明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願い致します!

今年もこちらのブログ、KENTのミュージックカフェにどうぞお越しくださいませ。

楽しく語りましょう。

KENT


こんな事を書くと怒られちゃうかもしれないけど、僕は数年前から音楽ライターがタラタラと自分の感想、批判、評論ばかりを書いた本を読むのをやめてしまった。

だって音楽は聴く側がそれぞれどう感じるかでそれは人によって千差万別で十人十色だからである。

ライターが「私はこの曲をこう思う」と雑誌で公言した所でそんなのは個人の感想に過ぎない。

それでもミュージシャンが心を開くライターもまれにいる。

僕は松村雄策さんや星加ルミ子さんやピーター・バラカンさんなどはとても音楽に純粋だから彼らの本なら楽しく読める。

読者にミュージシャンを伝える人はミュージシャンも心を開くのであろう。

ミュージック・マガジンなどはミュージシャン本人のインタビューがあるから楽しいですね。あとミュージック・ライフも。


上記に貼り付けた映画は「あの頃ペニーレインと」という映画。

15歳でローリングストーン誌のライターになった主人公があるロック・バンドのツアーを追い、ある女性と知り合い成長するという物語。


時代設定が1969年というから僕が大好きなミュージシャンの曲が盛り沢山のサントラだった。


主人公はロック・ミュージックとともに成長し、恋をするのだ。

見ていてとっても淡い気持ちになる。

音楽の多様化が叫ばれる現代だからこそ、自分は「こういうのが好きだ」と多少、偏屈でもかまわないと思う。

先日、職場でもスタッフが「最近の流行のJ-POPはまったく分からないけど、ヒップホップやレゲェが好きだ」という発言を聞いてほっとしたものだ。

柔軟性はもちろん必要だけど、好きなものを追求すればいいのだ。

この映画を見てロック・ミュージックを聴く、もしくは好きだというのは恋をするという事だと感じた。

ロック・ミュージックが好き=万年、恋しているという意味でいいと思う。

僕はロックやブルース・ミュージックが好きです。

休日はライブハウス等に行って好きなミュージシャンのライブを見るのが大好きです。


特にマイミクやアメンバーになっていただいたミュージシャンの方々を僕は皆様尊敬しています。
自分にできない事であるし、ステージでは皆輝いています。

だからこそ知り合いになっていただき親しい仲になっていただきマイミクになっていただきました。

ミュージシャンと親しくなればなるほど様々な感情は生まれると思います。様々な。

でもね

mixiというこのネットを使用し人の中傷をするリスナーはいけない。

聴衆はミュージシャンにチケット代を払い、最高のパフォーマンスを期待するのがマナー。しかしちょっと履違えた求め方をする人がいて尚且つミュージシャンに感謝されようと自分の欲だけで考えてる人がいます。


「あれだけライブに行ってやったのに感謝されない」というような言葉を日記やつぶやきに書き誹謗中傷する人がいます。

音楽とは関係ない所でなぜか人間関係がぐちゃぐちゃになっている人がいます。

僕も難しい立場や見ていて心が痛む場面を沢山見てきました。


仕事じゃなく休日に顔を出し関係を築いて楽しい時間を作ろうと考えているはずなのに。

だから

だからさ

本質を忘れちゃいけないですよ。

僕らは音楽が好きでみんな集まっているんじゃないですか。


人の悪口を言ったりmixiで言われたから言い返すを理由に何度も特定の人物を悪く言うのは人間としての器が小さすぎる。


何か気にいらない事を言われたのならマイミクを切った後に日記やつぶやきで悪口を書かずに話し合いの場を作ればどんなに気持ちよくなることか。


ミュージシャンの方々がステージ立つ人間としてマナーを心得ているように、我々リスナーもミュージシャンに応援と拍手というマナーを心得ないといけないと思います。


僕の大好きなミュージシャン、マイミク、アメンバーにもなっていただいたミュージシャンの方々。

また時間合えばライブに行きます。こんなKENTと仲良くしていただいて嬉しいです。

人間として至らない事が多いですがその時はご指導お願いします。
世の中は因果応報。先ほどから僕が話題にしてる人の悪口をmixiに書く彼も好きな言葉(笑)

