ブリティッシュPUB アーロンのブログ -86ページ目

有り難い!

年明けに年始の挨拶に来て頂いた方から、

又、お土産を頂戴しました。



秋田県に旅行に行ったとの事で、「きりたんぽ」を頂戴しました。

この子は未だ若いのに、凄く気が付く子なのです。

いつも何処かに出かけたときに、何かお土産を買ってきてくれます。

お勤め場所は都内ですし、住んでいる所も都内ですし、ココ浦和まで

来るのは大変だと思うのですが、縁あって内のお店を愛してもらっています。
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きっかけは、この子がブリティッシュの雰囲気が好きだった

事もあり、以前は当店の近くでバイトをしていたので、良く

来てくれました。


その後、都内で就職して頑張っています。

ちゃんと就職したと聞いて、ママと大変喜びました。


でも、遠くなっても、時よりふらりと遊びに来てくれます。

嬉しいですね。

マスター&ママを身近に感じてくれてるようです。


ありがたい!嬉しい!

これからの人生を、大事に一生懸命に生きて欲しいと

思っています。

このような気遣いが出来る子は、きっと、今後

良い人生が送れるのではないでしょうか。

そのように、確信しているのです。




次は、新潟に住んでいる女性から「サラダホープ」という

お菓子を頂戴しました。

1ケースも頂いた。

亀田製菓が作っているお菓子。

でも、このお菓子は新潟県内でしか、販売していないそうです。
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何故かと言いますと、全国販売すると、他のお菓子メーカーが

すぐに真似をしてしまうそうです。

そのプライドが新潟県内だけにしてしまったそうです。

ブランドに誇りがあり、味にも誇りがあるのでしょう。

これ本当に美味しいです。



彼女の彼氏が日本酒を持ってきてくれました。

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この彼氏は当店の開店当時から来てくれました。

彼を最初に知り、そのうち彼女を連れてくるようになりました。

二人が知り合ったきっかけはサッカー繋がりのようです。

レッズが新潟で試合をした時に、応援しに行った時に

知り合ったようです。


彼は、以前は東京都内で働いていましたが、現在は

栃木県の那須で働いています。


このカップルは新潟県と栃木県からはるばる、

この埼玉県の浦和まで来てくれるのです。

新年の挨拶の為に。

ありゃマー。申し訳ない、有り難い。嬉しい。


彼の実家が埼玉県なので、立ち寄って行くと思いますが、

わざわざ来て頂いて恐縮してしまいます。


このカップルも、今後上手く進めばよいなーと

思っています。


本当に有り難いことですね。

縁は本当に大事にしないと、後で後悔しますね。

お店のお客様と店主という関係だけで無く、節度を保ちながら

人間と人間としてのお付き合いです、


今、一生懸命に目の前の人を大事にしなければならないと

改めて思います。


家に帰ったら、「サラダホープ」をかじりながら、ビールを飲み、

「きりたんぽ」が温まったら、この「日本酒」で乾杯だ!


この子達の未来の為にね。


お客様からのお土産

お正月に、里帰りしたお客様から、お土産を頂戴した。

北海道出身のお客様からは、「TSUMUGI」というバームクーヘン。
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バームクーヘンにホワイトチョコレートを練りこんでいます。

大変、コクのあるものです。

美味しかった。
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もう一つは、イギリスに里帰りされた方から頂戴した、

チェダーチーズ。
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これは、非常に濃密なチーズです。

とても、美味しい。


これからご来店された、お客様にもおすそ分けいたしますよ。

ビール、ウィスキーにとても合います。


楽しみにして下さい。


嬉しいな!

今日、昨年忘年会をやって頂いた方から感想を頂戴しました。

「今までの忘年会で一番楽しかった!」との事でした。

そんな言葉を頂いて、

本当に嬉しかったです。


我々夫婦は、稚拙ながらも今日パーティーを開く方達のイメージを

まず浮かべます。

まして、常連のお客様でしたら、どうしたら喜んで頂けるかと考えます。


この「イメージング」は非常に大事ですね。


会費幾ら、人数は何人。何時間?。

ではこのコースで。やりましょう。

でも、このようなサービスでは、大手の飲食店と同じです。


クーポンも配るのでは無く、早割りもするのではなく、

我々個人店は、お客様との「同期」が非常に重要です。

所謂、「シンクロ」です。


ここが、個人店と大手企業との違いです。

これが、個人店の良い所ですね。

僕もお客様が楽しいんで頂ければ、嬉しいし、

お客様も楽しい。


大手企業のマニュアルに無い、「意外性」です。


これが、「やって良かった!」という

生きがいですね。


このような、生きがいを感じられて良かった!

