回想 2005年サロマウルトラマラソン(その3) | サロマ・アゲイン  そしてロングトライアスロンへの挑戦

回想 2005年サロマウルトラマラソン(その3)

今日は仕事が遅くなるので、こんなときのためのサロママラソン回想記をお送りします。
全然スタートまで遠いですよねえ。そう、今日は長距離走についてです。

第5話 長距離走への挑戦


 サロマへの完走メニューとして掲げないとならないのが、サロマ大会までに長距離を踏むことです。実際に月1回ごとに長距離を踏むことを計画しました。3月には50キロ、4月には60キロ、5月には70キロというものでした。

 実際には、3月には40キロ、4月には標茶町瀬文平橋まで60キロ、5月7日に弟子屈町摩周駅まで72キロ走を実施しました。このときの標茶町までは9時間27分、弟子屈町までは12時間15分でした。

 いずれも走り続けることはできず、弟子屈町では残り10キロは殆ど歩きっぱなしで、70キロを走ったという自信よりも、サロマではここから更に30キロを走るのかと思ったら、全然100キロを完走することは無理だと思いました。それほどぼろぼろになって弟子屈町まで行きました。


また、このときは、夜の12時に雨の中をカッパを着て出発し、昼の12時に弟子屈まで誰もいない真っ暗な夜中を走り続けたため、家族から本当に心配されました(この頃から携帯電話、健康保険証のコピーを持つようにしました。)。

 しかし、このときの長距離遠征はとても新鮮でした。自分の足音しかしない真っ暗な真夜中に満天の星を引き連れて走り続けるのです。こんな気持ちいいものはありません。通常は車でくる釧路湿原などの近郊の観光地を自分の足でリュックを背負っていきました。

 朝の4時頃だったかに朝日が昇ります。釧路湿原国立公園を突き抜ける国道391号線にはだれもいません。右側にとうろ湖、左側にエオルト沼が平らかに横たわっています。正面にはサルボ展望台が「とうせんぼ」をしています。朝日とともに鳥たちが盛んに囀っていました。360度見渡す限り人間が一人もいない空間を独占できました。

 また、私は温泉に入りたいと常におもっているので、到着後の温泉が至福の楽しみです。幸い目的地には多くの温泉があり、どれに入るかを決めてからひたすら走りました。標茶町では駅から歩けるところの富士温泉に行きました。風呂場は小ぶりですが、とても清潔です。清掃が行き届いている感じでした。このような楽しみがあることをランニングは教えてくれました。
 
 その後も練習はそれまでと同様に続けました。ウイークデイの週3回の15キロ走と週末の長距離走です。長距離は5月15日に近所の緑地帯をグルグル回って40キロ(単独走は近所で走ることにしました。)、5月22日に近所のサイクリングロード(釧路~阿寒町)を往復し42キロ。

 6月5日に前記の千歳マラソン(フル)に行って来て、6月11日にまたサイクリングロードに行って、51キロ走ってきました、が、これが良くありませんでした。右膝を故障してしまい、歩くのも痛くて全然走れなくなりました。大会まで2週間前でした。この後は、ただひたすら養生していました。

さらに続く・・・。