映画探偵室 -1994ページ目

渚にて

On the beach(1966)

潜望鏡を通して見たゴールデン・ゲート・ブリッジには車が1台も走っておらず,その向こうに見えるあの有名な坂道にも人影はまったくない。

スタンリー・クレイマーが描き出した核戦争による終末の日の予想図。時はいつしか世紀をまたぎ,映画内で予想された日はもうとっくに過ぎ,そして本当に幸いにも彼の予想(もちろん,本当は警告だが)は外れたが,しかし,この映画は決して古びていない。
広島と長崎を体験した日本人には甘いと思われる方も多いだろうが,この映画の主眼はもう1つ別の所にある。皮肉なことだが,人類という命の炎が消える直前の一瞬の煌きである。

スレッシャー号(1963年ボストン沖で何らかの事故発生,浮上不能となり海底に沈んだ。後に1300mほどの深海に横たわる船体が発見された)と同型の原子力潜水艦が浮上して航行するバックにオーストラリアのフォーク・ソングであるウォルツィング・マチルダが流れる。その能力を生かして長く深く潜行していた間に海上(陸上)では核戦争が勃発し,生き残っている人類はオーストラリアにしかいない状況となっていた。アメリカの良心グレゴリーペック演ずるドワイト艦長は,故郷のアメリカに帰るまえに,情報収集と補給修理を目的にシドニーに寄航することになる。しかしオーストラリアとて放射能の雲に汚染され,滅亡するのは時間の問題であった。協力者であるオーストラリア海軍の将校アンソニー・パーキンスの待つシドニーに到着して間もなく,無線に生き残りの人間からかも知れない信号が入る。確認のため臨時に出発した潜水艦が結局サンフランシスコで見たものは…
最後の希望も絶たれた。オーストラリアの協力者を送るため艦は再びシドニーに向かい,そして最後の時を迎えるため乗組員たちの故郷であるアメリカに戻ることとなる。

間もなく死ぬと分かったら人々はどうするか。残りの時間を精一杯に生きることしかないのである。それは誰にとっても,通常の人生においても,同じことなはずだが,今更初めてのように人々は生きる実感を味わうのだった。仕事などしても意味がないのに仕事をする者,日曜日だからといってわざわざ家族で渓流に出かけて楽しむ者,果たせなかった夢(F1レースに自慢のフェラーリを駆って出場)を果たす者(技術者役のフレッド・アステア)などなど。とかくの噂があり独身のままで終わろうとしていた女(エヴァ・ガードナー)はドワイト艦長に恋をし,ドワイト艦長もそれに対し愛で返す。艦長が女を艦に迎え入れたとき(「女乗せない潜水艦」というのはアメリカでも同様らしい),船員たちはいっせいに敬礼することで二人を祝福した。
その日が来て愛車に乗ったまま死を迎える技術者,苦痛を和らげるための薬を飲む決心をした若い海軍将校夫妻と幼いこども。しかし中でたった1人だけ,渚を見下ろす小高い丘から離れていく潜水艦に手を振って見送るエヴァ・ガードナーの顔だけは精一杯生きた幸福に満ちていた。
後には教会が主催した臨終の時を迎えるための横断幕が人影の無い町の通りにはためく。
「人々よ,今からでも遅くはない」
ワタシは1966年横須賀で同型の潜水艦を見た。ソード・フィッシュ号という。ひょっとしたらあの潜水艦はソード・フィッシュ号を使ったのではないかと疑っている。

Stand by me

ベン・E・キングの歌声と共にいつもまでも心に残るスティーブン・キングの少年時代の思い出。これはもう一つのアメリカン・グラフィティだ。メイン州キャッスル・ロックの田舎町で,いっぱしの不良気取りでアジトのような木の上の小屋でタバコを吸いながらトランプに興じる悪ガキ仲間のバックにもラジオから70年台の音楽が流れている。
スティーブン・キングの少年時代が終わり,青春が始まる境目の,彼のその後を決定づけた重要な体験が語られていく。死者との出会い,そして暗合である。夏休みのある日,行方不明となった別の州の少年を探し出して不良の名を上げようと親友たちと出かけた先で彼が見たものは本物の死体だった。彼はそこから,自分は他人とは異なる能力を身に着けていることを発見する。何が彼に芽生えたかはその後成長して作家になった彼の口(アメリカン・グラフィティに主演したリチャード・ドレイファス))から少し語られるだけだ。予知能力のようなもの,つまり自分は「死」とずっと隣り合わせに生きていくのだ,という確信である。あの悪がき仲間たちは彼を除き,青年になる過程ですべてそれぞれが「らしい」やり方で死んでいった。あの親友も。そして彼は知る。自分が愛した者たちは決して死んでどこかへ行ってしまったのではない,必ず自分の傍にずっといるのだと。スティーブン・キングの物語のどれもに共通しているテーマである。
「キャリー」は私にはただ怖いものに感じられたが,それは私が男だからにすぎないだろう。こんな言葉はあるかどうか知らないが,シックスス・センスを始めとして,彼はいつも「私の傍にいつも立っている優しい死者たち」の話を紡ぎだしているのだ。
映画の外での暗合だろうか,このStand by meをカバーしたジョン・レノンを撃ち殺したマーク・デービッド・チャップマンが最初に標的にしたのは,ニューヨークの本屋にたまたま立ち寄ったスティーブン・キングだったそうである。原作は「恐怖の四季」という短編集の中の「Body(死体)]。

ばらの蕾

オーソン・ウェルズの「市民ケーン」

映画史に燦然と輝くこの記念碑的大作(実はハリウッドにとっては処女作)では,製作、監督、主演、脚本を兼ねたオーソン・ウェルズ。その有り余るほどの才能が遺憾なく発揮され,完全な形で一般上映にまで至ったのは,実はこれ一本なのだ。亡くなるまでの間は映画界も含め,彼を完全な形で受け入れたことは一度もなかった。天才の宿命かも知れない。この映画もモデルと言われた新聞王ハーストの上映妨害を受けて興行的には失敗した。映画制作に携わる人たちの教習課程には必ずこれが入っている位,パン・フォーカスやカット・バックの見事さ,オーバーラップの使い方など,映画技法的にも画期的な映画である。

しかし,私にはこの映画がオーソン・ウェルズ本人のドキュメントに思えるのだ。才能と野心で頂点に上りつめながらも,幸福には辿り着けなかった1人の男。天才は家庭的な幸福など望まないのかも知れない。天才の孤独について論評する資格は私にはない。

数々の名作を残したオーソン・ウェルズの臨終の言葉も,おそらくこの映画と同じだったのではなかろうか。儀礼的な態度で見守る人々に対して遺言のようにつぶやいた言葉は「ローズ・バッド」。それは彼だけが知る,少年の日の思い出。遊び仲間と競争で作った手製のそりに彼が付けた名前である。ローズ・バッド号に乗って嬉々としている彼の後ろではまだ若い父親と母親が彼を見守っていた。