ジョンとポールを語ったのだから続いてジョージやリンゴも語りましょう!

余談ですが、ジョンとポールはムックとガチャピンのモデルらしいなんて噂がありましたが・・。

そんな事より!

本題です!

今日はジョージ・ハリスンの1979年発売のアルバム『慈愛の輝き』について語りたいと思います。


今作が発表された当時はニューウェイブやパンクが全盛の時代でロックやブルースなどのジャンルのチャートインが難しく、ビートルズやストーンズなどはかなり批判され貶されていたのだそうです。

このアルバム『慈愛の輝き』はもっともジョージらしい佳作であるにも関らずセールス的に芳しくなかったのはこういった時代背景があったのでしょう。

これを発表した当時のジョージは36歳。ビートルズ解散による裁判や争いが片付き、別居していたパティ・ボイドと正式に離婚。その後、パティは親友エリック・クラプトンと結婚!ジョージはメキシコ系アメリカ人 オリビア・アライアスと結婚し第一子を授かるのでした。

当時のプロモーション・インタビューを読むと再婚して初めての子供を授かり、何もかもが順調だというのが語られています。

こんな幸せ絶頂の時だからこそ「愛はすべての人に」なんて美しい曲が書けるのですね。

ジョージの歌うこの曲。聴いていると必ず自分にも幸せがやってくると歌ってくれているようで

それだけで幸せになれる。幸せとは相手の幸せ願って初めて自分に幸せがやってくると思う。

幸せすぎて浮かれすぎて回りを不快にさせて一気に落ちた輩はこんな僕でも何人も見てきた。

ジョージは幸せであってそれを周りの人にも分けようとして歌っている。



僕がジョージ・ハリスンを好きなのはその癖のある楽曲と人柄。そしてギター・プレイだ。

個人的な話で申し訳ないですが、僕が高校に進学して軽音楽部に入部しバンドを結成。ギターでお手本のギタリストはジョージだった。周りは早弾き系ギタリストやヴィジュアル系ギタリストが流行っている時代であるにも関らず・・・。

みーんなギターを低く掛けているのに僕は高く掛けていた(笑)

本当に当時はジョージ気取りだった(笑)

2001年11月29日。僕が高校二年生だった頃。

癌と戦っていたジョージは天に旅立つ。

会ったこともないのに悲しかった。泣いてしまった。

「ジョージ、人生の探し物は見つかった?」

自分だけ幸せであればいいという気持ちでは絶対に本当に幸せは来ない。

いいも悪いも自分のやった事は全部自分に帰ってくるもの。

ジョージの曲を聴いてそんな事を考えていた。

愛はすべての人に

kent0916さんのブログ