旧東欧圏のアルバニアは、小さな国だ。かつては強硬なスターリン主義者が支配し、中国よりも極左の姿勢で異彩を放っていたが、1992年に選挙で完全に民主化されると、皮肉にも国際社会の中に埋没した。今、アルバニアが新聞紙面に出ることはめったに無い。


古いクロム鉱山の地下の水たまりから沸き上がる​

 面積3万平方キロ弱、人口も300万人弱のアルバニアは、天然資源にも恵まれていない。1世紀近く前の1933年に石油が生産開始されて以来、長らく「ヨーロッパのミニ産油国」として知られていたが、その石油も生産は先細りとなり、現在では日量1.8万バレル程度で、自給もできない水準だ。

​​​ しかしこのアルバニアが、エネルギー科学分野で少しばかり注目されるニュースが、最近あった。米科学誌『Science』24年2月8日号で、古いクロム鉱山「ブルチザ鉱山(Bulqizë Mine)」(地図と写真下の写真の中央はブルチザ鉱山の衛星画像、下の写真の下は同鉱山の遠望)の地中深くの水たまりからボコボコと激しく沸き上がる気泡が、高純度の水素ガスであることが報告された。​​​

 

 

 


年間200トンの水素噴出量、これまでで最大級​

​ 噴出するガスの84%が水素だった(写真=水素の気泡)。ブルチザ鉱山ではこのような場所がいくつか確認されており、すべて合計すると、最低でも年間200トンの水素が漏れ出ているという。年間200トンという量は、これまで分かっている中で最大級の水素噴出源だ。​

 

 

 ちなみにブルチザ鉱山は、過去に2011年、2017年、2023年と、何度も爆発を起こしていた。可燃ガスの存在が最初に報告されたのは1992年だったが、何回か爆発が起きた後も、犯人はメタンだと考えられていた。実は、天然水素だったのだ。

 これまで天然に存在する水素が採取できるなど、ほとんど考えられていなかった。天然ガスと異なり、地下で水素が生成されるとは想像されていなかった上、あったとしても軽いのですぐ漏れ出して空中に拡散されてしまうと考えられたのだ。


どこにあるか、水素探しへ​

 しかし、その状況が2012年に変わった。西アフリカのマリで、かなりの規模の水素ガス貯留層が見つかったのだ。ここではフランスのエネルギー企業が小規模ながら水素を集め、それを燃料に発電し、近くの村に配電している(24年1月7日付日記:「地球を救うか天然水素、地下から採掘する脱炭素の期待のエネルギー源」を参照)。

 この他にも、水素が閉じこめられている場所はないのだろうか。やみくもに探して見つかるものではない。まずは水素がどこで作られるのかを知る手がかりがいる。そのためには、地球でどのように水素が作られるのかを知る必要がある。


鉄やマグネシウムに水が接触してなど​

 水素ガスを生み出す微生物がいることは分かっているが、よく注目されるのは、地質学的に水素が生成される場所だ。鉄やマグネシウムを豊富に含む火山岩と水(熱い方が望ましい)が共存する環境では、水素が発生する。特定の岩石から出る自然放射線も、水を分解して水素を発生させる。

 そして、地球の奥深くのマントルには、最初に地球が出来た時から閉じこめられている原始水素が蓄えられている可能性がある。それが地殻の深い割れ目から、地表に出てきているのかもしれない。

 ただ小規模では、開発しても採算に合わない。ブルチザ鉱山に埋蔵されている天然水素は、Science論文の筆者の1人、ティラナ工科大学の地質学者バルディル・ムツェク博士の推計では5000~5万トンだ。商業的な採掘は難しそうだ。


ブルチザ鉱山に目をつけた科学者たち​

​ ただブルチザ鉱山の天然水素発見の意義は、まさにここがその可能性を秘めた鉱山であることを証明し、またそのとおりに実際に確認もできたことだ(写真=鉱山地下を進む調査団)。​

 

 

 ブルチザ鉱山に目が付けられたのは、恐竜の時代にここが海底だったから、つまり鉄分を多く含む火山岩と豊富な水があったからだ。天然の水素工場として適切な条件が揃っていた。

 もう1つが、前述のように鉱山での爆発事故だ。水素ガスの爆発の蓋然性は極めて高かったのだ。
 

次は数百万トンの水素の蓄えられた場所​

 エネルギー資源として注目する水素ハンターたちは、数百万トン級の水素ガスが蓄えられている場所を探している。この場合、ブルチザ鉱山の確認例は、その候補地の確かな目安を提供したと言えるのだ。

 すべてが商業用になるわけではないだろうが、アメリカ地質調査所によると、世界の天然水素埋蔵量は1兆トンという。世界需要を、数千年も満たす規模の可能性がある。


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