サロマ・アゲイン  そしてロングトライアスロンへの挑戦 -13ページ目

平成30年茅沼ラン

12月2日釧路マラソンクラブの茅沼ランがありました。

東釧路駅から34キロ走って、風呂に入り、忘年会に突入というものです。

毎年開催されていますが、ここ数年参加してませんでした。

昨日の宴会の途中にコニッチさんのあいさつで私がある会議で一緒になり、そのときにコニッチさんとは初対面でしたが、茅沼ランに誘ったのがコニッチさんの茅沼ランを走り始めだそうでした。確かにそういうことがありました。調べたらコニッチさんと初めて会ったのが、平成21(2009)年11月19日でその年の12月6日に行われた茅沼ランにコニッチさんが参加してくれたという状況でした。

 

さて、よく初めに行ったときは茅沼の食堂で水を何杯も頼んだり、走って茅沼まで行って驚かれたりという話をしますが、そのあたりも含めて振り返ってみましょう。

 

平成19(2007)年5月13日 洞爺湖、サロマ対策のために30キロ走をしようということでスコップさんとカナダの2人で茅沼まで走りました。

 

平成19(2007)年9月30日 別海対策のため、スコップさん、鬼さん、カナダの3人で茅沼まで走りました。このときに上記の「水何杯事件」、「釧路から走ってきたの?事件」がありました。ラーメンがおいしかった~

 

平成20(2008)年11月16日 この年から忘年会というわけではなかったと思いますが、ラン後に風呂に入り、宴会をはじめて開催されました。

 

平成21(2009)年12月6日 この年にコニッチさんが初参加されてます。私はコニッチさんを誘いながらも足底筋膜炎のため、平成21,22年と茅沼ラン不参加。

 

平成22(2010)年11月15日 前年に引き続きカナダ不参加。この年、サロマも20キロでリタイヤ。

 

平成23(2011)年11月20日 11月18日にぎっくり腰で不参加

 

平成24(2012)年11月18日 4年ぶりに参加

 

平成25(2013)年12月1日 初釧路→浦幌ラン(12月8日)を1週間後に控え参加見送り

 

平成26(2014)年11月23日 前日の11月22日に釧路→浦幌ランを行い参加見送り

 

平成27(2015)年12月6日 仕事が忙しく一切のレースに不参加。リレーラン方式に変更され実施した模様。

 

平成28(2016)年11月27日 鶴居ランに変更になるも中止。いずれにしても不参加。

 

平成29(2017)年11月19日 女房と結婚30周年記念京都旅行のため不参加

 

平成30(2018)年12月2日 6年ぶりに参加。鬼さんと殿(しんがり)をつとめ、敵の逆襲に備えた(笑)。

 

平成19年30キロ走としてなんとなく始まり、現在のラン→風呂→宴会スタイルになった平成20年から10年がたっているんですね。このように継続できるのもスコップさんの人徳、今回のやっちさん、カタギリさん、ナカムラさんのようにサポートしていただける方々、それと茅沼まで奇特にも走ろうと寒い11月の朝に集まってくるクラブの皆さん、走らないのにスタート地点に応援に来てくれるヒロシさんとシホさん(ケーキおいしかったです。御馳走様でした。くれぐれも足をご自愛ください。)がいればこそですね。

 

前日の土曜日に私が通っているロシア語教室の先生にこの話をしたところ、「走ってから宴会をするなんてランニングクラブらしい取組ですね。」と言われました。私も本当にそう思いました。今後は、何年振りに参加などと言わず、ラン後の風呂と忘年会をみなさんと楽しめるように1年の締めとして参加したいと思います。みなさん、ご一緒いただきまして本当にありがとうございました。


左からヨシオさん、カナダ、鬼さん(釧路マラソンクラブから無断借用(スコップさん撮影)・ご容赦ください)

 

ラン→風呂→宴会の記念写真(また無断転用させていただきました。)

浦幌ラン年代史

浦幌を走るようになったのは、十勝の田代さんとの出会いに始まります。

 

田代さんは科学的にランニングを分析しながら走る方で、私とは正反対。でも走力は同程度だったこともあり、

いろいろなレースで一緒に走りました。

 

