怒るスカンジナビア人、謝るスカンジナビア人
コペンハーゲンからウィーン経由で今朝スリランカのコロンボに着きました。ここはさすがに蒸し暑いです。コペンハーゲンからウィーンまでは「チロリアン航空」、ウィーンからコロンボまでは「ラウダ航空」という飛行機に乗ってきました。どちらもオーストリア航空グル-プの航空会社で、スター・アライアンスのメンバーになっています。はっきり言って、この二つのフライトは最高でしたね。食事も良し、サービスも良し。ワシントン~コペンハーゲン間のスカンジナビア航空で、とても不愉快な出来事があった後だけに救われた思いでした。
そのスカンジナビア航空での不愉快な出来事について、ちょっと書いておきます。夕方の5時半にワシントンを発ったその便は、夕食の後すぐに明かりが消えて「お休みモード」になりました。僕はいつものことながら、コロンボに着くまでに機内でやらなければならない仕事を山ほど抱えており、天井の小さな個人用ライトを点灯させて、必死に書類に目を通していました。幸いなことに、僕の横の席は空席だったので、そこに書類を積んでいました。しばらくすると、僕の後ろの席の中年男性が僕の席にやってきて、「眠れないので明かりを消してくれないか」と言うのです。僕は、「申し訳ありませんが、仕事を片付けなければならないので」と丁寧に断わりました。
そこで終われば、何ていうことはなかったんです。しかし、それから数時間後、ようやく仕事が一段落しそうなところで、その男が今度は血相を変えて怒鳴り込んできました。「このキャビンで明かりを点けているのはお前だけじゃないか。いつまで点けているつもりだ。お前は世銀の職員だろう。後ろからお前の書類を覗いたので分かったんだ。何ていう傲慢なヤツだ。お前のせいで眠れないじゃないか。」と大声で怒られました。僕は思いもしない出来事に一瞬パニックになりながらも、「すみません。ご迷惑なようなので席を移ります」と言い、スチュワーデスさんに頼んで空いている別の席に移ることにしました。その席に移ってようやく平静を取り戻すにつれて、どうして自分があんなに怒鳴られなきゃいけないのか全く理解ができず、腹が立って腹が立って仕方がありませんでした。あの男を名誉毀損で訴えてやろうかとさえ思いました。今思い出しても腹が立ちます。あの男の口ぶりからすると、彼は明らかに世銀に対して何か偏見を抱いていて、僕が世銀の職員だと分かってさらに怒りが増したようです。
新しい席に移って、もう仕事なんかに集中できずに悶々としていると、スチュワーデスさんが次々にやってきて慰めてくれました。「天井の明かりを点けるのは、あなたに与えられた権利です。その権利を行使しただけですから、あなたに非はありません。彼はどうかしています」だって。そんなことは分かりきっている。こっちにに非が無いのに怒鳴られたので、余計に腹が立つのだ。
スチュワーデスさんたちが僕から離れた後、別の紳士風の中年男が僕のところにやって来て、静かにこう言いました。「見ていましたよ。あなたは立派でした。私だったら、逆上して怒鳴り返していたでしょう。あなたは全く悪くない。あの男がどうかしていただけだ。同じスカンジナビア人として、あの男の代わりにあなたに謝ります。そして、あなたの紳士的な態度に敬意を表します。」この言葉を聞いて、ようやく少し落ち着いてきました。スカンジナビア人も、悪い人ばかりじゃなさそうです。どこの国の人だって、嫌なヤツもいれば、いいヤツもいるんですよね。今回のことは、天災にでもあったと思って水に流すことにしよう。
コペンハーゲンの眠らない夜
おそらくデンマークは、環境保護に相等な力を入れているのでしょう。その証拠に、コペンハーゲン空港のそばには、風力発電用の大きな風車がたくさん回っていました。ホテルにあったパンフレットにも、「デンマークは環境政策の先進地なので、環境関連の研修や視察にどうぞ!」と書いてありました。今度はそういうので、もっとゆっくり来たいですね。