僕も好きな言葉です。自分のやった事はいい事も悪い事もすべて返ってくる。


ビートルズの歌で「あなたの受け取る愛は与えた愛に等しい」とあります。
これは貴重な映像だ。1967年頃のゴールデンカップスがカラーで一瞬見れる映像はそうはない。

当時はGSサウンドをバックにゴーゴーが流行り・・

時代は進みジュリアナ東京が流行り10年前はパラパラでしたな・・。

今は何だろう・・。

いやダンスの話ではない。

とにかく貴重な映像です。

1967年。KENTはまだ生まれてないどころかかけらもありません。。


この映像はジョージが日本に来た際の取材映像。

高校生の頃、ビートルズ関係の海賊版ビデオを購入した際見た事ある映像だなぁ。

youtubeで再会できるとは。

僕もジョージみたいな男を目指そう。(笑)

しかしこのニュース番組懐かしい。効果音がまた時代を感じる。


先日仕事で新宿に行った際、帰りにディスク・ユニオン新宿店(ロック館)に久々に寄りました。


渋谷のHMVが閉店して数か月経ちますが、せめてユニオンのような店員と気軽な談義ができるようなお店は残っていてほしいと思いました。


僕は古いと思われるかもしれないけど、やはりダウンロードして曲を集めるよりもしっかりとジャケットがあってCDとして購入して聴きたい。


特にインディーズとして頑張っている人で尚身近でお会いできるのであればCDにサインを頂きたい。

古くてミーハーだけど僕はそう思う。

ジャケットのアートワークだってそのアーティストの表現したものだから。

「今の時代がこういう時代だから」とか「昔はいい」という言葉を連呼してしまうと自ら成長を止めてしまう、勿体ない言葉なので言いたくはない。


でもどんなに音楽配信が進んでもユニオンのようなレコード屋さんは音楽市場の中心であってほしい。

ジョンとポールを語ったのだから続いてジョージやリンゴも語りましょう!

余談ですが、ジョンとポールはムックとガチャピンのモデルらしいなんて噂がありましたが・・。

そんな事より!

本題です!

今日はジョージ・ハリスンの1979年発売のアルバム『慈愛の輝き』について語りたいと思います。


今作が発表された当時はニューウェイブやパンクが全盛の時代でロックやブルースなどのジャンルのチャートインが難しく、ビートルズやストーンズなどはかなり批判され貶されていたのだそうです。

このアルバム『慈愛の輝き』はもっともジョージらしい佳作であるにも関らずセールス的に芳しくなかったのはこういった時代背景があったのでしょう。

これを発表した当時のジョージは36歳。ビートルズ解散による裁判や争いが片付き、別居していたパティ・ボイドと正式に離婚。その後、パティは親友エリック・クラプトンと結婚!ジョージはメキシコ系アメリカ人 オリビア・アライアスと結婚し第一子を授かるのでした。

当時のプロモーション・インタビューを読むと再婚して初めての子供を授かり、何もかもが順調だというのが語られています。

こんな幸せ絶頂の時だからこそ「愛はすべての人に」なんて美しい曲が書けるのですね。

ジョージの歌うこの曲。聴いていると必ず自分にも幸せがやってくると歌ってくれているようで

それだけで幸せになれる。幸せとは相手の幸せ願って初めて自分に幸せがやってくると思う。

幸せすぎて浮かれすぎて回りを不快にさせて一気に落ちた輩はこんな僕でも何人も見てきた。

ジョージは幸せであってそれを周りの人にも分けようとして歌っている。



僕がジョージ・ハリスンを好きなのはその癖のある楽曲と人柄。そしてギター・プレイだ。

個人的な話で申し訳ないですが、僕が高校に進学して軽音楽部に入部しバンドを結成。ギターでお手本のギタリストはジョージだった。周りは早弾き系ギタリストやヴィジュアル系ギタリストが流行っている時代であるにも関らず・・・。

みーんなギターを低く掛けているのに僕は高く掛けていた(笑)

本当に当時はジョージ気取りだった(笑)

