昔 、"the world's oldest profession"を「世界最古の職業」と直訳して翻訳専門家に笑われた。
 翻訳家とは、書かれている分野にかなり通じている他に、幅広い知識を持っていなければならないことを痛感させられたのである。むろんこれは、prostitutionの隠喩である(注:あえて英文表記のままとする。ネットパトロールに誤解されて、削除されるかもしれないので)。

 

◎専業化される以前から存在していた
 それが本当に世界最古の職業であるのかは、学術的には疑わしい。なぜなら本来の意味で対価を得るためになされるのだとしたら、各種職業が専業化される以前から存在していたからである。
 ちなみに考古学的には専業的専門家が現れるのは、新石器時代の後期からだと考えられている。確実には、最古の文明であるシュメール文明以降である。この頃、食糧生産の日常作業から完全に外れた専業的専門家が、金工、土器製作家などの様々な職人、神官、書記など、分業化して現れていたからだ。

 

◎衝撃を呼んだカリマンタンのカニクイザル観察報告
 さて文字どおりのprostitutionは、考古記録には決して残らないけれども、旧石器時代に、とうに行われていたと推定されている。例えば飢餓が背中1つの時代にあって、か弱い女性が男たちから食物を得る代価はこれしかないからだ。さらに進んで、積極的に庇護を受けることもあっただろう。
 その傍証の1つとして、今や「古典」となった衝撃的な観察記録報告がある。
 2007年に専門誌『Animal Behavior』に掲載された「Payment For Sex in a Macaque Mating Market」と題する論文がそれである。発表者のシンガポールの南洋理工大学のマイケル・グマート氏は、インドネシアの中カリマンタン州で、20か月間にわたり50頭ほどのカニクイザルの群れを観察調査した。カニクイザルMacaqueとは、僕たちにお馴染みのニホンザルとも近縁である。

 

◎「市場価格」があるメスの交尾
 グマート氏の観察によると、群れの中のメスは1時間に平均1.5回、オスと交尾するが、オスに毛繕いしてもらった後は一挙に3.5回に増えたというのだ。これは、明らかにメスは毛繕いの代価としてオスと交尾していることを示す。まさに「For Sex」なのである(写真=サルの毛繕い)。


 もう1つ注目すべきは、メスが代価として支払うSexには「市場価格」がある、ということだ。例えば1カ所にメスが複数いた場合、交尾の「価格」は大幅に下がり、オスはたった8分間だけ毛繕いするだけでメスとの交尾が可能となる。しかし、他にメスがいない場合、1頭の「市場価格」は大幅に上がり、オスは交尾の前に最長で16分間も毛繕いをしなければならなかった。

 

◎性行動を左右する生物学的「需要と供給」の関係も裏付け
 生物学的な需要と供給の関係がサルの性行動を決定するという社会生物学理論を裏付けたこともさりながら、サルもprostitutionを行っているという事実が、主としてアメリカで大きなセンセーションを呼んのだ。
 以上のことは、できるだけ良質な遺伝子を残すために、生物がいかに手練手管を使っているかのほんの一端を示しているが、そうであるなら人間だって、旧石器時代、このようなことは広く行われていただろう、と容易に推測できるのである。化石記録には決して残らないけれども。

 

◎魅力的女性はそれだけ男性の援助を得ていた
 性的アピールのある魅力的な旧石器人女性(写真=ヴィレンドルフのヴィーナス。旧石器人にとって女性の豊満さは最大の魅力だった)は、それだけ強健な男性から食物をもらい、援助と庇護を受けていただろう。したがってその女性も、その女性から受け入れられた男性も、それだけ子孫を多く残せた、と推察できるのだ。


 現代の貧しい世界で普遍的に見られる風習は、道徳を超えた根深い生物学的ルーツを持つのである。現代では倫理的に許されない行為だけれども。

 

昨年の今日の日記:「バルト3国紀行40:いよいよエストニアへ、国境はフリーパス;追記 ISILがパルミラの神殿を爆破」