さて昨日のことですが、コペンハーゲンの夜はなかなか暮れませんでした。ワシントンもこの時期は夜8時くらいまで明るいですが、コペンハーゲンは夜の9時半でもまだ明るかったです。北緯55~56度くらいのコペンハーゲンは、地図で見ると稚内のはるか上、樺太の北端と同じくらいの緯度です。「もしかしたら、これは白夜というものなのか。いや、そんなはずはない。よ~し何時に日が暮れるか、それまで起きていよう」と一旦は腹を決めました。しかし、前日のフライトでほとんど眠れなかったのと旅の疲れで、10時前には知らないうちに眠り込んでいました。夜中に目が覚めた時に外は暗かったので、白夜ではないようです。でも、朝の5時前にはもう明るくなっていました。この季節、コペンハーゲンの夜はかなり短いです。
スカンジナビアの風に吹かれて
スカンジナビア最大の都市コペンハーゲンは、人口が150万人くらいだそうです。昨日の午前中に到着し、午後は時間があったので街をぶらつきました。ヨ-ロッパの伝統を感じさせる古いレンガ造りの建物が多いですね。でも、なぜか落書きが多いのには少しがっかりしました。中心街は歩道も車道も石畳で、その石畳を歩いていると、いくつかの広場に出くわします。広場のネットワークが石畳で繋がれているのです。そういう広場の周りにはカフェやバーがたくさんあって、まだ夕方の4時だというのに、カールスバーグを飲んでいる人が結構いました。有名な「チボリ公園」にも入ってみましたが、古い遊園地といった感じでした。コペンハーゲンはさすがに北欧だけあって、ワシントンよりはかなり涼しいです。昨日の日中で15℃くらいでした。それに、風がかなり冷たいです。そんな冷たい風に吹かれてコペンハーゲンの街を歩き回っていたら、スカンジナビア航空での不愉快な出来事もいつのまにか忘れてしまいました。
英国領バミューダの中に米国があった。
バミューダを出国する日、バミューダの中にアメリカがあることに気づかされました。バミューダからアメリカへ出国する人は、バミューダ空港の中で、アメリカの入国審査と税関審査を行うのです。そこを抜けると、まだ自分はバミューダの空港にいるのに、既にアメリカに入国したことになってしまうのです。これは何とも不思議なことです。
バミューダ滞在中に読んだ地元紙に、バミューダの独立を模索しているある政治家の発言が載っていました。「バミューダには民主的に選ばれたバミューダ政府があるのに、その政府が決めたことに、いちいちイギリスの承認を得なければならないなんて、我々はまるでミッキー・マウスだ」とありました。「我々はまるでミッキー・マウス」だというところは、イマイチよく意味が分かりませんが、まあいいたいことは何となく分かります。バミューダの人口は約6万5千人と聞きました。果たして、バミューダの独立が実現する日は来るんでしょうか。ということで、バミューダ見聞録はこれで終わりにします。アメリカからは近いので、またいつか行くこともあるかもしれません。
バミューダの物価と税体系
なぜバミューダはこんなに物価が高いのでしょうか。ひとつには、イギリス領だということもあるんでしょう。イギリス人のリゾート地みたいになっているので、物価がロンドン並みなのかもしれません。
でも最大の理由は、消費税のみに頼った税体系にあると思われます。バミューダでは、企業の利益や個人の所得や、財産・資産、相続、配当などなどに税金が一切かからないらしいのです(タックス・ヘイブンとして進出する外国企業もあると聞きます)。主な税金は、消費税のみだそうです。おそらくこれは、観光客からできるだけ多くの税金を巻き上げようという魂胆でしょう。内税なのか、買い物のレシートを見ても、この消費税が何パーセントなのかは分かりませんでした。でも、バミューダの自治政府や自治体にとっての主財源は消費税のみなのですから、税率はかなり高いのでしょう。要するに、ロンドン並みの物価の高さに、さらに高い消費税が上乗せされているのです。これでは、何でも高く感じられて当然ですよね。地元のバミューダ人は、物価が高いと感じないのでしょうか。他の税金がないから、その分使えるお金も多いということなんでしょうか。