そのような縁で田代さんが所属するクラブと釧路マラソンクラブとで合同の練習会をしようということになり、帯広と釧路の中間地点である浦幌にお互いに集まって走ろうということで浦幌ランが始まった。はじめは釧路・浦幌間にロングランではありませんでした。

 

その田代さんも亡くなり、レースごとに競ったライバルがいない悲しさを思いながら十勝に向かってます。

以下実施状況について概略します。

 

平成19年 第1回浦幌ラン(田代さん、スコップさんと3人で。厚内から浦幌までの33キロコース。)

平成20年 第2回浦幌ラン(田代さん、sakaさん、たけちゃん、カナダ(田代さん命名の「火サス」ラン33キロコース)

平成21年 足底筋膜炎で実施せず

平成22年 第3回浦幌ラン(釧路マラソンクラブで大々的に開催。火サス33キロコース)

平成23年 ぎっくり腰で実施せず

平成24年 女房の肩の手術で札幌を頻繁に往復し実施せず

平成25年 田代さんつながりで知り合ったシナソバさんが浦幌から釧路までなんなく走ってしまった。逆はカナダさんに任せますとのことで、

       初釧路・浦幌ラン70キロ(シナソバさんに霧止峠まで迎えにきてもらった。まーちゃんと3人で留真温泉→大和食堂)

平成26年 第2回釧路・浦幌ラン

平成27年 秘書課長になり年中無休のため実施せず

平成28年 実施せず

平成29年 実施せず

平成30年 第3回釧路・浦幌ラン(林道で遭難寸前)

 

田代さんとシナソバさんとまーちゃんとの出会いで始めた浦幌ランはこれからも続けるつもりです。林道には行かないけど。

平成30年浦幌ラン--林道を迷走

今年こそは厚内の美しい砂浜を見に行こうと考えていた。

最大の課題は早起き。朝3時に起床しなければならない。

浦幌まで70キロを12時間で走るとなると、この時期の日没前の午後4時ころに

浦幌の町に着くには午前4時にスタートしなければならない。

というわけで前日の木曜の9時頃就寝し、午前3時に起床。階下が灯りが着いていると思ったら、

女房がまだベッドに入らずにソファでうたたねをしていたのには驚いた。おかげで部屋中暖かった。

顔を洗い、髭をそり、前日までに揃えていた着替えをし、車で大楽毛駅に。深夜は真冬の様相。

 

午前3時58分に無事大楽毛駅をスタート。リュックに後ろにつけていた点滅灯が着かないというアクシデントはあったが、

十分の防寒で寒さを感じないで、真っ暗の町を走り始めた。

 

大楽毛駅を国道38号線に走り出て、ひたすら走る。釧路白糠工業団地に沿った国道を走る。右上にある月が明るく美しい。

前方左空にオリオン座がはっきりと見える。天気予報では天候は良好だが、風がやや強いの予報。「やや強い風」というのは気象庁の定義による平均風速が秒速10以上15メートル未満。そんなほどでもないじゃんと感じるかもしれないが、経験上秒速10メートルは前かがみにならないと走れないという経験がある。寒さは何とかなるが、風は前に進まず長距離は踏めないだろうと思い、途中のJRの駅に断念して帰ることも考えながら走った。

 

今回は断念する機会が結構あった。まず第一は寒さ。上の防寒は、アンダーアーマーの冬着、さらに同様の冬着、そして冬用のウインドブレーカー。これで結構十分と思ったが、一番寒くなる夜明け前ころの5時半ころの釧路白糠工業団地沿いのランでは両腕の寒さで断念しようと思った。

 

第2は、後程説明する林道での迷子状態。これは断念しようにも断念する場所が分からず断念しようがなかったが。

 

話を戻します。午前4時ちょっと前に大楽毛駅を出て、釧路白糠工業団地沿いの国道を走っていると、たくさんのトラックが走る。飛ばされそうにもなる。歩道もないので、車道の狭い白線の内側を走る。白線の内側はおおむね左側に傾いていて、雑草が盛り上がっているので走り辛く、転びそうにもなる。そんな横をトラックが走る。ここは非常に危険であるので、慎重に走った。

