映画探偵室 -1993ページ目

「離愁」(1)

男にとっては,あの日,あの時,あの場所であの女に出遇ったことが運命の岐かれ道だった,というような女のことを「運命の女」(la femme fatale)という。
表向きは平凡な市民生活を必死で守り通そうとしながら,内心には家庭生活というものにどこか違和感を持っているようなこの映画の主人公のラジオ修理人(ジャン・ルイ・トランティニアン)にとっては,あの日あの時とはドイツ軍がベルギー国境(作者シムノンはベルギー人)になだれ込んだ日であり,あの場所とは疎開のための最終便となる貨物列車の中であり,そしてあの女とは,薄暗い貨物列車の中で主人公のすぐ隣にいて,人目をはばかるでもなくストッキングの破れをツバで直していた黒服の曰くありげな,一目でドイツ系とわかる女(ロミー・シュナイダー)だった。あの時あの脚(あし)さえ見なければ…
原作は主人公の一人称で書かれており,この映画もそれを踏襲している。そしておそらく,ラストシーンとなる二人がお互いを認め合うストップ・モーションは主人公にとっての真実の表現なのだろう。
次回は,戦争の記憶も遠い世代の人たちのために作者の経歴と当時のシチュエーションを説明したい。その上で私なりに映画の展開にそった背景を語ろうと思う(続く)。

離愁(予告)


Le train

読者の方には大変申し訳ないが,いったんアップした記事を取り下げさせてもらいました。次回からきちんと報告いたします。

理由は,この映画が私にとっておそらく一番大切な宝であるからです。中途半端な書き方はしたくなかった。今,DVDを何度も観返し,原作(おそらくフランスでの初版本)を入手することができました)を読みながらさりげなく描写されている原作の趣旨を交え,検討しています。さらに,この原作が「離愁」という題で宋左近氏により訳された(早川文庫)のは随分以前でありそれもたった1回で現在絶版となっていること,原作がほぼ入手不可能であったためです。作者はジョルジュ・シムノン,原題はLe train(列車)です。

ピーターパン:ウォルト・ディズニー

これも夢の中の夢かもしれない。有名なお話なのであらすじは省略させていただくが,実は大人になってからこの映画を見て涙ぐんでしまった。涙腺がゆるくなっている。ディズニーのこのアニメでは,パーティーから帰って来た親が子供たちの寝姿を見て,子供たちの見ている夢を察知する,という構成になっている。寝姿を見たあと夫婦して窓の外を見ると,子供たちを乗せて帰ってきた船がだんだんと雲の間に遠ざかっていくのが見えるのだ。今ではでっぷり太って髭など生やしているお父さんも,いまだに若くてきれいなお母さん(この辺はファンタジーだから)も,私たちもかつてはそうだったと思っているのだ。

どこにも怖いところや悲しい場面はない。仇役のフック船長さえ好ましいキャラクターに思えるほどだ。実はワタシがこの映画を観たときは初恋の人と一緒だった。彼女は人魚のブラジャーが貝でできているのを見て恥ずかしそうにしていたっけ。ずいぶん昔のことだが。