゃろ』
『なにゆうとるん?あっちのほう、真っ赤じゃ、燃えとるんじゃろ?』
『ほうじゃ、燃えとるけぇ、助けに行くんじゃ』
『あんた、止めとき!!燃えとるとこにわざに行きんさんな!』
『アホ!!タカシはお前のたったひとりの家族じゃろうに!』
『ワシらに子供がおらんけぇ、、、ワシにとっては息子のように思うとったんじゃ』
『じゃけど、あんた、腕の火傷、ひどいで、、大丈夫なん?』
『何言うとるんや!タカシの方が熱い思いしとるんで!』
『ワシが守らんにゃ、誰が守るんじゃ!!!』
『ほら、見てみぃ、真っ黒い雲じゃ!そのうち、降るで、はよぉ、建物入っとき!』
『ほいじゃぁ、行って来るけんのぅ』
『サチコ、水があったら、その顔、よう冷やしとくんで!痕に残らんようにの!』
『ほんま、あんたって、、、頑固じゃなぁ、、、』
そうして、マモルは真っ赤な大地と真っ黒な雲の中に消えていった
雨が降り、空が青空になっても、マモルはサチコのところには帰ってこなかった
この様な過酷な現実が被爆者の記憶として重く積まれていった
被爆者にとってこの重い記憶は生涯軽くなることは無いであろう
だが、建物が耐え抜いてくれたおかげで人々は力強くなった
まだ命ある人を救おうと懸命に看病する姿が建物内部でしばらく続いた
悔しくもこの建物で息途絶えた人もいる
しかし、建物の中で人に看取られながら絶えることが幸せだったと思った故人もおられるであろう
被爆当時、府中町で医者として働いていたイチロウは
この建物で連れ込まれる被爆者の治療で汗を流していた
府中町は爆心地から約7km離れていたため直接的な被害は無かった
広島市内で多くのけが人がいるということで健在な医者は市内に呼び出されていた
人出不足が懸念されたためイチロウは10歳である娘のナガコを連れて手伝わせていた
『はい。もう大丈夫ですからね』
とナガコは言うしかなかった
患者はそのほとんどが火傷ばかりであったが重度の火傷ばかりであった
持ってきた薬はすぐに底をつき、看病といえば傷部にガーゼを当てるぐらいしかできない
看護経験の無かったナガコでも、これぐらいで治らないというのは知っていた
しかし、苦しむ多くの被爆者の顔がナガコのたった一言で安らいでいると気づいたのだ
今は、嘘をついてもいい、、、
誰からも教わったことの無い嘘のつき方であったが
ナガコは本能的に患者の心を癒す術を行っていたのだ
『もう少しで先生が診てくれますからね』
と言い残すと次の患者に話しかけに行った
その後、患者がどうなったかは知らない
昨日も今日も火傷だらけの人間を見続けた
男か女か、何歳ぐらいかも分からない人間を見続けた
『もう、家に帰りたい、、、、』
と父には言えなかった
父の手は血が染み込み、父の目は充血していた
この時、残留放射線という言葉は誰も知らなかった
以上はあもんが記憶に耳をかたむけて聞こえた記憶である
実際の記憶とは違う記憶である
記憶は風化せてはいけない
それはもちろんのことではあるが
人の記憶の風化は必ず起こるものである
それを責めても悔やんでもいけない
人の記憶は人の生涯分しか続かないものである
ならば、進化させればいい

風化とは時が経つにつれで自然とその記憶が徐々に失われるということ
風化という言葉の反対語はない
あもんはここに、風化に対し進化という反対語をつける
進化とは進んで変化するということだ
貴重な被爆者の証言を聞いた戦争知らない我々が
そのメッセージを進化させ伝え継がなければならない
その答えはいたって単純で、ただひとつである
世界恒久平和
被爆後七十年経っても、多くの苦しい証言を頂いても
このただひとつの答えを成し遂げられないということは
証言が進化されていないからだ
証言の進化とは表現方法と関係をする
証言を聞いた人々がさらに多くの人々へ伝えられる表現の進化が
七十年経った今でも成し遂げられていない気がする
感じたことを進化させて伝えよう
それが未だ人類が達成できていない答えに繋がるかもしれないから


















