午前4時半ころ、恋問館あたり。そんなことを思いながら走っていると、急に横に車が止まり、窓越しにお父さんが「乗っていくかい?」と言ってくれる。「えっ!!」と急のお申し出なので、なんと対応していいか、こんな夜中に私が放浪の旅をしているのでも思ったのだろう。私はこのご厚意の言葉に笑顔で「有難うございます。大丈夫です。」と答えた。おじさんは仕事の明けなのか、ジュースを飲みながら運転して立ち去っていった。初めての経験であった。人の情けもまだ捨てたものではないと感じた。

 

何とか風で冷たくなった腕を我慢しながら、釧路白糠直線コースを走り切り、もう少しで白糠の町に入る。寒さが厳しくなってきて、しらじらと周りが明るくなってきた。次回はもう少し暖かい時期に走ろうと今更ながら反省していた。

 

白糠に入る前に、午前5時34分に庶路駅前を通過。白糠の手前の刺牛(さしうし)の集落は午前6時10分ころ。日の出の時間になってきた。日の出を写真に収めようと立ち止まって待っていたが、雲に隠れて見えない。さらに走り始めた。6時40分ころにはまぶしい朝日を背中に走りはじめた。17キロ。

 

朝ごはんは白糠のセブンイレブンでてんぷらそばのカップ麺とおにぎりと缶コーヒー。午前7時16分再スタート。次は音別だけど、途中には山越えが待っている。山を越え、馬主来沼が見えてくる。すでに8時半ころになっていた。時間がないのに昔アイヌが食料が無い時期に打ち上げられた鯨を食べて踊ったというフンペリムセ発祥の地を見た。なんか微妙なくじらの像が飾ってある。目も鼻も口もなにもない。

 

音別のコンビニで缶コーヒーを買って、持参していたジャムパンを食べた。小休止後、音別を離れてさらにアップダウンの連続。直別にようやく到着し、そこから国道とは別れて札内の美しい砂浜に向かう。砂浜には12時13分到着。女房からメールが来た。私の位置情報はアプリで女房も見ることが出来るようにしているので、私のいる場所はいつでも見ることが出来る。それを見ていた女房から「遅いんじゃない?」というメールだった。確かに予定のスケジュールより2時間遅れてはいた。でもそれくらいの遅れも想定していたので、気にしないで今までのペースで、美しい砂浜を横目で見ながら走り続けた。サケ釣りなのか一人で5本くらいの竿を指している人もいた。

 

長い海岸線を走り続ける。ようやく札内トンネルに来て、このあたりは結構な風だったが右側の山の方に歩みを進める。この山を霧止峠まで上がればあとは下り基調で浦幌市街までもうすぐ。

 

トンネルを超えた地点が56キロくらい。あと14キロ。もう少し。トンネルを抜けて山に入ったら、ひたすら上り基調。8キロ程度だろうか。その時点でなぜか12時間は持つガーミンが消えていた。この時点で自分の走行距離が分からなくなった。なんか嫌な予感がした。

 

峠を越えたあたりでスマホのバッテリーがなくなったので、予備バッテリーで充電して走り始めて、300メートルくらい下ったところで何気にスマホをつかんだらバッテリーがない。落としてしまった。また戻って探したら峠のすぐ近くの路上に落ちていた。良かったがロスしてしまった。直後に大きなトラックが通り過ぎていた。トラックよりも早く見つけなければバッテリーは粉々になってしまっただろう。嫌な予感その2。

 

この峠を降りたら右へ行く道を入って行くというコース予定だった。静内という集落を通る予定だった。前回は峠あたりでシナソバさんが迎えに来てくれていたので、一緒に走ったのでコースの記憶があやふやだった。

 

今でも考えただけど、その恐ろしさにぞくぞくしてしまう。林道の迷走のはじまりだ。

 

