回想 2005年サロマウルトラマラソン(その4)
第6話 ひざ痛対策のあれこれ
このときも御走足倶楽部のみなさんにいろいろとアドバイスをいただきました。右膝は昔からの故障でしたので、サロマ大会ではおそらく痛み出すと思い、対策を講じないと絶対完走は無理だとおもっていました。
こんなことも御走足倶楽部の皆さんに相談させていただきました。すると、キネシオテープでテーピングをして、かつワコールのCW-Xのタイツで二重の対策を講じるということを教わりました。すばらしい対策に早速千歳の大会からやってみました。すばらしいの一言でした。まったく膝痛を起こしませんでした。
そうしたら、先ほどの阿寒往復ランで膝を故障したことも相談させていただいたら、整形系の痛み止め薬であるロキソニンというのがあるとのこと、早速、薬に詳しい私の女房に聞いたら、なんと持っているとのこと、早速これをもらって、当日の持参品に加えることとしました。結果、後ほど書きますが、私は薬漬けで何とか100キロを走り抜けることが出来ました。
恐らく薬がなければ無理だったと思います。それほど素晴らしいアドバイスを頂戴したのでした。本当にありがたく感じました。
今日の1句
ロキソニン キネシオテープ サロマ走
お粗末。
岩保木ラン
今日は、午後3時45分のスタート。どこに行こうかと思案していたら、ふっとそうだ岩保木(イワボッキ又はイワホギ)に行こうと久しぶりの岩保木ランにちょっと意欲がでてきました。
このコースは、釧路湿原マラソンのコースと一部重なる新釧路川の左岸の土手の道路をいくこととなります。大会では、湿原大橋で右岸側に渡って、ひたすら釧路湿原の中をはしるのですが、私はその橋を渡らず、まっすぐ土手の道路を走って、その突き当たりにある岩保木山まで走るものです。
この岩保木山の麓には、釧路川と新釧路川(人造河川)を分ける水門があります。この水門はとても古いもの(昭和初期の建築物だったと思います。)で、今はやりの産業遺産になりそうな立派なものです。今では、その横に立派な水門がありますが。
下の走りながら撮った写真に、エゾシカの写真があります。釧路のまちのこんな近くにもシカがでるんだとびっくりして撮ったものです。写真では遠くに見えますが、3メートルくらいまで近づいて撮りました。
岩保木にいったときには、すっかり日も落ち、真っ暗闇の中を走り続けました。街の方には、ほんのりと街明かりがみえ、天上には細くとがった三日月とその横に星が1つ寄り添って輝いていました。なんとまあ、ロマンチックなんでしょう。おじさんはいつも書いていますが、こんな光景に弱いのです。
その後、国道391号線に出てきたのが下の遠矢の写真です。そして、国道をひたすらまた、釧路方面に走って、釧路町のショッピング街に戻ってきたときの写真が20キロ地点のものです。
全部の写真がぼけているので、注釈しました。
夕方から、夜になるときのランは寂しいというか切なくなるのは私だけでしょうか?
そこで川柳をOgamanさんのまねをして1句
暗闇の 月下を抜けて まちあかり
失礼しました。
今日のラン
22.81キロ 2時間20分53秒 6:11/km 1653キロカロリー
体重60.4kg
今月の累計 43.96キロ
回想 2005年サロマウルトラマラソン(その3)
今日は仕事が遅くなるので、こんなときのためのサロママラソン回想記をお送りします。
全然スタートまで遠いですよねえ。そう、今日は長距離走についてです。
第5話 長距離走への挑戦
サロマへの完走メニューとして掲げないとならないのが、サロマ大会までに長距離を踏むことです。実際に月1回ごとに長距離を踏むことを計画しました。3月には50キロ、4月には60キロ、5月には70キロというものでした。
実際には、3月には40キロ、4月には標茶町瀬文平橋まで60キロ、5月7日に弟子屈町摩周駅まで72キロ走を実施しました。このときの標茶町までは9時間27分、弟子屈町までは12時間15分でした。
いずれも走り続けることはできず、弟子屈町では残り10キロは殆ど歩きっぱなしで、70キロを走ったという自信よりも、サロマではここから更に30キロを走るのかと思ったら、全然100キロを完走することは無理だと思いました。それほどぼろぼろになって弟子屈町まで行きました。
また、このときは、夜の12時に雨の中をカッパを着て出発し、昼の12時に弟子屈まで誰もいない真っ暗な夜中を走り続けたため、家族から本当に心配されました(この頃から携帯電話、健康保険証のコピーを持つようにしました。)。
しかし、このときの長距離遠征はとても新鮮でした。自分の足音しかしない真っ暗な真夜中に満天の星を引き連れて走り続けるのです。こんな気持ちいいものはありません。通常は車でくる釧路湿原などの近郊の観光地を自分の足でリュックを背負っていきました。
朝の4時頃だったかに朝日が昇ります。釧路湿原国立公園を突き抜ける国道391号線にはだれもいません。右側にとうろ湖、左側にエオルト沼が平らかに横たわっています。正面にはサルボ展望台が「とうせんぼ」をしています。朝日とともに鳥たちが盛んに囀っていました。360度見渡す限り人間が一人もいない空間を独占できました。
また、私は温泉に入りたいと常におもっているので、到着後の温泉が至福の楽しみです。幸い目的地には多くの温泉があり、どれに入るかを決めてからひたすら走りました。標茶町では駅から歩けるところの富士温泉に行きました。風呂場は小ぶりですが、とても清潔です。清掃が行き届いている感じでした。このような楽しみがあることをランニングは教えてくれました。
その後も練習はそれまでと同様に続けました。ウイークデイの週3回の15キロ走と週末の長距離走です。長距離は5月15日に近所の緑地帯をグルグル回って40キロ(単独走は近所で走ることにしました。)、5月22日に近所のサイクリングロード(釧路~阿寒町)を往復し42キロ。
6月5日に前記の千歳マラソン(フル)に行って来て、6月11日にまたサイクリングロードに行って、51キロ走ってきました、が、これが良くありませんでした。右膝を故障してしまい、歩くのも痛くて全然走れなくなりました。大会まで2週間前でした。この後は、ただひたすら養生していました。
さらに続く・・・。
大楽毛ラン(短縮版)
そこで自宅を出発。鶴見橋を渡り、その橋のたもとにある六花亭を写真で撮影し、ぐるっと遠回りで14キロ走りました。
このコースは雄鉄線通といって、昔には阿寒の雄別(ゆうべつ)炭鉱まで鉄道があったところを道路にしたところで、釧路市の幹線道路になってます。今年の冬の間にも走ったコースで、途中にジャスコもあり、不夜城のように夜間でも照明が煌々と輝いており、夜ランにはとても便利なコースなのです。ここを道なりに走っていくと国道にぶつかります。
国道にぶつかってから釧路市中心街に向かって走り、鳥取橋を渡らないで右折して、海の方に新釧路川沿いを走って釧路大橋を渡り市の中心部に突入というようなコースです。
そして駐車場に行って車に乗って帰ってきました。
このコースは本当は王子製紙釧路工場を超えて、大楽毛駅まで行くのですが、今日はその変形バージョンでした。
それにしても釧路の地理の知らない人には全く分からないですよね。スミマセン。
夜ランで、できるだけ明るいところを探して走るのは結構難しいんですよ。ってことをいいたかったのですが・・・。
今日のラン
14.83キロ 1時間44分28秒 7:03/km 1113kcal消費
体重61.2kg