佐藤十五郎宅。函館市吉川町9-20。2010(平成22)年6月11日

 

十字街の、市電通りと旧函館郵便局の前の大通りとの間の裏通りにある元海産物問屋。『函館市地域交流まちづくりセンター>第4回「函館たてもの探訪」』には「昭和9年の大火後の建築で、寄棟、平入り、二階建てです。海産物問屋を営む店舗併用住宅で、前面を全て出格子窓で印象的な和風外観です。」「大工は「茶屋亭」(末広町14)と同じ人で、材料は当主の出身地の新潟から取り寄せた欅材で上等な造りである。(「函館市史、都市・住文化編」より)」とある。

この辺りは海産物問屋が建ち並んでいた地区で、折衷様式の店舗ばかりではなく、佐藤邸のように和風の店舗も当然あったことが分る。それにしてもずいぶんと間口の大きな家だ。

 

佐藤十五郎宅。2010(平成22)年6月11日。裏側には住居部分と思われる2階建と平屋が突き出ている。あるいは住居と倉庫だろうか。

畠米穀店。函館市吉川町8-10。2010(平成22)年6月11日

 

市電通り十字街電停の北の裏通り。写真右の畠米穀店はネット検索ではこれという情報はヒットしないので廃業したのかもしれない。建物は割と最近のものに見える。

畠米穀店の左隣の家が古そうで、目を引く。2階の上げ下げ窓の縦長窓が並ぶ外観が特徴的で、洋風の建物だ。ストリートビューを見ると、2017年7月と2018年7月では「売物件」の看板が掛かっていて、2019年9月では取り壊されて駐車場になっている。

はこだて明治館。函館市豊川町11-17。2010(平成22)年6月10日

 

函館郵便局として1911(明治44)年に建てられた煉瓦造の建物。設計=逓信省、施工=猪之橋組、構造=煉瓦造2階建。今は観光客向けの商業施設で賑わっているが、煉瓦の古い建物も呼び物だから、「はこだて明治館(旧函館郵便局)」とするのが普通になっている。

明治40年(1907)8月の大火後に不燃建築とされた煉瓦造で建て直された建物で、同時期に建てられたものに、旧函館公会堂(明治43年)、旧ロシア領事館(明治41年)、中華会館(明治43年)などがある。

 

はこだて明治館(西側側面)。函館市豊川町11-17。2010(平成22)年6月11日

 

1962(昭和37)年、函館郵便局は東雲町に完成した函館中央郵便局へ移転し、局舎は民間に払い下げられた。その直前、昭和37年8月に撮影された写真が『Voorlichter>はこだて明治館は旧函館郵便局』で見ることができる。その写真では正面中央の三角破風が左右両側のものと同じ煉瓦の壁だ。

 

  

はこだて明治館(北側裏面)。函館市豊川町11-17。2010(平成22)年6月11日

 

1962(昭和37)年、民間に払い下げられた後は、商社の事務所や倉庫として使われてきたが、1983(昭和58)年に「ユニオンスクエア」の名称でショッピングモールとして会館した。『日本近代建築総覧』では「大丸藤井倉庫(旧函館郵便局)」という建物名称になっているので、ユニオンスクエアになる前はそういう会社が入っていたのだろう。

 

はこだて明治館(内部)。2010(平成22)年6月11日。正面から入った吹き抜け部分。

洋風民家。函館市末広町2-10。2010(平成22)年6月9日

 

市電谷地頭線の通りに面した「五島軒十字街プロミエルカモイ店」の角を西へ入ってすぐの四つ角。写真右へ伸びる坂道は元町郵便局のある通りにぶつかって終わる。

角の洋風の民家は2012年頃に取り壊されて駐車場になっている。『関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館市末広町の洋風民家、和桝山畳店(函館擬洋風民家コレクション、その35)』で取り上げられている。この地域が昭和9年の大火で全焼しているので、それ以降の建築である。函館の戦前築の洋風の家と比べると胴蛇腹、軒蛇腹、持送りなどは省略されている。「函館下見板張り建築文化が、終盤に差し掛かった頃の作風」としている。

 

洋風民家。函館市末広町2-10。2010(平成22)年6月9日

 

1枚目写真の右の民家は洋風民家と同時期の建築にみえる。折衷様式の建物かとも思われる。2世帯が入るアパートのようなもので、玄関は通りに面して1つ、写真からは裏側になる横にもう1つある。こちらは現存。

和桝山畳店。函館市末広町6-4。2010(平成22)年6月9日

 

末広町6は市電谷地頭線の通りに面しているが、写真はその裏通り。今は市電通り沿いの家が取り壊されて駐車場になっているので、その奥に畳店の裏側が見えている。和桝山畳店をネット検索しても見つからないので廃業したらしい。ストリートビューでは2018年11月の画像で看板がなくなっているのでその頃だったかもしれない。建物は現存している。