峠を下ったら、橋があり、静内川と書いていた。ここだなと思って右に折れ幅員5メートル程度の道を走り始めた。林道だったが、ここだろうと思った。砂利道だったが、ここからだと6キロ弱。2時間かからないだろうと思った。この時点で午後2時半くらい。早く着きそうだとおもっていた。そんな走り始めたら200メートルくらいで道にすごい量の血痕。おそらく鹿を処理した後だろうと思った。この時点であれっとちょっと思った。こんな道だったろうか。変だと思って一回戻ったが、いや、この道だろうと改めて踵を返し走り始めた。しばらく行くと雪道となり、道路に車のタイヤ痕もあったので、ここを走れば車が行き来する道に出るだろうと思い、走り続けた。しばらく行くと浦幌の市街地とは違う右の方へしかも峠道になった。あれ、と思ったが、すでに3キロ以上走っており、戻れるような距離ではなくなった。まだ、日も高かったのでそのうち車が行き来する道路にでるだろうと思った。

 

が、いっこうに浦幌市街の方に向かっている気配がない。そのうち飲み水もなくなり、食料はすでに皆無。そうこうしているうちに林道の分岐が現れた。片方は浦幌の市街地の方だが山の中へ。もう一方は平らな林道だが逆の方。私はどっちに行けばいいのかわからず、200メートルくらい平らな方を走ったが、いや、おかしい、少しでも市街地の方に迎えべきだと考え直し、元に戻って、山の方に向かう林道に戻って行くこととした。この時点で自力では土地勘がないことから正確に進めないと思い、浦幌のまーちゃんに電話を入れたが、残念ながら圏外で携帯はつながらない。また、グーグルマップも表示できない状態になり、信じれるのは自分の判断だけになった。まったくもって心もとない。山道を自分の判断だけで進めるという確信はまったくなかった。そして、この分岐にある橋を渡り、進んでいった。この時点でスマホのバッテリーも心もとなくなってきたので音楽を聴くのもやめて走り始めたら、森の中の鳥の声、草の擦れる音、鹿の声が時々聞こえるようになった。そうこうしているうちに、この時点で走り続けることができず、喉も乾き空腹だったため、道端の雪を食べながら歩き続けた。道端の雪はかなりいただいた。とてもおいしかった。

 

まだ、おひさまはあったので、そのうち近くの国道にでるだろうと思ったが、いっこうに車が走る音はが聞こえない。鳥の声しか聞こえない。次の峠を越えれば町の灯りが見えるだろうと何度も上り下りを繰り返したが、いっこうに見えてこない。だんだん暗くなってきた。その林道には起点から3.5キロという記載のある杭があったので、3.5キロ行けばどこかの道路に出るだろうと歩き続けた。しかし、その期待は得られず、この林道の起点には2つに分かれた新たな林道が2本現れた。既におひさまは沈み、真っ暗な状態になってしまった。また、私はどっちに行けばいいのか迷った。一方は、町に近い結構な上り、もう一方は町の逆の下り道。私ははじめ、町に近い方の山道を近くにあった木を支えにして歩き始めたが、その上ったところの先の道は真っ暗の森の道へ続いていた。これはダメだと思い、また、引き返して別の林道に戻り歩き始めた。すでに自分はどこにいるのかわからない完全に遭難状態になってしまった。しかし、このころには1キロ先くらいに車が通る明かりが見えてきた。近くには来ていると思ったが、その近くに行ける道がその時点では皆目見当がつかなかった。

 

しかし、歩き続ければどこかに着くだろうと思っていたら、鹿が入らないようにロープを張っている畑のような広い場所に出てきた。その平らな道を歩くと遠くに車が走っている光が見えた。歩いていたら小さな橋があった。峰越橋。ああ、峰を越えてようやく国道にたどり着いた。遭難しなくてよかった、と生還したことを強く感じた。

 