今日改めて感じます。

今日はプレスリーの誕生日

今日1月8日は、ロックンロールの帝王

エルビス プレスリーの誕生日です。


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1935年1月8日にエルビスは生まれました。

生きていれば今年で76歳。

でも42歳の若さで、昇天しました。

テネシー州のテュぺロという小さな町で誕生し、育ったのは、メンフィスです。

まだまだ、人種差別が激しかった時代でした。

プレスリーの家は極貧だったので、

アフリカンアメリカンの教会に通ったりして、牧師の説教を聴き、一緒にゴスペルを歌ったそうです。

その為、彼はブラックゴスペルにはかなり詳しかったようですね。

メンフィスはブルースの町でもあり、カントリー&ウェスタンの音楽も流行っていたので、

彼の音楽のルーツは、ゴスペル、ブルース、カントリーなのです。


1954年にデビューした曲「That's all right mama」もブルースです。

この曲、後に色々なロッカー達が、カバーしています。


ロックンロールと言う言葉は当時既にありました。

(この言葉、元々ブルースの曲名から付けられたそうですね)

ビルヘイリー、リトルリチャード等が当時のロッカーでしたが、

世界に発信したのは、間違い無くエルビスです。

色男だし、歌はうまいし、声は甘いし、なんせカッコ良い。


当時の女性達の爆弾のような声援を背に

世界のスーパースターにのし上がっていったのです。

でも、不良の音楽というレッテルを貼られ、教育委員会に

レコードを焼かれたりしたようです。


又アフリカンアメリカンの教会は、踊りながら飛び跳ねながら、歌いながら、説教したようで、

それを見ていたエルビスは自然と歌うときに体を動かす癖がありました。

その為、デビュー当時に爆発的人気があった、TV番組「エドサリバン ショー」に出演したとき、下半身をカメラに

写さないようにカットされました。

今では信じられない事ですね。


又、エルビスは人種差別が大嫌いな人でした。

70年代当時、まだまだ人種差別が激しかった時代。

彼のコンサートには3人の黒人ボーカル女性がバックをつとめていました。

(ホイットニーヒューストンのお母さんもいた時もあるのです。)

彼女達をバックとして使うのは止めて欲しいとある知事から、依頼があったとき

エルビスは、ではコンサートは中止する、といったそうです。


彼の功績はその後の偉大なミュージシャンを生んだ事ですね。

ジョンレノンが「ハートブレイクホテル」を聴いて

グループを結成したり、多大な影響を後のロッカーに与えました。

エルビスの影響を受けていない、ロッカーはいないのではないでしょうか。


彼の人生で、一番可哀想なのはマネージャーが守銭奴だった事です。

つまらない映画に何本も契約され、貴重な音楽活動を出来ない時代がありました。

60年代です。丁度ビートルズがエルビスに会いに行った時代ですね。

(但し、唯一当時自分で納得できたと思うレコードはゴスペルアルバムでした。

エルビスは生涯3度、グラミー賞を受賞しています。その全てが、ゴスペルなのです。)


又、マネージャーとエルビスの契約は売上の50%:50%だったようです。

信じられますか?五分五分ですよ。

又、マネージャーのギャンブルの浪費の為にエルビスの音楽の版権を

当時のレコード会社に売られた事もあったのです。


後に、矢沢永吉がエルビスの自伝映画を見たとき、

滂沱の雨を流したそう。

自分で音楽活動を管理できないエルビスを哀れに思ったそうです。


エルビスは南部の片田舎の貧しい純朴な青年でしたから、世界の大スターにしてもらった恩を

忘れられなかったかもしれません。


でも僕は今でも、もう少し金儲けではなく、音楽に理解を示す

マネージャーがエルビスに付いていたら、彼の人生は変わっていたのではないか、

と思っています。


しかしこんな環境であったのに、エルビスの歌声は未だに人々に影響を与えています。

衰える事はありません。永遠ですね。

日本でも「Viva エルヴィス」という新譜がソニーミュージックから出ました。


是非若い方達にきっかけとして、聴いて欲しいCDです。


内の店名「アーロン」は

エルビス・アーロン・プレスリーをこよなく愛しているので、店名にしました。

長くなりましたが、ご容赦を!

嬉しい報告

先日、常連さんのカップルがお見えになり、

私達「結婚しました。」と報告されました。

籍を1月1日に入れたそうです。


もう2年ぐらい当店に通われていると思います。

お話を聞いたら、2年程前から付き合い始めた、と言われたので

お付き合いを始めた頃から当店に来て頂いたようです。

良い方達だったので、上手く進めばよいな、と思っていたので

嬉しかったですね。


今月に東京で披露宴を開かれるの事。

そこで浦和で行きつけのお店をスライドで披露宴で

皆様に御見せしたい。

と言われました。


マスターとママも一緒に写真に写ってください、

と言われ、他のお客様にカメラを渡して4人で写真に納まった。


マー、嬉しい出来事です。

このようなお目出度いお話は、何度も聞きたいものです。


ドンドンこのようなカップルが現れてくれれば、嬉しいなー。

とママと話をしていました。


このような報告、沢山聞きたいものですね。