お盆にすること。
父親が東京に出てそこで生まれた僕は、子供のころ夏休みにお盆に合わせ喜多屋に
帰省していた記憶の中で、正直お盆に墓参りをすること以外に何をしたらいいのかよく
分かっていません。
ただ、ぼんやりとでも祖先の供養を行う行事であることは分かっているので、ともかく
日ごろの報告と感謝の気持ちを込めて墓参りに行くことにしました。
喜多屋に帰って何度かお墓の掃除には出かけているので、何となく予想はしていたの
ですが、線香とロウソク、水と熊手を持って午前中に行った時は、あまりの雑草の多さ
と大きさ(太さ)にビックリして、とりあえずお参りだけして出直すことに決めました。
午後にDIYショップに行き、鎌とビニール手袋そして除草剤を購入して、長靴を履いて
蚊取り線香も持って、装備も完璧に改めて出かけました。
喜多屋代々のお墓は林の中を切り開いたような場所にあるので、周りからの落ち葉は
もちろん、まるで木の枝のような雑草が石垣の石の隙間や、コンクリートの地面とお墓
の間の僅かな隙間からいたるところに生えています。蔓植物も上から横からアチコチ
に張り巡っています。
鎌で全部刈って熊手で集め、生えていた根元の箇所にに除草剤を撒いて1時間くらい
で掃除を終わらせました。
それから線香をあげて、これまでの報告とこれからの予定や感謝の気持ちを、そんな
ようなことを話してきました。
いつもお世話になっている花屋さんに立派な花束を用意してもらって(破格な値段で
有難うございました!)お供えしてきたので、汗ダクダクでドロドロでしたが、心も洗われ
清々しい気持ちでお墓を後にしました。
『代々の喜多屋の主人がこの竹田の城下町で暮らし、それぞれの役割を果たしここに
眠っているんだな』と想いながら、その末裔である僕にはこの竹田でどんな未来がある
のか考えながら、身が引き締まる思いもしました。
海は広いな大きいな。
今日、以前にある沖縄系雑誌の読者記者で、郷土料理の“琉球丼(魚刺身の漬け丼)”を
取材した時にも訪れたことのある佐賀関にSさんと行ってきました。特別用があった訳では
ないのですが、普段山に囲まれた僕にとって海がすごく恋しかったんだと思います。
佐賀関は数年前に合併して大分市になりました。市内から車で1時間も掛からない程度の
場所にあり、お盆休みの今日でもすんなりと行けた結構キレイな海です。
マリンジェットやボートでレジャーを楽しむ人、海水浴や釣りをする人。
海に行くと決めて家を出たわけではないので水着など用意しているわけでもなく、その人
たちを横目で見ながら、でもいい香りのする潮風を思いっきり吸い込んで、ほんのひと時
ですが癒しの時間を過ごしました。
大分の海が面白いのは海と山の距離が近い、言い換えると平野部があまり無いことです。
車で山中を走っていると、しばらく海辺に着きそうな感じがしません。でもトンネルをくぐる
と突然目の前にドーン!と現れたりします。
佐賀関辺りの海は内海で、湘南や鎌倉の海とは違いあまり波もなく、リーフはないけれど
沖縄のように穏やかな感じです。(今日は熱低が近海を北上していたので荒れていました
が、、、。)
実は、今は山の中にいるので役に立ちませんが、八重山で一応僕は一級船舶・特殊小型
船舶の免許を取っているんです。
またいつかマリンジェットに乗って海を走り回りたい、、、。
釣りもしたい、、、もう少し涼しくなったら海に釣りをしに来たいと思います。
想いを乗せた手紙。
先週、大分県の地域振興事業の一環で、竹田市出身の堀田大(ひろし)シェフが招かれ
特産品である夏秋トマトを使った料理講習会が行われ参加しました。
講習会が終わったその時に、堀田シェフがキッチンスペースに一人きりになるチャンスが
突然目の前にやってきたので、ここぞとばかり名刺を出して挨拶をさせていただきました。
予想外のチャンス到来に話すことも整理できておらず思いがけず緊張してしまい、あとで
冷静になってから思い出したら『何を伝えたかったんだろう?』と、自分でも分からなくなる
ような内容だったので、『手紙を書こう』とずっと考えていました。
今日は隣町に一件用事があるだけで、久しぶりにお気に入りの食堂で丼を食べて、用事
を済ませ、散髪に行き、道の駅に2つ寄り取扱商品の簡単な調査をして帰ってきました。
夕方、頭の中で話をしたかったことをもう一度整理し、パソコンを立ち上げ言葉にしていき
ました。書きながら想いが言葉になり溢れ、書き上げてみたら、初めて送る内容にしては
篤すぎるものになってしまいました。
パソコンの便利なところは後で編集できるところです。自分の気持ちを落ち着けるように
手紙の中の自分自身も落ち着けていきました。
何とかまとまって封筒に入れ、住所を書いて喜多屋のゴム印を押して、封をし切手を貼り
投函してきました。
父親も含めて竹田市出身の都市部で活躍されている人たちは、今過疎や高齢化が進む
竹田市を何とかしようとする地元の人たちにとって、そこの都市部で最大の理解者であり
協力者です。
想いを手紙に乗せて届いてくれることを期待し、少し待ってみましょう。