たどり着いた国道はどっちに行けば浦幌市街地にいくのかさえも分からなかったが、幸い、圏外だったスマホはここでは何とかつながったので、グーグルマップを頼りに市街地へ。一度はなぜか釧路方面に逆走してしまった。なんか変だと思って再度スマホの地図を見たら逆走していることがわかり、200メートル戻った。この地点はグーグルマップで調べたら市街地から6キロ離れた場所だった。浦幌隧道の手前で、1キロほど走ったら隧道があり、人がようやく通れるような幅で20㎝ほどの高さの歩道があり、そこをビュンビュン走る車を横目に何とか通り過ぎ、時々雪を食べながら歩いては走った。この時点で5時半ころ。すでに予定の5時25分の汽車は間に合わない。次の7時25分の汽車に乗らないと後がないと思い、必死で走った。が、すでに私の足の余力は尽き、走り続けることが出来ない。走ったり、歩いたりして、10分前にようやく駅にたどり着いた。走りながら、コンビニでカツカレー、甘い缶コーヒー、パン、牛乳1リットルを買って汽車に乗り込もうと思いながら走ったが、そんな時間はなく、夕食も買えず、駅前の自動販売機で缶コーヒーをなるべく栄養を取るために甘いものを1つ買って乗車した。

 

乗車した汽車の長いすに靴を脱ぎ、リュックを枕に横になって休んだ。生き返った。お風呂にも入れなかったが、林道の山の中で何も見えない真っ暗の山上でどうなるかと思ったが。

 

今回の教訓は遠回りでも国道、道道又は市町村道を走りなさい。間違っても林道に入ってはいけません。林道は林を管理する道なので、山の中を縦横無尽に駆け巡り、人を地点と地点を行き来させるものではなく、本来の目的が違います。

 

大楽毛には午後9時8分に到着。車のフロントは凍っていた。スプレーでフロントガラスを溶かして、大楽毛のセブンイレブンに行って、夕食を購入。新道を走り、帰宅して、お風呂に入り、コンビニで買ってきたカツカレーを食べて、ビールを飲んだ。日常のすばらしさを痛感した。

 

帰って来られて本当によかった~

 

この後、浦幌のシナソバさんにこの話をしたら、あそこは熊が出ますよ~と言われた。熊に遭遇せずに生還できたことを改めて神様に感謝したのでした。

鶴居ラン38k

昨日久しぶりの長い距離。鶴居村のTAITOの駐車場に車をら止めて、午前6時40分にスタート。6時間後にゴール。この日は、スバルにタイヤ交換に午後3時に予約していたので、走って風呂に入ってから行くとなると午前5時に起床しなければならない。これが一番のハードル。でもなんとか起きて、鶴居村に向かいました。途中には白鳥やツルがたくさん見れました。久著呂の市街にある自販機でコーラを飲んでがんばりました。でも、40キロ弱なので、それほどでもないかなと考えたけど、大変だった。浦幌ランも今月やりたいと思っているがどうなることやら。
ちなみに今回は完全ワイヤレスイヤホンのJ a b r a ELITE active65tを試した。はじめ入れ方ご不十分だったので、右側がポロッと落ちたこともあったが、きつく耳奥にグッと入れた後は全然大丈夫だった。下の動画を参考にしてほしい。

伊是名から


昨日送ってきました。まぼろしの沖縄でした。来年いけるかな?

J a b r a ELITE active 65t購入

 

 

 

 

 


今日Amazonから送られてきました。J a b r a ELITE active 65tです。ケーブルが付いてない完全ワイヤレスブルートゥースです。耳にピッタリはまって落ちる感じはしません。連続5時間音楽再生し、その後、10分充電で1時間再生するそうです。付けたままシャワーに入ってもいいそうです。Siriに連動するので、走りながらヘイSiriって言ったらSiriが答えてくれます。アプリをインストールしたら2年間無料保証が付いてます。音量のアップ、ダウンは右側のを上側を押すとアップ、ダウンは下側をおせばいいです。音楽のスキップも電話に出るのも押せばいいです。操作は簡単です。耳から外せば音楽停止し、再度付ければ音楽が再度再生します。これから色々楽しみたいとおもいます。

 

<後記>

購入後初めて実走してみた。取れずらいのか、5時間持つのか、使いやすさを検証した。結果から言うと、買ってよかったという感想です。下記の走った時の動画を添付します。

 


耳から落ちたことを言っているが、私がちゃんと嵌めてなかったことによるもので、しっかり嵌めた後は全く落ちる感じはしなかった。

 