関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館市末広町の洋風民家、和桝山畳店(函館擬洋風民家コレクション、その35)』によると、1934(昭和9)年3月の函館大火以降の建築。「かなりシンプルな外観の作りにはなっているが、函館の擬洋風民家の伝統的マナーを取り入れたいかにも函館らしい出来栄え」とある。

市電通り沿い、末広町6の家並み。函館市末広町6。2010(平成22)年6月10日

 

前の通りは市電谷地頭線の通りで、十字街交差点から150mほどの地点。現在は写真中央のやきとり家族から左の早川電器商会までの3棟が取り壊されて駐車場になってしまっている。ストリートビューの2017年7月では3棟ともまだ残っている。

写真右端のビルが「ラ・ジョリー元町」というホテル。その左の白い家は「十字街みつか」という化粧品店。「やきとり家族」の店舗は上下和様折衷様式の家だからかなり古い建物だろう。1995年の開業という。2019年12月に時任町7-2に移転した。

 

居酒屋・やきとり家族。函館市末広町6-12。2010(平成22)年6月10日

堤通

  ●堤通の洋風住宅/1(2014.91.25)

 

墨田

 ●グルメシティ東向島店/3(2015.07.18)

 ●加藤陶器店/3(2015.07.20)

 ●こみや婦人子供服店、松永寝具店/3(2015.07.23)

 ●スナック・のり子、他/3(2015.07.25)

 ●ナンバーナイン、らむーる/3(2015.07.26)

 ●カフェー東洋/3(2015.08.12)

 ●カド、玉の園/3(2015.08.14)

 ●三軒長屋、壺/3(2015.08.15)

 ●憩、九十九/3(2015.08.17)

 ●鈴蘭荘、喫茶ナナ/3(2015.08.19)

 ●せいこ、プリンス、恋心/3(2015.09.12)

 ●カフェー玉屋/3―旧ローズ美容室、清水パン店(2015.09.13)

 ●村上商店/3(2015.09.15)

 ●平屋の長屋、バーバー・コタカ/4(2015.09.17)

 ●八重菊、福助/3(2019.03.16)

 ●カフェー銀月/3(2019.03.17)

 ●相川ゴム工業所/3(2019.03.19)

 ●カフェー ホームラン/3(2019.03.21)

 ●カフェー春美、鶯/3(2019.04.05)

 ●小山魚店、江島タバコ店/2(2019.04.08)

 ●狸湯、大嶋菓子店/2(2019.04.09)

 ●五味自動車/2(2019.04.11)

 ●小沢理容店/5(2019.04.25)

 ●佐京洋食器製作所/5(2019.04.27)

 ●田中湯、長屋/5(2019.04.29)

 ●フヂヤ薬局、他/5―木原精肉店、魚五商店、三軒長屋、二軒長屋(2019.05.02)

 ●坂むら、花屋/5(2019.05.04)

 ●戸田商会、花屋/5(2019.05.05)

 ●冨士自動車鐘淵ガレージ/5(2019.07.27)

 

東向島

 ●赤松商店、旧いの字/1(2013.05.17)

 ●四軒長屋、白い家/1(2013.05.18)
 ●中石荘/1(2013.05.20)
 ●則武荘/1(2013.05.21)
 ●こぐま、ヘアーサロンみゆき/1(2013.05.23)
 ●石武商店、他/1(2013.06.06)
 ●都荘、旧赤沢テレビ/1(2013.06.08)
 ●旅館いむら/1(2013.06.10)
 ●旅館太洋/1(2013.06.12)
 ●四軒長屋、都荘裏のカフェー/1(2013.07.05)
 ●木苺、テングヤ/1(2013.07.07)
 ●旅館桜井/1(2013.07.09)
 ●華やかなタイルの家/1(2013.07.10)
 ●王さん、さち/1(2013.07.13)
 ●榎本洋服店、他/1―支那そば屋、きちでん(2014.01.15)
 ●足立屋細井商店、他/1―仲井歯科医院、四軒長屋(2014.01.18)
 ●理容ロダン、美容室エリカ/1(2014.01.21)
 ●ひろ、せがわ洋品店/1(2014.09.05)
 ●田村メリヤス/1(2014.09.07)
 ●萩原米店、左手製作所/1(2014.09.09)
 ●萬屋糸店/2―上村理髪店(2013.12.16)

 ●剣馬商店、相馬食料品店/2(2013.12.18)

