興野(おきの)

 ●長尾商事/2(2020.09.19)

 ●たんぽぽ、ミツエ/2(2020.09.21)

千住(せんじゅ)

 ●金町屋/5(2012.07.08)

 ●ノックスジャッパン、佐野屋豆腐店/5(2012.07.10)
 ●足立珠算学校、大野商店/5(2012.07.12)
 ●西岡本家、安田精肉店(2012.07.15)
 ●板垣家住宅/5(2012.07.15)
 ●鈴木たばこ店、まるせん/5(2012.07.18)
 ●梅の湯、中川屋/5(2012.07.20)
 ●かどや/5(2012.08.04)
 ●ハナビシ理容店、なかだ蔵/5(2012.08.05)
 ●ヤマダヤ洋品店、蔵造りの家/4(2012.08.07)
 ●横山家住宅/4(2012.08.09)
 ●吉田絵馬屋/4(2012.08.11)
 ●旧石山商店、八古屋/4(2012.08.13)
 ●鈴木質店/4(2012.08.15)
 ●金勝堂、竹沢フォット/4(2012.09.17)
 ●増英かまぼこ店、スナック白鳥/3(2012.09.18)
 ●石黒のあめ/3(2012.09.20)
 ●大橋眼科医院/3(2012.09.22)
 ●石鍋商店、優文堂書店/3(2012.09.23)
 ●誠商会倉庫、熊倉産業/3(2012.09.28)
 ●理容クロネコ、竹内商店/2(2012.12.19)
 ●洋風二軒長屋、平屋の民家/2(2012.12.20)
 ●つるや染物店、他/2(2012.12.21)
 ●市川歯科医院/1(2012.12.23)
 ●小橋湯/1(2012.12.24)

千住大川町(おおかわちょう)

 


 ●千住四ツ木の灸、他―菊や(2013.02.20)
 ●石川酒店、他―廃屋(2013.02.21)
 ●吉田観光、他―喫茶みき、三軒長屋(2013.02.23)
 ●秋間酒店、他―旧星野雑貨店、平屋の民家、片岡測器製作所(2013.02.23)
 ●田上タイル倉庫―Y邸(2013.03.29)
 ●上野屋、ふるいち(2014.03.19)

千住寿町(せんじゅことぶきちょう)
 ●石田呉服店(2013.02.14)
 ●酒蔵三忠、他(2013.02.15)
 ●喜代川玩具店、他(2013.02.16)
 ●中村畳店、他―三軒長屋、宮本設計事務所(2013.02.19)
 ●民家(2014.03.15)

千住中居町(せんじゅなかいちょう)
 ●飯島会計事務所(2014.12.14)
 ●NTT足立電話局(2014.12.15)
 ●森永牛乳中居町販売店(旧和田牛乳)(2014.12.16)

千住元町(せんじゅもとまち)
 ●元宿さくら公園前の民家(2013.03.30)
 ●子宝湯(2013.04.01)

千住柳町(せんじゅやなぎちょう)
 ●ニコニコ湯(2014.03.16)
 ●ハナヨシ、寿司処福むら(2014.03.18)
 ●溝口荘(2014.03.22)
 ●スナック長屋(2014.03.23)

西新井(にしあらい)
 ●中田屋/1(2020.04.08)
 ●小柳家、すずきや/1(2020.04.09)
 ●茜堂、浅香家/1(2020.04.12)
 ●大長商店、伊勢末酒店/1(2020.04.14)
 ●平屋の借家/1(2020.06.17)
 ●たぐち湯/6(2020.06.20)
 ●静香園/栄町(2020.06.23)
 ●アイスクリーム屋/本町(2020.06.26)
 ●時田輪業、双葉屋、内海理髪店/本町(2020.06.29)

本木東町(もときひがしまち)
 ●現徳湯(2020.09.24)

渡島(おしま)ドーム。函館市若松町9。2010(平成22)年6月10日

 

函館駅から朝市大通りへ入ったところ。この通りは1960(昭和35)年頃に整備されたらしい。函館朝市が現在地に成立したのは1956(昭和31)年。函館駅前に野菜の野天市場ができて大盛況していたのを立ち退きを迫られ、「渡島農業協同組合連合会」が中心になって市の所有地だった現在地を買収移転した(正確ではないかもしれない)。連合会は「渡島蔬菜農業協同組合」に改組し「朝市連合会」が分岐誕生した。

1975(昭和50)年に中央卸売市場ができて、卸売店がそちらに移るまでは、函館朝市は青物市場というイメージだったのかと思う。店舗は小売店として一般客・観光客を呼び込むように変り、海産物店・飲食店が増えていったのかと思う。

写真の建物は写真左から「渡島ドーム」、「函館朝市」の看板の青果店、「えきに市場」、「どんぶり横丁市場」。渡島ドームは正確には「渡島蔬菜農業協同組合ドーム」で、1962(昭和37)年の竣工。当時、函館朝市では最も大きい建物ではなかったかと思う。2014(平成26)年4月に建て替えられて「函館朝市ひろば」の名称で再オープンした。