初沖縄・初ミドルディスタンス中止

第31回いぜな88トライアスロン大会の中止について

いぜな88トライアスロントライアスロン大会実行委員会よりお知らせいたします。
10月28日(日)に開催予定されている「第31回いぜな88トライアスロン大会」について台風26号の影響が予想されるため「中止」と決定いたしました。
 選手の皆様におかれましては、大変ご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます。
 また、自転車の返送については、事務局から着払いにて送らせていただきますのでご了承くださいますようお願い申し上げます。

 

 

 

 10月25日に空路、沖縄に行く予定だったが、前日に上記のアナウンスが発表された。がっくりする間もなく、友人に連絡するとともに、自分の飛行機のキャンセルを急いだ。スカイチケットでANAの旅割75という安い飛行機をだいぶん前に頼んでいて、変更不可の商品だった。そのおかげで那覇往復を6万円で行ける感じだった。逆にキャンセルのときはかなりのキャンセル料を支払わなければならないと危惧していた。

 実際大会が中止になり、スカイチケットのサイトにすぐに行き、キャンセルしようと手続きをしていったらなんと8割ほどのキャンセル料がかかる模様。やっちまった~と思った。

 自宅のパソコンでやおらキャンセル手続きをしようと思っていたら、友人からメールが入り、JAL、ホテル、レンタカーはすべてキャンセル料なしで済んだとのこと。JALも全額返金とのこと。どうやってそんなことできたの?とメールしてみたら、カナダさんもANAに電話してみたらとのこと。友人は、JALに電話して、大会が中止になったことで行けなくなったので、自分のせいではないと主張し全額返金になったとのこと。私もその線で行こうとANAに電話したら、はじめはキャンセル料は6割かかりますとのこと。それで大会が中止になったので、行かなくなったことを主張したところ、上司に確認しますと少し待たされたが、今回はカナダさまが大会に参加する証明と、大会の中止の告知の写真をメールでANAに送っていただければ全額返金しますと快く対応いただいた。本当に胸をなでおろした。ANAの対応に感謝申し上げます。保険も全額返金になりました。

ただ、スカイチケットの手数料等は全額返金ならずでした。う~

 

 2年連続中止という目にあった友人は来年の宿の予約をしておいたから来年行きましょうと再度のお誘いをいただいた。まったくめげない友人です。来年は仕事の関係でいけるかどうか?

 

 青い海でのスイムができなかったのは本当に残念でした。

 

 

沖縄に行けなかったバイクたち

 

 

 

いぜな88トライアスロン大会


次のレースはいぜなです。初の沖縄。初のミドル。無事にきれいな海をウミガメと2キロ完泳できればと思っています。

鯵ヶ沢トライアスロン大会2018

まずは端的に感想を。

暑かった‼️35度。思いきり焼けました。
噂には聞いていたが、バイクとランのこれでもかというくらいの坂ばかり。バイクで足を使い切ってしまい、ラン始めての両脚痙攣。歩くこともできず、途方に暮れていたら、降りてきたランナーが氷の入った袋をどうぞとくれて感激するとともに、走り始められたにはびっくり‼️
スイムでは混戦で頭を叩かれた拍子にゴーグルがずれて海水が右眼に入り、帰りにコンタクトを外そうとしたら真っ赤。これは痛いはず。レースが終わってルートイン弘前駅前で風呂に入ってもまだ痛い。しばらく様子を見て、まだ変なら眼科に行かないとならない。
メモとして、ゴーグルのくもりどめは忘れずに。スイムの行きの目標は茶色の建物、帰りは防波堤の丸い形、最後は風力発電のプロペラ。参考までに。
ちなみに記録はリミットギリギリの4時間2分くらい前でした。ふ〜〜
総合記録3:58:15(132位) スイム0:48:35(132位) バイク1:57:46(136位) ラン1:11:54(123位)
 
