特別支援学級児童の親学級(交流学級)での様子(自閉症のお子さん)
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
※特別支援学級在籍のお子さんの親学級(交流学級)での話です。お子さんは自閉症。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
> 親学級での交流での教科には、たくさんの視覚支援をしていただきました。
> 理科の鉢植えにも、習字の片づけにも手順書を、体育や社会科にも
> ルールの紙を、テストですら絵で説明されました。
なるほどな、お子さんによってはそれで乗り切れるんだ。
> ただ、介助員の先生があまりにもベタッと引っ付かれた生活には、
>私の目にも、□□に困惑した様子が見られました。
> 介助員の先生に「視覚支援が自立的」と結びついていないためです。
これは気をつけておかないといかんですね。自戒、自戒。
> それと、親学級や学年全体ですることなどは、できないことがはっきり
>わかっていると拒否するという表現をするようになりました。
>私としてはそれで良いけれど、学校側からすれば、それは困るわけです。
ほんま、落ち着ける場所(カームダウンエリア)で自分で落ち着けるのってえらいですよね。
学校が少し考えを変えたら困らなくなるなあ。
特別支援学級にいた頃。
※特別支援学級在籍のお子さんの親学級(交流学級)での話です。お子さんは自閉症。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
> 親学級での交流での教科には、たくさんの視覚支援をしていただきました。
> 理科の鉢植えにも、習字の片づけにも手順書を、体育や社会科にも
> ルールの紙を、テストですら絵で説明されました。
なるほどな、お子さんによってはそれで乗り切れるんだ。
> ただ、介助員の先生があまりにもベタッと引っ付かれた生活には、
>私の目にも、□□に困惑した様子が見られました。
> 介助員の先生に「視覚支援が自立的」と結びついていないためです。
これは気をつけておかないといかんですね。自戒、自戒。
> それと、親学級や学年全体ですることなどは、できないことがはっきり
>わかっていると拒否するという表現をするようになりました。
>私としてはそれで良いけれど、学校側からすれば、それは困るわけです。
ほんま、落ち着ける場所(カームダウンエリア)で自分で落ち着けるのってえらいですよね。
学校が少し考えを変えたら困らなくなるなあ。
100回のカウンセリングより1回の診断を(「変光星」の森口奈緒美さんの言葉)
※これは相当説明が必要ですね。追記に書きます。
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
kingstoneです。
実践障害児教育(学研の出してる雑誌)8月号は特集が「アスペルガー症候群と高機能自閉症の支援」です。
すごくいいです。
ニキリンコさんの「自分を語る」という生い立ちの手記をはじめ、どの記事も勉強になります。でもって静岡県総合教育センター教育相談部の臨床心理士さん海野千畝子さんの
「障害をもつ子,そして親への援助体制」という記事の中で森口奈緒美さんの変光星の中の文を引用しつつ
「森口奈緒美さんの著書「変光星」の中での「100回のカウンセリングより1回の診断を」ということばどおり、「診断を受ける」ということは本人の人生において「自己をどう社会と重ね合わせていくか」という視点にかかわる、自己概念の認識形成のために重要なことで
ある。教育相談所においては、本人、保護者の障害の受け止めの抵抗や混乱は承知で、診断にまつわる複雑な感情をも支えて抱えていく機能が求められている」
と書かれています。こういう心理士さんが増えてくると嬉しいですね。
---------------
追記
これは例えば2000年頃発行された、超有名カウンセラーの本に「自閉症はカウンセリングで治る」と書かれていたりしました。まあ流派から行って面接して対話する、ひょっとして箱庭を使ったりするかなあ、描画を使ったりするかなあ、というタイプの方と思われます。
そういう時代があったのですね。想像になりますが、そういうものが「効果」があったとは思えません。もちろん面接時間はリラックスできるようにされたでしょう。そしてそれは日常生活のつらさを緩和する助けになったと思います。しかし、面接室から出た時、配慮の無い環境(見てわかる環境が作られていない、わからないまま我慢して居ることを強要される)配慮の無い人間関係(表現がわかってもらえない、相手の伝えたいことが正確に伝わってこない等)等々がそのままであれば、またその人は苦しみ続けます。もともとの障害は治るわけじゃないのですから。