バミューダの消えたプライベート・ビーチ
バミューダに到着した日、空港から車で30分くらいのそのホテルに着いてチェックインした後、早速そのプライベート・ビーチに行ってみることにしました。ホテル内の「Beaches」と書いた矢印の方に進んでいくのですが、海はあってもお目当ての砂浜がありません。ごつごつした岩場ばかりです。もう少し歩いて行ってようやく見つけた砂浜は、数メートル四方の猫の額ほどのビーチでした。「まさかこれがプライベート・ビーチってことはないよねえ」と、妻と二人で不思議がっていました。フロントに掛かっていたこのホテルの航空写真には、しっかりと大きな砂浜が写っていたし、室内にあったこのホテルのパンフレットにも綺麗な広い砂浜が写っていました。あの写真の中の砂浜はどこに行ってしまったんだろうか。
当初、僕と妻は「おそらく潮の満ち干の関係で、時間帯によっては海岸に海水が満ちてしまうのではないか」という仮説を立てました。そこでホテルのマネージャーに、「ビーチが一番大きく現れる時間帯は何時ごろでしょうか」と尋ねました。するとそのマネージャーは、「時間帯によってビーチの大きさが変わるということはありません」と答えました。「でもビーチがないんですけど」と突っ込むと、自然現象がどうのこうのと口ごもって誤魔化していました。
次に僕らが立てた仮説は、「地球温暖化のために海水面が上昇して、砂浜が隠れてしまった」というものです。僕はもうこの説以外は考えられないと確信していました。そうだとしたら、このホテルのプライベート・ビーチは永遠に失われてしまったことになります。ともあれ、目当てにしていたホテルのプライベート・ビーチは存在しなかったので、車で別のビーチに行きました。そこは「Horse Shoe Bay Beach」という名の、素晴らしいビーチでした。こっちは絶対お薦めです。さて、僕らが泊まったホテルのプライベート・ビーチがどうして消えたのか。その答えを、ホテルのレストランで働いていたフィリピン人のウェイトレスさんが教えてくれました。2年ほど前に大きなハリケーンが来て、砂を全部洗い流して行ってしまったんだそうです。それを聞いて、何かこのホテルの経営者が気の毒になり、文句を言う気持ちも起きなくなりました。だって、あの綺麗なビーチがあるのとないのとでは、このホテルの資産価値も大分違うでしょ。ビジネスにも大打撃のはずです。
それにしても、予約をした時にそれくらい説明してくれる良心があってもよさそうなものです。それに、ホテルのパンフレットに、今もってプライベート・ビーチが存在していた時の写真を使っているのもいかがなものか。このホテルのウェブサイトにも、しっかりと「Private Beach」という言葉が残っています。アメリカだったら訴えられますよ。今回は、ハリケーン被害ということに同情してホテルの実名は伏せることにします。でも、バミューダに行かれる方、ホテルのプライベート・ビーチが目当てでしたらくれぐれもご注意を。予約時に必ず、「ハリケーンでビーチがなくなったホテルじゃないですよね」と確認してください。
バミューダでバミューダ・パンツを穿く。
で、実際にバミューダを訪れてみて驚いたのは、バミューダ・パンツを穿いたバミューダ人を一人も見なかったことです。皆が長ズボンでした。僕が目にしたウェブ・サイトは嘘っ八だったのでしょうか。バミューダ人のタクシー運転手などは、まだ4月で涼しすぎると言っていたので、衣替え前だったということでしょうか。最高気温が25℃くらいだったので、バミューダ・パンツで寒いということはないのに。それとも、民族衣装に固執することを止めてしまったのでしょうか。