和光デパート。函館市若松町20-1。2010(平成22)年6月10日

 

函館駅前の和光デパート(和光ビル)は1968(昭和43)年に新築開店した。「寄り合いデパート」で、駅ビルの商業施設のような形態だったのだろうか。東京銀座の和光の名を借りたのだが、事実上の関係はない。

『函館市史デジタル版>商店街の消長と小売業の変貌』によると、函館では昭和30年代は函館駅前の大門(だいもん)地区が商業の中心になっていた。「昭和35年には駅前マーケット一帯を2年かけて整備することも決った」とある。昭和30年代後半には西部地区(末広町)の銀行などが駅前方面に移転してくる。40年代は棒二森屋、彩華、和光の3デパートが大門地区で競いあうことになった。

『eHAKO>函館・街の記憶>WAKOビル』には、「開業当初は若者ファッションの中心地として服飾品などおよそ80店舗ものテナントが入居していたが、時代とともに減少し、1997年にはDCブランドテナント中心のフッションビルに転換」とある。アニメグッズ専門店アニメイトが人気だったらしい。7階には「北海道鉄道博物館」があった。

北海道新幹線の開業を睨んで、再開発事業で建て替えるため、和光デパートは2013年10月31日で閉店した。現在の「キラリス函館」は2016年7月の開業。

荒川

 ●日の出運輸、板橋タイヤ/1(2017.04.29)

 ●明治通りの長屋/1(2017.05.01)

東日暮里

 ●柳通り沿いの民家/4―東日暮里4南交差点、民家(2008.06.27)

 ●吉村米店/4(2008.06.30)
 ●柳通り沿いの民家/4(2008.07.03)
 ●音無川曲流部の民家/4(2008.07.05)
 ●三和テント/1―猪瀬塗装工芸社(2009.05.05)
 ●ミノワ薬局/1―明治通り裏の民家(2009.05.07)
 ●福島クリーニング店/4(2017.07.18)

南千住

 ●桜湯/1(2017.04.07)

 ●古川商店、マツダ紙文具店/1―伊万里、みのりや米店(2017.04.09)
 ●梅沢写真会館/1(2017.04.11)
 ●南千住砂場、藤野青果店/1―兵之助刃物店、相州屋、大津屋(2017.04.12)
 ●鈴木工業所、他/1―みまつや、四軒長屋(2017.04.25)
 ●魚常、他/1―雪印牛乳三ノ輪販売所、三軒長屋、中村工業所(2017.04.26)
 ●二軒長屋/1(2017.04.28)
 ●田森文具店、三軒長屋/1(2017.07.11)
 ●風見酒店、四軒長屋/1(2017.07.13)
 ●風見酒店向かいの長屋/1(2017.07.16)

 ●東京ガス工場周辺の長屋/3(2019.08.01)

 ●東京ガス工場周辺の長屋、民家/3(2019.08.03)

 ●豊田運送店、幸食堂/3(2019.08.06)

 ●伊勢金酒店、矢口理髪店/3(2019.08.08)
 ●南千住仲通り商店街/5(2022.01.15)
 ●金井荘/5(2022.01.18)
 ●浅香質店/1(2022.06.25)

山王

 ●古澤歯科、ユカリ/3(2021.04.29)

 ●オオタニ眼鏡店/3(2021.05.02)

 ●ハナブサ薬局、旭光堂眼鏡店/3(2021.05.04)
 ●平林酒店、大森眼鏡院/3(2021.05.07)
 ●旧高橋診療所、丸橋たばこ店/3(2021.05.11)
 ●山王のお屋敷/2(2021.09.09)
 ●K邸/2(2021.09.11)
 ●尾根道の洋館/2(2021.09.15)
 ●路地のお屋敷/4(2021.09.18)
 ●鹿島邸/3(2023.08.24)
 ●金森邸/3(2023.08.28)
 ●階段下の家/2(2023.09.03)
 ●有限会社しみず/2(2023.09.07)
 ●H邸/2(2023.09.12)

ボーニ・アネックス(棒二森屋新館)。函館市若松町16-10。2010(平成22)年6月10日

 

函館駅前のデパート。「ボーニ」は「棒二森屋デパート」のボーニ、「アネックスannex」は別館の意味。ビルの名称は「函館駅前ビル」という。写真左奥のビルが「棒二森屋百貨店本館」。

『関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館市若松町のボーニ・アネックス(函館の建築再見2022)』によると、別館は1982(昭和57)年9月1日に新築オープンした。本館は増築を重ねてきたがさらに別館を建てたわけだ。ダイエーと提携した後のことだ。

