☆ 神武天皇聖蹟 狭井河之上 顕彰碑
大和国城上郡
奈良県桜井市三輪
昭和十五年に皇紀2600年を記念し、莫大な予算を使って全国に19ヶ所建てられた「神武天皇聖蹟顕彰碑」。
神武東征神話ゆかりの地に建てられていますが、うち大和国内には7ヶ所があります。
当地は伝説の「狭井川」が流れる地。この川のほとりで七人の乙女が遊んでいたところに神武天皇が来られ、先頭に立っていた伊須気余理比売(イスケヨリヒメ、媛蹈鞴五十鈴姫)を后として選んだとあります。
その姫は大物主神と勢夜陀多良比売との間の娘。大物主神が朱丹矢と化して姫と結ばれるという、記紀ではお馴染みの婚姻譚。大和の在地豪族と、日向から進出してきた神倭磐余彦神(後の神武天皇)との懐柔政策かと思われます。
当地には伊須気余理姫の住居があったと考えられています。
万葉歌が知られます。
━━狭井河よ 雲立ちわたり 畝傍山 木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす━━伊須気余理比売
これは神武天皇が日向にいたときの御子である手研耳命(タギシミミノミコト)が、神武天皇の崩御後に未亡人となった姫に言い寄ったときの歌。
3人の御子たちの身の危険を感じた姫は、歌によりそのことをほのめかしました。俗に「手研耳の反逆」などと言われています。
【大和国内 他の6ヶ所の顕彰碑】

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