とは言っても、「やっぱりバミューダ・パンツはバミューダが発祥なんだ」と思わせることが二つほどありました。ひとつは、首都ハミルトンの繁華街にある洋服屋の前に、「ビジネス・ショーツ」と書いた大きな看板があったことです。その看板には、上半身はスーツ姿なのに、下半身はバミューダ・パンツにハイソックスを身につけた男性のモデルが写っていました。一見、とても不自然な格好に見えました。「ビジネス・ショーツ」というスタイルは、おそらくバミューダでしか受け入れられないでしょう。もうひとつは、ホテルで見つけた小冊子に写っていたバミューダで結婚式をあげたカップルの写真です。その写真の新郎は、上半身はダーク・スーツなのに、下半身はやっぱりバミューダ・パンツでした。「バミューダで結婚式を」というのは、地元の観光産業の目玉になっているようで、似たような新郎の写真を何度も目にしました。
ということで、バミューダでバミューダ・パンツを穿くのは、もしかしたら、地元の人よりも観光で訪れる外国人の方が多いのではないかと思わされました。かくいう私もバミューダでは、ブリスベンで買ったバミューダ・タイプの半ズボンをずうっと穿いていました。
バミューダの桃色海岸
「この時期にヴァケーションなんて」と仰る方もいるかもしれませんが、このバミューダ行きは戦争が始まる前から計画していたのです。それに、ワシントンにいるよりはバミューダの方がテロの危険もないし、セキュリティが厳重な飛行機は今一番安全な乗り物だと思い、決行することにしました。
バミューダの砂浜は綺麗なピンク色をしていました。海のアクアマリンとの対照は見事でした。聞くところによると、バミューダ周辺に棲息する桃色珊瑚のかけらが砂に混じるので、砂浜がピンク色に見えるんだそうです。このピンク色は、バミューダのシンボル・カラーになっているようで、バミューダを走っている公共バスもピンク色だし、建物もピンク色の建物が数多くありました。僕たちが泊まったホテルもピンク色のホテルでした。バミューダでは結構面白いことがあったので、次回から何回かに渡ってバミューダ見聞録をお届けします。
戦うべき相手はイラクではなく、水問題
この「フォーラム」にはいろいろな国から知り合いが来ているはずですが、これだけ大勢の人が参加していると探すのが大変です。でも昨日、京都会場でブリスベン市庁時代のボスにばったりと出会いました。嬉しい再会でした。即、ディナーの約束を取り付けました。それから、会場で幸田シャーミンさんも見かけましたよ。「プレス」と書かれたタグを付けていたので、取材に来ていたのでしょう。
緊迫するイラク情勢を受けて、「フォーラム」に参加するはずだった大物のキャンセルが相次いでいるようです。フランスのシラク大統領や国連のアナン事務総長は、その代表例です。会場で配られた資料には、「戦うべき相手はイラクではなく、水問題」と書かれたものもありました。全くその通り。世界には水問題に代表される環境問題や途上国の貧困問題など、地球社会が結束して対処しなければならない問題が山積しています。戦争などしている場合ではないのです。
ブータンにおける究極の男女平等
ブータンの社会が男女平等だということを示す例は、まだまだあります。ブータンでは、男性が複数の妻を持てるのと同様に、女性も合法的に複数の夫を持てるのだそうです。ただ、複数の配偶者を養うのは経済的に厳しいので、こういう例はごくごく稀だそうですが...。ちなみに、ブータンのワンチュク国王には4人の王妃がいらっしゃいます。
さて、もうひとつ。今年は未年ですが、ブータンでは「雌の未年」ということになっています。来年は申年ですが、ブータンでは「雄の申年」なんだそうです。再来年が「雌の酉年」、その次が「雄の戌年」というように、毎年順番に雌雄が入れ代わるそうです。これは実に面白いですね。ここまで男女平等にこだわったブータンですから、男性と女性が交互に王位に就くという日もそのうちやってくるかもしれませんよ。