2001年11月29日。僕が高校二年生だった頃。

癌と戦っていたジョージは天に旅立つ。

会ったこともないのに悲しかった。泣いてしまった。

「ジョージ、人生の探し物は見つかった?」

自分だけ幸せであればいいという気持ちでは絶対に本当に幸せは来ない。

いいも悪いも自分のやった事は全部自分に帰ってくるもの。

ジョージの曲を聴いてそんな事を考えていた。

愛はすべての人に

kent0916さんのブログ
12月にボン・ジョビが来日するみたいですね。

行けたらぜひ行きたいです。

ベタだけど彼らの曲で一番衝撃を受けたのは「イッツ・マイ・ライフ」。

僕が高1の時、ちょうどリリースされて学校帰りにデパート内のCD屋の試聴機でよく聴いていたな。

06年に来日した際は東京ドームで見たけど、リッチーが肩を骨折していた。

そしてジョンはかっこよかった。

そんな事を考えながら彼らの1stアルバムのLP盤を聴く朝。



youtubeって見出すと止まらないものです。

次から次へと。

今日見つけた印象的な映像はポール・マッカートニーが8年前に来日した際のドキュメント映像です。

八年前、僕はポール・マッカートニーの来日のニュースを聞いて飛び上がって喜び、親に借金してチケットを手に入れました。(当時まだ高校3年生だったため)

ちょうど親父はビートルズ来日公演を見逃してしまったという過去があるのでとても理解がありました。

僕は学校が終わるとそのまま相鉄線の鶴ヶ峰駅(高校の最寄り駅)から横浜に出て水道橋に向かったのでした。

東京ドームに着くと様々な世代の人達が集まっていて開場を待っていました。

ドームに入場するとサウンドチェックのドラムのスネアの音が一音聞こえるだけで歓声が上がりました。

そして開演。ポールはヴァイオリンベースでハローグッバイを歌った瞬間、ここにいる自分が信じられなくなり、そして感激のあまり涙が出てきました。

ライブの模様は色々な所で語られているので省きますが、終演後にドーム裏でポールの出待ちをしていました。

今考えるととんでもなく世間知らずでしたね(笑)

どうしてもポールにサインしてほしかったのですが、結局ポールは現れず・・・

高校の制服を着たまま観たポール来日公演・・。

ポール、今回も入念な持ち物検査はされたのかな?(笑)
kent0916さんのブログ


今年はジョン・レノン生誕70周年・没後30年の年になります。

このアルバム「ダブル・ファンタジー」はジョンがヨーコとの間に生まれた愛息ショーンを育てるため

五年の主夫生活を終えヨーコと作り上げた渾身の作品です。

最初の曲、スターティング・オーバーから始まりジョンとヨーコの曲が交互に収録されています。

ジョンは発売当初、「これは男と女の会話なんだ」と発言していたのを何かで読んだことがあります。


今から10年前の2000年。その年は僕は高校一年生で筋金入りのビートルズ・ファンでした。

折りしもジョン生誕60年・没後20年で盛り上がっていてリマスター再発CDを購入するべくCD屋さんに行くとこのダブルファンタジーのアルバムジャケットがずらっと飾られていました。

僕はこれを見て立ちすくんでしまった。見慣れているジャケットだったけど、なぜかCD屋さんでああやって飾られているとあのジャケットが何かを訴えているようだった。

別に美男美女がキスしている写真ではないのだけど、何だか「男と女の愛というのはこういうものだ。けっして偽りなどあってはいけないのだ。揺らぎもなく信頼だけ」というようなハイレベルなメッセージを伝えてくれたようにも思えました。

何であの時、そう思ったのかは今でも分かりません。

でもこのジャケット写真は当時のKENT少年に大切な事を教えてくれたのでしょう。

ジョンの訃報は一つの時代が終わった寂しさがりそれを体験した音楽ファンは

とてもショックだっと聞きます。

何せその時は生まれてなかったものでそのショックを体験されたビートルズや音楽ファンに話を聞くのはとても興味深いです。

みなさんはいつどこでこの知らせを聞き、どのように感じましたか?