思いつくままにまた書きます。
<スイム>
スイムはいつものとおりドキドキ。
砂浜から試泳するも、折り返しの目標が見えない。レンズがすぐ曇る。近くの人に曇り止めを貸してほしいというが、いつもツバで対処しているとのことで、やってみるも曇る。前日に知り合った名古屋から来た山口さんに曇り止めがないか聞いてみると持っているとのこと。助かった。
できれば混戦は避けたいんで、後ろの方からスタートしたが、胸くらいの深さで恐怖感はいつものレースよりもなく、まあ、すんなりとスタートできた。苫小牧のときは試泳でやめようと思ったくらいだったので、恐怖感はなくスタートできた。
しかし、いつまでたっても苫小牧のときのような一人旅にならず、ほぼ常に周りに誰かいて、挟まれたりたたかれたりしていた。頭をたたかれた拍子でゴーグルがずれて中に少しだけ海水が入ったが、それほどの量ではなかったので支障はなく最後まで泳いだが、これが最後には目が痛くなるほどになった。
いずれにしても自分がコースのどのあたりを泳いでいるかつかめず、折り返しのブイが近くなって、やっと折り返しだと思ったりしていた。また、2周回半のレースだが、手前の折り返しを2回目でゴールに向かえばいいのだが、もう一度回らないと2周回にはならないかなと考えながら、時々ロープにつかまりながら確認いていた。それほど頭が動いてなかったようだ。昨年は余裕で最後にスパートをかけれたのに、最後までまっすぐ目的地まで泳いでいるかわからなかった。
 
<バイク>
バイクは、下見してよかった。バイクなら2時間以上かかるとおもったので、車で下見して正解。岩木山の中腹にあるホテルまではるかかなたに向かって登っていく。ヒルクライムである。
それでなくてもバイクは下手なので、時速8キロとかになって、いつつくのか本当に不安になった。第1折り返しのホテルのところに行く手前の左折を過ぎてからの上りのきついこと。ほぼ進まない状態だった。前の2人も苦しんでいる様子が感じられ、みんな頑張ってるんだと暑い中ペダルを踏み続けた。幸い足をつくことなく登りきれたのは、自分で自分を褒めておこう。
その後の第2折り返し(前日の下見のときに、この辺でサルの集団を見た。はじめて野生のサルを見た。)をすぎてからはほぼ下り。降りるのは早いこと。
今回のバイクコースを経験したことは自分にちょっとした達成感を味わうことができ、次のレースの糧にもなったと感じた。
 
<ラン>
ランは、苦手なスイムとバイクが終わり、開放感いっぱいであとはひたすら足を前に出すだけでいいと思いながら走り始めた。
まあ、なかなか前にでれなかったけど。すでに走り終わってきた人もいて、すごいなあと思いながらマイペースで行こうと思っていた。
ランコースも走り始めの数十メートルは平地だが、その後はひたすら上り。
登り始めてすぐに左ひざ内側が痛くて足が動かなくなり、すぐに右側の同じ部位も痛くて、そのうち歩くこともできなくなった。この地点でリタイヤがちらついた。
前の女性もゆっくりではあるが前に進んでいる。私も少しづつでも進もうと本当に一歩一歩歩いていたら、上から来た速い選手が私の状態を見かねてか、エイドでもらったクラッシュアイスの袋を私に差し出し、少しは効くかもしれませんと渡してくれた。私は藁にもすがる思いで、膝の部分にタイツに入れて動いたら何とか進めた。違う方も同じように氷を入れたら、そのうち走れるようになり、ゆっくりではあるが登り始めることができた。
第一折り返しまでは下るのだが、途中で山口さんとすれ違いお互いにエールを掛け合って走り続けた。
エイドはすべて温かい手を差し伸べてくれました。ほぼ病人のようにボロボロになっていたので、スイカ、メロン、塩、オレンジ、水、麦茶をくれたり、水をかけるかいと思い切り頭にかけてくれ、そのたびに生き返りました。
第1折り返しを過ぎたあたりから、亀のようではありますが、ゆっくりと着実に走れるようになっていました。それでもひたすら上りは続きましす。天候は灼熱の真夏、風も温風です。釧路人には耐えがたい環境でした。
そのころには最終ランナーが私の数人後にいて、その人の後ろにはすぐに車があとをつけていました。本当にほぼビリケツ状態でした。
頂上のような第2折り返しで、しばし水をかぶせていただき、メロン、オレンジ、スイカを食べて、レモンと塩が入った水をいただき、また痙攣が起きないようにいっぱいいただきました。
その後は下り、ひたすら息のつながる限り走り続けました。
坂の途中のエイドでもまた水をいただき、しばらくすると、あんなに前にいた山口さんに追いつくことができました。山口さんは膝が痛いそうで、なかなか走れないとはいってましたが、相当辛そうで制限時間に間に合わないかもしれないとのこと。そのときに制限時間があることに気づきました。
坂のほぼ下り終わりのところにいたスタッフにあとどれくらいで制限時間になるのと聞いたら、あと10分くらいとのこと。それから全速力で走りました。
坂を下り切って、公園の最後の直線に入ったときは何とか間に合ったと感激するとともに、直線にいた観衆からもたくさん声援をいただき、苫小牧のときとは違った喜びを感じることができました。本当に苦しいレースでしたが、今までのトライアスロンのレースで一番達成感や喜び、感動を味わえたレースでした。ほんとによかった~
 