設計:明石信道、施工:竹中工務店、竣工:1982(昭和57)年9月、構造:鉄骨鉄筋コンクリート造8階建地下1階。

本館は2019年1月31日で閉館、別館は2022(令和4)年1月31日で閉館した。建て替える計画があるようだが、着工は延期されているらしい。

なお、函館駅前の繁華街を大門(だいもん)ともいう。大森町にあった遊郭の大門に由来する。「だいもん商店街」や「大門横丁」があるから、まあまあ使われている地名なのだろう。

大手町ハウス。函館市大手町5-1。2007(平成19)年9月25日

 

『関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館大手町ハウス(函館の建築再見)』によると、1918(大正7)年、「浅野セメント」の函館営業所として建てられた。戦後は同社の後身である「日本セメント(現太平洋セメント)」の支店に。昭和30年代半ば、「北海道漁業公社」に売却された。1988(昭和63)年、公社は破産して(ソ連の介入で北洋漁業ができなくなった)建物は他の会社に売却されたが、使われることなく、2003(平成15)年に沢田建設が取得した。市立図書館で見つかった写真をもとに復原工事を実施し、2004(平成16)年に改修工事は完成した。

なお当サイトには平成15(2003)年1月撮影の改修前の写真が載っている。

建物は木造モルタル塗り2階建、設計者は不明、施工は村木甚三郎、村木喜三郎。

2005(平成17)年7月に国の登録有形文化財に登録されている。現在はカフェが営業中。

 

大手町ハウス。函館市大手町5-1。2007(平成19)年9月25日

 

『函館大手町ハウス~登録有形文化財』は、大手町ハウスを復元した建築会社の人(社長?)が書いているブログで、「建物の取得から、復元工事、カフェ開業に至るまでの経緯とその後の動向など」を公開している。建物のオーナーの血縁としている。

廃屋同然の建物を見て修復しなければ、と思ったのが始まりだろう。建物の正体の資料を探す苦労が語られる。北海道漁業公社が所有していたというのが唯一の情報。まずは向かいの駐車場の社長から「浅野セメント」「セメント浜」の名前を聞く。市立函館図書館で『浅野セメント㈱北海道支店写真帳』から建築時の写真が1枚だけみつかる。ただ使えるようにするだけでなく、写真のように復元しようと決心したのだろう。当サイトにはその写真が載っている。屋根裏の瓦礫の中から発見した棟札の写真も載っている。

工事費用の援助はないのかと、函館市役所の文化財課へ行く。市役所は親切に応対してくれるのだが、資料はない、補助制度もない。国の登録有形文化財になるのがいい、それには復元するのが先、という助言があった。

現在、修復費用のどれだけが取り戻せたのだろうか。

函館自動車工業。函館市大手町(おおてまち)3-15。2010(平成22)年6月11日

 

市電通り魚市場通電停から北西110mのところに2階建の古そうなビルがある。「カーケア&タイヤショップ」という業務名と「函館自動車工業株式会社」の社名の看板は別のものになっているが今も同じ。会社のHPには「設立:2024年10月」とあり、社名は同じだが別会社として起立したのだろうか。

建物は小さくてなんでもないビルにしか見えないが、コーニスを見ると戦前の建築と思える。『日本近代建築総覧』に「函専会館(旧函館貯金局)、函館市大手町3-15、建築年=昭和3年、RC2階建」が載っている。それかもしれない。

井上米穀店。函館市宝来町(ほうらいちょう)4-12。2010(平成22)年6月11日

 

市電谷地頭線の宝来町電停からあさり坂に向かって次の信号のある交差点角にあるのが井上米穀店。『関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館宝来町の井上米穀店(函館擬洋館コレクション、その7)』によれば、宝来町(旧蓬萊町)は昭和9年3月の函館大火で焼失した地域なので、木造の家は古くてもそれ以後の建築になる。1階が和風、2階が下見板張りの「上下和洋折衷様式」の建物だが、2階の窓は縦長窓を並べたものではなく大きな出窓。折衷様式でも新しいタイプのものになる。米穀店創業がいつなのか分らなかった。

『札幌 北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記||>函館市の建築探訪 宝来町編』というサイトに「建物は昭和9年の大火後に建てられた店舗兼住宅。当時は60軒の借家を持ち、建築に明るかった当時の施主が津軽から大工を呼んで一年間寝かせた部材を使用して建てた」とある。昭和10年に建ったとみてよさそうだ。すぐそばの「阿佐利本店」でも同じような話が出た。

 

井上米穀店。函館市宝来町4-12。2010(平成22)年6月11日

 

井上米穀店の平屋の部分と、後ろの家とが階段でつながっている。黒い壁の家も井上米穀店のものなのだろう。なんの為の階段なのか分らない。

 

井上米穀店斜向いの民家。函館市宝来町9-12。2010(平成22)年6月11日

 

井上米穀店と同じ交差点角に、似たような外観の家がある。撮影後数年で壁や屋根が改修されて、下見板張りの外観ではなくなってしまった。