その男ゾルバ
Zorba the Greek
男の色気とは何かと質問をされたら,ゾルバのような男のことだと躊躇なく答えるだろう。それは逞しく,粗野に見えながらも繊細で,好色で,陽気で暢気なくせに短気で,いい加減でもあり,真摯でもあること。悪党でもあるし,底抜けに善良でもある。インテリではないが人の心に染みるような言葉を口にする。自分自身の頑固な方針を貫く等,つまり男のすべてである。そのようなギリシャ人役にぴったりとして抜擢されたアンソニー・クイン。私たちはおそらく初めて古典世界のギリシャではなく,生身のギリシャ人に出会ったのだ。
ゾルバの言葉では,サンドゥーリ(筆者注:竪琴のようなギリシャの民族楽器。唄と踊りの他に,ゾルバの得意とするもの)は弾いてはいけない,サンドゥーリが歌うのを聴かせてもらうのだ,となる。
年老いてもう誰も相手にしなくなった娼婦を女神だ姫だと崇めたて奉って口説きまくるゾルバと,未亡人に恋する内気な青年主人公。ゾルバの再三のプッシュにより漸く恋が成就したとき,旧弊な村人からは石つぶてによる村八分を受ける。それに対するゾルバのやり場のない怒り。
そして,ゾルバの手製で再建された材木運搬リフトが材木の重みであえ無く崩壊した時は,二人して涙を流しながら笑い転げる。有名なあのメロディー(同名:その男ゾルバ)をバックに二人が肩を組んで踊るラストは美しい。その向こうには地中海が広がっている。
私がギリシャで貧乏旅行をしている間には,原作(ニコス・カザンツアキス)を読んだか,この映画を観たためにギリシャに来た,という日本人観光客にずいぶん多く出会ったものだった。
いちご白書
封切り当時,ワタシは観ていない。学園闘争の報告を「あんなものは苺についての調書みたいなものさ」と米政府の然るべき部署の人間が発言した,ということからタイトル(The Strawberry Statement)が付けられたことは知っていたが,ほぼそんなもの(学生用語では「フヤケタ」という)だと思ったからであった。だからユーミンの「苺白書をもう一度」が出た時も,単なるセンチメンタルに過ぎないと考えていた。ユーミンはブルジョア育ちのお嬢さんだから,何にも分かっちゃいないなと。
しかし違っていた。主題歌のサークル・ゲームを歌っているのはバフィー・セントメリー,ネイティブ・アメリカンのフォーク歌手で声自体にビブラートが掛かっている特徴のある歌声である。これは小さな幼い愛の映画だった。そんなものは大きな力の前には全く無力だ,ということを知らしめるような。ユーミンの歌詞にもある「悲しい場面では涙ぐんでた...]という意味がやっと分かった。そしてDVDを入手した。
70’rockさんのブログを読んでいて「あの頃の僕たちが,鮮やかに蘇」ったので,取り急ぎご報告したい。
ふくろうの河(2)
原題:Occurence of Owl Creek Bridge(25分)
これを直接映画館でご覧になった人はごく限られているのではないだろうか。
1970年代のあの学園の嵐が吹き荒れていたころ,新宿のとある名画座でやっていただけだから。
ワタシの場合は,(映画好きでもなく)めったに映画など観ない後輩の女子学生が,偶然二人きりになった部活の部屋で,たまたま観たらすごくいい映画だったので,先輩こそこれを見逃してはならないといわれて急いで観に行ったからである。
その時も今でも,最も強い深い印象を与えるのは木の葉の上を虫が忙がしそうに動きまわっているシーンである。太陽の光が透き通って黄緑色に見える葉の上を歩きまわる色々な虫...
ン十年後,いつか映画の世界を去っていた私はウェブ上にアマゾン・コムという映画愛好者には神様みたいな会社があることを知り,いの一番にこの映画を検索した。が,探しても探しても見つからず,諦めかけた頃,ふと日本名の「ふくろう」にあたるOwlで検索すればと思いついた。ズバリ,アメリカのVHSビデオ・カセットとして売られていたのである。そしてようやく入手することができた。今ではDVD化もされている。
ワタシは大きな間違いを犯していた。私の記憶の中の「ふくろうの河」はカラー映画だった。当時の時代背景からして舞台はヨーロッパのスペインかフランスで,敵に当たるのがドイツであり,この主人公は何かレジスタンス的行為をして処刑されたもの,と解釈していた。
白黒映画だった。ヨーロッパと思っていたのは南北戦争当時のアメリカ南部。男は北軍の指導・命令に従わなかった農場主だった。そして気がついた。実はこれなら少年のある日,白黒テレビで見たことがあると。ロッド・シャーリングが司会するアンブローズ・ビアースのアンソロジー「Tale of Soldiers and Civilians」(戦士達と非戦闘員の物語)(筆者注:聴き取りによる実話集)をTV番組化した「トワイライト・ゾーン」である。ググってみた。そしてその通りであることが判明した。昔新宿で見た映画は,ファンからの要望でわざわざ作られた映画版だったのだ。タイトルから,この映画の監督をしたのがロベール・アンリコ(冒険者たち,ラムの大通り,追想など)であることが分かる。映画はアカデミー賞,カンヌ映画祭グランプリを獲得していた。
Déjavu。解釈は人それぞれであろう。私にとってはこの映画こそ私の人生のDéjavuそのものである。