ちなみに義理の弟夫妻が青森在住でわざわざ1時間ほどかけて応援にきてくれ、写真をとってくれたり、応援してくれたり、4時間もの間、ずっと鰺ヶ沢にいてくれました。貴重な休みにもかかわらず、応援してくれて本当にうれしいレースでした。感謝します。
 
完走後は、椅子に座るように指示があり、記録バンドをとってくれました。終了後は、スイカ、メロンの食べ放題。メロンは1玉くらい食べたような気がしました。到着したのがすでに午後1時になっていたので、これらが昼ご飯になりました。
時間が許せば、また、挑戦したいレースでした。事前にみたブログでは全国のレースのベストテンに入っていたのも頷けるような気がしました。
抽選会まで粘りましたが、残念ながらメロンはもらえませんでした。その後、義弟夫婦に手伝ってもらいバイクをケースにしまい、夜の大学時代の部の連中と会うために急ぎ、弘前のルートイン弘前駅前に戻り、海水と汗まみれになった体をきれいにしてから着替えて夜の街に繰り出しました。
翌日は朝4時起床、午後5時半にはフェリーターミナルに到着し、午前7時40分に青森港を出発、11時20分に函館港に到着。ハセガワストアー七重浜店で焼き鳥弁当(小)490円を食べて、一路札幌まで帰り、翌日には釧路まで帰りました。当日は日本ハムの公式戦が釧路で開催されており、自宅も球場の近くなので、野球が終了したころ合いで車が渋滞してました。
 
帰宅後には、ウエットスーツをお風呂で洗い、外の洗濯干しで乾かし、車のヘッド部分の大量の虫を洗い流してから、整体に行って、全身をもみほぐしてもらい、帰宅。チャーハンを作って、溜まった連ドラを見ながら夕食をとり、風呂でヒリヒリさせながら入り、ビールを飲みながらゆっくりして就寝しました。長い道外遠征でした。
 
本部 午前7時からここでナンバーをかいてもらいました。
 
当日車検もします。前日に車検した人は不要です。
 
 
 
スイム会場
 
スイムアップの看板とレース終了後の写真撮影サービスをしてくれます。
 
スイム会場折り返し方向
 
スイムアップしてからバイクトランジッションへ向かう道。いっぱい応援してもらいました。
 

霊峰岩木山、津軽富士 美しい‼️
 
スイムアップ(ようやく)
 
バイクコースへ
 
ぎりぎりゴールしました。本当に疲れた。
 
記念撮影
※私の映っている写真はすべて義弟によります。ありがとう。
貴重な休みの1日を私のレースに付き合ってくれました。
感謝申し上げます。
 
 

 

初道外トライアスロン


なんかワクワク感と不安感が混じってる感じです。バイクのコースが変更になり、新しくなった激坂が待っているそうです。行ったら下見しよう。開催は来月下旬です。
まずは、今月末のサロマを頑張る。なんせ5年ぶりなので。