◆ 火吹く人たちの神 ~28
今回の記事は既に私の中では「当たり前」になってしまっていること。
あらためてこの書のありがたさを感じます。
古代史を本格的に学ぼうかと思い始めた頃に出会えたことに、さらにありがたさを感じます。
*記事内に現在は差別用語となる言葉を含みますが、本書原文通りに敢えてそのまま使用します。
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■ アシミタ社・アジスキタカヒコ・ホムツワケを繋ぐ啞伝承の暗合
足見田神社を日本武尊が足を痛め留まった伝説の「三重」の地に比定した谷川健一氏。ところが当ブログに於いてはこれを否定しました。ただしアメノヒボコ神の裔である芦田首が奉斎した社とされるなど、この社の金属との結び付きは否定しません。
◎「啞」伝承
谷川健一氏はその結び付きをさらに探ります。「五鈴遺響」(天保年間、安岡親毅)の、鈴鹿市「水沢(すいざわ)」に鎮座する足見田神社の説明が以下のようになされています。
━━足見田の神域の東におしみ田といふ地あり。往昔神田なり。後世に至り、民俗の買得て転耕するに至り、其の佃る(たつくる)者かならず啞児を生めり━━
これが「出雲国風土記」の仁多郡「三沢郷」の条の記述とリンクするとしています。
━━阿遲須枳高日子命(アヂスキタカヒコノミコト)、御須髪(ひげ)八握(やつか)に生ふるまで、夜昼哭きまして、み辞(こと)通はざりき。その時、御祖(みおや)の命、御子を船に乗せて、八十嶋を率て(ゐて)巡りてうらがし給へども、猶哭き止みまさざりき。(中略) その時「御沢」(三津)と申したまひき。その時「何処(いづく)を然(しか)いふ」と問ひ給へば、即て(やがて)、御祖の前を立ち去り出でまして、石川を渡り、坂の上に至り留まり、「是処(ここ)ぞ」と申したまひき。(中略) 此に依りて、今も産める(はらめる)婦(をみな)は、彼の村の稲を食はず、若し食ふ者あらば、生るる子已に(すでに)云はざる(ものいわざる)なり。故、三沢(三津)といふ━━
言葉をしゃべることができないアヂスキタカヒコが最後に留まったのは、仁多郡「三沢」という地。仁多郡奥出雲町三沢に三澤神社が鎮座、阿遲須枳高日子根命を祀る社。
仁多郡全体、さらに周辺までをも含めて良質の鉄が採れることで知られる地。ここにアヂスキタカヒコが留まったということが記されます。
そして妊婦は「三沢」の稲を食べない、食べると物を言わない子が生まれると記されます。これは「五鈴遺響」と同じ内容。
つまり「鉱毒による不具者が暗示されているのである」としています。
(*現在では差別用語となりますが原文まま掲載します)
余談ですが、鉱物が採れるところで作られた米はミネラルを多く含み美味しいとされます。当地にも例外ではなく「仁多米」という、大変美味しいブランド米があります。
おそらくは鉱物が採れた際にそのまま流失した水が用いられると、鉱毒にやられるとということなのでしょう。
記紀神話にも垂仁天皇のホムツワケ皇子にも「啞」であったという記述が見られます。また皇子は火中出産にて生まれたことを示唆、皇子の養育に「大湯坐(おほゆゑ)」「若湯坐」を定めたとあります。「湯坐(ゆゑ)」は嬰児に湯を浴びせる婦人とされます。ところがこれは、「たたら炉」の中から流れ出す溶けた金属を「湯」と称しているのは、今でも鍛冶屋や鋳物師の常識であると。
◎「白鳥」と鉄
ホムツワケ皇子は髭が長くなっても「啞」のままであったが、空高く飛ぶ「鵠(クグヒ)」(白鳥)の声を聞くと、口をぱくぱくと動かしたとあります。これは「白鳥」がたたらの作業をする人たちの神であったことを思わせるとしています。
金屋子神社にまつわる「鉄山必要記事」(鉄山秘書)には、金屋子神が播磨国宍粟郡千種の岩鍋から出雲国の比田の黒田に白鷺に乗ってやって来て、桂の木に留まり羽を休めて、ここでたたらをこしらえ鉄を吹く術を始めるつもりだと託宣したという説話が記されます。
白鳥も白鷺もよく似ているため、同じ意味合いをもつ鳥と認識、或いは区別無く同じ鳥と認識されていたかもしれません。
「日本の神話」(松本信広)という書には、「羽ばたきをすること」「羽をふるうこと」を古語で「はぶく」というとしています。「羽振(はぶき)鳴く」「羽振鶏(はぶきとり)」といった語が「万葉集」にみられると。
そして「はぶき」という語は、古代には「ふいご」の意味にも用いられたとしています。「ふいご」の動作が鳥の羽ばたく姿を連想させたのか…と。日本武尊の「白鳥」にある、飛び立つ場所がたたら製鉄跡と重なり合っていることは注目に値すると谷川健一氏は述べています。
[出雲国意宇郡] 金屋子神社
◎アヂスキタカヒコとホムツワケの伝承の類似
この両神話には類似点が多く見いだせます。
*成人するまで物を言えなかった
*船に乗って巡ったり遊んだり
*出雲に深く関わる
アヂスキタカヒコは八十嶋を巡り出雲国仁多郡に鎮まった大神。ホムツワケは白鳥を捕まえてもまだ話すことはできず、出雲の大神を拝んでようやく話せるようになったとあります。
[丹後国竹野郡] 網野神社
白鳥の捕獲伝承がある
今回はここまで。
人類は文明の利器を得るために多くの犠牲を払ってきたわけで…
神日本磐余彦(神武天皇)や日本武尊を始めとし、足尾鉱毒事件やそれこそ水俣病まで、多くの鉱毒に冒された歴史が語られます。
そもそも最初農具として用いられた鉄も、やがて戦闘に用いられ、つまり「人」と「人」との激しい戦いとなりました。でもそこに至るのに「鉄(鉄以外の金属も)」と「人」との戦いもありました。その認識だけは忘れないようにしたいと感じています。
*誤字・脱字・誤記等無きよう努めますが、もし発見されまし際はご指摘頂けますとさいわいです。