ひょっとしたら超有名カウンセラーさんはカウンセリングという名前でソーシャル・スキル・トレーニングをやっていた可能性はありますが、そのような記述は無かったですね。
ずっと「普通」になりたかった
の中でグニラ・ガーランドさん(高機能自閉症(アスペルガー症候群?))上記のような昔ながらのセラピーを受けていた時と、きちんと診断してもらってからの気持ちのことを書いてはります。
もちろん「診断」があったて、じゃあどう支援するのか、っていうのが無ければ無意味だ、と私は考えます。ですから1回の「診断」ったって診断名をつけて放り出される感じになってはいけないよなあ、と思います。その点高機能自閉症(アスペルガー症候群)の方の一部は診断名がわかれば自力で情報収集して対応を考えることができる可能性もありますが・・・それもたいへん。
そこらへんがあって「100回のカウンセリングより1回の診断を」という言葉になっているわけです。
最近はカウンセラー(心理士など)も発達障害について勉強され、環境を整えていこうとされてる方もおられるようです。スクールカウンセラーを利用するときは、そのあたりも判断して利用されたらと思います。
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
kingstoneです。
実践障害児教育(学研の出してる雑誌)8月号は特集が「アスペルガー症候群と高機能自閉症の支援」です。
すごくいいです。
ニキリンコさんの「自分を語る」という生い立ちの手記をはじめ、どの記事も勉強になります。でもって静岡県総合教育センター教育相談部の臨床心理士さん海野千畝子さんの
「障害をもつ子,そして親への援助体制」という記事の中で森口奈緒美さんの変光星の中の文を引用しつつ
「森口奈緒美さんの著書「変光星」の中での「100回のカウンセリングより1回の診断を」ということばどおり、「診断を受ける」ということは本人の人生において「自己をどう社会と重ね合わせていくか」という視点にかかわる、自己概念の認識形成のために重要なことで
ある。教育相談所においては、本人、保護者の障害の受け止めの抵抗や混乱は承知で、診断にまつわる複雑な感情をも支えて抱えていく機能が求められている」
と書かれています。こういう心理士さんが増えてくると嬉しいですね。
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追記
これは例えば2000年頃発行された、超有名カウンセラーの本に「自閉症はカウンセリングで治る」と書かれていたりしました。まあ流派から行って面接して対話する、ひょっとして箱庭を使ったりするかなあ、描画を使ったりするかなあ、というタイプの方と思われます。
そういう時代があったのですね。想像になりますが、そういうものが「効果」があったとは思えません。もちろん面接時間はリラックスできるようにされたでしょう。そしてそれは日常生活のつらさを緩和する助けになったと思います。しかし、面接室から出た時、配慮の無い環境(見てわかる環境が作られていない、わからないまま我慢して居ることを強要される)配慮の無い人間関係(表現がわかってもらえない、相手の伝えたいことが正確に伝わってこない等)等々がそのままであれば、またその人は苦しみ続けます。もともとの障害は治るわけじゃないのですから。
ひょっとしたら超有名カウンセラーさんはカウンセリングという名前でソーシャル・スキル・トレーニングをやっていた可能性はありますが、そのような記述は無かったですね。
ずっと「普通」になりたかった
の中でグニラ・ガーランドさん(高機能自閉症(アスペルガー症候群?))上記のような昔ながらのセラピーを受けていた時と、きちんと診断してもらってからの気持ちのことを書いてはります。
もちろん「診断」があったて、じゃあどう支援するのか、っていうのが無ければ無意味だ、と私は考えます。ですから1回の「診断」ったって診断名をつけて放り出される感じになってはいけないよなあ、と思います。その点高機能自閉症(アスペルガー症候群)の方の一部は診断名がわかれば自力で情報収集して対応を考えることができる可能性もありますが・・・それもたいへん。
そこらへんがあって「100回のカウンセリングより1回の診断を」という言葉になっているわけです。
最近はカウンセラー(心理士など)も発達障害について勉強され、環境を整えていこうとされてる方もおられるようです。スクールカウンセラーを利用するときは、そのあたりも判断して利用されたらと思います。