厚さ632ページもある大著を久々に読み切った。『東欧革命1989年――ソ連帝国の崩壊』(ヴィクター・セベスチェン著、三浦・山崎訳、白水社)である(写真)。タイトル名のように東欧革命の20周年を記念して昨年秋に邦訳刊行された大著だが、枕になるような厚さとテーマの重さから、時間がとれるまで、としばらく積ん読しておいた本である。
避けられなかった革命
前にも述べたが、私はなるべく本は買わない。しかし、これだけは図書館で借りる前に購入した。借りて読むには時間がかかるだろうし(そのうちに貸出期限が来てしまう)、おそらく手元に置いておくに値すると見込んだからだ。私の読書法は、重要部分にマーカーをつけ、書き込みを入れ、時にはメモもとって――というものだから、借りた本となるとそうはいかない。分厚いので、カバンに入れて持ち歩くこともできない。買うしかなかった。
予測は的中した。十分に満足できる読後感だったのだ。ロシア史、東欧史は多少通じているつもりだったが、今までの知識に訂正させられるほどの事実にもいくつも出合った。そして思った。歴史は必然であり、1989年の東欧革命は避けられなかった革命である、と。人間性を抑圧し、独裁権力に連なる少数の特権層だけが大衆の犠牲の上に享楽をエンジョイする体制は、半世紀は続いても1世紀続くことはありえないのだ。
もちろん1人の個人の決断によっては、その流れを緩やかにすることはできるが、それもいずれは歴史の審判の前に破綻する。
1989年当時に現場に身を置き、のべ200回も訪問
1989年東欧革命の教訓を学んだのは、中国の鄧小平と北朝鮮の金正日だったことはつとに知られているが、本書を読めばいずれは中華帝国も金王朝も崩壊すると確信できる。
著者は、1956年ハンガリー革命で幼い頃に親と亡命したイギリスのジャーナリストだ。1989年の東欧の革命現場にジャーナリストとして身を置き、その前後の30年間にわたって200回も東欧諸国を訪れている。
「革命」後も、共産体制に幕を下ろしたチャウシェスク以外の当時の東欧の指導者や、果敢に鉄の支配に挑み、これを崩壊させた当事者たちにインタビューを重ねた。なお東欧革命は、チャウシェスク体制下だったルーマニア以外は、ほとんど無血の革命だった。ルーマニア革命だけ、夥しい流血の惨事となったが、その責を問われて独裁者のチャウシェスクは女帝としても君臨した妻と共に、革命後早々と処刑されている。
20世紀に経験した2つの大革命の1つ
20世紀は、ヨーロッパを舞台にした2つの革命が歴史を作った。最初の革命は1917年ロシア革命であり、このうち第一次革命である二月革命は残酷なツァーリ体制を打倒した人類の希望だったが、二月革命がレーニン指導下のボルシェヴィキに乗っ取られた十月革命で血塗られたものになることによって、後にスターリン登場を機に大きく変質してしまう。しかしこのロシアの革命が、世界史を変えたことは誰も異論がないだろう。
2つ目が、1989年東欧革命である。この革命によって、ソ連の最後の書記長、大統領となったゴルバチョフのソ連帝国も、2年後に解体される。それで世界史が変わったことは、これまた誰にも異論があるまい。アジアやアフリカではそうでもないが、少なくともヨーロッパで、人間性を蹂躙した専制政治支配体制は消滅したからだ。
その2つの革命は、偶然にも優れたジャーナリストの手でドキュメントが書かれ、残された。これにより文献を基にした歴史家の無味乾燥な書物でなく、現場に身を置いた臨場感溢れる歴史という大舞台でのドラマを我々は読むことができる。
最適な著者に最適な訳者を得た好著
1917年ロシア革命は、アメリカのジャーナリスト、ジョン・リードが『世界をゆるがした十日間』という名著で期待に応えてくれている(ジョン・リードについては07年12月4日付日記「長井さんはなぜヤンゴンで殺されたか、悲しきフリー記者の惨状」で簡単に触れている)。そして、1989年東欧革命の大舞台に我々を招待してくれるものこそ本書なのだ。
本書で特筆しておきたいことがもう1つある。それは訳者が、元共同通信記者で、やはり当時1989年の東欧革命を現場で取材して記事を書いたジャーナリストであることだ。そのために(気がついた限りは)誤訳がなく、しかも訳がこなれて読みやすい。良質のドキュメンタリー番組を見るように本に没入でき、かつその想像画像を頭の中に描ける。これが学者の文章だったらそうはいかないだろうし、現場を知らない翻訳家のものなら、つまらない誤訳や思い違いを発見して興ざめになるところだ。最適の著者に最適の翻訳者を得た本書は、それだけで価値がある。
定価は税込み4200円、だが高くはない
初めてページを開いたのが、1カ月ほど前だった。この間、裏磐梯とソウルに行ったし、長い文章の手直しもやった。それでも読み通せたことに、本書の質の高さが表れている。
具体的な内容紹介は、いずれ機会をあらためてとするが、現代史ファンなら絶対に金を出して購入しても損はないことを保証する。税込み4200円は、私は安いと思う。
ただし東欧6カ国とソ連、さらにアメリカとアフガニスタンの大量に出てくる人名に、慣れない人は戸惑うかもしれない。特に東欧圏の名前の識別には悩まされるだろう。だが、それはこの本の責任ではない。
昨年の今日の日記:「意外だった旧ソ連構成国の識字率の高さとイスラムの低さ:レーニン、明治維新、寺子屋」
避けられなかった革命
前にも述べたが、私はなるべく本は買わない。しかし、これだけは図書館で借りる
予測は的中した。十分に満足できる読後感だったのだ。ロシア史、東欧史は多少通
もちろん1人の個人の決断によっては、その流れを緩やかにすることはできるが、
1989年当時に現場に身を置き、のべ200回も訪問
1989年東欧革命の教訓を学んだのは、中国の鄧小平と北朝鮮の金正日だったこ
著者は、1956年ハンガリー革命で幼い頃に親と亡命したイギリスのジャーナリ
「革命」後も、共産体制に幕を下ろしたチャウシェスク以外の当時の東欧の指導者
20世紀に経験した2つの大革命の1つ
20世紀は、ヨーロッパを舞台にした2つの革命が歴史を作った。最初の革命は1
2つ目が、1989年東欧革命である。この革命によって、ソ連の最後の書記長、
その2つの革命は、偶然にも優れたジャーナリストの手でドキュメントが書かれ、
最適な著者に最適な訳者を得た好著
1917年ロシア革命は、アメリカのジャーナリスト、ジョン・リードが『世界を
本書で特筆しておきたいことがもう1つある。それは訳者が、元共同通信記者で、
定価は税込み4200円、だが高くはない
初めてページを開いたのが、1カ月ほど前だった。この間、裏磐梯とソウルに行っ
具体的な内容紹介は、いずれ機会をあらためてとするが、現代史ファンなら絶対に
ただし東欧6カ国とソ連、さらにアメリカとアフガニスタンの大量に出てくる人名
昨年の今日の日記:「意外だった旧ソ連構成国の識字率の高さとイスラムの低さ:レ