 ●リハツ松床/2(2013.12.20)
 ●百花堂薬局/2(2013.12.22)
 ●ヒツジヤ手芸店、向島魚大/2(2013.12.23)
 ●高野商事、鮒源/2(2013.12.25)
 ●地蔵坂通り商店街/3―看板建築の長屋、クリーニング太郎(2014.09.18)

 ●みのや豆腐店/3―民家(2014.09.20)

 ●中福染物、石川青果店/3(2014.09.22)
 ●清和荘、双葉荘/3(2014.09.23)

向島

 ●民家、長屋/1(2013.04.24)

 ●山口酒店、他/1―長屋、民家、花家(2013.04.26)
 ●茨木仕立屋、他/1―松菱金属、旧加藤洋品店、二軒長屋(2013.04.27)
 ●達寿司、池田屋/5―理容柳澤(2013.05.16)
 ●田中写真館、小井沼青果店/5(2013.06.14)
 ●お静、いざ酔い/5(2013.10.05)
 ●喜代仲、花の里/5(2013.10.09)
 ●印牧治療院/5(2013.10.10)
 ●目時電気商会/5(2013.10.12)
 ●エンドウ質店/5―四軒長屋、旧正盛堂(2013.10.13)
 ●銅像掘と西村勝三の像/5(2014.09.11)

箱館元町の宿 饗場。函館市末広町20-2。2010(平成22)年6月10日

 

バス通りの日下部家住宅の西隣が写真の洋館。撮影時は「箱館元町の宿 饗場(きょうば)」という宿泊施設。最近(2023年頃)「元町の宿 雪月花」と名称が替わった。

関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館末広町の旧饗場守三邸(函館擬洋館コレクション、その16)』によれば、饗場守三という医師の診療所兼住宅として1909(明治42)年に建てられたもの。2005年頃に旅館に改装されるときに、窓枠部分と屋根の塔を復元して写真の外観に修復した。それ以前は学生向けの下宿屋だったという。『Architecの寄りみちカメラ>旧饗場守三邸』では、「元町ハウス」としている。

『関根要太郎研究室』によれば、饗場守三は明治38年から2年間「区立函館病院」の院長で、明治40年8月の大火で病院を焼失した責任を取って病院を退任した。当時函館病院はバス通りを西へ行ったペリー広場にあったから、ずいぶんと近くに開業したわけだ。

日下部家住宅。函館市末広町20-1。2010(平成22)年6月10日

 

弁天末広通(バス通り)の日和坂との交差点角に、立派な2階建の日本家屋が建っていて人目を引いている。『関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館市末広町の旧日下部久太郎邸(函館の建築再見2021)』によると、「旧日下部久太郎函館邸」で、1917(大正6)年頃に建てられた木造2階建ての住宅。設計・施行者は不詳。主屋に食い込んで建てられている土蔵は鉄筋コンクリート造。

日下部久太郎は同サイトに詳しく述べられている。海藻業者(日下部合名会社)で、第一次世界大戦を背景に船舶の買収・新造で成功した。

建物外観の特徴は『函館市>伝統的建造物一覧』に、「1階2階とも、外壁は簓子下見板張り、窓は戸袋がついた横長の出窓に、化粧垂木を持った庇がついている純和風の建築物である。意匠的に優れたものが随所に見られ、建物の構造面でも、現在では見受けられない技法が用いられている」とある。

 

日下部家住宅。函館市末広町20-1。2010(平成22)年6月10日

 

土蔵の左は「日下部家所有附属住宅」で、函館らしい上下和様折衷様式の住宅。1932(昭和7)年に建てられた。2019年に老巧化の為解体され、似たイメージの外観の家に建て替えられた。

関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ>函館末広町の日下部家住宅洋館(函館擬洋館コレクション、その15)』によると、昭和になると、折衷様式の住宅には2階の窓が出窓のタイプが出現する。軒下の持ち送りがないのも新しいタイプだという。

ファンシープラザ・末ひろ。函館市末広町19-7。2010(平成22)年6月10日

 

前の通りはYahoo!マップに「弁天末広通」とあるが普通は「バス通り」と言われているようだ。写真右へ行くとすぐ高橋病院前バス停がある。写真左の信号は日和坂との交差点。

「末ひろ」は化粧品店だったらしい。青い袖看板は「Kanebo COSMETICS」。ストリートビューで見ると2015年頃に左の日本家屋の民家と共に取り壊されて月極駐車場になった。

 

末ひろの裏の民家。函館市末広町19-7。2010(平成22)年6月11日

函館にも洋風や折衷様式の家ばかりではなく、当然普通の和式の家もある。右奥の2階建の家は今も健在。

 

日和坂との角にあった民家。函館市末広町19-7。2010(平成22)年6月10日

2018年に「日和坂の宿 卯月」の2階建一戸建ての宿泊施設が建った。